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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第八話④ 避けては通れぬ、最後の

 総司たちがヴィクターとともに、海上要塞で兵装を確認しながら準備を整えている頃。


 アンジュは一人、『歯車の檻』の食堂に入っていた。朝早くから動き詰めで、ヴィクターに「適宜休め」と言われて初めて朝食を摂っていないことに気付いたからだった。


 いつもの日常がそこにあった。ばあやがせっせと厨房で動き回り、良い匂いが充満する。兵士たちは既に食事を終えていたようで、これから朝食を摂ろうとしているのはアンジュ一人だけだった。


「おやまあ」


 アンジュの姿に気付いて、背の低いばあやがにっこり笑った。


「お寝坊さんなわけなかろうね。食べるのも忘れて働いてたね! あんたは昔っからそうさねぇ」

「残り物で結構です」

「何でも良いけど、ちゃんと食べなさいよ! これからもっと大変になるんだから」


 ばあやが盆の上に食事を運んでくる。アンジュの表情に何を思ったか、ばあやはふと笑顔を引っ込めた。


「どうしたね。あんた、暗い顔するもんじゃないよ」

「……わかっています」

「国家存亡の危機だなんてわかっとるよ。みーんなわかっとる。それでも希望を捨てずに、また明日も明後日も生きるために頑張っとる。あんたは陛下と一緒に一番前に立つんだろう。そんな顔じゃあ、士気も下がるよ」

「わかっています!」


 アンジュが思わず、声を荒げた。ばあやは特に気にする様子もなく、食事を渡して、さっさと座って食えと促す。


 背を向けたアンジュへ、ばあやが優しい声で語り掛ける。


「出来ることをようやっとる。頑張っとるよ。あんたも。だからそんな顔しなさんな」

「……そう簡単に奇跡など起きません」


 アンジュの声は震えていた。


「この度の脅威は、伝承によれば“かつて一度世界を滅ぼしたことのある”怪物です」

「へえ。そんな昔話があったかいね」

「見つけてしまいました。陛下やソウシさん達には伝えていません」

「どうかねぇ」


 呆れたような口調ではあるが、声はずっと優しかった。


「それで今更臆するような根性無しには見えんけどね、陛下もあの子も」

「伝承が全てとは言いませんが、シルーセンでも“世界滅亡級”の災厄が起きていました。そしてその脅威を、アゼムベルムが容易く上回ることは確かです」

「だから諦めとるんかい」

「だって!」


 アンジュがまた声を大きくした。震える声で、恐怖を口にする。


「“女神の騎士”でも敵わないなら、一体、誰が……誰も……助けてなんてくれないのに……!」

「……アンジュや、よくお聞き」


 ばあやは優しく、小さな孫をあやすように言う。


 ばあやにしてみれば、ヴィクターもアンジュも孫のようなものだ。怖い夢を見て震える孫に、優しく、悪夢の先の良い夢が見れるように。


「ヒトはいつだって、大いなる運命に翻弄されて、弄ばれて――――それでも今日まで、皆生き永らえてきた」


 じっと背を向けたまま、ばあやの言葉に耳を傾けるアンジュの表情は、今にも泣き出しそうな悲壮感を漂わせていた。


「女神さまはきっと見ておられるよ。あんたが頑張っとること、皆が頑張っとること。もがいて、諦めそうになって、それでも国のため世界のため、大事なヒトのためにぐっと踏ん張って頑張っとるところを……そして女神さまは、頑張っとる者のことをそう簡単に見捨てやしない。女神さまはちゃんと、ちゃぁんと、見ていてくださるよ!」


 気休めに過ぎない言葉に、アンジュの表情が晴れることはなく。


 一言、「部屋で食べます」とだけ言い残して、アンジュは足早に去っていく。ばあやは食器の後片付けをしながら、薄く微笑んで、一人呟く。


「ま、気を張るのが癖になっとったあの子にしてみれば……弱音吐けるだけ、成長したってもんだ」











 ヴィクターには魔法の才能がなく、ローグタリアの皇帝一族に代々受け継がれる伝承魔法も存在しない。ただし、彼の魔力量は人並み以上とはヘレネの弁である。


 機械仕掛けの数々を要する海上要塞だが、その真髄は魔力をエネルギー源とする機構と、魔法を内包する装備の連携にある。


 基本的には、兵士を投入して海上要塞を稼働させるわけだが、並外れた魔力量を誇るヴィクターであればあくまでも一時的にだが、単独で機構の数々を動かすことが可能になる。


 前線へ兵士を投入し、ヴィクターが後方支援にあたる。魔法を打ちだす砲台も、防御結界を展開する機構も、ヴィクターの意思で作動させることが可能になる。


 ただしそれは奥の手でもある。ヴィクターの魔力量が並外れていても、流石に長時間の稼働は不可能だ。ヴィクター自身の消耗も激しいことが予想されており、短期決戦が叶わなかった場合、ローグタリア皇帝軍は指揮官を失うことになる。


「貴様の異常な魔力で動かせれば良かったのだがな、残念ながら全て『オレ専用』に調整してある。貴様の魔力では機構が破綻し壊れてしまうだろう」


 ヴィクターがやれやれ、と肩を竦めて残念そうに言う。


「“女神の騎士”の魔力に合わせて機構を作るなど、流石のローグタリア技術者たちでも不可能だ。故にこれらは全てオレが使う。貴様とリシア、ディネイザの三名は最前線に打って出よ。最後は総力戦だ。夥しい数の兵が死ぬだろう。もしかしたら全滅するやもしれん。それでも貴様は振り向くな。貴様にそれは許されておらん」


