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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第三話④ 決戦に備えるために

「ぜっ――――全部破壊されただとォ!?」


 湯呑をひっくり返さんばかりの勢いで立ち上がって、ヴィクターが絶叫した。感情の起伏こそ激しいものの、肝心なところでは堂々たる振る舞いを見せてきたヴィクターだが、全く以て彼らしからぬ狼狽っぷりだった。


 しかしそれも無理からぬことである。アゼムベルムの封印は、それと気づかれぬまま世界中に散っているからこそ――――そしてそれがかつて女神の領域と接続できた聖域にあり、大事にされているか、ヒトが寄り付かぬ神秘の空間になっていると確信していたからこそ、ヴィクターは余裕でいられた。


 まさか五つの国を制しローグタリアに辿り着いた救世主から、その歩みの過程で全てが破壊されるところを見てきたなどと言われるとは夢にも思っていなかったのである。


「正確に言うと破壊されたのが四つ、俺達がぶっ壊したのが一つあるな」

「ぶっ壊した! ぶっ壊したと言ったか今! 何故そんな暴挙に出た!」

「墜ちて来たもんだから、壊すしかなくてさ」

「聖域が? 墜ちて来た? 何を訳のわからんことを言っとる?」

「カイオディウムの事件のことはここまで伝わってないのか?」

「いや……天から巨大な島が降ってきて、大聖堂の奇跡により首都は護られたとかなんとか、よくわからん話は聞いた覚えがあるが……!」


 わなわなと震えるヴィクターを見かねて、ヘレネが呆れたように声を掛けた。


「とりあえず落ち着かないかい、皇帝。声の音量を上げたところで、破壊された聖域が復活したりはしないんだから」

「わかっておるわ!」


 どかっと座りなおしたは良いものの、ヴィクターの動揺がそう簡単に静まるはずもない。リシアは情報を整理し、思考を回しながら、注意深く言った。


「カイオディウムの“断罪の聖域”については、そもそも大聖堂と、“ラーゼアディウム”――――ヴィクターの言う『巨大な島』との二つに分断されていた。どちらが封印の基盤となっていたのか、正確にはわからないが……」


 リシアが一呼吸おいて続ける。


「恐らくは、私たちが破壊した“ラーゼアディウム”の側だろう。各国の“聖域”の破壊は偶然引き起こされたものではない、と言うのが私の見解だ。それが女神さまの筋書きなのではないか、と仮説を立てた。カイオディウムにおける封印もまた、既に消えていると考えた方が賢明だ」

「くっ……! だとするならば、最早残る封印はたった一つ……! 我がローグタリアの“聖域”のみということか……!」

「……そういや」


 総司は、ここまでの会話の流れに含まれる矛盾に気づいて、ヴィクターに聞いた。


「俺とヘレネさんの、どうあがいてもアゼムベルムは目覚めるだろうって話も聞いてたよな? だって言うのに封印がまだ残ってるだの、楽観的なことを言ってたけど……矛盾してないか?」

「矛盾だと? それは貴様の視野が狭いだけだ。ローゼンクロイツの予知が『必中』などと、オレは信じておらん。そもそもそう断言できるだけの回数が足りんわ。故に、さほどあてにしていたわけでもなかったが……フン、以前貴様がオレに伝えた助言にひとまず従っておいたのは不幸中の幸いだったようだな」

「首都ディクレトリアでは、皇帝の厳命で『果てのない海』に向けた軍備が整えられたと聞いている。やっておいて良かっただろ?」

「やかましい。ろくでもない未来ばかり見おってからに。いよいよ現実味を帯びてきたというわけだな……わずかな情報しかない化け物との決戦が……」


 山をも越える体躯を持つ神獣王アゼムベルムの能力は、封印の伝承が残るローグタリアであっても掴み切れていない。


 規格外のサイズはそれだけでも脅威だが、もしもその巨体に見合うだけの魔力まで持ち合わせていたならば、総司がいたところでどうにかなる相手ではない。


 ティタニエラで戦った神獣・ジャンジットテリオスは凄まじい膂力と魔力を持つ強敵だった。リスティリア下界最強の生命――――神獣王が名前の通りその上を行くのだとすれば、まるで戦いにならない。


