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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第五話③ 海底神殿へ

 首都ディクレトリアは、ヴィクターが豪語したように、「機械と魔法文明の融合」を体現していた。


 総司とて、元いた世界の歴史や、文明発達の過程に決して明るいわけではない。際立って優秀だったわけでもない普通の高校生で、一般的なレベルの世界史の知識しかない。


 それでも、首都ディクレトリアの街の端々に用いられている技術が、リスティリア全体の技術水準からすれば「異常」と呼んで差し支えないレベルに達していることは十分に理解できた。魔力と蒸気機関を併用した機械の数々は、国としての統治がそれなりに取れていて、貧富の差はあれども近代的な暮らしをしていたレブレーベント・カイオディウムと比べても差が明白だ。


 蒸気機関は、産業革命の起爆剤となった画期的技術――――紡績産業に始まり、果ては蒸気機関車まで、総司の元いた世界において現代的な暮らしを築く礎となった人類の特異点の一つ。


 既にローグタリアではそれが達成されているが、その技術的な歩みは、ざっくりと言ってしまえば「蒸気機関が在るにしては随分と遅い」。間違いなく世界最高水準の「技術」を有し、文明発展の最先端を行っているにも関わらず、遅いのだ。


 各国の繋がりが希薄であるが故に――――技術を飛躍させる天才の数が足りない。技術が「人類全体」の生活や常識の水準を押し上げるには、それが飛躍し進化して、天才でなくても扱えて発展させることのできる状態、つまりは「汎用的」にならなければならないが、技術が常識化しておらずどこか「特別」なままで、汎用性が低いのだ。


 そして何より魔法の存在だ。人々が技術の発展を求めそれに情熱を捧げられたのは、それによって暮らしが一変する未来を夢想したからに違いない。当然、それに付いてくる金銭も魅力的だったことだろう。


 魔法という、総司の常識にはなかった利便性に富む特別な力の存在が、技術革新に対する情熱をいくらか削いでいる。魔法と機械の利便性を融合させようとする試みは、「機械のみの発達」に注がれるはずの熱意を分散させている。


 だが――――もし、ひとたびローグタリアの技術が、軍事の方向で特化したとすれば。


 他国に比べて異様に発達した技術が、武力としてもっと洗練された上で他国に向けられる事態となれば、果たして、一体誰がそれを止められるのだろうか。


 現在の軍事力の水準であれば、アレインやミスティルといった超常の中の更なる超常を操る、魔法文明の傑物を相手にしてしまえばまだ分が悪い。


 数の力をものともしない圧倒的な「個」を、更に凌ぐだけの戦力が揃った時、リスティリアはそれでも平和でいられるのか。総司が目指す「繋がるリスティリア」が内包するリスクの最たるものは、もしかしたら――――


「ここが“ディクトール岬”……海底神殿に続く“入口”だそうだ」


 アンジュに渡された地図を見ながら、リシアが言った。


 首都ディクレトリアの外れ、『果てのない海』に向かって大きくせり出した陸地の先。


 人気のない灯台が佇むだけの、切り立った殺風景な断崖が物寂しげな岬の先端で、総司は海の向こうをじっと見つめていた。


 リスティリアの中にあって目覚ましい発展を遂げている首都ディクレトリアの端にあって、この場所は時代から取り残されているかのようだ。


 ローグタリアにおける、かつて女神の領域に接続できた場所――――秘匿されし“海底神殿”へと至るための入口。牧歌的な暮らしの名残を思わせる灯台ではあるが、『果てのない海』への航海は危険だとされていて、物好きで命知らずな冒険家たち以外からは忌避されている。灯台としての役目を全うしたことがあるのかどうか疑問であった。


 重要な場所へと続く入口のはずだが、見張りも魔法的な護りもない。


「……見た感じ、何もないけど」


 街を歩く際には目深に被っていたフードをぱさっと取り払って、シルヴィアが物憂げな表情で周囲を見回した。


 未だ幼さの残る顔立ちとは言え、憂いを秘めた表情は海をバックにして非常に絵になる。魅惑の双眸がなかろうとも、世の男のいくらかを虜にするには十分な美貌を携えている。


 むしろその瞳があることで、本来であれば相当幸せで、ある意味では楽な人生を歩めたはずの美貌の持ち主であったのに、苛酷な人生を歩まざるを得なくなってしまった。その経験が創り出すアンニュイな横顔に、総司は鋭い視線を向けていた。


