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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第二話① 任せて

「……えっ……?」


 突如訪れる凪のような静寂に、リシアが思わず声を上げた。


 全ての音が、ぴたりと止んだ。


 風の音も、異形の怪物が醸し出す不愉快な「声」も、傍にいる総司やセーレ、ヴィクターの息遣いの音すらも。


 総司とセーレを中心に、風と共に轟々とうねりを上げていた魔力も、ぱたっと消えてなくなっているように見えた。


 世界から、一時だけ。


 全ての音が消え失せたと錯覚するほど、不気味な静寂があたりを包んだ。


 続いて、総司たちの視界がヴン、と一瞬だけブレた。例えるならブラウン管テレビに時折走るわずかな映像の乱れのような、不可解なノイズが走った。


 世界に何も異変はない――――が。


 ノイズがまた走る。画面が乱れるように視界が乱れ、その間隔がだんだんと狭くなり――――数回目のノイズが走ったと同時に。


 つい一秒前までそこにいなかった、黒髪の少女が、総司たちに背を向けて立っていた。


 突如そこに降って湧いたように。それでいて、遥か昔からそこに佇んでいたように、当たり前に。


 「瘴気」にも似た黒色の魔力を霧のように迸らせ、時折そこに深い蒼の稲光が走る。不気味で寂しげな背中に、総司もリシアも声を掛けることが出来なかった――――


「ネフィアゾーラ!」


 セーレが、涙声で、その背中に呼びかける。


 少女がぴくりと反応を示した。確かに聞こえているようだ。


「ごめんなさい、ずっと護ってもらって……最後まで、あなたに頼って……! でも、あなたしか……あなたしかいなくて……!」

『必要ない』


 深く響く、美しい声。


 声質も、トーンも、何もかも全く違うのに。


 心の奥底に穏やかに響いてきて、どこか安心させてくれるその感覚に、総司は一瞬だけルディラント王を思い出した。


『望みを言って』

「あっ――――うん……! お願いネフィアゾーラ――――アイツを倒して、皆を護って! そして、シルーセンの皆の、仇を取って……!」


 振り向いた顔は痛々しい“傷”を負っていた。


 ヒトと呼んで差し支えない顔の造形だがしかし、その半分以上が「黒」に覆われていて、残された肌もひび割れている。瞳は不気味に黄色く光っていて、彼女がヒトならざる者であることを端的に表しているが――――


 セーレに向けて見せたかすかな微笑みは、それらの不気味さを吹き飛ばして余りあるほど美しかった。


『任せて』


 本来、“伝承魔法”の真髄として使い手が行使する精霊の力は、単なる魔法に過ぎない。ゾルゾディアがそうであるように、レヴィアトールがそうであるように。


 魔法として齎される精霊の力の一端は、使い手が意のままに操る「精霊の仮初の姿」、魔法と言う形に落とし込んで下界に召喚する「疑似的な顕現」に過ぎない。


 だが、例外がある。


 エメリフィムで総司と対峙した「精霊をヒトの形に落とし込んだモノ」・レナトゥーラは、ヒトの怨嗟の念を単なる情念ではなく魔法的なエネルギーとして、魔力以外の「確かに存在するエネルギー」として取り込むことで、「魔法」の枠を超えて意思を持つ実体として君臨した。


 ネフィアゾーラには本来、そのような性質はない。


 彼女が魔法としての疑似的な顕現として姿を現したのではなく、レナトゥーラのように実体を得て顕現したのは、シルーセンでの悲劇が原因だった。


 シルーセンの村で発生した様々な負の情念、怨念に近しいエネルギーの大部分は、異形の怪物が喰らい尽くしていたが、異形の怪物ではなくネフィアゾーラが取り込んだものがある。


 セーレが親しくしていた、親友と呼んでいい子供たちの深い怨念。苦痛にもだえ怨嗟と憎悪を抱く中で、その怨念の奥底に眠る「セーレを護らなければならない」というわずかな情を頼りに、ネフィアゾーラはそれを取り込んで――――異形の怪物と同じく“悪性変異”を遂げ、実体を得るに至る。


