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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第五話① 事実確認と茶飲み話

「初めまして、アンジュ・ネイサーです。お噂はかねがね伺っております。我らが皇帝陛下がお世話になりました」


 総司とリシア、それにアンジュが、簡単に形式的な挨拶を済ませる間、シルヴィアは所在なさげにわずかに身じろぎしながら佇んでいた。


 目元が隠されているだけでなく、手も後ろ手に縛られている。当然と言えば当然の措置だ。金で雇われてヒトに襲い掛かったという直近の事実を鑑みれば、皇帝陛下の前で自由にさせておく方がおかしいと言える。とは言え――――


 自己紹介を済ませた総司がシルヴィアに視線を移し、静かに言う。


「……アンジュさんにとっては実の妹と伺っていますが。それにしても随分な扱いでは?」

「至極当然の扱いです。この子があなた方にとっての重要参考人でなければ、法に則り刑罰を与えて然るべき……この程度、まだ優しい措置と思いますが」


 アンジュの声は堅く、初対面である総司に礼を払いつつも、身内への甘さを決して出すまいとする気概が感じられた。そしてアンジュの言葉は正論であり、総司は言葉を探しつつも見つからない状態だったが――――


 総司のそんな様子を見て取り、リシアが人知れずクスっと苦笑を零して、一歩前に出た。


「無論我々はローグタリアの法に従いますし、ネイサー殿の考えに異を唱える余地もない」


 総司とアンジュがリシアを見た。リシアは続けて、


「ただ、我々のための参考人というのであれば、我々はこの目で見た事実と彼女の証言とのすり合わせを行いたいだけであって、尋問や拷問を望んでいるわけではない。“瞳”の封印は妥当でしょうが、手ぐらい自由にさせてあげても支障はないかと。既に彼女の戦闘力が我々の脅威足り得ないことは把握しています。もしもの際には我々が抑えましょう」


 目元を覆われ手を縛られたシルヴィアの状況を不憫に思う、総司の心中を察して、リシアがアンジュの考えも尊重しながらやんわりと提案する。


 当然、論の正当性だけを考えればアンジュこそ正道であって、総司の希望は彼の甘さが滲んでいるだけのことだ。その点はきちんと踏まえた上での妥協案である。


「ハッ。よい、解放してやれ。おっと、無論“目”はいかんぞ、そのままだ。この二人の前であまり情けない姿を晒したくないのでな」

「え――――それは手遅れじゃ……?」

「情けない姿という点では……マーシャリアで割と見せてもらったような……」

「やかましいぞ貴様ら!」


 ヴィクターが楽しげに笑いながら怒りながらそんなことを言うので、アンジュはキッとヴィクターを睨んだ。アンジュ自身の立場を理解していないはずもないだろうに、楽観的な指示を出してくるヴィクターへの非難の色がその眼差しに見て取れるが、ヴィクターは気にしていない。


「しかし――――」

「久方ぶりに、幼い頃よりの馴染みが揃って茶飲み話が出来るのだ。警戒は当然だがそう物々しくすることもあるまい」


 アンジュはしばらく逡巡していたが、やがてシルヴィアの手元の縄を解いて、彼女の両手を解放した。シルヴィアは特に危険な動きをするでもなく、両手の感触を確かめるように軽く動かした。


「……相変わらず甘い男。久しぶりだね、皇帝」

「他人行儀な呼び方をするな、シルヴィア。かつてのようにヴィクターと呼ぶが良い」


 ヴィクターの声色には優しさが滲む。シルヴィアはつまらなさそうにため息をついた。


「断る」

「ハッハー、フラれてしまったな! まあよい、さあ皆の者、ひとまず座ろうではないか。アンジュ、椅子を持て」


 アンジュが部屋の端にあった椅子を魔法で移動させて、適当に並べる。


 髪の太さと長さ、それに強度を変えて意のままに操るという、単純だが汎用性に富む魔法。目には見えないぐらい極細の糸となった髪が椅子を捕まえて動かしているわけだが、総司の目にも髪は見えていないものの、アンジュから椅子へ伸びる「魔力の気配」はわかる。


