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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 第二話③ ”誰”に認められるべきなのか

「……遊んでんのかーヴィクター!」

「ハッハー世迷言を! どこからどう見ても絶体絶命であろうが! 早く助けろ!」


 懐かしいルディラントの街を、最後の戦いに興じたあの広場へ、王宮を内包する巨大な時計台へ進んだ先に、ヴィクターがいた。


 別々の空間に飛ばされたわけではなく、どうやら場所が違うだけのようだ。青と金の光に導かれた先で、巨大な時計の長針にしがみついているヴィクターを発見した。


 総司はやれやれ、と言わんばかりに肩を竦めて跳躍する。


 が、マーシャリアにおける偽のルディラントの「高さ制限」は、総司がヴィクターの元まで辿り着くことを許さなかった。まだ十メートルは距離が開いた場所でぐぐぐっと体を上から押さえつける感覚に襲われ、ゆるゆると勢いを失った総司が落ちていく。


「ダメっぽいな」


 青と金の光を見てみるものの、“彼女”は総司の傍をふよふよ漂うだけで動かない。


 ルディラントの王宮の内部に入る方法を、総司は知らない。総司とリシアだけで内部に入ったことはないのだ。“彼女”であればその手段を持っているかと思ったがそのアクションもない以上、内部からヴィクターのいるところまで登って助け出すことも出来ない。


 となれば手段は一つである。


「飛び降りて来い!」

「ハッハーやはりそうなるか! おぉ、うむ、覚悟を決めねばなるまい!」


 ヴィクターが意を決して飛び降りて、総司が跳び上がれる限界まで跳んで彼の体を優しくキャッチする。


「大儀である。これは褒美だ」


 ヴィクターはため息をつきながら、総司に何かを投げてよこした。総司がパシッと受け取ったそれは、小さな鍵だった。錆びついた古めかしい鍵で、浮いた錆のせいでまともに機能するのか疑わしいぐらい形が変わってしまっている。


「何だこれ?」

「さて、あの針に引っかかっておったのでな、ついでに回収した。それ以外にできることもなかったのでな!」

「……とりあえず持っておくよ。リシアとセーレの居場所はわかるか?」

「さっぱりだな! しかし大丈夫だろう、貴様の恩人が知っていると見たぞ」


 ヴィクターの言葉通り、“彼女”が移動を始めていた。鍵を上着のポケットにしまい込んで、総司はすぐに青と金の光を追う。ヴィクターもそれに追従した。


 総司が襲撃を受けたことを報告すると、ヴィクターの顔も引き締まった。ペースを上げた青と金の光に小走りで付いていきながら、ヴィクターが言う。


「リシアに心配は必要あるまい。問題はセーレだ。幼子一人で貴様が受けたような襲撃に遭えば事だ。早々に合流せねば」

「全くその通りではあるが、俺達に行き先は選べねえ」


 総司が冷静に答えた。


「事情は長くなるから省くけど、俺はこの道案内に逆らう気が一切ない。“彼女”が『リシアの方が先』と言うなら従うまでだ」

「フゥム、まあそこはとやかく言うまい。とにかく今は――――」


 総司の鋭敏な察知能力がその気配を捕まえて、パッと振り向く。


 光機の天翼が懐かしの空を切り裂いて、一直線に総司に向かってきていた。高度こそ低いものの、ルディラントの街を飛び越えて総司の元へやってくる姿を見間違えようがない。


「リシア!」

「無事だったか! 襲われなかったか!?」


 ギュン、と総司とヴィクターの元へ舞い降りたリシアは、翼を消し去るや否や総司に飛びつかんばかりに詰め寄って、無事を確かめた。


「あぁ、襲われはしたが問題にはならねえ相手だった。そう聞くってことはお前もか」

「そうだ。お前を襲った相手は?」

「俺の勘違いじゃなきゃ、ロアダークの偽物だな」


 リシアが目を見張った。


「そ、それで問題にならなかったのか……?」

「おう、全然だったぞ。ベルの方がよっぽど強かった。……何だ、どうしたってんだ」

「……私の相手は“ウェルステリオス”だったものでな」


 リシアの言葉に、今度は総司が目を見張る番だった。


 総司からリシアへの心配はほとんどなかったと言っていい。リシアであれば大丈夫だという信頼があった。しかしリシアの側は、大仰なまでに総司を心配していた様子だった。


 その理由は、リシアの相手が並々ならぬ強敵だったからだ。自分のところにこれほどの強敵が現れたなら、総司には一体どんな相手が来たのだろうかと気が気ではなかったのである。