「“海底神殿”に行ったことはないのか?」

「ないよ。名前は聞いたことがあったけど……そもそもどこにあるのかすら普通は知らない。カトレアの口からも聞いたことはないね」


 赤と淡い水色の瞳が、寂しそうに佇む灯台へと向けられる。


「灯台、入ってみる? それとも、入る方法を聞いてるの?」


 シルヴィアの問いかけはリシアに向けられたものだった。リシアは首を振り、


「詳しい話は何も。ヴィクター曰く――――『毎回入る方法が違うから、事前に話したところで無意味だ』と」

「毎回違う?」


 総司が首を傾げた。


「どこかに道が隠されてるとか、そういう話じゃないってことか。つまりは出たとこ勝負ってわけだ」

「いつも通りにな」


 リシアが苦笑して地図を畳む。


「取り掛かる前に確認だ。”海底神殿“での目的は三つある。対となっている”レヴァングレイス“の片割れを確保することと、”レヴァンフォーゼル“の力の再現を試みること」


 カトレアが確保していない方の “レヴァングレイスB”を探し出すことと併せて、“聖域”である“海底神殿”の場の力を借りてエメリフィムの“オリジン”の力を取り戻す。


 何でもない普通の場所で、総司が魔力を込めてみるという実験は既に行ったが、残念ながら“レヴァンフォーゼル”が本来の力を取り戻すことはなかった。


 だが、“オリジン”が失われた力を取り戻す、というケースについては既に前例がある。ティタニエラにおいてミスティルが、失われた“レヴァンディオール”の力を復活させていたという前例だ。


 ミスティル自身に“女神”の力はない。それに準ずる古代魔法の才覚を持っているとはいえ、彼女よりは総司の方が“女神レヴァンチェスカ”の力の性質に近いものを持っている。


 にも関わらずミスティルには出来て、総司には今のところ出来ていない。


 二人の差は、「魔法」そのものに関する技量の差と、それを行った場所の違いだ。時代の傑物たるミスティルとの技量の差を埋めることは叶わないだろうが、場所に関しては解決可能である。


「それから、“海底神殿”に何らかの破壊工作の痕跡がないか調査することだ」


 重要な三つ目をリシアが言い、総司が頷く。


 神獣王アゼムベルムの封印は、各国の聖域とシルーセンの村そのものに刻まれていた。そして奇しくも、総司が歩んできた旅路において、“海底神殿”以外の全ての封印が破壊されたことが確認できてしまっている。


 カトレアの狙いが神獣王の顕現にあるのなら、最後の封印を破壊するために手を尽くすはずだ。カトレアは総司やリシアよりも先にローグタリアに入っており、“オリジン”の奪取も含め既に行動を開始していた。“海底神殿”の破壊に向けて何らかの準備をしていてもおかしくない。


「わかりやすく爆薬でも設置されていればまだしも対処可能だが、そうでない場合……準備の儀式を伴うような魔法の痕跡は注意しなければ見落とすだろう。お前の察知能力、あてにしていいな?」