 ヴィクターは威勢よく、堂々と、総司に厳しい言葉をぶつけた。


「兵が死のうとオレが死のうと、貴様は前だけ見て進め。屍の山の頂で拳を突き上げ、オレの屍を足蹴にしてでも高らかに、勝利の雄叫びを上げるのだ。それで全て報われる。そういう戦いだ」

「そんなことにはならない」


 ヴィクターと同じくらいに厳しい声で、総司がきっぱりと返した。


「俺がさせない」

「フン、一人前の口を利くではないか。だがまあ聞け。そして従え」


 ヴィクターが楽しげに笑った。


「貴様の力は認めているが、貴様がオレの命にこだわるようでは困るという話だ。オレには為政者としての責務がある。貴様に“レヴァングレイス”を託し、最後の地へ送り出すという責務がな」


 威勢は良いが、冷静でもある。ヴィクターはきちんと先を見据えている。ともすれば総司自身が忘れてはならないのに忘れてしまいがちな――――意図してというわけではない、総司の性格上どうしても後回しにしがちな――――総司の至上命題の話。


 “これまで”は、総司には確かにその命題が託されているものの、どこかまだ「現実的」ではなかった。そこまでの道のりが遠く、そして険しく、周囲の目には夢物語のようにすら思えていたから。


 もう、ここに至ってしまえば、誰もが「そう」は思わない。


 総司とリシアは確かに、見事に、遂に“ここ”まで歩を進めた。


 総司には託せないと否定されたり、託すに値しないと断じられたり、任せていられないと信頼を得られなかったり。救世の旅路を歩む彼が背負う使命を、誰もが初めから認めていたわけではなかったし、総司になら達成可能な所業だと目されていたわけでもなかった。


 その潮目はもう変わっている。誰もが彼を信じ、やり遂げてくれるだろうと期待している。


 その「最後の最後」を任されたのがヴィクトリウスなのだ。


 ローグタリア皇帝が抱える責任感は、総司が思っているよりもずっと重たいもの。


 救世主がアゼムベルムに挑むことを止められるわけがない。救世主の目的である“オリジン”の獲得のためにも避けては通れぬ障害だ。


 故にせめて、救世主が最後まで救世主としての本懐を忘れることのないよう、ヴィクターは改めて総司に言って聞かせているのだ。それが“救世主にとっての最後”を任された為政者の責務だと自覚して。


「優先すべきことを間違えれば、終わるのはローグタリアだけではない。貴様は既に『全てを背負う』存在だ。これまでどうだったかはさておきな。ここまで辿り着いた結果が全て。誰が何と言おうと、貴様にはそれだけの器が備わっていたのだ。そしてもはや貴様にしか出来ん」


 ヴィクターがドン、と強めに総司の胸元を拳で叩いた。


「忘れるな。貴様の双肩に懸かっている全てを。気合・根性・感情論、それだけでは許されんのだ。わかるな?」

「……ああ、わかってる」

「ならば良し。短い付き合いだが、共に死線を潜った仲だ。貴様のことは信頼している。裏切ってくれるなよ」


 短くも重要な話の後、総司たちはヴィクターが信頼を置くローグタリア皇帝軍兵士たちと顔を合わせた。


 兵士の列から飛び出して、総司たちにいの一番に頭を下げだしたのは、鍛え上げられた大きな体に無骨な銀の鎧を纏う、見た目には40過ぎ程度に見えるいかつい男性兵士だ。


「私の不首尾で大変な事態になってしまった……! この通りだ、お許しを」


 そのセリフ一つで、リシアはすぐに察した。


「カーライル分隊長、でしたか」

「然り。十五かそこらの小娘に誑かされた愚か者である……アリンティアス団長、レブレーベントでのご高名はバルド殿からもかねがね伺っておる。まさか斯様に情けない顔合わせとなろうとは夢にも思っておらず、面目次第も……!」


 久しぶりにレブレーベント魔法騎士団第一騎士団団長の名前が出てきて、総司がふと、そう言えば形骸化したとはいえ、唯一の同盟国だということをこれまで各国で見聞きしてきたと、呑気に思い出していた。


 シルヴィアがカトレアに金で雇われていた頃、“魅惑の双眸”で取り込み情報を引き出した兵士の要職。カーライル分隊長はシルヴィアの双眸に抗うことが出来ず、ローグタリア中枢の情報をカトレアに明け渡してしまった。


 恐らくは、それがひいては“オリジン”の盗難に繋がっていた。総司とリシアが、アゼムベルムという強敵に挑んででも“オリジン”獲得を目指さざるを得なくなった、遠因を作ってしまったとも言える。とは言え――――


「我々への謝罪は不要です」


 リシアが柔らかく言った。


「シルヴィアの魅了の力は、男性であればどうあがいても逃れられない強力無比なものでした。気合や気構えで結果が変わったわけではない。運悪くあなたが対象となってしまった、それだけのことです」

「勿体なきお言葉、痛み入る……これより先の働きで以て、汚名を返上する次第だ。よろしく頼む!」


 少々古風だが男気のある隊長殿である。


 兵士との、ある意味では形式ばったやり取りはリシアの方が慣れている。総司はそちらを任せて、ふと場を離れようとした。


 その姿に気付かないリシアではない。総司の後ろ姿へ、鋭く声を掛ける。


「勝手な行動はよせ。どこへ行く」

「……避けては通れねえらしいんでな。時間もそんなにない」


 どこかけだるそうに、鬱陶しそうにしながら、総司がため息交じりに言った。


「もう一度“海底神殿”に行ってくる。付き添いは不要だ。お前が一緒に来ると、アイツの逃げ道になっちまうらしいからな」


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