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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第二話④ 人外決戦の幕引き

 異形の怪物を目にした時に走る嫌悪感は、例えるならゴキブリを目にした時の感覚に近い。


 平気な者もいるだろうが、大多数のヒトは目にしただけで言い知れない気持ちの悪さと恐怖を覚える。


 冷静に考えてみれば、ゴキブリと普遍的なヒトのサイズからして生物的に負けることなどまずありえない。何らかの病原菌を持っているかもしれない、という可能性を除けば、たとえ赤ん坊であってもゴキブリに命を脅かされることなどまずないと言っていい。


 にもかかわらず、ヒトはかの昆虫に嫌悪感のみならず恐怖心すら抱く。人類の先祖に何があったのか事細かに知ることは出来ないだろうが、もしかしたら人類には遺伝子レベルで、ゴキブリに対して恐怖を抱くという機能が刻まれているのかもしれない。


 サイズからして絶対に負けない相手に抱く、問答無用の嫌悪感と恐怖を、明確に「自分よりも絶対に強い」存在に対して抱かざるを得ないのが、総司たちが相対している異形の怪物だ。


 六つ首のドラゴンへと変貌を遂げた怪物は、幼体の時ほど「見た目」そのものに気味の悪さはない。にもかかわらず嫌悪感は増している。醸し出す魔力か、曲がりなりにも肉体を持つ生物としての気配か、或いはそのどちらもが、総司たちに「絶対にここで殺さなければならない」という強迫観念を植え付けてくる。


 決して相容れぬ存在。ヒトと共存することがあり得ない存在。


 そういう存在が上げる悲鳴にも似た叫びは、耳を覆ってもぬぐいきれないほどに不快だった。呪詛のような叫びに、リシアが動けなくなるのも無理はなかった。


 セーレの元に飛ばした分身を、総司が“カイオディウム・リスティリオス”で切り裂いたことが、想定以上のダメージを与えたようだった。物理的な損傷を与えるわけではない大太刀の一撃は、目に見えぬ繋がりを走って本体にまで及んだ。


 怪物の悲鳴のせいで動けないリシアや、セーレやヴィクターをよそに。


 総司はもう一度空へ舞っていた。圧倒的な膂力を駆使して上へ、そして前へ。


 ネフィアゾーラの魔力と気迫が増大し、まさに勝敗を決しようとしているのを感じ取ったから。


「“シルヴェリア”――――!」


 六つの首がうねり、淡い水色の球体の中でのたうち回るような動きを見せるドラゴンへ、魔法陣が幾重にも重なって道筋を作り、それを辿って蒼い流星が突撃する。ネフィアゾーラが気付いて、自身の突撃を一拍だけ遅らせた。


「“リスティリオス”!!」


 淡い水色の球体状となった魔力の結界へ、総司の最大火力が激突する。


 貫通するには至らず、魔力に触れた途端、総司はまた怪物の「脳と神経を揺さぶる」ような呪いにあてられて、体の自由を奪われて無様に落ちていく。


 だが――――異形の怪物の側も、分身を撃破されたダメージによって、強固な結界を維持しきれなかったか。


 総司の最大火力によって、淡い水色の球体にはわずかな穴が開いていた。


『期待しないと言ったけど――――』


 そのわずかな綻びを、ネフィアゾーラが逃がさなかった。


 宣言通り「道を開いた」総司の指示通り、その隙を見逃さず。


 小さな体が遂に、全ての防御を超えて、異形の怪物へと肉薄する。


『謝るわ、“女神の騎士”。お見事』


 そして、触れれば折れてしまいそうなほどの細い腕が、しなやかな手が、異形の怪物に触れた。


『“レヴァジーア・ラヴォージアス”――――“ゼノグランデ”!!』


 漆黒と深い蒼の魔力が、霧のような何かが、空を覆い尽くさんばかりに広がって、そのまま異形の怪物に襲い掛かり、押し潰す。


 空中での姿勢を維持できなくなり、凄まじい速度で落ちていく怪物。ネフィアゾーラはその真上から、怪物に向かって魔法を放ち続けた。


 地面に激突してもなお、「圧」は容赦なく降り注ぐ。大地には亀裂が走り、異形の怪物を中心として土がどんどん沈んでいく。崩壊したシルーセンの村、その建物も何もかも巻き込んで、ビキビキと叩き潰されていく。


 六つの首は無残に潰れ、ひしゃげて、体も原形を留めないほど圧迫されて砕け散り。


 絞り出すような無様な鳴き声を一声あげて、怪物は動かなくなった。


 怪物の呪いの効果が消えて動けるようになった総司が、ネフィアゾーラの魔法の効果範囲から何とか逃れて、再び跳躍して高度を上げた。


「地形が……変わっちまった……」


 忘却の決戦場ロスト・ネモでの光景が思い起こされる。


 巨大な陥没は、隕石が激突して出来るクレーターのようだ。村一つ以上の広範囲にわたる地形すら変える結果を生む、それが“精霊級”の力の行使。特殊な手順で実体を得て顕現したネフィアゾーラは、圧倒的な力で大地ごと敵を粉砕した。


