深淵なるローグタリア 第三話② ソネイラ山の魔女に会いたい
「カトレアだと短絡的に決めつけるのは早計だな。むしろその可能性は低い」
「……やっぱり?」
他にも探索を終えて、記録簿や文献、道具のいくつかを引き上げてセーレの家に戻った頃には、セーレは一定の落ち着きを取り戻していた。セーレとヴィクターの関係性はお世辞にも良いとは言えなかったが、今回の救出劇を通してセーレも多少は心を開いたようで、少しの間二人きりにできるだけの雰囲気はあった。よって、総司はリシアを呼び出し、女神の騎士とその相棒の二人でわずかな会議の場を持つことが出来た。
ヴィクターが隠していることを聞く前に、総司はリシアと得た知識を共有しておくべきだと判断した。リシアであれば、総司が見聞きした事象から、総司が考え付く以上のことに思考を回せるだろうと考えてのことだ。
「これまで見聞きしたカトレアの実力を考慮すると、その介入が出来るほど熟達した魔法使いとは思えん。お前と私の知る人物で言えば、そうだな……少なくともベル並みかそれ以上に応用の利く魔法使いでなければ不可能な所業だ」
大聖堂デミエル・ダリアの転移の魔法に介入してみせたベルと並ぶか、それ以上の実力を持つ魔法使いであること。総司もリシアの言うことには納得した。カトレアと何度か相対した総司からすれば、彼女がベルを凌ぐほどの魔法使いであるというのは無理がある。無論、カトレアが実力を隠していなければ、の話ではあるが、エメリフィムでヴァイゼ族の指導者・ステノと共に戦った時はカトレアとしてもギリギリの攻防だったはずだ。あの時でさえ、ベルやミスティルと言った”時代の傑物”級の力の片鱗は感じられなかった。
「カトレアよりも疑わしいのは、アニムソルスだろう」
「アイツならやりかねない。そうだな、その通りだ」
「ああ。ヒトのような倫理観は持っていないと見て良い。お前の排斥ではなく、お前にシルーセンの狂気的な所業を止めさせるためにあえてそうしたという可能性は否定できん。或いは、試練を与えるためか……」
異形の怪物が見せたセーレへの異様な執着は、怪物がセーレに執着する限り総司が戦いから逃げられないと読んで「介入した者」によって強制的に植え付けられたのかもしれない。
だが、ヴィクターはその点を「失敗だ」と述べていた。ネフィアゾーラの召喚という、介入した者にとっても想定外の切り札がセーレの側にあったことで、異形の怪物と総司が正面切って戦う事態が回避されてしまい、セーレへの執着があだとなって怪物は討ち果たされた。
「カトレアの行方も目的もわからず、アニムソルスは意味不明で、しかもあんだけとんでもない化け物がローグタリアじゃ多分“前哨戦”だ」
「ああ……恐らく神獣王が控えているからな。戦わずに済む方法を取るのが一番だが……まだ始まったばかりだ、最後の旅は」
二人してため息をついていると、セーレとヴィクターが家から出てきた。
滅びた村の残骸の上で、四人ともが思い思いに座って一息つく。
マーシャリアから続く救出劇の終わりは、勝利を収めたものの、今頭上に広がる青空のように晴れやかなものではなかった。総司とリシアにはもちろんどうしようもないことではあった。既にセーレは全てを失った後。彼女自身の命を繋げられるかどうかの瀬戸際だったというだけで、それ以外は救いようがない段階まで進んでいたのだ。
「まだあなた達にはお礼を言ってなかったわ。ありがとう」
「なに、結局セーレの力で勝ったようなもんだ」
「我々に気を遣う必要はない。それどころではないだろう。もう少し休んでいて良い」
「大丈夫よ。落ち着いたわ。これからどうすれば良いのかはわからないけど」
「ハッハー! これは異なこと。このオレがいるというのにこの先を憂う必要もあるまい!」
ヴィクターが元気よく言った。
「滅んだ村にいても仕方なかろう。我が膝元、ディクレトリアに移り住むがよい! おっと、単なる贔屓ということでもないぞ!?」
セーレが何か言いかけたので、ヴィクターがすぐさま遮るように言葉を続けた。
「貴様の“ラヴォージアス”、野放しにしておくにはあまりに危険だ。あれほどの力を見せつけられた上、貴様には『資格』があるときた。それも“精霊”のお墨付きだ! そんな才能の塊が保護者を失い孤独の身となったのだ。我が庇護下に置く理由としては十分過ぎる。違うか?」
「……そう、かもしれないけれど……」
