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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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絶望に暮れるローグタリア 第九話④ ギリギリの攻防

「ど、どうしたというのだ、これは……!」


 海上要塞に入ったヴィクターは、予想外の光景に目を丸くした。


 神獣王アゼムベルムはついに顕現し、いよいよ世界の命運をかけた決戦が始まることは間違いがない。だが、すぐそこまで迫っているわけではないし、敵対的な神獣アニムソルスの姿も見えない。脅威は確かに存在するが、まだ襲撃を受けたわけではないのだ。


 にもかかわらず、総司が数人の兵士を担いで司令部の裏手にある救護棟へ走り込んでいるものだから、ヴィクターは驚くほかなかったのである。司令部に向かう予定だったヴィクターは総司の後を追って救護棟へ入った。


 そこには総司が今運び込んだ数人だけでなく、かなりの数の兵士が横たわっていたり、座り込んだりしていた。


「訳がわからんぞソウシ、状況を!」

「ざっくり二割ぐらい、“あてられて”動けそうにないんだ!」

「なっ……!」


 総司の簡潔な返答で、ヴィクターはすぐに察した。


 神獣王顕現の余波と思しき圧倒的な魔力が首都ディクレトリアにまで届いて、総司やリシアと言った力在る者だけでなく、普通のヒトもそれを肌で感じ取った。


 胆力のあるヴィクターや分隊長格をはじめとして、経験と実力ある者は、自らを奮い立たせて我に返っていたようだが、一部の兵士にはそれが出来なかったようだ。気絶してしまったり、意識は何とか手放さなかったものの放心状態となり、満足に動くこともままらない者が発生してしまった。アンジュも一時的に同じような状態になってしまったと言っていいだろう。普段の彼女であればヴィクターと同じく気丈に振る舞えたはずだが、度重なるよくない出来事で心が弱っていたために大きなダメージを受けてしまったのだ。


「酷い状態のヒトは、動ける人員でもうほとんど運び込めたはずだ」

「そうか……なんという……!」

「ただ、これだけじゃない」

「何だと?」

「“ここまで酷くない”だけでとても前線に出れる状態じゃないヒトもいる。もちろんさっきの今だからな、まだ全数把握できてるわけじゃないらしいが、カーライル分隊長によればそっちも全体の二割近いかもしれないって……」

「今動ける人員は六割程度ということか」

「そうなるな」


 同じく救助活動にあたっていたリシアが、総司とヴィクターの元へ舞い戻ってきた。


「上空から見た限り、瞬間的な地震による目立った損傷はないようだ。砲の機構の細部などはわかりかねるが。深刻なのはドラゴンたちだ。半数近くが怯え切ってとても飛べそうにないらしい」


 この日のために、機械装甲で武装した竜の部隊も準備していたのは総司も聞いた覚えがあった。だが恐らく、ドラゴンたちはヒトよりも更に鋭敏に、生物として圧倒的に格上の存在を認識し畏怖しているのだろう。


