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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 終話① ”これまで”が報われる時

 何もない真っ白な空を見上げ、星空を足蹴にするこの空間には覚えがある。一度だけ訪れた「狭間」。“ここ”と“ここでないどこか”の境目。たった一度だけ――――エルテミナ・スティンゴルドと最後の会話を交わした時に、確かに訪れた。


 しかし、総司の背後に、背中を合わせるようにして立つ存在は、エルテミナではない。


 振り向かなくても総司にはわかった。懐かしき海風の香りに、ほんのわずかに葉巻の匂いが混じる。嫌うヒトも多い匂いだろうが、総司は決して嫌いではなかった。


「俺は」


 そっと、呟くように。


 振り向くことなく、語り掛ける。


「あなたの期待通りの男に、なれてますかね」

「下らん」


 深く響く、どこか心が落ち着くような。


 それでいて親しみを感じさせる、耳に心地よい声が返ってきた。


「わしの期待に応えることが、お前さんのやりたいことか。お前さんが“どうしてもそうしたい”ことなのか。そんなつまらん話を聞くぐらいなら、もう行った方が良いかもしれんなぁ」

「……ハハッ。手厳しいこった……そッスね。こんなにつまらねえ話はないか」


 涙が溢れそうになる。だが、今はその時ではない。総司も、そして背後にいるルディラント王も望まない。


「俺とスヴェンをわざと会わせた。あなたは最初からご存じだったんでしょう。“真実の聖域”にアイツが来ていたことを。全部知ってて、あなたは……」

「そこはほれ、なんだ――――詫びようかどうしようか、迷いどころよな」

「要らねえ。やめてくれ」

「おう、そうしよう」


 軽い口調で、言葉を交わす。かつてルディラントの王宮で、二人きりで酒を飲んだあの日のように。


「どうだ、オイ。斬れるか?」


 そのまま軽い口調で、ランセムが聞く。総司はハッキリと返事をする。


「もちろんだ」

「本当にか? お前さんはすんでのところで情に絆されそうな危うさがある。そこはあの頃と変わっておらんようだが?」

「どこぞの誰かと同じようなことを言う」


 とてもよく似たセリフを、他ならぬスヴェン・ディージングに言われたことがある。やはりランセムとスヴェンはどこか似ているのだ。揃って総司が憧れているのも、彼らが似ているからなのかもしれない。


「ま、これ以上水を差すのはやめておこう。あの頃よりマシになったのも事実だ。存外、わしが思うよりイイ男になっとる。よく頑張ったな」

「……怒らないで聞いてほしいんスけど」

「んん?」

「あなたと――――あなた達と、同じ時代に生まれたかった。あなた達が生きている時代に、リスティリアに来たかった」

「ほぉー、そいつは良い。お前さんを客将として迎え入れるのも面白かったろうなぁ。少なくともあの馬鹿よりは使い勝手が良さそうだ。何よりディージングはああ見えて酒に弱い。お前さんはなかなかイケるクチだからな。お前さんの方が、仕事終わりの夜に楽しめたろう」


 おどけたようにそう言って、王は笑う。


「巡り合わせよ。詮無きこと。現代において、まさに縁を繋いでおる者たちへの侮辱というものだ。その言葉はここだけにしておけ。それになぁ、ソウシよ」


 ランセムの声が、ひときわ穏やかに、優しくなった。





「わしはこの時代にお前さんと出会えたことを嬉しく思うぞ。リスティリアを託されたのが、お前さんで本当に良かった」





 総司にとって、あまりにも強烈な一言だった。ギリッと歯を食いしばり、拳を握って、泣きそうになるのを必死で堪えた。


 旅が進むにつれて――――最近になってようやく。


 総司を「真に救世主たる男」と認めてくれるヒトが、総司にもわかる形で増えた。


 けれどやはり、総司にとっては別格の重みがあった。


 誰よりも“このヒト”に、総司は認めてほしかった。総司のこれまでの旅路は、そのためだけにあったと言っても過言ではないぐらいに――――ルディラント王ランセムに、総司の価値を見せつけて、認めてほしかった。


 もう叶わないはずの願いが、類まれな奇跡の積み重ねによって今、実現したのである。


「ッ……俺は……俺はあなた達に、もう何も返せねえのにっ……ずっと、ルディラントからずっと、もらってばかりで……何もっ……!」

「つまらん話をするなら行くぞと言った」


 王は優しく、しかし厳しく、総司の言葉を奪った。


「誰がお前さんの泣き顔を見たいと思う。誰がお前さんから、感謝の言葉を欲すると思う。下らん、実に下らん。皆、お前さんのことが好きだ。だから助けたのだ。もうわかっておるだろう、他ならぬ――――誰かのためにしか刃を振るえないお前さんならば……このわしが惚れた、ソウシ・イチノセならば」


