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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第八話① また運命が整えられているような

「ぶっちゃけ勝てねえな!」


 シルヴィアの身に起きたこと。リゼット・フィッセルの“理由”。アゼムベルムの覚醒間近。


 ヴィクターに全てを報告した総司とリシアは、皇帝の執務室を出て、与えられた部屋の中で会議の場を設けていた。ディネイザは疲れ切って既に就寝していたので、敢えて起こすことはしなかった。今叩き起こしたところで、絶望的な状況がどうにかなるわけでもない。


 今頃ヴィクターはアンジュを呼び出して、シルヴィアのことを全て打ち明けているだろう。その場にはいるべきではない――――リシアがそう判断して離れた。時間がないのは確かだが、それでもきっと、特にアンジュには落ち着く時間が必要だろう。


 二人の会話のことをなるべく考えないため、というのも含めて総司はきっぱりと言った。


「っつかもう、なんだ。勝てる勝てないとかそういう次元じゃないな。デカすぎる。その上で『神獣』ときた。デカいだけのハリボテじゃあない。ぶっちゃけ、勝てる未来が少しも思い浮かばねえよ。聞いた話じゃ四体の神獣より強いらしいが、甘めに見積もって魔力が四体の神獣と同等だったとして、それをあのデカさの化け物が持ってたんじゃあ手の打ちようがない」


 リシアは腕を組み、総司の冷静な見立てを聞いていた。


「お前の証言では、シルヴィアがアゼムベルムを抑えてくれてる。私にはその声が聞こえなかったが……」

「確かに聞こえたんだ。けど、いつまでもつかなんてわからない」

「……仮に二日三日もつとしてだ。その間に何か対策を打てるほど甘い相手でもない」

「何をどう対策すんのかって話だ。今のところ何の策もない。このままじゃあ国どころか世界ごと踏み潰されて終わりだ。リズの宣言通りにな。ってことで」


 総司がじっとリシアを見つめた。


「……なんかねえかな」

「……私にも今、策はない」


 リシアが静かに言った。


「アゼムベルムを倒すという方針ではな。ただ、この戦いに勝利することに関しては、一縷の望みではあるが突破口がある。ただし、その一縷の望みを抱くにしても、こちらに都合の良い奇跡がいくつかなければならない」

「教えてくれ。ほんのわずかでも良いんだ」

「リゼットが先ほど、『果てのない海』の上で決着をつけようとしなかったのは何故だ」


 リシアの問いに、総司はすぐ答えた。


「シルヴィアが止めてくれたから」

「違う」


 リシアが首を振り、総司の意見を訂正した。


「『もともとあの場で決戦を始めるつもりがなかった』からだ。思い出せ」

「そうか、カトレア……!」

「どこまで本音かはわからんがな」


 リシアが頷きながら言った。


「リゼットは少なくとも、自分の手で決着をつけたいというカトレアの執着を重要視はしていないだろう。“海底神殿”においてカトレア抜きでお前を排除したことからもそれはわかる。だが、リゼットの策が失敗し、“当初の予定通り”アゼムベルムをぶつけることでお前ごと世界を滅ぼす段階に至って、それならばカトレアとの契約も果たそうという方針になった……シルヴィアの奮闘によって、結果的にはそうせざるを得なくなったようだがな」

「……そこはリズの気まぐれって可能性もあるな……正直もう、その辺の律義さみたいなもんはないと思う。どうでもいいって思ってるだろうよ。カトレアには言わないだろうが」

「だろうな」


 リゼットの「理由」を知った今、リシアも同意見だった。


 利己的な人間の動きや考え方は、ともすれば想像の範疇に収まらない。リスティリアを滅ぼしたいという自分の目的以外のことを、そこまで深く考えていない可能性は高い。


「いずれにしても、リゼットは今のところ、どうせアゼムベルムをぶつけることになるのだからと、カトレアとの契約もついでに果たそうとしているようだ。ここで一つ目の奇跡が必要だ――――シルヴィアは“オリジン”として取り込まれたが、対の“オリジン”はカトレアが持っている。もしも、カトレアの持つ“レヴァングレイスA”が、カトレアの手にあるままにアゼムベルムの制御に寄与するのならば。それを奪い取ることでアゼムベルムの制御をも奪えるかもしれん」