「抜けておったわ……この事態、予想できないものでもなかった……! 事前に警告しておけば、まだしも気構えが違ったかもしれん……!」

「海の方は、見た目にはまだ穏やかだね」


 ディネイザが総司のすぐ傍に現れて、落ち着いた声で報告した。


「ほんの少し波が荒いけど、津波が来る兆候はなさそうだ」

「アニムソルスの気配もなさそうだ。まあアイツの場合はうまいこと隠せるのかもしれねえが……」


 ヴィクターは腕を組み、険しい表情で考え込んだ。


 当初の予定としては、顕現した神獣王に対しては一度、先制攻撃を仕掛けるつもりだった。海上要塞まで辿り着くより先に削れるだけ削ってやろうという魂胆だった。


 しかし、兵の数にして四割も戦力を削られ、残る兵士たちの士気も大きく下がった現状、その作戦は非常に難しいと言わざるを得ない。


 もとより成果が得られるかどうかわからない作戦ではあるが、現状を踏まえると「成果を得られない」であろうことが確信に変わったと言える。


「……先制攻撃は出来ん。時間が経てば慣れもしよう。ひとまずは兵の回復だ」

「それが良いな」


 総司が苦笑した。


「動けるようになった者から、『歯車の檻』に一度戻す。ここでは寝床の数が足りん」

「俺達はどうする?」

「……兵士と共に前線に出てもらうつもりではあったが、この状況ではそれは叶わん」

「俺達だけで出てもいい」

「それは許可できん」


 ヴィクターが厳しく言った。


「もしもの折には兵を犠牲にしてでも貴様らを一度退かせられるよう、連隊を組む予定だったのだ。先制攻撃はあくまでも削りを目的として行うつもりだった。貴様らだけで挑めばそれこそ決戦となってしまう。決戦は海上要塞の火力が及ぶ範囲で行わねば、わずかな勝ち筋も失うぞ」

「状況の確認は必要だ」


 ヴィクターの厳しい声に負けず、総司が言う。


「俺とリシアの速さなら退けるさ。俺も一筋縄ではいかないことぐらい理解してる」

「……リシア、どう見る」


 ヴィクターがリシアへ話を振る。リシアは総司の意見がふと出た時点で既に思考をまとめていたようで、すぐによどみなく言った。


「危険は承知だが、“実際に顕現した神獣王がどのような姿で、どのような状況なのか”については、知っておく価値がある。ヴィクターも言った通り、改めて構える必要があるようだ。せめて心だけでも。先制攻撃ではなく斥候、情報を取ってすぐに退却する。無論――――」


 リシアが総司を見据えて、ヴィクターと同じように厳しい声で言った。


「それだけでも『簡単な任務』とは言い難い。敵の出方がわからない以上は。わかっているな」

「もちろんだ。遠目に一目見て逃げるぐらいでもいいと思ってる」

「だそうだ、ヴィクター」

「ハッ! 良かろう、出撃を許可する!」


 いろいろと思うところがあったらしいが、最終的に、ヴィクターは決断を下した。


「アニムソルステリオスの襲撃に備え、ディネイザは司令部で待機とする。オレも司令部に陣取り、この要塞の機能を稼働させておくとしよう。貴様ら、ついて来い!」


 ヴィクターは三人を連れて司令部に入ると、ガチャガチャと棚を探り始め、総司たちに何か機械を投げて寄越した。


 総司の知るイヤホンに近いが、ヴィクターによれば耳につけるタイプの通話装置なのだという。魔力を秘めた鉱石を動力源としているようで、総司が知るイヤホンよりは少しばかり大きいが、特に不便はなさそうだった。


 カイオディウムではフロル枢機卿から、通信機代わりになり発信機の機能も持つ十字架の耳飾りを一時渡されていたが、ローグタリアのものはそれよりもずっと「機械」らしい見た目だった。


「何とか形になった。距離だけで言えばフォルタ島近辺でも問題はないはずだ。持って行け」

「便利なもん作ってんなぁ」

「過信するなよ」


 リシアがぴしゃりと言った。


「リシアよ、我が国の技術が信頼できんと言うか」

「そうではない。これは結局のところ魔力を介して声を届けるものだろう」


 リシアが冷静にヴィクターへ切り返す。


「『果てのない海』は、航海に出る者全てがフォルタ島まで辿り着ける海ではない、そうだろう?」

「……確かに」

「我々には知覚できない断絶があるのかもしれんし、何よりこれは魔力を介して声を届けるものだ。神獣王に近づけば恐らく、今感じているよりもずっと強く神獣王の魔力に晒されることになる。満足に機能するか定かではない」

