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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第七話② 戦力増強と状況整理

 謎の怪物による首都ディクレトリア襲撃事件は、“古代魔法”ディアメノスの使い手・ディネイザの参戦から程なくして終息した。


 その強さたるや、圧巻。首都まで入り込まれているが故に大破壊を齎す攻撃が封じられた総司とは違い、ディネイザの魔法は驚くほど器用に操ることが出来るようで、瞬く間に怪物たちの動きを封じていった。ディネイザによる敵の制圧は、住民の避難を達成させる結果を生み、兵士たちの砲撃による殲滅を大きく後押しすることとなった。


 見た目の派手さに反して、ディネイザの魔法は「破壊力」という意味では乏しいようだった。ディネイザによれば、“ディアメノス”は『万物に多様な制限を課す』魔法だという。徹底して怪物の動きを封じたディネイザではあったが、殲滅は兵士たちや総司に任せていた。


 そしてその破壊力のなさ故に、護るべき民が多くいる、都市部における防衛戦では特に無類の強さを発揮したというわけだ。当然、ディネイザも自分の魔法が――――普通の魔法に比べれば強力とは言えど――――殲滅力を持たないことは自覚していて、だからこそ彼女の体はきちんと鍛え上げられている。魔力による身体能力の強化と併せて、自らの手で敵を倒すための鍛錬だ。


 近接戦闘でも恐らく相当な強さを誇るであろうディネイザだが、今回は体力的に消耗している状態だったために総司たちに殲滅を任せたのである。体力切れで倒れてしまっては元も子もないと冷静に判断していた。


「――――生き返るとはこのことだ。この世に生を受けて以来、最高の食事だった」


 そんな腹ペコ状態のディネイザが、『歯車の檻』の食堂へ招かれたとあれば、総司と共にやることは一つ。ばあやが次々と運んでくる料理を、残らず平らげることである。


 首都ディクレトリアの襲撃という危機は脱したものの、人的被害も多く出ており、謎も多い事件である。事後処理は大変だが、それは皇帝ヴィクトリウスをはじめとする中枢の仕事。総司たちは、「話し合いは後で」とのお達しを受け、ひとまずは休息をとることとなった。何よりディネイザには体力を回復してもらわなければ、いつまた襲撃があるかわかったものではない。


 シルヴィアは一旦、姉のアンジュに呼ばれて姿を消しており、食堂には総司とディネイザしかいなかった。そこへ、


「死人は思ったよりも少なかったそうだ」


 戦線に出ていたリシアが、ヴィクターから『戻れ』との命令を受けて総司の元へと帰ってきた。


「“活性化”により好戦的な気質が強まっていたのがある意味では幸いしたのかもしれん。より抵抗の激しい相手との闘争を好み、兵士たちと戦おうとする個体が多かった……無論、ゼロではないがな」

「……まあ、もっと被害が大きくてもおかしくなかった」


 ようやく薄れていた始まりの街シエルダの記憶がにわかに蘇り、顔をしかめつつも、総司は静かに言う。


「俺達がいなかった場合よりはマシな結果だ――――と、思っておこう。九割方ディネイザの武勲だが」

「ではつまり、私を連れ帰った君の武勲ということだ。それで、ソウシ、彼女は?」


 戦いを経て既に気楽に呼び合う仲になった二人。だが、リシアとディネイザが顔を合わせるのはこの場が初めてだった。


「リシア・アリンティアスだ。俺の仲間だよ。リシア、こっちはディネイザだ」

「凄まじい魔法の使い手だと聞いている。助力に感謝を」


 リシアが微笑みながら言うと、ディネイザは首を振り、総司を見る。


「そろそろ事情を聞きたいね。私はあの島で死ぬはずだった。それがどういう因果か命拾いしてここにいる――――奇跡の経緯に興味があるよ」


 それからしばらく、総司はリシアとディネイザを相手に、“海底神殿”と“フォルタ島”で起きたことを話した。それなりに長い話になったが、二人とも興味深げに総司の話を聞いていた。