 希望的観測かもしれない。だが、絶対にあり得ない想定でもない。


「“レヴァングレイスA”までもがカトレアの手を離れ、アゼムベルムに取り込まれる形で機能するのであれば、カトレアの元に『手綱』がないことになる。完全制御を望むカトレアは、何を以てアゼムベルムを制御しようとしているのか? 私には“レヴァングレイスA”しか考えられない」

「リズの権能の可能性は? 言ってたろアイツ。“獣”を制御する力が在るって」

「アゼムベルムの制御がリゼットの権能一つで可能なのであれば、そもそも”オリジン”を求める意味がない。枷は各国の聖域の封印、鍵は”オリジン”だ。リゼットは別に、完全制御の必要性は感じていないだろうがな。……それに……」

「それに?」

「……少し話が逸れるが、避けては通れないな。怒らず冷静に聞いてほしいんだが。良いか? あくまでも私の想定、推測。その前提で、心静かに聞いてくれ」

「何だよ急に……」


 リシアの妙な前置きに、総司が眉をひそめた。リシアは総司をじっと見つめてしばらく黙っていたが、やがて――――


「私も思い違いをしていたと思う。リゼットにその能力があることまでは否定しないが、アニムソルスが支配下に置かれているというのは恐らくリゼットの思い込み、勘違いだ。神獣級の生命の制御は、リゼットの権能では……完全には達成できないのだろう」

「……何だと……?」


 にわかに総司が殺気立った。


「お前がアニムソルスと出会ったのはいつだ」

「……カイオディウムの端っこの、リラウフで。オーランドが攻撃してきた後だ」

「アニムソルスはお前を導き、必要な情報を与えて旅路に戻した。エメリフィムでも会ったそうだな。レナトゥーラとエメリフィムで激突することを避け、ローグタリアに来いとお前を導こうとした」

「そうだ」

「おかしいと思わないか?」


 総司の殺気立った気配が徐々に強まるのを感じながら、リシアは話を続けた。


「シルーセンでの儀式に介入し、お前を殺そうとした『魔法に熟達した者』がアニムソルスだったとしよう。リゼットがアニムソルスを支配しているのであれば、それ即ち、シルーセンでの破滅的な行いは、リゼットによる『お前に対する攻撃』であったということになる」


 リシアが指折り数えて、一つ一つ、これまで起きたことと現状を整理していく。


「“海底神殿”で異世界への道を開き、お前を元いた世界へ帰そうとしたのも、明確に『お前に対する攻撃』だ。リスティリアを滅ぼすという自分自身の目的の障害となるお前を排除しようとした」


 リシアが何を言おうとしているのかが、少しずつわかってきた。総司の表情がどんどん険しくなった。


「シルーセンから数えてわずか三日程度で、リゼットはお前の命や、お前の存在の排除にあと一歩まで迫るほど――――お前に対して、これまで敵対してきた誰よりも無慈悲なまでに攻撃的だった。だがそれでは矛盾するだろう、お前を導こうとしたアニムソルスのそれまでの動きと」

「……じゃあ何か? アニムソルスはリズに支配されたフリを続けるために、リズの言う通りにいろいろ動いてたってことか……? 抵抗できるのにそうせずに……!」

「真意はわからん。アニムソルスの思惑を推し量るのは不可能だというのはお前も認めるところだろう。だが……リゼットの目的から外れているときのアニムソルスの行動そのものは、過程はどうあれ『救世主のための行動』と評していい」


 慎重に言葉を選びながら、リシアが語る。総司の雰囲気が危険なものとなっていることを承知の上で。


「矛盾した二種の行動を説明できる仮説として、私にはそれしか思いつかない。アニムソルスはリゼットの策に敢えて乗っている……先ほど海の上で語った奴の言葉を思うと、お前に『強敵をぶつける』のが目的なのかもしれん。マーシャリアを経由させてセーレの元へ向かわせたことも含めてな」

「馬鹿げてる……!」

「アニムソルスすら満足に支配できないのであれば、その上位存在らしきアゼムベルムを支配できる道理もない。我々はリゼットの意思とカトレアの野望、そしてアニムソルスの目論見と激突することになる……と、思う」


 ここまで語って、リシアは心底疲れたように苦笑をこぼした。


「全くもって、“大いなる運命”の力強さに圧倒される思いだ……ヘレネ様の予知は着実に現実のものとなろうとしている。強力な意思の力が全て、既に確定した未来へ……運命に逆らうことなく向かっているかのようだ」