 よくぞあの時、サリアを斬った。


 よくぞあの時、最後まで目を背けず、皆を見送った。


 よくぞあの時、最後の最後で笑って見せた。


 ルディラント王ランセムが、かつて総司に言う時間のなかった、言いたくて仕方のなかった惜しみない賞賛を。


 遂に堪え切れず涙を流しながら、総司はただ黙って聞いていた。




「“強い”男だ、お前さんは。見事な生き様だ、ソウシ・イチノセの人生は! 堂々と胸を張り、最後まで全力で駆け抜けて見せろ! お前さんになら出来るとも――――何せお前さんは、この世唯一、ルディラント王ランセムが惚れた男なのだからな!!」




 最後の敵が誰かを知り、折れずとも打ちひしがれていた心に、再び光が宿った気がした。


「……時間だ。ほれ、顔を上げんか、我らルディラントの誇りを受け継ぐ者よ」


 王が振り向いたのが、気配でわかる。総司は決して振り向かなかった。


 見てしまえば、この場から動けなくなりかねないと直感していたから。


「さぁて、まずはあの幼き少女の救済だったな。全く救世主と言う役柄は、仕事が多くて敵わんなぁ、ん?」

「救世の旅路に必要のないことだと、切り捨てた方が良かったッスか?」

「おーおー、心にもない。わしの知るお前さんに、その選択が出来んことぐらい知っとるよ」


 総司の背を、王ランセムが力強く叩いた。


「行け!!」


 最後の戦いに臨むサリアを、力強く送り出したあの時のように、王ランセムの号令が響く。総司が駆け出し、周囲の光景が歪む。足元を彩る星々が全て、流星の如く尾を引いた後――――


 総司の意識はグン、と、マーシャリアのあの広場へと連れ戻された。








「……“彼”は」


 総司の無事にホッとしながらも、まだうろたえているリシアやヴィクターを無視して、“哀の君”が言葉を紡ぐ。総司にも、彼女の言葉以外の音が不思議と聞こえなかった。


「『必要だったとはいえ、アイツを女神に返すのは心の底から嫌だった』と。そう言っていたわ。今ならその意味がよくわかる――――きっとあなたに戦ってほしくなんてなかったのでしょうね。でも送り出すしかなかった。その悲哀、その葛藤、あなたにも伝わっているかしら」


 リスティリアを託されたのが総司で良かった――――あの言葉は本音であり、同時に優しい嘘でもある。王ランセムは出来ることなら、総司にただリスティリアを楽しむだけの、平凡な人生を送ってほしかったに違いない。


 せめてもの手向けとして、総司に使命を強要することなく、自分の望みを抱き叶えろと伝えた。


 それはルディラント王ランセムの、女神に対する最後の反逆。ランセムとて完成された大人の男である。どれだけ理想論を振りかざしたところで、“そうしなければならない”ことぐらい理解している。それでも、王は総司を、タダで女神に返すことを拒否した。


 女神が“想定を超えて”強くなっているとまで称した今の総司の器は、ひとえに王ランセムによって齎されたもの。


 総司がこの世唯一、王ランセムが惚れた男であるならば。


 王ランセムこそはこの世唯一、女神レヴァンチェスカが「反逆」を許し見逃した――――“認めた”男。


 亡国の王であるが故に後世に語り継がれなかった、リスティリア史上最も偉大なる為政者である。


「……ああ」


 一筋、頬に伝う涙を拭う。言葉少なに答える総司の眼差しを見て、“哀の君”は――――


「彼が認めた男なれば」


 ふっと和らいだ笑みを見せた。


「その先に敗北は許されない。世界をよろしく、救世主」


 ”哀の君”が手を振りかざす。手の方向には、ヴィクターがいた。ヴィクターがぎょっと面食らった顔をした。


「おぉ!? 待て待て、この流れでそんなにすぐに!? 最後に一言ぐらい――――」

「すぐ会えるでしょう。さっさと行くの」


 ヴィクターが“哀の君”の手によって、かなり乱暴に現世へと吹き飛ばされる。


 続けざまにリシアも、総司の名を呼ぶ暇もなくかき消された。そして――――


「ついでにセーレも、よろしくね」

「ハッ――――何がついでだよ、嘘が下手だなマティア! 任せとけ!」

「気安く呼ぶな」

「あっちょっ、まだあんたに礼も――――おおおおお!」


 体が見えない何かに連れ去られるように、紫色の空へと打ち上げられていく。


「会わせてくれて、本当にありがとう!!」


 総司の感謝の言葉が“哀の君”に届いたかどうかは、彼女本人にしかわからない。


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