 また、ディネイザに事の顛末をきちんと説明するためには、総司とリシアが旅をする理由も語らないわけにはいかなかった。“海底神殿”を探索した理由や、神獣ウェルステリオスと縁が深い理由などなど、“女神の騎士”としての事情なくして語ることは出来ないためだ。


 特段隠すようなことでもない。これまで訪れた国でも、総司は自分の身の上を意図的に隠そうとしたことはなかった。相手が信じてくれるかどうかは別問題にしてだ。


 ディネイザは総司の話に興味津々と言った様子だった。好奇心の強さが傍目にもよくわかる。


「……想像以上に奇跡的だったんだね。いや、なかなか信じがたい話ではあるけれど」


 総司が話し終えた後、ディネイザは驚愕を隠さないまま感想を述べる。


「嘘をつく意味もないし、そういう奇跡的な経緯がなければあの島から帰って来れもしない。何度も海へ出ようとしては失敗した私が、それは一番よくわかってる。改めて、ソウシには感謝しないと」

「いや、ディネイザに関してはもう流れっていうか……まさかあの状況で置いてくるわけにもいかねえし、ウェルスにも頼まれたし……感謝されるようなことはないんだよな、正直」

「そんなことはないさ。それで言うなら、君が神獣と縁を繋いでいてくれたおかげとも言える。まあ、細かいことは抜きにしても結果的には間違いなく命の恩人だ」


 ディネイザは胸に手を当てて、爽やかに言った。そんなディネイザに対して、今度は総司が聞く番だった。


「そっちの身の上は聞いても?」

「構わないよ。と言っても面白い話は出来ないけど」


 ディネイザ曰く、ティタニエラから数十年前に出奔した好奇心旺盛なエルフの子孫だと言う。ミスティルの母と同じように、外の世界を夢見て秘境から出たエルフがいた。ミスティルの母と違い――――幸いなことに善人と出会うことができたらしいディネイザの先祖は、ミスティルの家系とはまた違う“古代魔法”を有していた。


 魔法に長けた種族であるエルフであっても、“伝承魔法”と同じく“古代魔法”の覚醒に至る者は一握りだ。ディネイザの覚醒は、人間界に飛び出してきてから数十年ばかり続いてきた彼女の家系の人々にとっても想定外で、彼女の先祖が“古代魔法”の家系にあったことがわかったのは、ディネイザが覚醒したからだった。そしてそのディネイザも、彼女の弁では『完全な掌握には至っていない』らしい。


 ディネイザは「出奔したエルフを先祖に持つ」という言い方をしたが、総司はミスティルの母のことを想って、違う感想を抱いた。


 大老クローディアはきっと、ディネイザの先祖が“ディアメノス”を継承する家系にあることを知っていたはずだ。


 クローディアは基本的には優しい人格の持ち主だろうとは思うが、たかだか百年程度しか生きられないヒト族とはまた違う視点を持つことも事実。


 ミスティルの母が旅に出ることを許したのは、それがミスティルの母・レムスティアにとって必要な時間だと考えたから――――“だけ”では、なかったと。クローディアには好意的な感情を持ちつつも、彼女の「ヒトの常識からは外れた」考えの一端を垣間見たことのある総司は想う。


 既にその時、ミスティルがいた。


 レムスティアには見られなかった“ディスタジアス”の才能の片鱗を見せるミスティルがいたから、クローディアは危険な一人旅を許したのだ。


 レムスティアに万一のことがあっても、エルフという種が受け継いでいくべき“古代魔法”の血筋は妖精郷の中に遺されるから。それは「ただのクローディア」としてではなく、「大老クローディア」としての判断。


 とは言え、大老クローディアはそういう意味でのリアリストかもしれないが、特に同族と、例えば総司やリシアのように「自分が好いた相手」に対してはものすごく甘い一面も持つ。ヒトに害されるかもしれないというだけではない、妖精郷の外に“古代魔法”の血筋が流出してしまうという危険性を認識していても止めきれないほどに甘い指導者でもある。


 子孫の存在にしても万一の時を考えての判断材料に過ぎないだろうし、何よりクローディアとしては「レムスティアは戻ってくる」というのが前提だったはずだ。


 そう考えると、ディネイザの先祖に対しても同じ見込みだったのかもしれない。


 何かしらディネイザの先祖からの願いを聞き入れ、「外に出してやりたい」と思う要因があって、且つ既に子孫はティタニエラの中にいて、あくまでも「一時的に」外へ出ることを許可して――――