「……なるほど、髪か!」


 魔力の気配を辿って正解に行き着いた総司が、面白そうに声を上げる。


「おや、よくわかりましたね」


 アンジュが意外そうに目を丸くする。総司は興味深そうに、アンジュと、アンジュによって操られる椅子を交互に見た。


「“伝承魔法”ではないですよね?」


 魔力の気配に敏感な総司が、これまでの経験からそう読んで質問すると、アンジュが頷いた。


「ええ、少々特殊ではありますが、血筋は関係のないものです」

「へえ~……なあリシア、お前には使えないのかな。便利そうだけど」

「確かに。私でも習得できるものでしょうか? 元々の髪の長さも関係が? それなりに長い方だと思うのですが」

「必要な魔力自体は多くありませんが、動かし方は一朝一夕ではなかなか――――あの、そうまじまじと見られると恥ずかしいのですけど……」


 総司とリシアがじりじりとアンジュに近づきながら魔法を使う様を見てくるので、アンジュが流石に顔を赤らめた。


 アンジュがそっとシルヴィアを座らせて、総司とリシアも適当に腰かける。ようやく落ち着いて話が出来る状態になった。


「……隣はソウシだ」

「おぅ。どうした?」

「何でもない」


 総司ほどでもないだろうが、シルヴィアはそれなりに苛酷な環境に身を置いてきた故か、気配の察知能力に優れていた。それでなくとも総司の魔力は特殊だ。隣で動く魔力の気配が彼だと、目元を隠されていてもわかるのだろう。


「少し寄っても良い? 流石に何も見えないのは不安でさ」

「構わねえ。ただ下手なことすんなよ」

「わかってる」


 少しどころかほとんど椅子がくっつくぐらい隣に移動したシルヴィアを見て、リシアが苦笑した。


「武器はないのだろうな、シルヴィア」

「それは間違いなく。全て取り上げました」


 アンジュが冷静に言いつつも、妹の初めて見る所作に驚きを隠せない様子だった。


 幼い頃から抱え続ける特性と、それによる過去を知るアンジュにしてみれば、シルヴィアが「男性」に懐いている姿は珍しいものだった。それこそ、ごく幼い頃にヴィクターに懐いて以来のことだ。それも結局、彼女の双眸がヴィクターにも間違いなく影響を与えることがわかってしまって破綻した。


「まずはシルヴィア、貴様が雇われていた女のことだ。アンジュよ、聞き出せたか?」

「ええ、一通りのことは。総じて単なる日雇い関係程度のものですが……」


 アンジュはシルヴィアを睨み、やがてため息をついた。


「“オリジン”に関することや、ソウシ様、リシア様の動向含め――――『歯車の檻』内部の情報の一部は、シルヴィアから件のカトレアという女に流されていたようです」

「だろうな」


 ヴィクターが訳知り顔で頷く。


「シルヴィア、誰を篭絡した?」

「カーライル隊長」


 特にもったいつけることもなく、シルヴィアは淡々と言った。


 総司とリシアはその名前を知らなかったが、アンジュがすぐに、皇帝陛下を守護する軍の兵士の一人で、分隊長を任されている要人でもあると説明した。


 アンジュの説明の間にもヴィクターは動いていた。シルヴィアから名を聞いてすぐに、何らかの魔法を行使した。


 歯車がガチャリ、ガチャリと数個動いたと思うと、エレベーターが再び動いて、女性兵士が二人、さっと部屋に現れて皇帝の前に跪いた。


「カーライルをすぐに“ばあや”の元へ連れて行け。抵抗した場合に備えて隊をいくつか割いてよい。気絶させてでも引きずっていくのだ」

「ハッ」


 女性兵士が足早に部屋を出て行く。


 リシアは一人、納得したように軽く頷いていた。シルヴィアの見た目の幼さから『歯車の檻』の要人本人でないことは予想していたが、やはりその双眸で以て地位のある者を篭絡していたようだ。


 異性を虜にする特性があれば、情報を引き出すなど容易い。個としての強さと独自の通信手段を持つトバリとは別の意味で、そしてそれ以上に諜報員向きだ。


 もしもシルヴィアが“魅惑の双眸”の力を自分で制御することが出来ていたなら、あらゆる組織で凄まじい価値を持てただろう。ただ女神は二物を与えなかった。自動的に発動する厄介な性質のせいで、そう便利に使えるばかりではない。


 ただ、シルヴィア自身の人権を完全に無視してしまえば、凶悪な使い方が出来ることは厳然たる事実だ。今日までシルヴィアがそういう「倫理観の欠如した輩」に使い潰されていないのは幸運だったとしか言いようが――――


「いや、違うな」

「ん?」


 リシアがふっと笑って何か言いかけ、総司が反応したところで、ヴィクターが鋭く言った。リシアの表情から、何か都合の悪いことに気づかれたと察知したようだ。


「リシア貴様、何に気づいたか知らんがひとまず黙っておけ!」

「畏まりました、陛下」


 リシアがくすくすと笑う、その意味を、総司は理解できなかった。


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