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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第一話② 混じりモノ

 脳裏によぎったのは「速攻」の二文字。


 明らかに上位存在。セーレに「必ず助ける」などと豪語しておいて情けない限りではあるが、正面から激突したのでは望み薄。


 結界内に総司たちが入った時点で捕捉できていたのならば――――総司を本気で警戒し、敵視しているのなら、その時点で排除に動いたはずだ。それをしないのは、総司のことを取るに足りない存在だと見くびっているから。


 正体不明の敵にとっては、総司もまた正体不明。実力を測れるとすれば魔力や気配の強さに拠るしかないのは、相手も同じである。


 総司はこの敵の手札を一つも知らない。そして相手も総司の手の内を知らないなら、今“シルヴェリア・リスティリオス”で突っ込めば、この敵が知られざる手札を切る前に、その首を獲れるかもしれない。


 正体不明の敵が、あまりにも生理的な嫌悪感を想起させる気配を纏っているものだから、総司は一瞬、「早く排除しなければならない」という暴力的な思考に染まりそうになっていた。


 そんな思考が一気に現実へ引き戻されて、すぐさま突撃しようとする自分自身にブレーキを掛けることが出来たのは、敵が弄ぶ少女のシルエットが目に入っていたからだ。


 糸で繋がっているように見える敵と少女――――外部から敵に加えられる暴力が、少女に何の影響も与えないとは言い切れない。


 総司は、ダメージを与えることなく魔法的な繋がりを断ち切る術を持っている。ここで選ぶのは、破壊的な攻撃手段ではなく――――


「“カイオディウム・リスティリオス”!!」


 大剣リバース・オーダーが光と共に、細身の大太刀へと姿を変える。銀の鎖が大太刀の柄と総司の腕を絡め取り、がっちりと固定した。


 未だ空中で「自由自在」に動けるわけではないが、空中で方向を変えて突撃する技術も身に着けた。


 恐らくは慢心している、という思考そのものは否定しない。このまま飛び込んで、相手の知らないカードで繋がりを断ち切ることさえ出来れば――――


「……は?」


 ザン、と、小気味のいい音と共に。


 巨体の化け物と少女のシルエットを繋ぐ糸の数々が、罪裁く大太刀によって切り裂かれて。


 光のシルエットから、マーシャリアで出会ったセーレの姿に戻った少女の体を、総司ががっちり掴んだ。


 総司は思わず間抜けな声を上げていた。


 拍子抜けするぐらいにすんなりと事が運んだ、というのもあるが、“手応えがない”。カイオディウムで王女ルテアを斬った時のような、「何かを斬った」という感覚に乏しすぎる。


 異形の化け物を見上げる。化け物は、ニタニタと相変わらず、笑っているだけだった。懐まで飛び込んできた矮小な生命を見下ろし、楽しそうに。


「ッ――――リシアァ!!」


 セーレの無事を、呼吸があるかどうかを確かめるよりも前に。


 総司が叫び、“ジラルディウス”の翼が空を斬る。バッと後ろへ跳んで、化け物と距離を取った総司に、翼を背負って飛んできたリシアが合流する。


 総司がセーレの体をリシアに預けて、続けて叫んだ。


「距離を取れ!」


 “カイオディウム・リスティリオス”を解除し、常の姿となったリバース・オーダーを構え、化け物を睨みつける。


「ヴィクターも捕まえてここから離れろ、そんで結界の破壊を試してくれ! 無理な場合は結界内でも良い、出来るだけ遠くへ二人を連れて行け!」

「心得た、すぐ戻る!」


 異論を挟むことなく、リシアが総司の指示通りに、化け物とは逆方向へ飛んだ。そのまま加速しようとした時、化け物の声が響いた。


「ラトー、ヴォー」


 リシアの腕の中から、掴んでいたはずのセーレの体が消え失せた。


「なっ……!」


 距離を開けようとしていたリシアが、急ブレーキを掛ける。


 セーレの体は、再び異形の懐へ戻り、力なく祭壇の上に倒れ伏していた。


「チッ、やっぱり……!」


 糸を切り裂いた時の“手応えのなさ”を思い返し、総司が舌打ちして悔しそうに呟いた。


「完全に斬れなかった……!」


 厳密に言えば、“ルディラント・リスティリオス”と他の“リスティリオス”の魔法は、成り立ちと性質を異にする魔法ではある。


 だが、条件としては恐らく“ルディラント・リスティリオス”と同じ。使い手が同じだから、その制限から逃れきれない。


 精霊級の力を持つ相手には、いかに神域の魔法と言えどもその効果が薄れる。レナトゥーラの攻撃魔法と“ルディラント・リスティリオス”が激突した時、威力を落とすことは出来ても完全に消し去ることは叶わなかった。