「そうか、本物であるはずがないし、逃げずに戦えば私も……何にせよ、無事だったならそれでいい。ヴィクターは? 貴殿は見たところ、戦う力はないように見えるが……」

「ハッハー見くびるでないわ。何事もなかったぞ!」

「ヴィクターは時計塔の上の方でぶら下がってただけだ」

「おぉい早いな、暴露が!」


 青と金の光が移動を始め、三人は会話も程々に光を追いかけた。


 王都ルベルを象徴する時計塔は、総司とリシアがかつてルディラントを訪れた際の拠点でもあり、「時計塔から移動するルート」は二人にとってなじみ深いものだ。


 それ故に、光が動き出してすぐに、総司もリシアも目的地がどこにあるのかを察した。


 ルディラントにかつて存在した村の一つ、ガーミシュ村。体格と気前の良い男気溢れるシュライヴ村長が懐かしいあの村へと向かう道筋。目的地は容易く推測できる。


 かつて総司とリシアがガーミシュ村へと向かった理由は――――


「“真実の聖域”か……!」


 総司のつぶやきに頷きながら、リシアが目を細めた。


 総司よりも思考能力に長けるリシアは、目的地を察した時には既に、この“マーシャリア”における結末のヒントを掴んでいた。


「……しかし、だとすれば……」


 リシアのかすかな独り言は、他の二人には聞こえなかった。


 ガーミシュ村に辿り着いても、三人は足を止めることなく、そのまま海へと向かっていく。“真実の聖域”に続く海は、青と金の光が辿り着くや否や、あの時と同じように鮮やかに割れた。


 聖域を覆う黒い風はなく、三人は割れた海の底を疾走する。


「ハッハー、美しい! 鮮やかなりしルディラント、驚かされてばかりだな!」


 “真実の聖域”を見るのも、割れた海を行くのも初めてのヴィクターが感嘆の声を上げる。


 かつて辿った道筋をそのまま辿り、総司たちは“真実の聖域”の最奥、朽ち果てた神殿の本殿に入った。


 三度の巡礼を行った聖域の、一度目の時と同じだ。ヒトの気配も動物の気配も感じられない、ただ滅びを迎えた後の寂しげな佇まい。


 ひんやりとした神秘的な空気が覆い尽くす、その中心で。


 うずくまり、両耳を手で強く押さえて震えているセーレの姿があった。声にならない悲鳴を上げて、総司たち三人がやってきたことにも気付くことなく、ただ何かに怯え、何かを恐れているかのように、彼女は必死で耐えていた。


「セーレ……!? オイ、大丈夫か!」


 総司が矢のようにセーレの元に飛び、遅れてヴィクターが続く。がちがちと凍えているように歯を鳴らしながら、セーレは相変わらずうずくまるばかりで、総司たちに目を向けることもなかった。


「何か“いる”のか……? おのれ、幼子に一体何を……!」


 ヴィクターがきっと目を細めて神殿を見回したが、敵対的な何かがいるわけではない。しかし何もないわけがない。それほどセーレの状態は異常だった。


 その様を見据え――――リシアが総司たちの元へと歩を進めつつ、険しい表情を作る。


「ソウシ――――」


 リシアが声を掛けようとしたが、総司はセーレの肩を優しく掴んで、何とか意識を向けさせようとするのに必死になっていて、リシアの声は届いていなかった。


「セーレ? どうした? 大丈夫だ、俺達が来たぞ。怖がらなくていい」


 できる限り優しく、諭すように。セーレの不安を取り除けるように言うも、セーレはその言葉には反応しない。苦しそうに呻いて、ぎゅっと目を閉じるばかりである。


「くそっ……一体どういう――――」

「つまりあなたでは“足りなかった”ということよ」


 “哀の君”マティアが、セーレの傍に屈む総司の顔を覗き込むように、すぐ隣に現れて、底冷えするような冷たい声で言った。


 ゾクッと悪寒を感じる暇も、声に反応する隙もなかった。ヴィクターが叫ぶよりも、リシアが飛び出すよりも早く、そして総司が身をかわすよりも早く。


 “哀の君”の仄暗い衣装に包まれた腕が総司に伸びて、その顔をわしづかみするようにして触れた瞬間、総司の視界は、意識は、真っ暗闇へと飛ばされた。


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