眩きレブレーベント・第五話② 王女の戦い
総司が顔をしかめ、暗い顔でうつむいた。そうすることしか出来なかった。
女王の目は本気だ。疑いがある、と口では言っているものの、この気迫、この雰囲気、間違いなくアレインを糾弾しようとしている。
止める術はないのか。親子が激突するような悲惨な事態を止める術は――――アレインの無実を証明する以外に、方法が――――
「ッ……陛下!」
思考が集中した結果、周囲への警戒を怠った。
総司が抜き放ったリバース・オーダーの一閃は、襲撃者を的確にとらえていた。
女王が差し出す深い紫の結晶に向かって真っすぐ飛びかかってきた相手を射程圏内に入れたが、襲撃者は金色と濃紺の巨大な武器を振り翳して応戦し、難を逃れる。
女王がハッとして、総司の後ろに隠れるように身を引いた。
「おおっと……王都で襲撃とは、正気か、貴様」
「下がってください! 俺がやります!」
杖を構えた女王に、総司が叫んだ。
リバース・オーダーに伝わる強烈な衝撃が、襲撃者がただものではないことを物語っている。盾と剣が一体になったようなあの武器は、総司の数少ない知識の中では覚えがない。だが、その顔は見覚えがあった。ついさっき出会い、別れた顔だ。
「こんなに早くまた会えるとは思ってなかったよ、カトレア」
「……最高の不意打ちだったと思いましたが。大したものですね」
金色の閃光が眼前を横切った。
ギリギリで奇妙な武器の一撃をかわし、女神の剣で応戦する。
「おぉ……」
その光景は、リシアやアレインの実力を知る女王ですらも驚嘆させた。
残像すら見える神速の剣戟。一瞬のスキをついてカトレアの空いた手に魔法の光が宿るが、総司の反応も完璧だった。
放たれた蒼く渦巻く水と風の攻撃をかわす。カトレアにもスキはないが――――
「ぜぇあ!」
防御にも秀でた武器を、そのガードごと叩き付ける。カトレアの細い体が浮いて、強く弾き飛ばされた。
「くっ――――」
眉をひそめ、カトレアが苦悶の声を漏らす。総司の攻撃は速度だけではない、伝わる膂力は龍を相手取っているかのように強烈で、一瞬でも気を緩めれば圧倒されてしまいそうな迫力がある。
「ここなら遠慮は要らねえな……一緒に来てもらうぜ、カトレア!」
総司から溢れる蒼銀の魔力を前に、カトレアはぐっと気圧された。
もともと不意打ちで、女王が持つ結晶を奪い取り逃げるつもりだった。正面からの敵対はカトレアとしても意図しないものだった。それだけは避けなければならないと、彼女は知っていたからだ。
こうして完全に“サシ”の戦いになってしまえば、女神の騎士は強すぎる。まだ魔法の片鱗すら使っていないのに、魔力による圧倒的な膂力だけで、歯が立たないことがわかってしまう。
嵐のように噴きつけてくる蒼銀の魔力に顔をしかめて、カトレアが武器を構えた。
「――――愚か。この状況で、護りを怠るとは」
ぞくっと寒気が走った。
総司の集中は正しいものだった。カトレアが明確に敵とわかった以上は、彼女の行動に油断なく集中しなければならない。それは当然だ。だが――――
総司は今、女王を護りながら戦っているという状況だ。その状況が何を意味するのか、総司の認識は甘かった。
「陛下!!」
女王の反応も早かった。リシアやカルザスが言っていたが、女王もまた歴戦の魔女だ。ぼんやりと総司の雄姿を眺めているだけではなかったはずだ。
だが、間に合わない。
漆黒の影が上空から女王に向かって飛来し、黒い何かが女王の手に伸びて杖を弾き飛ばす。そのまま、漆黒の影は女王を呑み込んで――――
しまったかに見えた瞬間、今度は、カトレアが叫んだ。
「いけませんディオウ! 引いて!」
金色の稲妻が弾けた。
落雷のような激しさを伴い天空から舞い落ちたそれは、漆黒の影を容赦なく襲った。
影は稲妻を弾き飛ばし、逃れて、カトレアの傍に舞い戻る。
薄気味の悪い仮面をつけた、背の高い――――恐らくは男。まるで総司の知る「死神」そのものの格好をした不気味な暗殺者は、どこか感心したように、まだ腕に走る電撃の感触を確かめながら漏らした。
「むぅ……強い」
「とりあえず撃ったけど、罪人で合ってるのよね、アイツ等」
稲妻と同じく、空からふわりと現れたのは、王女アレインだった。
「アレイン……! どうしてここに!?」
「オイコラ不甲斐ない騎士め、礼はどうした。あんたの役目でしょうが」
「悪い、助かった!」
「よろしい」
ぼきぼきと指の関節を鳴らし、アレインが不敵に笑った。女王は何とも言えない様子で我が子の援軍を見ていた。
「アレインか……」
「どうも母上。割と久しぶりね、こうして話すのは。まあでも後にしましょう。とりあえずあの賊共を何とかしないと」
並び立つ不穏な襲撃者を、アレインが冷酷な笑顔のままで睨み付ける。
カトレアと不気味な暗殺者――――あまりにも不吉な二人は、しばらく総司と、そしてアレインとにらみ合いを続けたが、やがて諦めたように言った。
「引きましょうディオウ。流石に分が悪い」
「私はここを決戦の地としても異論なし。見たところ、彼奴は完全には目覚めておらん。今が好機ともいえる」
「王女がいない2対1の状況でしたらその選択肢もありましたが……王女もいます。勝てます?」
「……ふむ」
先ほど直撃した電撃の威力を思い出したか、ディオウと呼ばれた不気味な男は何かを思案し、
「互角」
「では、戦うべきではないということです。勝てる状況でなければね」
「気に入らないわね」
アレインの手に稲妻が宿った。
「互角? 笑わせないで。あれが本気だとでも思ってる?」
「……思っていませんでしたが……」
カトレアが頬をひきつらせて、すっと構えた。
戦うための構えではない、逃げに徹しようと下がるための動きだった。申し訳程度に盾を構えてみたものの、意味があるとは思えなかった。
なぜならば、アレインが脅すように構えた雷の力が、明らかに「脅し」の範囲を超えて、凄まじい規模にまで増大し始めていたからだ。それこそ、彼女の全身から迸るように。
その迫力、感じ取れる魔力たるや、先ほど気圧された総司の魔力の奔流よりも強大な上に、総司に比べて格段に殺意が高すぎる――――!