 魔法的な繋がりを切り裂く“カイオディウム・リスティリオス”を以てして、あの化け物とセーレの繋がりを完全に断ち切るに至らなかった。セーレの姿が光のシルエットから本来のものへ戻っている以上、やはり多少は効果があったのだろうが、化け物の余裕を見るに、その程度は問題にならないのだろう。


 事実としてセーレは未だ化け物の手中にある。化け物がひとこと、何事か言葉に似た音を発するだけで、容易く取り戻されてしまった。


「クソ……!」


 セーレの姿が戻ったことを受けて、安易に攻撃を仕掛けていいものか。魔法的な繋がりがまだ残っているのなら、それは浅慮ではないのか。

 

 いやそもそも、あの化け物を相手にして、通常の攻撃が通るのだろうか。


 総司の脳裏にはそんな思考が駆け巡り、リシアは総司よりも更に早く思考を回すも有効な手立てが思いつかない中で――――


 化け物の形相が変わった。


 ニタニタと余裕の笑みを浮かべていた異形の怪物が、ふと笑みを消し、ぎょろりと巨大な目を更に見開いて、自分の懐にまで帰ってきたセーレを見据えている。


 そんな感情があるのかどうかは定かではないが――――総司とリシアの目には、まるで「信じられないもの」を見る眼差しを、セーレに向けていた。











 シルーセンはそう大きくもない村で、セーレにとって同年代の友人というのはさほど多くはなかった。


 幼い頃から多少ガキ大将じみていたが心根の優しい、二つ年上の勝気な男の子、コーディ。


 セーレと同い年で、コーディの妹でもあるナーセア。


 どうやらナーセアのことが好きらしかった、一つ年下のジュデス。


 他にも数人、住居の近い同年代の子供たちがいたが、セーレが特に親しくしていたのはその三人だった。


 貧しいながらも楽しい日々だった。歪んだ女神教の教義が、狂っているということを幼心に感じ取りつつも、幸せな友人との生活に大きな不満があったわけでもなかった。


「皆、死んじゃったわ」

『ええ』

「……私が、この身を捧げれば」


 ネフィアゾーラと二人きりの空間で、セーレは膝を抱えて呟いた。


「他の誰も、死なないようにするって……そう、約束したのに」

『連中は非道ではあったけれど、その約束を反故にしていたわけではなかった。結局は抑え切れなかったのが全ての原因ね……もとより、連中に御し切れるはずもない“モノ”』

「……あの人たちが呼んだのは、何なの?」

『……ま、お互い退屈だしね』

「あなたは私を護ってくれてる」

『暇は暇よ。変な気を遣わなくて良いの』


 苛烈な侵食を一身に引き受けるネフィアゾーラだが、まるで苦しみを感じさせない態度で、無表情のまま語った。


『要するに、連中は最初から全てを間違えていた。そもそもこの土地には元からいたからね』

「……元から? 何が?」

『キミ達の言葉で言う“精霊”が、よ。正確には、精霊の力の一部を下界に留め置く楔のようなものがあったの』

「聞いたことないわ」

『でしょうね。今のローグタリアにおいては最高機密どころか――――皇帝ぐらいしか、その事実を知らないはず。で、連中はそこに、 “精霊顕現”の儀式と信じて疑っていなかった、ある術式を重ね合わせた。子供たちは呼び出された“モノ”に食われたけれど、大人たちの一部は違うわ。その術式を行使したことで絶命したのよ。普通は灰になるのだけどね。“ここ”は例外的過ぎた。土地柄がね』