「オレが気に入らんか」
「そうではないわ。感謝してる。わがままを言える立場でもないし……」
「……シルーセンの村以外の、ローグタリアの街の皆は」
総司が、セーレのどこか歯切れの悪い様子を見て思い当たり、口を挟んだ。
「表立っていないかもしれないが、魔法と信仰に重きを置くシルーセンに対して多少の偏見がある。そういう話じゃなかったっけ」
「ぬっ」
「……なるほど。セーレとしてもそういう噂は聞いたことがあるか。良い思いはしないだろうな」
リシアが納得したように頷く。だが、ヴィクターは眉をひそめた。
「フン、下らん。多少、の話だ。オレの治世では随分と薄れたし、オレがいる限り不快な思いはさせん」
「その心配もあるけど、セーレのこれからの目標は“ラヴォージアス”の真髄に至ることだもんな?」
総司が優しく問いかけた。セーレが寂しそうな顔で頷く。
「ええ、そうね。生きる理由とか、人生の目標ってなると、まだ考えられないけれど……ひとまずはそれに縋りたいの。ネフィアゾーラにももう一度、ちゃんと会ってお礼を言いたいし」
「魔法は生活を豊かにする便利なもの、って認識が広まってるとしてもだ。“伝承魔法”はそれ以上の力だろ。首都じゃその修行もしにくいと思うがな。皇帝を護る兵士として鍛えるってわけでもないんだし。ってことを心配してるんじゃないか?」
「少しね。でもそれはわがままよ、さっき言った通りね」
「考えがあるんだ。ヴィクター、頼みがある」
「む?」
「“ソネイラ山の魔女に会いたい”。ヴィクター自慢の飛空艇で、そこまで連れて行ってくれないか。ヴィクターも一緒に来てくれよ、まだあんたの話も聞いてないことだしな」
「おやまあ、ようやくの再会かと思えば。こいつはまた随分な大所帯じゃないか」
意外にもシルーセンの村よりは首都ディクレトリアに近い場所にある、「魔女の住まう山」ソネイラ。
不気味な黄色い果実を蓄える枯れ木のような木々に覆われた、物静かな森の中に、総司にとっては懐かしくもある不格好なつぎはぎの家があった。
そこに住まうのは、総司がいた世界と同じ世界からリスティリアに「召喚」された異世界人にしてドイツ人の老貴婦人、ヘレネ・ローゼンクロイツ。カイオディウムからアニムソルスの計らいによってローグタリアへ飛ばされて以来の再会となる。
異世界の民がリスティリアに渡った時に与えられる「特権」として、ヘレネは限定的な未来予知能力を持っているのだが、しかしそれは非常に不安定で不完全。未来予知というよりは曖昧な予言じみたものである。
だから今回、最後の国・ローグタリアに辿り着いた総司が三人も引き連れて来訪してくるとは予想していなかった。総司の話をかつて聞いていたヘレネは、てっきり相棒であるリシアと二人で来るのだろうと思っていたわけである。
「しかも……皇帝陛下まで。何をこそこそしとるんだね陛下。民の前で情けない」
「ぬぐっ……」
いつも堂々とした立ち居振る舞いのヴィクターが、出来るだけ目立たないように総司の後ろに立っているのを見咎めて、ヘレネが鋭く、呆れたように声を掛ける。
顔見知りであるらしい二人。理由は不明だがヴィクターはヘレネのことが苦手なようで、総司が「ソネイラ山の魔女に会いたい」と申し出た時も目をひんむいて狼狽していた。
「急に大人数で押しかけてすみません、ヘレネさん。お久しぶりです」
「無事で何よりだよ、本当にね。積もる話は中でしようじゃないか。おぉ、そっちの子がリシアだ、そうだね?」
「お初にお目に掛かります、ヘレネ様。ソウシが以前大変世話になったと聞き及んでおります。お会いできて光栄です」
リシアが膝をついて恭しく挨拶すると、ヘレネは苦笑して手を振った。
「仰々しい真似はしなくていい。会えて嬉しいよ。……そちらの女子は?」
「セーレって言うんですけど、ちょっとこの子のことでもお願いがありまして」
「へえ」
ヘレネの目がセーレを捉え、じいっと見つめた。セーレがぺこりと行儀よくお辞儀すると、孫を見る祖母のような眼差しになったが――――
「なるほどねぇ……これはまた、とんでもないのを連れてきたもんだ」
「ッ……わかるんですか」
「“ラヴォージアス”だろう。間違えようもない。懐かしい気配だよ。さあ、とにかくお入り。今日も緑茶で良いかね?」
「はい、是非! 楽しみにしてたんですよ」
「そいつは重畳。最近良い葉が採れてねぇ」