「……けど」


 リシアがわずかに、弱気になっているように見えた。


 それもそのはず――――リシアが語った一縷の望みは、『あり得なくはない可能性』にすがるだけの、不確実なものに過ぎない。打つ手は一つもないと認めるわけにはいかないから、絞り出しただけ。一つ絞り出せるだけ大したものだ。


 総司はカイオディウムでの一幕を思い出した。全てが整えられた運命の中で決まっているかのような、言い表しようのない悲愴な感覚に、腹の底から叫び散らしたあの日を。知れず、ぎゅっと拳を固める。


 気の利いた言葉は思い浮かばなかった。絶望的な状況下で「諦める」という選択肢だけが奪われている現状、唯一救いがあるとすれば。



「ヘレネ様の予知じゃ、結末まではわかってない」



「よく言ったぁ!!」

「おぉうびっくりしたぁ!」


 ズドン、と衝撃音とともに部屋の扉が開け放たれて、総司が咄嗟に身をすくませた。


 どこからどこまで話を聞いていたか定かではないが、ヴィクターが総司の言葉に感銘を受けながら部屋にズカズカ入ってきた。


 痛々しいほどに鮮烈な紅葉マーク――――アンジュの平手打ちの跡を頬につけて。


「……アンジュさんはいいのか。まだ落ち着くには早すぎるだろ」

「当然、一生赦してはもらえんよ。だがそれはオレとアンジュ、それにシルヴィアの問題だ。いつかこの日が来るとわかっておったし、覚悟も出来ていた。全てオレの罪だ。貴様の気にすることではない」


 軽く言うものだが、事はそこまで単純ではない。


 ヴィクターではなく皇帝ヴィクトリウスとして果たすべき責務のため、彼はここへ来たのだ。


 一晩中でもアンジュの嘆きを聞いて、存分に糾弾されることこそ、ヴィクターに唯一できる贖罪かもしれない。


 だが為政者の立場がそれを許しはしない。すぐそこに迫る危機に手を打たねばならない。


 諦めるという選択肢がないのは、総司とリシアだけではない。


「それで? 話はどこまで進んだ」


総司はそれ以上アンジュのことは言わず、リシアが語った仮説を話して聞かせた。










『カトレアとディオウについて

 アルマが金で雇った傭兵で、特にディオウはヴァイゼ族出身でありエメリフィムの情勢に詳しく、土地勘もあった。ディオウに関してはまさしく“傭兵”、金を対価に与えられた仕事をこなす存在。その意味では、信を置けるとまでは言えないがわかりやすい男だ』


 総司とリシアの話を一通り聞いたヴィクターが下した命令は、「とりあえず今日は寝ろ!」であった。


 『果てのない海』の観測は兵士によって常に行われている状態であり、目視でも魔力の波長でも、何か異変があればいつでも動ける状態にしてあるという。


 海岸で迎え撃つための策も一応は用意してあり、その説明は明日へと回す。とにかく、シルーセンから今日まで動き詰めで、しかも様々なトラブルに見舞われた二人には休息が必要だという判断だった。


 いつまで余裕があるのかなど誰にもわかりはしない。ただ確かなことは、総司とリシア、それにディネイザが、ローグタリアに存在する絶大なる戦力であり、現時点でこの三名は消耗した状態であるということ。


 三人が万全であったとて、一縷の望みに縋るしかない強大な敵を迎え撃たねばならない。今夜アゼムベルムが攻め入ってくるのならばどのみち勝機はないのだから、割り切って休んでしまえ、というのがヴィクターの指示だった。


 総司は今すぐにでも、ヴィクターがヘレネの助言にとりあえず従って配備を行ったという首都の護りについて聞きたかったのだが、それはリシアが止めた。


 総司の回復力が凄まじいことはリシアも知っているが、シルーセンで戦った敵があまりにも強かった。あの激闘から満足に休息できたのは昨晩だけで、彼が消耗しているのは間違いない。誰よりも総司こそ、アゼムベルムを相手取る時には万全でなければわずかな勝機も失われる。リシアの説得もあって、総司は大人しく一晩休むことにはしたものの、なかなか寝付けなかった。すんなり夢の世界へ旅立つには、今日は少しばかりいろんなことが起こり過ぎた。


 リゼットの“理由”を思えばそれも無理からぬこと――――リゼット・フィッセルは、リスティリアにおいて、ルディラント王に次いで総司の心を揺さぶった存在と言っても過言ではない。同郷でありながら進む道を違えた二人。リシアも敢えて語らなかった――――彼女を説得して矛を収めさせるという選択肢は決してあり得ない。リゼットは命ある限り退かない。つまりアゼムベルムを討とうともくろむからにはその先で必ず、総司は同郷のヒトを討たねばならない。