「もちろんだ。気を張っておくようにするよ――――そんな魔法の痕跡だけじゃなくて、“神殿”そのものの仕掛けもあるかもしれねえしな」

「とはいえお前の感覚でも、今なお何も感じ取れないか」


 リシアが困ったように顔をしかめる。総司は首を振りつつも、楽観的な調子で言った。


「とりあえずシルヴィアの言う通り、入ってみようぜ。ここで立ち話してても何も起きないみたいだしな」

「私が前を行くよ」


 シルヴィアがすっと進み出た。が、総司がその肩を掴んでぐいっと後ろへやった。


「わっ、なにっ」

「魔法にせよ物理的な罠にせよ、俺が一番耐性があって、対処も出来る。別に、背中から刺されるなんて疑っちゃいねえよ」

「……そう。甘いんだ。カトレアに聞いてた通り」

「ハッ、アイツが俺をどう言ってたか多少興味はあるが……まあ聞かねえことにするよ。苛立って肝心なものを見落としちまいそうだからな」


 総司がフン、と下らなさそうに言って、スタスタと灯台に向かって歩き出した。シルヴィアがそのすぐ後ろをついて歩き、リシアがしんがりを務めた。








『首都の名家襲われる――――強盗殺人・当主とその妻惨殺』


 古い新聞の見出しには、随分と強烈な文字が躍る。ガラスのケースで丁寧に保護されたその新聞の切り抜きを眺め、ヴィクターの瞳には仄暗い光が宿る。


 不意にガチャガチャとエレベーターが動き始めて、ヴィクターはさっとケースを戸棚にしまい込み、何事もなかったように王座に戻った。


 直後、アンジュ・ネイサーがエレベーターに乗って姿を現し、いつもの調子で報告を行う。


「陛下、例のカトレアという賊についてですが、やはり首都にはもういないようです。昨晩兵を動かしておりましたが、目撃情報はありませんでした」

「ハッハー、まあ予想通りだな!」


 ヴィクターは笑いながら言った。


「ソウシの襲撃に相当肝を冷やしたと見える。連中の狙いに“海底神殿”の破壊があると想定すれば、必ずもう一度首都に入るだろうが、昨日の今日というのは考えにくい。ソウシもつめの甘いことよな――――ヤツの実力なら“殺せていたはず”だ。シルヴィアに甘さを見せなければ」


 ヴィクターがそう言って、アンジュが申し訳なさそうに目を伏せた。


 シルヴィアの襲撃を『止める』のではなく、即座に彼女を切り裂いてカトレアへの攻撃に転じていれば、総司の刃は恐らくカトレアに届いていた。


 総司の“斬る判断”はカトレアにのみ向けられていたもので、想定外の襲撃者についてはその限りではなかった。


 斬るべき相手、斬ってはならない相手を間違えてはならないという苛烈な誓い――――正体不明の襲撃者を相手に即座に“斬る”判断を下すという選択肢が総司にはなかった。総司にはその後悔は微塵もないだろうが、千載一遇の好機を逃したとも言える。


「しかし、あの場でシルヴィアの事情も知らぬまま斬れるようなヤツであったなら、きっとソウシは“ここ”まで辿り着いておらんのだろうよ。そういう旅路を歩んできたのだろう……酷なことにな」

「……カトレアが宿泊していた宿屋についてですが、目立って重要そうなものは残されていませんでした。ただ、一つだけ」


 アンジュが報告を続け、言葉を切ったところでヴィクターがアンジュを見る。


「兵士の一人――――鼻の利く者が、“特殊な薬品の匂い”がかすかに残っていると証言しました。医術に携わる者が使うような類の薬品であるとのことです」

「ほう!」


 ヴィクターがかっと目を見開き、口元に笑みを浮かべる。


「というよりは痛み止めとして使える『麻薬』の一種で、医者でもなければ所持は違法となる薬のようです。それ故に、以前押収したことのある薬品の匂いに酷似しているとわかったようで……」

「カトレアが所持していたか、それとも合法的にその薬品を持つことが許されている者が、カトレアのもとを訪れていたか。いずれにしても薬品の流通状況は調べる必要がありそうだな」

「ええ、調査の手を回しています。ただ、医者であれば合法の薬品ですので、何か特殊な痕跡があるかどうかは――――」

「なに、それで全てがわかるとも思っておらん。今のところそれしか足掛かりがないだけでな。それに、カトレアの協力者が医者でないとも限らんだろう」


 ヴィクターが力強く頷いて、


「引き続き首都と周辺の街を中心にカトレアの痕跡を探せ。それとディクトール岬にも部隊を回しておけ。ソウシたちが入った後、後から邪魔者が入らんようにな」

「畏まりました。……陛下」

「何だ」

「シルヴィアへの寛大な措置、ありがとうございます」


 アンジュがぺこりと頭を下げる。ヴィクターは快活に笑い飛ばした。


「ハッハー、これは異なことを! 言ったであろう、オレは利と害を天秤にかけたに過ぎんとな! 下らんことに気を回さんで良い!」

「……はい」


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