「貴様はこんな時でも驚くほど冷静よなぁ」


 ヴィクターが感心したように言うので、リシアが顔をしかめた。


「総司令官たる貴殿にも同じように冷静でいてもらわねば困るぞ」

「わかっておるわ。褒めておるのだ、素直に受け取っておけ」

「全く……よし、それでは」

「ああ、行こう! こっちは任せたぞ、ディネイザ!」

「アニムソルスが来ても、何とか持たせてみせるさ。君らは自分の仕事をしっかりね」


 総司とリシアは休息を挟む暇もなく、『果てのない海』上空へと躍り出る。その姿を見送って、ヴィクターはすぐに、動ける兵士たちへ指示を飛ばした。


「分隊長を司令部に集めよ! 隊を組み直す! アニムソルステリオスの襲撃の可能性がある、皆気を抜かぬよう――――」

『ヴィクター!』


 決意を新たに檄を飛ばし始めたヴィクターの耳に、今しがた別れたばかりの総司の声が響いた。


「どうした!」

『障壁を展開しろ、全開でだ!!』

「なに!?」

『とんでもない魔力が迫ってる――――もう攻撃が来てるぞ!!』










 捧げた愛は無償にして無欲なるもの。見返りを求めず、愛と共にあるべき欲すらもない。女神と等しき生命への慈愛が、かつてかの存在を終わらせた。


 裏を返せば、女神と等しき慈愛がなければ、かの存在を終わらせることは叶わなかった。


 切り捨てた四つの意思は既に別れ、かつて結束した意思ある生命は繋がりを失い、牙を剥く絶望へ抗う気概を見せるのは、矮小なたった一つの国ばかり――――


 止められる者はいない。止められるはずがない。この力はまさに、世界終焉を告げる晩鐘。


「あぁ――――素晴らしいね、コイツは……」

「……現状、手綱は握れているようです」


 岩のような外殻は全てが角のように刺々しい。山をも越える巨体はフォルタ島にほど近い浅瀬に立っていた。その頭に佇むカトレアとリゼットは、遥か天空から下界を見下ろしているに等しい視界を手に入れていた。


 切り立った崖のような四本の足、岩山のような体躯。竜を思わせる頭部も硬い外殻に覆われているのが見て取れる。濃密な魔力は顕現当初こそ色を帯びて周囲を漂っていたが、次第に落ち着いて、ただ気配を残すのみとなった。


 カトレアが当初予定していた、「完全覚醒」にまではまだ至っていない。最後の封印である“隔絶の聖域”がまだ健在だからだ。カトレアとしてはわずかに計画が破綻したことを疎ましく思う気持ちもあったのだが、顕現した神獣王の絶大な力を肌で感じ、そんな想いも吹き飛んだ。


 多少、力を削がれている状態であったところで、関係ない。


 それが誤差でしかないほどに別格。完全な状態ではないことなど問題外だ。


「もう少し制御に手間取るかと思いましたが、驚くほど素直です……私への影響もほとんどない」

「今のところはね。油断はするなよ、コイツは決して単なる兵器じゃないからね」


 リゼットは気楽に言いながら、ヒトの身では巨大な壁に等しい、アゼムベルムの刺々しい外殻の一部に背を預けて笑った。


「そんじゃ、まあ――――挨拶でもしとくかい」

「ええ。少し待ちますから、体の後方へ下がっていてください。危険です」

「なに、ちゃんとしがみついておくさ。見せておくれよ、コイツの力を」

「……知りませんよ」


 カトレアはすっと目を閉じ、額の“レヴァングレイス”に指を触れた。


 アゼムベルムの外殻のわずかな隙間から、薄く淡い赤と黒の稲妻が再び迸る。重たげな頭部をぐぐぐっと動かして、小さな島一つ程度なら丸のみに出来そうな巨大な口が徐々に開き始めた。


 魔力が充満し、そしてただの魔力とは思えない不可思議なエネルギーが収束していく。淡い赤は白い閃光を伴って――――


「放て」


 カトレアの号令と共に、莫大な魔力を伴うレーザーのような魔法の砲撃が、水平線の向こうへ一気に放たれた。


 轟音と衝撃波が周囲へ拡散し、リゼットは自分の言葉通り、外殻のわずかなでっぱりに手を掛けて何とか堪えていた。その最中、美しい光が海の上を突き進んでいく光景を目の当たりにし、目を見開いて笑う。


「ははっ、はっ……! とんでもないや……!」


 

