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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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深淵なるローグタリア 第一話① 精霊ならざる異形

 リスティリアにおけるいわゆる「降霊術」の概要そのものは、総司の元いた世界でもあったオカルトじみた何らかの儀式よりも、更に否定的な見方をされていると言っていい。


 女神を頂点とする生命の序列が明確に存在することが、総司の元いた世界との大きな違いだ。女神を頂に据えて、神獣と精霊をその下に、数多の生命を更にその下に、というリスティリア生命の絶対の序列。この序列が「自分たちより上にいる者」に対する「資格なき者の恣意的な干渉」に対して否定的になる、というある種の倫理観を創っている。


 「資格在る者」、すなわち“伝承魔法”の担い手にして、その真髄に至る者。精霊という上位存在にわずかでも干渉し、その力を借り受けることのできる者が間違いなく存在する。故に、それ以外の者が干渉しようとするのは愚かしいことである、と。


 「資格在る者」は、「降霊術」などというものに縋る必要がない。それに縋るということはすなわち、無力な者がリスティリアにおける序列を捻じ曲げようとしている、ということ。


 狂いきった狂信者でもなければ、そんな所業に手を染めようとはしない。


 シルーセンの狂信者たちは、代々受け継がれる教義の歪んだ女神教の伝承の中で、困窮する現状を打開する最終手段としての「降霊術」を受け継いできた。要するにそもそもの発端が、いつか救いの手が差し伸べられるというような夢物語、「おとぎ話」に過ぎないもの。ローグタリアの民にはそういう意図がなかったにせよ、要約すれば「虐げられてきた者」の「救い」。彼らが縋りたかったもの。


 言い換えれば、女神レヴァンチェスカに代わるとも言える、彼らの信仰の対象。


 セーレが言及した「新たなる女神を創る」とは、「自分たちを助けてくれない女神に代わって」自分たちを救ってくれる存在を創り出す、という、歪み切った彼らの教義の芯となる部分だ。


 前述の「序列」を振り返れば、精霊顕現を仮に成し遂げられたとして、その力は「頂点」たる女神に及ぶべくもない。


 ならば――――その力を、掛け合わせれば。


 精霊に精霊を食わせることで、一段上の領域に生命の位が押し上がれば、「女神の一段下」にいる精霊の格は、或いは、届く。


 歪んだ教義の中で、そのように伝えられてきた、と。


 それがヴィクターが語る、今回の事件の発端だった。


「――――違う……!」


 皇帝とその右腕の推測を、女神の騎士はハッキリと、力強く否定する。


 辿り着いたシルーセン周辺、その上空に浮かぶ飛空艇の上で。


 甲板に出て、“漆黒の半球形の結界”に包まれたシルーセン全域を見下ろした総司が、震える声で明確に、「それは違う」と否定した。


「“精霊”なんかじゃねえだろ、これは……!」


 総司とリシアは、リスティリアにおける「精霊」という存在が実体を得ている姿と二度邂逅している。


 一度目はティタニエラ、二度目はエメリフィム。性質は違えど、それらが有する気配をよく覚えている。エメリフィムで邂逅したレナトゥーラは、厳密に言えば他の国で相対したのと同じ「伝承魔法の行使の結果」として顕現したものではあるが、レナトゥーラと言う存在そのもの、“イラファスケス”という伝承魔法そのものが異質だった。どちらかと言えば、魔法として疑似的に行使される精霊の力というよりは、精霊そのものの実体化だ。


 いずれにせよ、それらの全てと明らかにかけ離れている。


 かけ離れていると認識できるぐらいには――――まだ距離があっても、十分に“わかる”。


 何かがいるのは間違いないが、精霊ではない。それが総司とリシアの共通認識だ。


 そして何よりも総司が脅威を感じるのは、性質こそかけ離れているものの。


 遠く離れていても感じる強者の気配、圧倒的な魔力が、総司がこれまで戦ってきた中でも最上位に位置するジャンジットテリオスやレナトゥーラと同等に思えてならないということ。