「……ディネイザのご先祖様は、ものすごい大恋愛だったとか、そういう話はあるか?」

「えっ。おお、凄いな。君、”そういうの”鋭いんだね」


 ディネイザが目を丸くして驚き、ふと口を挟んだ総司に対して、わずかな賞賛の眼差しを向ける。


「大当たりだ。祖父からそういう話をよく聞かされていたよ」


 総司はくすっと思わず笑ってしまった。


 要するに、“恋”だ。ディネイザの先祖は元々は一時の「外出」予定だったが、ヒトと触れ合い、そのうちの一人と恋に落ちてしまった。子孫に伝わるほどの大恋愛――――もしかしたら大老クローディアも外に出てきて、ディネイザの先祖を連れ戻そうと言い争ったりしていたのかもしれない。


 神々しさすら感じる気配を醸し出す大老クローディアはああ見えて存外、今も昔も大老としての気苦労が多そうだ。


 ミスティルとの約束通り、“また”ティタニエラを訪れることが出来たなら、以前は聞けなかったクローディアのそういう話を聞いてみるのも面白そうだ。


 横道に逸れた話をディネイザが戻し、ぼんやりと下らないことを考えていた総司も居住まいを正した。


 先祖と同じく好奇心旺盛なディネイザは、世界の秘境を回る冒険者として旅をしており、前人未到との噂が募る『果てのない海』の果てに至ろうと船を漕ぎだした。


 何度も失敗し、ただ出発点へ戻されるだけの日々が続いたが、ある日突然『フォルタ島』に辿り着いてしまった。それから数週間、島の探索も程々に、手持ちの食糧で何とか食いつなぎながら帰る方法を模索したものの、糸口さえつかむことが出来ず途方に暮れていたのだという。


「危ないことは何度も経験したが、今回ほど手の打ちようがなかったのは初めてだ。まさか魚も獲れないとはね。流石に諦めていたところへ君が来てくれたと、そういう流れだ」

「なるほどな……」


 全てが偶然なのか、それとも女神による導きか。真実は定かではないが、ディネイザは総司と巡り会わなければ恐らく餓死していただろうし、総司はディネイザと出会わなければウェルスと話すことも出来なかっただろうし、首都で窮地に陥っていた。


 難しいことは抜きにして、この天運を逃さないためには――――


「……リシア、金はどのぐらいあったっけ」

「うん?」


 唐突な質問に面食らいながら、リシアは財布代わりの巾着を取り出す。


「ジグライド殿に援助をいただいたが、さほど多くはないぞ」


 総司はあまり重くない巾着を受け取ると、ディネイザの前にすっと置いた。


「聞いた限り、別に急いで帰らなきゃいけない場所も用事もない。だよな?」

「そうだけど、これは?」

「雇いたい。足りない分は俺から皇帝陛下に頭を下げる。陛下もきっとディネイザの力を欲しがるだろう。とりあえずの前金だ。俺に手を貸してほしい」


 総司が真剣な表情で言った。


「力が要るんだ。頼む」

「……命の借りだ、金は要らないと格好よく言い切りたいところだけど」


 ディネイザは巾着に手を伸ばし、銀貨を二枚取り出して自分の口元に運び、いたずらっぽくウインクした。総司が「命の恩人」として過剰に恩義を感じられることを嫌うだろうという判断から、形式的な儀式に乗っかったのだ。


「“内容を問わずどんな仕事も引き受ける”ということで、これだけ貰っておこうかな」

「決まりだ」


 パシッと手を叩き合う二人を見て、リシアが苦笑する。


「話が纏まったのなら、最後に私の話を聞いてくれ」

「おぉ、そうだ。首都が何であんなことになってたのか聞かねえと」

「詳細が明らかになっているわけではないが」


 リシアは表情を引き締めて語る。


「リゼット・フィッセル――――“海底神殿”にいた『カトレアの協力者』を私が連れ帰ったことが発端だろうと思う」


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