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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・序章③ 女神が与える試練

「……何を言ってるんだ?」


 総司の目から、憤激の感情がすっと消える。レヴァンチェスカが紡ぐ言葉の真意が理解できなかった。


「私の目的を達成するためには、強い人間が必要なのよ。それはちょっとした武術の心得とかそういう問題じゃない。鉄の心を、強い意志を持った、想いの力がどれほどの可能性を秘めているのかを理解している人間の力が必要なの。人間でなければならないの」


 レヴァンチェスカは、総司の頬にそっと手を触れる。


 驚くほど冷たいその手は、優しさに満ちていた。総司の拘束は既に解かれていたが、抵抗する気はもうなかった。


「私に力を貸してほしい。あなたが捨てたいその命をちょうだい。その代わり約束するわ。あなたはきっと、私の世界で“死に場所を見つける”。それが、協力への対価よ」

「……眉唾もの、どころじゃないが」

「もし死に場所を見つけられなかったら、その時は私が殺してあげる。理不尽に理由なく、あなたをただ消し去ってあげる。あなたが欲する『回避できない死』を齎してあげる。私に協力してくれた後でね」

「……俺は、何をすればいい」


 受け入れられたわけではない。


 この異常事態を全て受け入れられるほど、総司の準備は出来ていなかった。


 それでも、レヴァンチェスカの目を見れば、彼女が本気であることだけはわかった。


「私の世界の異常を止める。つまりは、異常を齎す悪を、打倒する。まさに救世主の仕事ってわけ。どう? ワクワクしてきた?」

「まるでおとぎ話だ」

「言ったでしょう。あなたの常識でいうところの、“物語の世界”だと。あなたもまた、悲しくも美しい“物語”の主人公だったわけだけど。これからは英雄譚の主役を張ってもらうわ」

「その見返りに、俺には死を、か……まあ、あんたにとっては容易いことみたいだけどな?」


 レヴァンチェスカが指を曲げるだけで、総司の体はいとも簡単に押さえつけられてしまう。彼女にとっては息をするのと同じくらいに簡単に、総司を殺すことが出来るのだろう。だが、レヴァンチェスカは笑った。自信ありげに、高らかに。


「心配いらないわ」


 それは、“女神”としての意地か。自分の世界の価値を、誰よりも認める彼女だからこそ、彼女は自信満々だった。


「あなたは見つける。私の世界で。私が示す、苛酷な仕事に見合う『対価』を!」


 総司が望む避けようのない死よりも、ずっと価値のあるものを見出せる。


 その誘いは、まるで都合の良すぎる蠱惑的ないざないは、一見すれば罠にも思えたが、もう総司には選択肢もなさそうだった。


 これが夢か現実か、そんなこともどうでも良くなってきた。これほどまでに清々しく宣言されてしまえば、もう乗るしかないだろう。


「……あぁ、オッケー。腹を括るか」


 レヴァンチェスカから数歩離れて、総司は自分の頬をバチン、と強めに叩いた。


 異常事態には違いない。非現実的で間違いない。だが、どうやったってこの夢は覚めないし、いつまでもウダウダとしていたってこの状況は好転しない。


 ならば、出来ることは一つだ。元いた世界でもいつだってそうだった。バスケをしているときだってそうだった。出来ることをするしかない。たとえそれが、後に正しい選択ではなかったとわかってしまうようなものだったとしても、いまこの瞬間には正しさなどわからないのだから。


「違うわ。はじめから正しいものを選び取るのでは足りない。それは臆病者の作法よ」


 やはり――――レヴァンチェスカには、総司の思考すら簡単に読み取れるらしい。そのことで今更驚きもしなくなってきた自分が怖かったが――――


「選んだ後で、それが間違っていなかったと証明するのよ。たとえどんな手を使ってもね」

「……強い意見だ。大したもんだな」

「ええ、女神様ですから」


 彼女の言う“女神”の意味がいまいちわからなかったが、髪をさらりとかき上げながら言うレヴァンチェスカに、無粋なツッコミを入れる気にはなれなかった。


「でも、さっき英雄譚と言ってたけど……本当に剣と魔法で戦う感じなわけか? いや、それは出来ないぞ、俺は。俺を見てたんならわかってるだろ?」

「あら、だから言ったじゃない。『あらゆるものを叩き込む』って」


 またしても、レヴァンチェスカの目に危険な光が宿った。


 総司はその輝きを見て思い出した――――あぁ、そうだ、この目は。


 中学時代の恩師が「本気で全国を目指す」と言い始めたときの、飢えた獣のようなあの目にそっくりなんだ――――


「あなたの言った通り、剣と魔法で戦うのよ、これからは。そのための力は、私が授ける」


 レヴァンチェスカは、大聖堂の奥に立つ十字架に手を伸ばした。


 特に派手な演出もなかった。ガラスから差し込む光がきらきらと、十字架を伝ってレヴァンチェスカの手に流れ込んで、静かに、それは姿を現した。


 漆黒と銀の、片刃の剣だった。華美な装飾のないシンプルなデザインのそれが視界に入った瞬間、総司の意識が飛びかけた。


 剣から嵐のような風が吹き荒れる――――そんな錯覚に襲われた。自然と膝をついてしまいそうになる、「絶対」の気配。レヴァンチェスカが醸し出す圧倒的な気配を凝縮しているかのようだった。