 逆を言えば、彼女が“悪性変異”してでも実体化する道を選んでくれなければ、あの化け物を倒すことは出来なかった。


 セーレへの同情か、庇護欲か。それはネフィアゾーラのみぞ知るところだが、“精霊級”の力によって、総司の手には余る敵を打倒することに成功した――――


「……終わっ――――」


 ひしゃげた六つ首のドラゴンの体が、鱗の一つ一つが、散り散りに分かれていく。


 総司が咄嗟に剣を構えたが、すぐにその無意味さを知る。


 膨大な数の小さな「幼体」が、総司の視界を埋め尽くしていく。ズタボロになった六つ首のドラゴンの体は、数千、いや数万という幼体の軍勢となって、夏場の街灯に群がる羽虫の如く空を舞う。


 身の毛もよだつ光景だった。総司の手札に、空を埋め尽くさんばかりの幼体たちを葬り去れるようなものはない。幼体たちはそれぞれが薄気味悪い笑みを浮かべ、謳うように不愉快な声を上げながら、総司にでもネフィアゾーラにでもなく、セーレがいる方角に向けて飛翔する。


「行かせるかよ……!」


 打てる手が思いついたわけではないが、素通りさせるわけにもいかない。セーレに対して相変わらず異様な執着を見せる異形の怪物。何がそこまでかの化け物を駆り立てるのかわからないが、とにかくここで止めなければならない。


 総司がばっと身を翻して幼体の軍勢の中へ飛び込もうとしたところで、ギュン、と見えない力に引っ張られて地面を滑った。


『どうしてこんなに“簡単に勝てるのか”不思議だったけれど』


 ネフィアゾーラが細腕をすうっと掲げて、下らなさそうに言う。


『そのしつこさのおかげ……一度手に入れた獲物への、馬鹿みたいな執念のおかげだったわけね。賢いのではなく、混じり過ぎて本能でしか動けなかっただけ……哀れと思うわ。でも逃がさない』


 魔力が膨れ上がる。総司は、自分の魔力がネフィアゾーラに“持って行かれる”ような、奇妙な感覚とわずかな疲労感を覚えた。


『“エクジティオ・ラヴォージアス”』


 球体状に群れを成してセーレの元へ飛ぶ幼体の軍勢、その中心に、黒い点が発生した。


 幼体の動きが不自然に止まる。黒い点を中心として、周囲の空間が少しずつ、その点に“詰め込まれていく”ようにぎゅうぎゅうと収束し始め、幼体たちも無理やり黒い点に集められていく。


 押し潰されながら、すり潰されながら、幼体は一匹残らずかき集められていく。なおも黒い点は空間の凝縮を続け、総司の目にはその周囲がぐにゃぐにゃと奇妙に歪んで見えた。


 超高密度のエネルギーが、黒い点の小さなスペースに押し込まれるにはあまりにも大きすぎるエネルギーが、限界を超えて無理やり収束させられていく。全ての幼体を捕まえて、原形もなくなるほど押し潰し切った黒い点には、遂にビキリ、とヒビが入って――――


 ズドン、と地を震わすほどの衝撃を伴って、漆黒の爆裂を巻き起こす。


 この世の法則を無視するほど圧縮された「空間」と「魔力」の爆発。こらえきれなくなったそれらが弾け飛び、辺り一帯に嵐のような突風を巻き起こす。総司はガン、と剣を突き立ててネフィアゾーラの前に立ち、剣で爆風から彼女を護った。


 同じく、セーレとヴィクターの元へも強大な爆風が届く。リシアが“エルシルド・ゼファルス”を展開して、二人を強烈な衝撃から護った。


 長い時間、留まることなく吹き荒れる突風。


 ようやくそれが収まった時、改めて、総司は確信する。


 自分では決して届かなかったであろう怪物を、今度こそ完全に滅ぼしたのだと。


「……とんでもねえ……」


 “ラヴォージアス”の伝承魔法を疑似的に獲得しているからこそ、ネフィアゾーラの規格外さがよくわかる。


 ヒトと“精霊”の格の違い。生命の序列の絶対性。それを思い知るには十分すぎた。


『……多少は認識を改めるわ、私も』


 まさに化け物じみた戦いを演じ、勝利しきって見せた“精霊”は。


 総司に向かってほんの少しだけ笑みを見せて、ほんの少しだけ親しみを込めた声を掛けた。初めて、彼の名を呼んで。


『“女神の騎士”であろうと所詮ヒト、ということを考えると……まあ、結構頑張ったわね、ソウシ』


 シルーセンの悲劇の少女・セーレを巡る、マーシャリアから続く救出劇は、ここに一つの終わりを迎えた。


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