 スヴェン・ディージングのみならず、更にもう一人、同郷を討たねばならない。ヘレネは実は稀有な例外で、リスティリアに来た異世界の民は殺し合う運命にあるのかと――――女神がそのように定めているのではないかと疑いそうにすらなる。考えるほどに、総司の心は落ち着かない。


 そんな時に寝転がりながら見返したのが、エメリフィムにおいて王女の側近ジグライドが手渡してくれた彼のメモ――――というよりは、総司に宛てた手紙だった。


 エメリフィムを出立しマーシャリアに至るまでの間に目は通したものの、そのすぐあとから事件が連発し過ぎて細部まで思考を詰められてはいなかったので、何とはなしに見返すことにしたのである。


 そのような理屈を抜きにしても、理路整然とした意見を述べつつも、手紙という形で総司に対し読みやすくしているジグライドの文章には、どこか落ち着く不思議な感覚があったから、心がざわつく今読みなおしてみたくなったのだ。


『私の個人的な意見に過ぎないが、警戒すべきはカトレアだ。根っから“傭兵”気質なディオウとは明確に違う。断言するがあの娘の対価は金ではない。アルマに金以外の見返りを求めているはずだ。それに関しては全容を掴み切れなかったが、一つだけ確かなことがある。カトレアは力を求めていた。その最たるものが、“凶暴化した魔獣”が持つ黒い結晶であったことまでは掴んでいる』


 レブレーベントでもそうだった。カトレアは女王が手に持っていた黒い結晶、“悪しき者の力の残滓”を奪おうとしていた。


 ティタニエラで姿を見た時も、もしかしたら彼女はより強力な「力」の結晶を――――クルセルダ諸島の魔獣たちにように、元々凄まじい力を持つ者が更に高めた「力」を得ようとしていた可能性はある。総司ですら苦戦したクルセルダ諸島の魔獣たちを前に、カトレアが戦えるとも思えないが――――


『レナトゥーラの顕現という事実と併せれば、カトレアは“イラファスケス”の真髄の力を何らかの形で「物質化」し、もらい受けるような算段になっていたのではないか、と思う。君を待ち受ける敵が神獣王アゼムベルムなる存在なのだとすれば、もしかすると集められた力の「集約先」はそこなのではないか。ただしこれは推測だ。外れていることを祈っている。再びあの邪悪が君らの前に立ちはだかることのないように』


「やっぱ流石だよな……」

「寝ろというのに」


 総司の独り言を聞きつけたか、同室のリシアがピッと総司からメモを取り上げて厳しく言った。


「あっ、おい」

「誰よりお前が万全でなければならないんだ。わかっているだろうに」

「……悪い」

「……まあ、落ち着かないのはわかる」


 横になっているだけの総司の傍らにぽすっと腰かけて、リシアが苦笑しながら言う。


「アゼムベルムの動向もわからず、シルヴィアを失ったことを筆頭に多くの事件が起きた。心穏やかにとはいかんだろう。私もだ。この平穏は仮初に過ぎず、いつ全てが壊されるかわからない……恐ろしさすら感じるよ」

「……どれもこれも、考えても仕方ねえんだけどな」

「そうだ、だから体を休めるんだ。今晩中に攻め入ってくるようならどのみち負けだよ。諦めているわけではない、事実だ。だがもし、もう数日猶予があるのであれば、我々だけでなくディネイザ殿も相当回復する……それだけでも大きな違いだ」


 フォルタ島で遭難していたために、ディネイザは万全からは程遠い状態だ。しかしそんな状態であっても、ゼルムの襲撃を受けていた首都の戦いにおいては絶大な力を見せつけた。


 総司もリシアも十分に体力と気力を回復し、ディネイザも万全の状態となれば、勝率1パーセントが3パーセントになるぐらいの効果はある――――かもしれない。実際には桁が二つも三つも違う、もっと低い次元での違いかもしれないが。


「……寝るよ。ワリィな、気を遣わせて」

「良いさ。あいにく子守歌の心得はないが」

「子どもか俺は」

「良い夢を」


 リシアがポン、と総司の肩を叩いて、自分のベッドに戻る。焦燥感とざわつく心を抑え込んで、じっと身をひそめる。二人はそれからしばらくして、ほとんど同時に夢の世界へ旅立った。


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