「ちょっと、想定以上というか――――!」
「跳べ、カトレア! 受け切れる次元のものではない――――!」
「私はね…見くびられるのが、一番! 大っ嫌いなのよ!!」
総司と女王が止める間もなく、アレインはその魔法を放ってしまった。
「“レヴァジーア・クロノクス”!!」
王都シルヴェンスの夜空を、あまりにも強大な金色の雷光が切り裂いた。
その雷撃、莫大な魔力の威力たるや、衝撃だけで体が吹き飛びそうなほど強烈なものだった。目のくらむような光の爆裂と、叩き付けられてはじける雷撃。総司は女王を庇うように前へ出ていたが、その膝は少し震えていたかもしれない。
眼前を覆う電撃の嵐に、女王は目玉が飛び出さんばかりに驚愕していた。
「おおおおお! 我が娘ながら化け物かあやつ!」
「ちょっと、あなたのとこの娘さんどうなってんですか!? 災害かよ!」
「知らん! いや本当にな、天才だとは思っておったが、これほど強烈とは思っておらんかったわ!」
「……あれ? 気のせいかな?」
雷の奔流の中で佇むアレインが、ぐぐぐっと腕に力を入れて、まだ何事かやらかそうとしている姿を見て、総司の冷や汗が止まらなくなった。力を込めた両腕が、がっと天に向けられるのを見た。
「まだ何か……する気配が……大丈夫かなコレ、ここ王都なんだけどな」
「お、おぉいアレイン、もうそのくらいで――――」
「“ドラグノア――――”!」
「あ、ダメだ、聞いとらんわ」
「諦めないでください!」
「“クロノクス”!!」
まだ天空を暴れまわる電撃が、アレインの号砲にも似た号令に従って、バチバチと増大しながら龍の頭の形を取る。天空へ昇る巨大なドラゴン。神々しくも見える雷の龍は、すんでのところで上空へ逃れていた二人の賊を追いかけていた。
「すげええええ!!」
「おぉ……いやはや、なんとまあ……」
空高く飛び上がり、一瞬で遥かに距離を離していた。アレインの力の奔流と、その衝撃波を利用して吹き飛び、普通なら十分逃げ切れるほどの距離を稼いでいたはずだった。しかし、それでもなお追いかけてくる巨大な龍の姿を見て、カトレアは恐怖におののいた。
「き、規格外にも程がある……!」
「まさか一言こぼしただけでこんなことになろうとは。反省」
「言ってないで! ディオウも撃って! 力を削ぎます!」
カトレアが、蒼い魔力が渦巻く水と風の攻撃魔法を全力でぶつける。ディオウもまた、漆黒の剣を掲げ、思いきり振り抜いた。
黒い魔力の刃と、渦巻く水と風の魔法が、アレインが操る雷の龍にぶつかる。だが――――
「あっはっは……なめんじゃないわよ!」
龍は賊二人の魔法を、大きな口で噛み砕いた。その姿は圧巻。ものともしないとはこのこと。リシアやカトレアが戦う時の魔法を見たが、格が違った。
カトレアの悲痛な断末魔が、王都の夜空に響いた。総司は無意識のうちに、夜空に向かって手を合わせていた。
「ふーっ。手ごたえ的には死にはしなかったみたいだけど。割とやるわね、アイツ等。逃げられたかも」
「……まあ、どんな魔法を使ったのか知らんが、相当遠くまで飛んでたしな……どこに墜ちたかもわからんし、流石に追いつけないか」
「しばらくは馬鹿なことも出来ないでしょう。また挑んでくるなら遊んであげても良いけどね」
恐らくそんなことにはならないだろう、と、総司は何とも言えない顔になった。
強い強いと聞いていたが、これほどとは。
魔法は、リスティリアの生命が持つ魔力を消費して扱うもの。具現化される力が強大であればあるほど、魔法の使い手は魔力を消費し、精神をすり減らし、疲弊する。
あれほどの魔法を放ってなお、涼しい顔をしているアレインを見ると、そんな常識を疑いたくなってしまう。
「で? 二人とも、どうして襲われてたのかしら?」