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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第八話⑥ あなたは”知らなければならない”

 意思ある生命の黎明期。


 女神レヴァンチェスカが端的に表現したその時代。スティーリアの太古の時代にも、当たり前に魔力が存在し、そのエネルギーを用いた「魔法」が次々に確立され、体系化された。


 しかしながら、アゼムベルムに「これではダメだ」という確信を与えたのは、複雑化していく魔法の発展ではなく、ヒトが持つ意思の本質だった。


 ヒトの持つ意思は、いずれどこかで暴走する。それは世界や女神を脅かす礎となり、スティーリアに致命的な打撃を与えることになる。


 下界において女神の意思を具現化した存在である神獣、その祖先とも言えるアゼムベルムは、確信したのちに行動に出ようとしたのだが、アゼムベルムはあまりにも長い時間、黎明期の生命を見守り過ぎた。


 “意思を愛でる獣”アニムソルスの源流。慈愛に満ちた神獣王は、日々を懸命に生きる生命を薙ぎ払うことがどうしても出来なかった。彼らは自らが「間違った成長」をしているなどと露ほども思っていない。ただ必死に毎日を生き抜いているだけだ。


 そこに絶対の終わりを齎す所業が残虐そのものであることを、アゼムベルム自身がよく理解していた。


 内に秘めたる愛に満ちた想いとは裏腹に、自らの使命も重くのしかかる。間違った方向に進みいずれ滅亡する運命を辿ろうとする世界を、ただ眺めるだけが己の役目ではない。


 悩み、葛藤し、そして遂には「自死」を選んだ。


 慈愛と使命感に満ちた自らの意思を切り離して手放し、物言わず満足に思考も出来ぬ獣へと成り下がる。愛と使命の狭間で板挟みとなる葛藤から逃れるために、そうするしかなかったのだ。


 そして“獣”は本能のまま、自分よりも弱い生命を満足するまで食らおうと“獣”らしく、当時の意思ある生命へ牙を剥き、“獣”であるが故に理性的な文明から否定され、当時の人々と、切り離した「意思」より生まれ出でた四体の神獣たちに打ち倒された。強靭な生命であったアゼムベルムを殺し切ることは叶わず、アゼムベルムは世界そのものを用いた強力な封印術によって、世界の片隅に封じ込められた。


 アゼムベルムが単なる“獣”としてでなく、女神の意思を代行する者として当時の生命へ挑んでいたら、世界は間違いなく滅んでいた。当時の意思ある生命たちはそんなことはつゆほども知らず、突如として暴走した“獣”を悪と断じ、忌むべきものとして歴史の彼方へ葬り去った。


 その結末は決して悲劇的ではなく、まさにアゼムベルム自身の望んだ通りの展開だった。


 心から愛した生命たちを、理不尽に蹂躙しなくて済む。アゼムベルムはその時既に、知性ある生命としての思考は出来なかっただろうが、出来ないなりに至極満足して、安らかに、永劫の眠りについたのである。


「私とあの子の考え方は違った……私は生命全てを愛していたけれど、あの子はその間違いにも気付いていた。結果としてあの子は正しかったわ。ヒトの意思の暴走はロアダークを生み、ロアダークが最終的に復讐者スヴェンを生み出し、そして今、世界は危機に瀕している……とは言え、あなたが同情するような話でもないけどね」

「そりゃそうだ」


 一通り話を聞いて、総司が静かに答えた。


「それこそおとぎ話の域だ。成り立ちがわかれば何か妙案が思い浮かぶかもしれねえと思って聞いただけ。そもそも俺が同情するなんて次元にいねえだろ。そこまでなんにでも甘くはねえよ」

「当然。どうあれ敵よ。空っぽのあの子をカトレアやリゼットが使役して、あなたを殺しにかかる。今度こそ葬ってあげたほうが、あの子にとっても幸せなのかもね」

「重要なのは二つ目の質問だ」


 “レヴァングレイス”を用いることで、意思ある生命と最終的には敵対したアゼムベルムを『制御できる』理由。


 総司は、何らかの事情で“それが必要だから”レヴァンチェスカがその機能を持たせたのだと読んだ。


「結論から言えば、“オリジン”にそんな機能は“なかった”」


 レヴァンチェスカは淀みなく言った。総司の予想は外れ、それを遥かに上回る「過去の過ち」が、女神の口から語られる。


「“オリジン”とはリスティリアを掌握する私自身の魔力の楔であり……ヒトの手に渡ったそれは、強靭な意思を写し取る鏡となる」


 時に千年に及ぶ幻想の実現を可能とし、時に仮初とは言え命の代替すらもやってのける。“オリジン”とは下界において女神の奇跡を達成する、ヒトの領域を超えたところにある神器。


