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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 終話② 理解の外にいる存在

 気味の悪い薄紫色の、正体不明の液体で満ちた妙な球体から放り出されて、総司はパッと目を覚ました。


 すぐそばにリシアが倒れていて、まだ意識を取り戻していない。荒い呼吸をしていると喉が痛かった。まるで久しぶりに呼吸したかのような、形容しがたい違和感。


 木々に囚われるようにして宙にぶら下げられている、正体不明の何かに捕まえられていたようだ。総司の剣もリシアの剣も、鬱蒼とした森の木に立てかけられて、手の届くところにある。


 現世最新の記憶の場所とは似ても似つかない森の中――――総司は鋭敏な察知能力を更に研ぎ澄まし、周囲を探る。


『お帰り』


 その察知能力をかいくぐって、総司の眼前に現れたのは――――


「レスディール――――じゃ、ない……!」


 カイオディウムの“デミエル・ダリア大聖堂”内部で遭遇したベルの先祖、レスディール・スティンゴルドの姿に、天女の羽衣のような衣装を纏う何者かであった。宙に吊られた逆さづりのような状態で、総司の顔を覗き込んでいる。


 総司に見つかるや否や、得体の知れない何者かはその気配を解放した。総司はすぐに、その正体を察した。


「アニムソルス……!」

『久しぶり。キミの方が早いんだね。相棒ちゃんはキミほどこういうのに強くないのかな。いや違うね、相性かな? 私とキミの相性は当然最高だからね。まあその内目を覚ますよ』


 本物のレスディールの如く、どこかヒトをからかうような気楽な口調でそう言って、“意思を愛でる獣”アニムソルステリオスは笑った。


 総司にとっては、神獣の醸し出す気配こそ絶対の証拠であり、彼女がアニムソルスであることに疑いの余地はない。それでも、直前の記憶を失うような襲撃を受けた相手という認識でもある。神獣は基本的に味方には違いないが、アニムソルスについては――――例えばジャンジットほど、よく知っているというわけでもない。


 しかもそのジャンジットには、「一番厄介」という評価まで受けている最後の神獣である。無意識に、総司の目はリバース・オーダーに走った。


『待って待って。ホント、敵意も悪意もないんだよ。ね、信じて』

「……全て説明するなら、信じてやる」

『相棒ちゃんが起きたらね。と言っても、キミたちが見てきたもの、これからしようとしていることが全てなんだけどさ』


 スヴェンの姿を模していた時は、スヴェンの口調そのものだった。そこに違和感は一切なく、アニムソルスが多少のミスをしていなければ総司もその正体に気づけなかったレベルだ。


 しかし、レスディールの姿を真似ている今は、レスディールの話し方を完璧に再現できているかと言われると、違和感がある。それにスヴェンの時は服装も似せていたはずだが、レスディールの服装とは微妙に違う。


「……遅れたか」


 薄目を開けたリシアが呟く。総司がさっと助け起こすと、リシアはすぐに立ち上がって、レスディールの姿をしたアニムソルスへ目を向けた。


「ッ……誰だ……?」


 気配一つで、レスディールでないことはリシアにもすぐにわかったようだ。リシアが警戒を顕わにするが、総司がさっと押さえた。


「アニムソルスだ。最後の神獣だよ。そして今回の件の元凶だ」

『言い方が酷過ぎない?』


 アニムソルスはクスクスと笑いながら、ふわりと宙を浮いたまま二人に近づいた。


『キミたちにとって、決して無意味ではない旅だったでしょ?』


 無邪気にも見える笑顔に、寒気を覚える。


 アニムソルスが自ら口にしたように、かの神獣には微塵も害意がない。


 害意がないまま、総司たちに一切の警告もなく突如として「誘拐」し、有無を言わせずマーシャリアという不思議な場所へ――――通常、意図して辿り着くことは不可能に近い場所へと、叩き込んだのである。


 総司もリシアも、ヒト族やそれに近しい種族としては破格の能力を有するが、神獣はその一段上にいる。神獣級が本気になれば、二人は手も足も出ない。かつてジャンジットテリオスとやり合った時もそうだ。かの神獣が“最初から本気であれば”、二人に為す術はなかった。


 なんだかんだヒト族の思考をよく理解し、割と近しい感性を持っていたジャンジットとは明確に違う。


 アニムソルスは敵ではない。が、“危険”だ。行動原理が全くわからない上に、「自分自身に対して総司の理解が及んでいない」という自覚が一切ない。


「セーレを助けさせるために、俺達をマーシャリアに送り込んだのか?」

『セーレ? そう、あの子はそんな名前なんだね』


 ようやく意識をはっきりと取り戻し、神獣の言動に集中していたリシアが、ぴくりと反応した。


「つまり貴殿の狙いは、“シルーセンで行われている儀式の中断”というわけか?」

『そうだよ』


 アニムソルスは「セーレの名前」は知らなかったが、マーシャリアで起きている異常に「シルーセンで行われている儀式の犠牲になっている者」が関わっていることを知っていて、総司たちを送り込んでいる。