「使っただけで死ぬ魔法? そんなものがあるの?」

『ええ。キミが“賭けた”お友達にとっては多分、縁のある術式』


 ネフィアゾーラは目を閉じて、彼女以外の誰も掴み切れていない、「シルーセンで起きたこと」の一端を告げる。


『異界召喚術』

「……異界、召喚……?」

『リスティリアとは違う、別の世界の“モノ”を呼び寄せる術式。楔として下界に打ち込まれていた精霊の力に、異界の“何か”が混ざって出来上がったモノ。それがアレの正体。恐らく、“あちらの世界”の精霊と似たようなモノを呼びつけて混ぜ合わせたところに、“もっとまずいもの”までもが混じり合った、複合精霊の悪性変異』

「ついていけないわ」


 セーレが苦笑した。ネフィアゾーラはにこりともしなかった。


『とても酷な二択を迫ることになるわ』


 ネフィアゾーラが言う。セーレがわかっていない顔をしているが、ネフィアゾーラはセーレに「完全に理解させる」つもりはあまりないようだ。彼女にとっても、この会話は単なる暇つぶしに過ぎない。


『存在がある限り“楔”としての機能は果たすでしょう。たとえ私やキミを喰らい尽くしても、その役目は担い続ける――――けれど、もしも。キミが賭けた彼が、勝利したのならば』


 ネフィアゾーラが告げる言葉の意味を、「完全には」理解できなくとも。


 ネフィアゾーラの言葉の端々に含まれる、「総司が勝利することの意味」を、セーレはにわかに悟り始める。


『“楔”は消え、封印の一端は解かれる。知らないまま、挑んできたのか。キミの話じゃ、皇帝も一緒のはずなんだけど……さては言ってないのね、ヴィクトリウス。愚かな君主』

「ねえ、待って、それじゃあまるで……」


 セーレの声が震えた。


「ソウシが勝ったとしたら……まるで、もっと大変なことが起きてしまうみたいな――――」

『安心して。あなたのせいじゃないし、どのみちもう遅いもの』


 星空を足蹴にする“狭間”が歪み、視界が飛んだ。暗転する視界の中で、ネフィアゾーラの姿がすうっと消えていく。


「な、なにっ……!? 何が起きてるの!?」

『キミのヒトを見る目は確かだった。おめでとう。まあ、“ここから”が大変でしょうけど』

「ネフィアゾーラ――――!」

『どうにもならなかったら呼んで。多少は時間を稼いであげる』

 

 セーレの意識は、暗い、暗い、無意識の底へ沈み込んで、やがて――――







「ん……っ」


 ぴくりと、少女の体が動いた。


 そんなはずはない、とばかり、異形の怪物がぐにゅりと首を伸ばして、少女の顔を覗き込む。


 横向きに眠るようにして気絶していたセーレが、うっすらを目を開けて。


 自分を覗き込む気色の悪い化け物と視線を交錯させ、悲鳴を上げた。


 その悲鳴に気圧されたわけでもなかろうに、化け物が怒りに歪んだ顔をセーレから離す。


 異形の化け物にとっても誤算だった。


 総司の一閃は、化け物の考える通り、セーレと化け物の繋がりを完全に断ち切るには至っていなかったはずだった。


 セーレの精神そのものが、もっと侵食されていれば、その読みは当たっていた。


 気まぐれな『ネフィアゾーラ』の庇護によって、魂への苛烈な侵食を免れていたセーレと化け物の繋がりは、恐らく当初の予定よりもずっと希薄になった。セーレの意識は取り戻され、わずかな侵食の痕跡も徐々に消え始める――――


 異形の怪物が、再び糸をセーレに纏わりつかせようとする前に、事は動く。


 化け物が耳をつんざくような悲鳴を上げた。セーレが目を見開いて化け物の方を見てみれば、化け物の胸に総司が突撃していて、大太刀を深々と突き刺していた。


「おおおおおおお!!」


 気色の悪い怪物と、目の前で繰り広げられる異様な光景を前にして、他の誰も動けなかったが、総司だけが飛び出すことが出来た。


「ソウシ……!」

「んのっ――――ヤロォ!」


 異形の怪物が暴れまわる前に、総司がそのまま蹴りを入れて、怪物の体を地になぎ倒す。


 セーレが意識を取り戻したことで――――そんな感情があるのかは不確かだが――――化け物は明らかに動揺していた。それが予想外だと全身で表現していた。


 つまり、“カイオディウム・リスティリオス”には確かな効果があったということ。


 続けざまに突き刺された大太刀の効力か、セーレの体に残っていた青黒いシミのような侵食の痕跡が完全に消えた。


 そして何より、使い手である総司の腕に伝わる、先ほどとは比べものにならないほどの強烈な“手応え”。今度こそ間違いなく、異形の怪物とセーレを繋ぐ、呪いじみた何かを斬った。