 或いは、あまりにも強かったはずのあれらの生命を、上回りかねないほどの力が、結界の中に渦巻いている。


「ここの連中は一体――――何を呼びやがった……!」

「異変が視覚的にハッキリしすぎている」


 かなりの広域を覆い尽くす半球形の漆黒の結界。リシアはそれを睨みつけた後、隣に出てきたヴィクターに視線を移した。


「いくら何でも、これほどの異常を“見過ごした”というのは考えにくい。貴殿も知らない状況ということだな?」

「ハッハー、然り。オレも驚いている。それこそここ数日、或いは数時間の異変と見て良いだろう」

「問題が二つある。聞いてくれ」


 リシアがそう言いながら、総司の肩を軽く掴んで、意識を自分へ向けさせた。危険で不吉な気配にあてられたか、総司は黒い結界を睨みつけて視線を外していなかったからだ。


「一つにはまず“入れるかどうか”。そして二つ目は“入れたとして、恐らく入った瞬間から結界の主に察知されるだろう”ということ。二つ目は推測だが可能性は非常に高いと見ている。いずれも難題だ。もしすんなりと入れないなら、入る方法の見当がつかない。しかもその後も、中に何がいて、何が起こっているのかわからないまま、正体不明の何かに捕捉される……それでも我らはセーレを救うため何とかして内部へ入り、事の解決を諦めない。これらを総括するに」


 リシアがヴィクターに向けて言った。


「皇帝陛下をこれ以上先へ連れて行くわけにはいかない」

「ハッ、実に冷静で聡明、そしてしたたかな女よ。たとえあのようなわかりやすい結界がなくとも、何かしらオレを置いていく理屈をこねくり回したはずだ。違うか?」

「聞き分けてほしい。友人としても言わせてもらうが」


 ヴィクターの物言いにひるむことなく、リシアは畳みかけた。


「自衛の手段を持たぬ貴殿にはあまりに危険だ。私もソウシも、貴殿を護れる余裕があるかどうかわからない。何が待ち受けているのか全くわからないのだから」

「聞き入れられん!」


 ヴィクターは腕を組み、笑いながら快活に言った。


「これはローグタリアの問題、それも由々しき事態である! 皇帝としてこの事態を目の当たりにした以上、貴様ら二人に任せてここであぐらをかいているなど最早許されぬ。オレも行く」


 総司がヴィクターの肩をがっと掴んだ。


「“護り切れねえ”んだよ、ヴィクター……! アレはヤバい、あんたにだってわかるはずだ!」

「護らんでいい。捨て置け。これはローグタリア皇帝としての命令だ。レブレーベントよりの客将である貴様らは我が命に従え。咎めはせん」

「この……おい、リシア!」

「……決意がそれほど固いのならば」


 リシアは目を閉じ、何かを決断したように、言った。


「陛下の命に従おう。ただし首尾よく入れることを前提に、内部での動きを取り決める」

「申してみよ!」

「ソウシは内部にいるであろう脅威に集中し、ヴィクターの守護に一切注意を割くな。私がお前の援護をしつつ、ヴィクターを護る役目を担う。ヴィクターは私の指示に必ず従うこと。そして、私の抵抗虚しく我ら二人が害されようと、ソウシは内部の脅威の排除だけを考えてくれ」

「ハッハー、妥当な指示だ、異論はないぞ!」

「ふざけんな、納得できるわけが――――」


 総司がいきり立って反論しようとしたところで、リシアが総司に手を翳し、押し黙らせて強く言った。


「この脅威は正しく『救世主の敵』だ。ここで排除しなければ――――あの結界外に、この脅威が出てしまえば、リスティリアは“最後の敵”の暴挙を待たずして滅びかねないほどの……事はもう『セーレを救出する』という命題のみに収まる次元を超えている。お前にしか出来ないことなんだ。さっき言った通り、私とてヴィクターを置いていきたい気持ちではあるが、流石に『お願い』以上の権限もない。その中で最善を尽くすしかないだろう」

「ッ……」

「許せソウシよ、貴様とリシアの言い分、実に正論であると理解はしているのだ」


 ヴィクターが静かに、しかし譲らない強い想いを滲ませて言った。


「しかしオレも“確かめねばならないこと”がある。どうしても行かねばならんのだ。この目で見ねばならん」


 総司はまだ何か言いたげにぎりっと歯を食いしばっていたが、言葉が見つからなかった。しばらくぐるぐると思考を巡らせた後、リシアを睨みつつも、頷く。


「リシアも、ヴィクターを連れて、俺を置いて逃げる選択肢を排除するな。レナトゥーラ級かそれ以上だ、わかってんだろうけど」

「ああ。しかも今回は、ネヴィーをはじめとする頼もしい援軍はない。場合によっては一時撤退も視野に入れているが、ともあれまずは現状把握だ。入れるにせよ弾かれるにせよ、ひとまず接近を試みるほか選択肢もないな」

「ハッ、そうと決まれば――――いざ、突撃だ! まずは上空に接近の後、物資を落として反応を見る! 中にすんなり落ちていくようなら、続いて我らも飛空艇から降下する。これでどうだ!」