 アゼムベルムが魔法の砲撃を吐き終わったのを見届け、カトレアが静かに言う。


「あなたがやった岩の射出でも良かったのですが、こちらの方が効果的でしょう」

「連発は出来ないんだろ? 良いのかい?」

「ええ、本体があちらに辿り着くまでには時間がありますしね。まあ、これで終わってしまうかもしれませんが」


 遥か水平線の向こうには、海上要塞とローグタリア首都ディクレトリアがある。


 手を間違えれば、アゼムベルムの破滅の一撃はそれらを一息に蹂躙し、遠くローグタリア内陸まで抉り取ってしまうだろう。


「さぁて、どうかなぁ」


 ふーっと息を切らしながら、リゼットが再びカトレアの隣に立って、楽しそうに言った。


「ソウシくんはそこまでヤワじゃなさそう、と言いたいところだけど……想像の十倍はヤバい力をぶっ放したからねぇ。ホントに終わっちゃうかもな」











 鋭敏な察知能力だけではなく、本質的には「同類」の魔力であるからこそ、総司は未だ遥か遠方にあるはずの「攻撃」を察知することができた。


 言葉では言い表しようのない感覚だが、間違いなく、とんでもない魔力を帯びた何らかの攻撃が凄まじい速度で向かってきているということを認識した。


 総司の号令を疑うことなく、ヴィクターはすぐさま自分の魔力によって海上要塞の制御を担い、魔力障壁を展開する。昨日の襲撃で破損した部分は、技術士たちが必死で修復してくれていた。


 更に、昨日は間に合わなかったが、魔力障壁を三重に展開して強度を上げる要塞最大の防御も一気に稼働させる。総司の切羽詰まった報告を聞いて、ヴィクターは「昨日以上の何か」が飛来すると直感していた。


『おおよそで構わん、着弾予測時間は!』

「一分ちょい!」

『一分あれば……!』


 通話を聞いていたディネイザが司令部を飛び出し、ダン、と一気に空中へ躍り出る。海上要塞の前方に陣取るように、総司とリシアの近くまで上がってきた彼女の足元に白銀の魔法陣が展開されて足場となり、同時に魔法の準備を始める。


 空中を蹴って高度を維持していた総司も、ディネイザの隣にスタッと降り立った。


「威力を削ぎ落せるかどうか、やってみる!」

「頼んだ! 俺は“シルヴェリア・リスティリオス”でぶつかる! それで何とか――――」

「ダメだ!」


 リシアが叫んだ。既にリシアとディネイザでも十分、濃密な魔力の波長を感じ取れる距離にまで攻撃が迫っている。その性質を予測し、リシアが総司の無謀を止める。


「あの魔法ではお前自身が核となって突っ込むことになる! この魔力、下手すれば消し炭にされかねんぞ!」

「けど他にやりようがねえよ!」

「いいや、まだある!」


 リシアが総司の傍にギュン、と飛んで、手を差し出した。


「第五の魔法だ! お前の魔力があれば単独で使えるかもしれん、“アポリオール”を!」

「そうか!」


 第五の魔法“エメリフィム・リスティリオス”は、伝承魔法の継承者からその力を一時的に借り受ける代わりに、力を貸した継承者の側はその伝承魔法が使えないというデメリットがある。


 総司と共に最前線で戦うことになるであろうリシアから、“ゼファルス”を取り上げることはないだろうと思っていたが、確かに今の状況であれば、女神の騎士としての強力な魔力で魔法を行使できる総司が“ゼファルス”を使い、リスクの低い遠距離攻撃で迎え撃つ方が賢い選択と言えるだろう。


 リシアが差し出した手を総司が掴んで、二人が同時に唱えた。


「「“エメリフィム・リスティリオス”!!」」


 リシアの背にあった光機の天翼がふわりと消え、総司の衣装に幾何学的な金色の模様が刻まれる。迸る魔力の質が大きく変貌したのを感じ取り、ディネイザが目を丸くした。


「おぉ……また面白い力を持ってるもんだね……」

「私はもう役に立てない」


 リシアが冷静に言う。


「咄嗟にかわせるだけの機動力もない。海へ飛び込んでおく。後は二人に任せるしかない」

「わかってる! もう来るぞ、急げ!」

「武運を祈る!」


 リシアがタン、と魔法陣の足場を蹴って、海へ落ちていく。繊細な魔力コントロールによる身体強化が出来るリシアであれば、海面に落ちた衝撃でダメージを負うこともないだろう。