 ローグタリアの秘宝“レヴァングレイス”が写し取った強靭な意思が、アゼムベルムの制御に繋がったのだとすれば――――


「そうか、ロアダークの……!」


 かつて“聖域”の破壊を目論んだ反逆者の最終的な狙いにアゼムベルムの解放があったのだとすれば、当然その制御を望んだはずだ。“オリジン”によってそれが達成可能なのだとしたら、ロアダークは――――


「どうしてローグタリアの“オリジン”なんだ……? カイオディウムにだって“レヴァンフェルメス”があったはずだ……わざわざ他国の“オリジン”でそんなことをしようとしなくたって……」


 レヴァンチェスカは答えなかった。


 それは自分で考えろ、とでも言いたげであった。


 しかし、総司の思考は別のところへ飛んでいた。


「いや……待て、でもおかしい、ロアダークの狙いは確か、お前と下界の接続を切り離すことだって……だからアイツは、“スティーリアの解放者”なんて馬鹿げた名乗りを“真実の聖域”に刻んで……」

「……そうなの。それは知らなかったわ」


 レヴァンチェスカが静かに言った。


「誰があなたにそんなことを言ったの?」


――――反逆者の名の通りだ。ようは女神とこの世界を切り離したかったって話だ。女神が支配するのではなく、自分が支配するためにな――――


 総司は思わず立ち上がって、レヴァンチェスカを見据えて震える声で言った。


「スヴェンが……ルディラントで、俺に……」

「そうだったの」


 レヴァンチェスカの声は相変わらず静かで、穏やかだった。何か得体の知れない“見落とし”があるかもしれないという可能性に思い当たり、焦燥感に駆られる総司がせめてわずかでも落ち着くように。


「どうしてそんなことを言ったのかしらね」

「……“聖域”が『神獣王の封印』であると、俺にあの場で伝えたくなかったから……?」


 総司の思考が急速に巡る。


 ロアダークが“聖域”を破壊して回る目的が神獣王の復活であったと総司に正直に伝えれば、ルディラントの冒険の時点で総司はアゼムベルムに関する知識をわずかでも得ることになっていた。スヴェンはそれを意図的に避けたのだ。


 どうして総司に伝えたくなかったのか? ――――総司が知れば、“聖域”が過度に損壊されないようその先の旅路で気を遣う可能性があったから。


 総司に損壊を避けられるのが困る理由は? ――――アゼムベルムの封印を綻ばせることが目的だったから。


 総司がルディラントを訪れた時点で、事は動き始めていた。


 ジグライドのメモ書きに間違いなく、それを裏付ける彼の見立てが記されていたではないか。


――――カトレアは力を求めていた。その最たるものが、“凶暴化した魔獣”が持つ黒い結晶であったことまでは掴んでいる――――


「あなたは“知らなければならない”」


 レヴァンチェスカがすっと立ち上がる。


 キィン、と金属音が響いた。これまでとは違いなんの前兆もなく、邂逅の終わりを告げる不愉快な音が響き渡って、レヴァンチェスカの姿がすうっと薄れていく。


「あなたがリスティリアで出会った生命の中で唯一、理解し合えない存在と断じ、リゼットとは違ってその理由すらも思慮の外へ置こうとしたヒト。けれど、まさに最後まで歩んできたからこそ、知るべきなのよ」


 ヒトとして唯一、総司が躊躇いなく斬ると覚悟を決めて、唯一その通りに動いた相手。レヴァンチェスカはここにきて、彼女の話をし始めた。


 最後の邂逅の最終盤を彩るのにふさわしい話題だと、総司には到底思えなかったが、レヴァンチェスカが語るからには、それが「必要なこと」なのだ。


「選びなさい――――剣の振るい方を。あなたが何を討とうとしているのか、その目と耳で確かめなさい。変わらず愛しているわ、総司。待ってるからね」

「オイ、待ってくれ――――!」


 レヴァンチェスカの姿が消えて、凶悪な魔力が最深部の空間に充満する。


 覚えのある魔力だった。女神とはまるで正反対の、憎悪に満ちた禍々しい力。これは――――


「決戦まで残り数日だというのは、きっとあなたにも伝わっているのだと思いましたが。随分と呑気なものですね、“女神の騎士”――――こんなところで、今や何の力も持たぬ女神と井戸端会議ですか」


 黒々とした魔力を纏うカトレアが、“隔絶の聖域”の最深部に現れ、総司と真正面から向き合った。


 神々しさの欠片もなくしてしまった“レヴァングレイス”を、その額に埋め込んで。


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