「魔法的障壁であれ何であれ、一番耐性の高い俺が最初に行く。良いな?」

「任せよう」









 結論から言えば、漆黒の結界に物理的な「壁」としての能力はなく。


 ヴィクターが適当に蹴り落とした物資に引き続き、三人は驚くほどすんなりと、結界の中へと入ることが出来た。


 魔法的な妨害もなく、その点に関してのみ言えば、拍子抜けと表現して差し支えない。三人が警戒していたような障害は何もなかった。


 何もなかった、というよりは、そもそもこの結界の役割が「外部からの侵入を防ぐ」ためのものではなかったのだろう。


 結界内に入ってすぐ、リシアが引き返せるかどうかを試したが、当然のようにそれは出来なかった。コツン、ガツンと、どこか間抜けな効果音と共に剣が弾かれ、しかし決して壊れる様子はない。魔力を切り裂くレヴァンクロスをして、全く刃が通らない。


 行きはよいよい――――帰りは怖い。いよいよ総司の知るようなホラーじみた展開になりつつある。撤退は容易ではなさそうだ。


「……大規模な破壊の痕跡は、この辺りにはない」


 周囲を注意深く観察しながら、リシアが小さな声で言う。


 シルーセンの村は、機械文明から取り残されがちだったという前情報通り、総司がこれまで見てきたリスティリアの国々の田舎とよく似た見た目をしていた。


 最も近いのは、カイオディウムの首都・ディフェーレスの、空に浮かぶ大聖堂直下の貧しげな村である。あの村よりは多少、石造りのしっかりとした建物が多いものの、全体的な印象としてはよく似ていた。


 それに、ヒトの手入れがなくなってから随分と時間が経っているようだ。家屋の壁に這うツタや伸び放題の草木が、既にここには長らく「誰もいない」ことを物語っている。


 起伏のない平坦な村、点在する石造りの家屋――――遠目には、まるで巨大な怪物の手が地面から突き出して、何かを握りつぶそうとしているかのようにして天へ聳える、巨大なトゲの建造物。


 濃密で、総司の印象としては最悪に近い不愉快で異常な気配は、そこから結界内に充満するように漂っている。


「仕掛けてくる気配もない。幸い“位置”は丸わかりだ……気づかれているとは思うが、出来るだけ刺激しないように接近する」


 リシアの指示通り、三人は総司を先頭にしながら、ゆっくりと、しかし着実に中心部へ歩を進めた。


 気休め程度ではあるが、家の影に隠れるように、いざ何か攻撃があった時には家を一瞬でも盾代わりにできるようにしながら進んで――――



 進んだ先の小さな路地の角を曲がった途端、異形とバッチリ目が合った。至近距離で、真正面から行き会った。



 顔だけで総司の体ほどの大きさがある、中性的なヒトの顔――――にしては、目が大きすぎるあまりに気味の悪い異形。ぎょろりとした目が総司の視線を捕らえて離さず、楽しそうに薄ら笑いを浮かべている。長い首は路地の端までずっと続いていて、恐らくは「敵」の体があるであろう中心部からここまで伸びてきているのだ。


 結界内に印象最悪の気配が充満しているものだから、鋭敏な察知能力を持つ総司が最大限警戒していても、これほど急激な接近に気づかなかった。


 根源的な恐怖と生理的な嫌悪感を駆り立てる不気味な眼差し、顔つき。総司がすぐさまリバース・オーダーを振りかざすと同時に、首がギュンと引いていく。耳障りな笑い声を上げながら。


「やはりもう把握されて――――待て、ソウシ!」


 高速で引いていく首を追いかけて、総司は既に矢の如く飛び出していた。リシアの予想通り、「敵」には察知されていたことが明らかになった以上、気休め程度の隠密行動にも意味は完全になくなった。


 路地を抜け、ぐにゃぐにゃと宙を漂いながら「本体」へ戻って行く首を追いかけ、総司もまた空中に躍り出る。家屋を足蹴に跳んだ先で、確かに見た。


 怪物の手に覆われたような、巨大な「祭壇」に鎮座する、薄気味悪い異形の存在と、その手から伸びる糸の先で絡め取られた、嘆き泣き叫ぶようなシルエットの誰かの存在を。


 縮んでいく首がすうっと「元の位置」に戻って、異形の笑みがより深まった。



「いラっ……しゃイ……♪」



 ザーザーと一音発するごとにノイズが走るような、聞くに堪えない耳障りな、雑音じみた声。だが、その声色は――――セーレの声のように聞こえてならなかった。


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