 総司は落ちていくリシアから視線を切り、攻撃が来る方角へと目を向けた。


「見えた!」


 きらりと、水平線の彼方に鮮やかな赤色の閃光が見えた。


「“エルシルド・ディアメノス”!!」


 円形に広がる白銀の盾が、大きく間隔を開けて幾重にも展開され、不可思議な攻撃の一直線上にずらりと並んだ。


 総司がリバース・オーダーをまっすぐに突き出す。金色の魔力が蒼銀の光を帯びて迸り、剣を中心に魔法陣を展開した。


「来るよ!!」


 水平線の彼方に見えていた閃光は瞬く間に眼前へと迫る。


 ディネイザが展開した盾を瞬時に粉砕して突き進んでくるが、この盾は決して「受け止める」ものではなかった。


 触れるたびに力を削ぐ魔法。古代魔法“ディアメノス”の性質をいかんなく発揮する魔法だ。絶大な力を伴う魔法の砲撃を何とかして受け止めようとするにはぴったりの魔法であり、その魔法を瞬時に選択するディネイザの戦闘の才覚は見事と言えるが――――


 しかし、見て取れるような効果はない。見た目には威力が全く衰えないまま、突き進んでいるように見える。


「“アポリオール・ゼファルス”!!」


 ズドン、と放たれた金色の閃光。蒼銀の魔力を帯びたそれは、一直線にアゼムベルムの魔法の砲撃を迎え撃ち――――ほんの一瞬、拮抗したように見えた。


 だが、それはほとんど勘違いだ。鮮やかな赤の閃光は総司が放った“アポリオール・ゼファルス”を押し込みながらなおも――――少しばかり速度は落としたように見えるが、特に何事もないかの如く突き進む。


 かつて大聖堂デミエル・ダリアと“ティタニエラ・リスティリオス”の補助を受けてリシアが行使した時には、空に浮かぶ島“ラーゼアディウム”の岩盤すら砕いた魔法が、全く歯が立たない。


「ぐ、お、お……!」

「ッ……限界だ!」


 足場を維持していたディネイザが、総司の体をがっと掴んで、同時に足場を解除する。


 二人が下へ逃れた瞬間、魔法の砲撃が駆け抜けていった。


「ヴィクター!!」

『よくやったぞ貴様ら――――あとは任せよ!』


 ヴィクターは展開された三重の障壁の形を少しだけ変えた。


 海上要塞の前方で起きた一瞬の激突をしっかりと観察し、わずかな綻びを確実に見て取っていたのだ。


 総司たちの奮戦によってほんの少しだけだが威力が落ち、そしてわずかに魔法の砲撃の軌道が変わっていることを見抜いた。


 ズドン、と魔法の砲撃が障壁に着弾したが、真正面から受け止めることはなかった。


 少しだけ形を変えた三重の障壁によって、魔法の砲撃は見事に「いなされた」。それでも外部二枚の障壁は叩き壊されてしまったが、一直線に海上要塞に向かってきていた砲撃の軌道はほんのわずかに上に逸れて、海上要塞の背後に聳える壁と、『歯車の檻』の一部を抉り取って消し飛ばしながら彼方へと飛んでいく。


『ハッハー! まだまだ決着には早すぎるわ!!』

「ッ……やった……!」

「あぶねぇぇっ……!」


 海面から顔を出し、総司とディネイザが心から安堵の息を吐いた。総司はぷかんと脱力して海に体を預けて浮いた。先に海に入っていたリシアが、簡素な鎧も身に着けている状態で器用に泳いで、総司の体をそっと支える。


「無事か」

「おぉ……意味があったのかわかんねえな……」

「きっと無意味ではなかったよ」


 リシアがきっぱりと言って、海上要塞の方へ視線を向けた。


「海上要塞に被害はなさそうだな……どうする、ソウシ」

「このまま行くぞ」


 総司がきっぱりと言い切った。


「相当遠くからでも今の攻撃は感知できた――――そして今はない。流石に連発はできないらしい。今行くしかない」

「了解だ。飛ぶぞ」

「気を付けてね」

「おう、ありがとう」


 総司とリシアが海から飛び出し、リシアが翼を展開して総司を捕まえて、ギュンと速度を上げて飛び去って行く。


 その姿を見送って、ディネイザも海から飛び出し、魔法の足場を細かく作りながら海上要塞へと戻って行った。


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