 リシアがセーレの傍にすぐさま駆けつけて、セーレを連れて飛ぼうとしたところで、総司の体が吹き飛んだ。


 光の糸が無数により集められて、巨大な鞭のように総司に襲い掛かり、総司を大地から生えるトゲのような建造物に叩きつけたのである。


 衝撃波と突風が吹き荒れて、リシアの飛翔が一瞬遅れた。


 異形の怪物の反応は早かった。


 “カイオディウム・リスティリオス”には、物理的な攻撃力がない。セーレとの間にある呪いじみた繋がりを確かに斬ったが、化け物にはダメージがない。総司に蹴り倒されてもものともせず、すぐにリシアとセーレを捕らえようと無数の糸を伸ばしてくる。


「ヴィィィィィ!」


 二人が身をかわそうとしたところで、化け物の不愉快な叫び声に行動を止められた。


 脳にまで直接響いてくるような、その場に立っていることも出来なくなる凶悪なノイズ。視界がぐらつき、足元もおぼつかなくなる「衝撃」が、脳や神経に直接加えられているような感覚。


「くっ――――!」

「“ディノマイト・リスティリオス”!!」


 蒼銀の衝撃波が化け物を襲う。気色の悪い、妙に細長い体躯の化け物は、全身に激突してくる衝撃波を抑え切れず、再び倒れ込んだ。


「“シルヴェリア”――――!」


 空中に躍り出た総司が、続けざまに最大火力を叩きこもうとしたところで、再び光の鞭によって阻まれる。化け物はけたたましく鳴きながら、リシアとセーレから注意を外して、総司を迎え撃つ構えを取った。


「ラヴォー・ラー!」


 何本も発生した鞭による無差別攻撃。祭壇を蹂躙する容赦のない攻撃の隙間を縫って、総司が再び化け物へと肉薄する。


 強力な魔力、物理的な攻撃力も「ヒト」を殺すには十分以上。加えて――――


「うおっ……」


 魂を、命を削り吸い上げる、凶悪な特性の持ち主。普通のヒトであれば、抵抗する余地もない。総司の体には無数の糸がまとわりついた。セーレの魂を喰らい尽くそうとしたように、総司も捕食せんと、化け物が総司を捕らえる。


 だが、セーレのようにはいかなかった。糸の侵食は弾かれ、総司に影響を与えられない。


 魂を喰らう侵食の糸が、女神の騎士の肉体には通じなかった。耐久力の違いか、それとも異形の怪物に「動揺」があって、うまく機能しないのか。


 いずれにしても、この機会を逃せば、総司の剣は化け物の命に届かなくなる。


 存在の格そのものが違う。彼我の力の差は歴然――――だが、レナトゥーラよりも不完全。セーレとの繋がりを完全に断たれたという想定外によって、わずかな綻びも見られる。セーレとの繋がりがないのなら、遠慮も要らない。


 ここしかない。総司はもう一度剣を構え直した。


「“シルヴェリア・リスティリオス”!!」


 漆黒の空を駆ける一条の流星。蒼銀の爆裂が連鎖しながら異形の怪物に激突し、その体を巻き込んでいく。


 精霊級の力を持つ相手が、本領を発揮する前に潰し切る。化け物にとっての想定外は総司たちにとって有利に働いた。本来なら真正面からしっかりと待ち構えられて迎え撃たれていたところ、総司の最大火力をほとんど労せず叩き込めた。


 それはつまり、裏を返せば――――


「ぼさっとすんなリシアァ!!」


 これで仕留めきれなかったのならばまさに、絶望的ということでもある。


「セーレを連れて離れろ! “終わってない”!!」


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