「……ハッ! 多少面食らったが、落ち込んでいる場合でもないな!」


 ヴィクターはしばらく項垂れて考え込んでいたが、やがて膝を勢いよく叩いて笑った。


 珍しく激しい動揺を見せたヴィクターだったが、調子を取り戻すのは凄まじく早かった。


「各国の“聖域”が破壊されたとあっては最早、神獣王との激突は避けられぬ運命にあると見た。信じたくはないが仕方ない。むしろ、女神の騎士と共に迎え撃てることを幸運ととらえるべきだ。が、漫然とその時を待つわけにはいかんし、打てる手は全て打たねばならん。ローゼンクロイツ、何か書くものをソウシに」

「ん? 構わんが……何をするつもりだい?」


 ヘレネが羊皮紙と羽根ペンを総司に渡す。総司が訳の分かっていない顔をすると、ヴィクターがまた笑った。


「さっき言った通り、オレはローゼンクロイツの予知の必中を完全に信じたわけではない。未来は変えられるかもしれん。最後まで足掻くぞ。というわけでソウシよ、貴様の話にあった、ほれ、カトレアとかいう女。その似顔絵を頼む。そやつが我がローグタリアで何事か暗躍する前にひっ捕らえれば、そもそも事はそこで終わる! 試してみる価値はあるだろう!」

「そういうことか……よし、わかった任せろ!」

「……大丈夫か?」


 リシアが心配そうに聞いた。これまでの旅路で、総司が絵を描くような機会はなかったが、リシアの目に映る総司の印象として、絵がうまいというイメージは全くなかったからだ。


 リシアの悪い予感は見事に的中してしまい、総司が自信満々にずいっと差し出した似顔絵は、かろうじて女であることがわかる程度の、とても残念な出来だった。ヴィクターはすぐさま紙を取り上げて床に叩きつけた。


「わかるかァ! 三歳児でももうちょっとマシな絵を描きよるわ!」

「自信あったんだけどな」

「自信だけだったなあったのは!」

「いい。私が描こう」


 リシアがずいっと進み出た。今度は総司が不安な顔をする番だった。


「……お前、こういうことにかけては割とひどかったような……」


 絵を描く、という行為ではなかったが、ルディラントで王妃の芸術作品の仕上げを手伝っていた時のリシアはそれはもう不器用でひどいものだった。


 やはり総司の予感も当たってしまい、総司よりは多少マシなものの、リシアの似顔絵もそれを頼りにカトレアを捜索するにはあまりに難易度の高い仕上がりとなってしまっていた。


「……こんなに難しいものか」

「こ、このポンコツども……!」

「寄越しな」


 見かねたヘレネがリシアから紙を奪った。


「予知で見た少女の姿を描こう。朧げだからね、詳細までは再現できんが……」


 さらさらと少女の「全身像」を描き上げたヘレネの手腕は見事なもので、顔はわからないものの、総司とリシアが見ればカトレアだとわかるイメージ絵が出来上がった。


「うむ……うむ! まあ、姿を見たとて確証まで得られるかはともかく、この絵をもとに兵たちに『注意せよ』という指示ぐらいは出せそうだ。だてに長生きしておらんな」

「私は自分の予知が外れないと確信しているがね。若いのが頑張るというなら止めるのも野暮ってもんだ」


 ヘレネは少しだけ笑ったが、すぐに顔を引き締めた。


「けれど見立てが甘いのも確か。皇帝陛下も認めた通り、これまでのこの子たちの旅路がそのまま、私の予知の実現を示唆している。準備を怠れば――――」

「言われんでもわかっておる。“同時並行”だ。ソウシとリシアの目的は我がローグタリアの秘宝“レヴァングレイス”であろう。報酬として与えようではないか。我が秘策に必要な材料の調達という任務のな」


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