「凄いでしょ」

「……それを、俺に持てって? 嘘だろ?」


 総司が思わずたじろいだ。剣の力は、素人目にも――――まだ魔法の「ま」の字も知らない総司が見ても、既に圧倒的だ。とても握れたものではない。出来れば近づきたくもない。それほどまでに、レヴァンチェスカがかざす漆黒と銀の剣はとんでもない代物だった。


「んー……まあ、あなたの武器には違いないけど、確かにまだちょっと早いか」


 レヴァンチェスカの目はもう、スパルタ指導者そのもの。


 総司にはある意味でトラウマじみた目をしていた。


「いや、ごめん、ちょっと待って、心の準備をさせてほしいんだけど――――」

「あなたはこれから、“物語”に登場するあらゆる悪役を手玉に取れるような力を身に付けなければならない。圧倒的で絶対的な存在にならなければならない。さあ、開幕よ!」


 レヴァンチェスカが指を鳴らした。


 美しかった大聖堂は消え失せ、二人は荒野に立っていた。


 嫌な予感がする。またしても非現実的な光景を見せつけられたというのに、総司にはもう、それに驚いている余裕がないことがわかっていた。


 だって、背後にいるのだ。


 地鳴りをさせる巨大な存在、いまにも総司を踏みつぶそうとする、強大な何かが――――


「おおおおおお!!!」


 持ち前の反射神経で思いきり前へ飛んだ。総司がさっきまで居た場所を、岩でできた“何か”の巨大な足が踏みつぶした。


 その瞬間に、総司はようやく理解する。


 レヴァンチェスカの言った、「在るだけで強大な力を得る」、その言葉の意味を――――


「えっ――――とっ、おおおうわっ!」


 前へ飛んで、転がりながら避けるはずだった。


 だが、想定を超えて、総司の体は吹っ飛んでいた。


 別に吹き飛ばされたわけではない。ただ総司が、背後から襲い掛かる突然の脅威をかわそうと前へ飛んだ、ただそれだけの動作で、総司の体は遥か前方へ吹き飛び、更には空中で身をよじって着地するだけの余裕があった。


「……え? 何?」

「流石、運動神経は大したものね!」


 巨大な岩の足は、岩でできた巨人のものだった。


 十メートルはゆうに超える巨人の頭上に腰かけているのは、鬼の指導教官レヴァンチェスカ。総司の姿を愉快そうに見下ろしながら、声を張り上げている。


「多少は理解したでしょう、自分の力を! とりあえずは“それ”に慣れるところから始めるわ! さあ、この可愛い可愛いゴーレムくんを倒して見せなさい!」

「無茶言ってんじゃねえぞオイ! 説明もなしに何てことすんだよ!」

「大丈夫よ、死にたがりとは言えまだ殺さないから! 多分すっごく痛いけどね!」

「わかってんならいったん止めるとか――――おおい!」


 ズン! とまたしても踏みつぶしの一撃。総司は大げさに跳んだが、やはりその跳躍力は尋常なものではなくなっていた。


 もともとバスケで鍛えた身体能力には自信があった。それこそ鬼のしごきを受けて来たのだ、並大抵の高校生よりは体力がある。それでも――――


 それでも、生身の素手で目の前の巨人を「倒す」というのは、全くイメージが出来ない。


「いやぁ~……ちょっとこれは……」


 無論、岩の巨人に感情などあるはずもなく。


 冷や汗と共に後ずさりする総司に、巨人は容赦なく歩を進める。


「もうすでに帰りたいんだけど……」


 スパルタスイッチの入った女神様に、そんな言葉は届かない。「回避できない死か、或いはそれに並ぶほどの対価を与える」――――甘い誘惑にその場の勢いで乗っかってしまった数分前の行動を後悔したが、もう遅い。


 さっきいみじくも自分で言った通り、もう、腹を括るしかなかった。


 三度目の襲撃をかろうじてかわし、荒野の上を転がって態勢を立て直しながら、総司は頭を振って笑った。


「あぁ、もう、はい、はい。わかりましたよ」


 何をどうわかったのか、自分でもよくわかっていないが。


 この状況を乗り切らなければならないのだけは、はっきりしている。


「やってやるよクソッタレが! レヴァンチェスカてめぇ、あとで絶対ぶん殴るからな!」

「やってみなさい、出来るものならね! 楽しみにしててあげる!」


 世界を救う英雄譚――――その地獄の前哨戦が、誰も知らない場所で始まった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 物語の主目的やその理由が丁寧に説明されていてとても読み易かったです
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