 ヒトの怨念を喰らい、仮初の「肉体」を得た。


 悪性変異・ネフィアゾーラ。


 彼女こそは、リスティリア生命の序列の「二番目」――――女神の一段下に座し、下界の理の外に揺蕩う者。


 精霊と「異界の神」の複合存在である異形の怪物と、正面から張り合うに足る、正真正銘の“精霊”である。


『さて――――』


 ネフィアゾーラの顔に、黒く染まった部分に、深い蒼の亀裂が走った。


 彼女の足元に、歪な形の魔法陣が展開され、その上をねじ曲がった時計の長針のような何かが走る。総司も“真実の聖域”で目にした覚えのある、総司には読めない文字が、間隔を開けながら円形に刻まれていく。


 ねじ曲がった時計の針がビタッと起点の位置、ネフィアゾーラの背後で止まった瞬間、ズン、と、祭壇周辺を強烈な「重力」が襲った。


 上から、下へ。叩きつけるような凶悪な「力」。それらは異形の怪物のみならず総司にも及んで、総司がビタン、と地面に倒れ伏す。


「どぉっ――――あだだだだ! オイ、オイ、巻き込んでるって!」

『あら。ごめんなさいね、加減が効かないの』


 セーレと“エメリフィム・リスティリオス”を使った総司は、それによって獲得した“伝承魔法ラヴォージアス”の力を知る。


 支配するのは、「重力」と「斥力」。総司の元いた世界の科学的発展を以てしてもなお、その正体の全てまでは解明されていない、未だ謎多く且つあまりにも強力な、世界の根幹を形作る「力」。“ラヴォージアス”という魔法そのものの化身であるネフィアゾーラは、自身の魔力が及ぶ範囲において、強力無比な「力」を意のままに操る。


 莫大な魔力を持ち、魔法に対する抵抗力も尋常ではないはずの化け物をすら、地面に叩き落すには至らないまでも行動不能に陥らせるほどの威力だった。


 ネフィアゾーラの足元に展開された魔法陣はふわりと浮かび上がり、彼女の胸のあたりで旋回した後、すうっと彼女の体に吸い込まれた。


 ネフィアゾーラの戦闘準備が整ったということだろう。


「その割にはセーレはそんなに喰らってねえけど!?」

「あれ、そう言えば……」


 セーレがふと視線を向けると、総司とセーレの方を振り向いていたネフィアゾーラがぷいっと顔を背けた。


『こんな事態にならなければ、いずれその子に呼んでもらえたのに……何が悲しくてあなたなんかに』

「こ、このヤロォ……八つ当たりじゃねえか……!」

『っていうのは冗談として』


 ネフィアゾーラが首だけ横を向き、視線を総司に向けた。


『それなりにボロボロでしょう? “アレ”の攻撃を多少受けたはず。かするだけでもいろいろと“持って行かれた”ことでしょう。だというのに、高潔なる救世主サマは、こうでもしなきゃ援護しようとする。余計なお世話だから大人しくしていなさい。“アレ”は私が討つ』

「それこそ余計なお世話ってもんだ……! 今のお前は俺の魔法で出てきた俺の使い魔だろ、従え!」

『口を慎め青二才。誰が使い魔――――』

「うるせえ、こっちはこっちで体張るだけの理由がある! お前と同じ理由がな!」


 ビキビキと凄まじい重力に襲われながら、総司が何とか体を起こしたのを見て、ネフィアゾーラが呆れたようにため息をついた。


『そう。良いわ。従うのはごめんだけど、邪魔もしない』


 異形の怪物が吼えた。六つの顔に明らかな怒りを刻みながら、淡い水色の魔力を迸らせてネフィアゾーラに向けて口を開く。


 しかしネフィアゾーラの方が早かった。ネフィアゾーラはぐっと腕を後ろに引き絞ると、何かを「掴んで投げる」ようにブン、と振り払った。


 異形の怪物をすさまじい「力」が襲う。怪物は吹き飛び、自らが張り巡らせた薄紫の結界はおろか、その先にある漆黒の結界すらも突き破っていった。


 空が割れる。ガラスの器が派手に割れたような音と共に、漆黒の結界も卵の殻のように散り始めた。青い空が破片の間から見える。


「……マジで?」


 総司の最大火力をまともに受けて、しかもその時は幼体だったにも関わらずニタニタと薄気味悪い笑みを浮かべていた化け物が、腕の一振りで大きく吹き飛ばされた。総司は思わず呆気に取られてしまった。


『手伝いたいなら勝手にすればいいわ。ついてこれるのならね』


 ネフィアゾーラはそれだけ冷たく言い残し、ドン、と地響きを立てて化け物の方向へ飛んだ。


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