 セーレという個人が、アニムソルスにとって重要な存在ではないということだろう。むしろ狙いは、総司とリシアを「シルーセンの儀式を止める」方向に向かわせることだった、と見るべきだ。と、リシアはそこまで読んだが、どうしてもわからないところがあった。


「では何故、わざわざ我々をマーシャリアへ送り込んだ? セーレの解放が目的ではないのなら、マーシャリアを経由せずとも、我々にシルーセンでのことを伝えれば良かっただけではないのか?」

「そうだな、言われてみれば……いや、むしろそっちの方が良かったんじゃねえか!?」


 リシアの言葉を聞いて、途端に総司がいきり立った。


「全部知ってるなら俺達に話してくれさえすりゃあ、セーレの意識を“マーシャリアに隔離したまま”助けに行けたじゃねえか! 戻しちまったせいで、俺達が助けに行くまでの間アイツはきっと――――!」

『え? だってそりゃあ』


 アニムソルスは事もなげに言った。何の悪気もなく、それが当然であるかのように。


『こうした方が、キミたちのやる気が出るでしょ』


 総司の気配がざわついた。一気に膨れ上がる気迫を察知し、リシアが慌てて総司の前に立って、腕でがっと総司の体を押さえた。


「落ち着け。無意味だ」

「テメェ、本当にジャンジットと同族か!? アイツならこんな真似はしねえぞ!」


 感情を抑え切れずに怒鳴り散らす。アニムソルスは目をぱちくりして驚きを顕わにしていた。


『えぇ? そんなに怒ることなの? っていうかやめてよ、ジャンジットより“下”みたいな言い方されるのは腹立つよ!』


 破綻している。怒りを前面に出して怒鳴る総司とは対照的に、リシアはアニムソルスを冷静に分析していた。


 セーレの境遇を総司たちに知らせることが、二人の義憤を煽る結果になる。そういうヒトの心の機微を理解していながら、アニムソルス自身の今回の行為が総司たちの逆鱗に触れるものだということまでは理解していない。


 怒りを向けられても、無邪気さは消えていない。感性そのものの違いが、ヒトの姿を模しているが故に余計に際立って見えてしまう。


 カイオディウムやエメリフィムでは、総司を適度な距離で導いた相手だったはずだが、本性は恐らく信頼に足りない。


 リシアにしてみれば、総司に聞いていた「エメリフィムで出会った時」の話から想定される、人物像ならぬ神獣像とはあまりにもかけ離れた印象を受けるが、現状では非常に危険としか思えない。


「……そのことについて、議論するのも無駄だな」


 リシアが総司をぐいぐいと後ろに押しやりながら、静かに言った。


「建設的な話をしよう。我々はとにかく、シルーセンを目指して進むだけだ。アニムソルス、現在の位置は?」

『キミたちがマーシャリアに渡ったのと同じ座標だよ』


 つまり、あの大地の角のようにも見えた不可思議な場所ですら、アニムソルスによって創られたもの――――或いは、見せられた幻覚だったのだろう。


 ジャンジットが白亜の塔を自在に作り変えていた事実からすると、アニムソルスにもそのような能力があっておかしくはない。ただ、詳細を聞く必要もなかった。


「……シルーセンで行われてるのは一体何なんだ。セーレは“新たなる女神を創る”儀式だと言っていたが、お前は知ってんのか」

『へえ――――当事者にはそう感じられるんだ。外と内とでは見え方が違うんだね』

「無意味なものとも言っていた」

『意味がないわけじゃないよ。遂げられたものの意味が理解されないだけさ』


 アニムソルスの言葉を理解するには、総司とリシアに知識が足りない。シルーセンで行われていることを少しも知らない以上、理解しようとするのも無駄な努力だろう。


『さて、機嫌を損ねちゃったのは予想外だったけど、ひとまず私の役目は終わりだね』


 アニムソルスの姿が揺らいだ。


『ヘレネも待ってるよ、ソウシ。手早く終わらせて、さっさと会いに来てあげてね』


 相変わらず無邪気に過ぎるセリフを残して、アニムソルスは消え去っていく。ヒトらしいのかヒトらしからぬのか、最後まで不気味な「ズレ」を感じさせる邂逅だった。


 最初に出会った時とも、エメリフィムで再会した時ともかけ離れた印象のアニムソルスに、総司は衝撃を受けていた。ルディラント王ランセムとの仮初の再会の記憶が、薄れそうになるほどに。


 さっきまで目の前にいたアニムソルスが、スヴェンの姿を借りて、レナトゥーラとの決戦に挑もうとする総司を激励してくれたあの神獣だとは、とても信じられなかった。


「……あんな奴だとは思ってなかった」

「もとより神獣とは、我らの理解の外にいる存在だ。これまで出会ってきた神獣たちも、お前が相手だったから理性的に見えていただけかもしれん」


 リシアがポン、と総司の肩を軽く叩いた。


「今考え込まなくても良いことだ。それより優先すべき事項が我々にはある。行こう」


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