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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 第二話① 海風の導き

 何の手がかりもなく、何の根拠もない。


 ただあてもなく、比喩表現ではなく言葉通りに変わり映えもしない景色の中を歩き続ける。しかも目の保養にすらならない砂漠の中をである。一風変わった拷問に等しい。


 それ故に、セーレはただただ驚くばかりだった。


「“誰の”目論見なのかっつーのが気になるところだな」

「ああ。考えても仕方ないとはいえ、私たちを“送り込んだ”者の狙いは明らかにマーシャリアの現状打開だ。リスティリアの未来を背負うお前を送り込めば、“哀の君”も動かざるを得ないからな」

「来る直前の記憶は定かじゃねえが、何の心当たりもねえ……そもそもマーシャリア自体、現世の方じゃ知られてない場所だ」

「女神さまのお導きか……? しかし女神さまにそんな思惑があるなら、エメリフィムでお前に話があってもおかしくはないが」

「どーだか。アイツの秘密主義はお前ももうわかってんだろ。とは言え不自然ではあるな。“アゼムベルム”のことまで警告しておいてマーシャリアの話をしないってのも」

「フゥム、さっぱりわからん話をするではないか! つまらんぞ、面白い話をせんか!」

「真面目な話をしてんだよ、面白さを求めてこないでくれ」


 “自分以外の三人は、絶望的な現状を前に微塵も臆していない”。


 その事実に驚嘆するほかなかった。総司もリシアも、何の変化もない景色に不満を漏らすこともなく、この時間を有効活用しようとばかりに議論している。ヴィクターは全くテンションが落ちない。三者三様に驚異的な精神力の持ち主だ。


「……例えばの、話だけど」


 セーレがおもむろに言葉を発する。ヴィクターは気に留めていないようだが、総司とリシアが歩きながら振り向いた。


「もし、“哀の君”が最初から、私たちを外へ出すつもりが微塵もないのだとしたら、あなた達はどうするの?」

「もしも何も、その可能性の方が高いと見ている」


 セーレが目を見張った。リシアがよどみなく紡いだ言葉が、セーレには信じられなかった。


「彼女に何らかの思惑があるとは踏んでいるが、かといってそれが思惑通りに進んだところで、『我々をここから解放する』ことと直結するとは考えていない。その部分に関してはセーレの言う通り、全てが思い通りらしい彼女の匙加減一つだ」

「ようは機会を作り続けるしかねえってことだな」


 総司が気楽に言った。


「どうあっても俺達は“哀の君”の心変わりをさせるよう働きかけるしかねえんだ。なら、ひとまずアイツの言いなりに動いて、アイツと接触できる機会を増やすしか今のところ道筋はない。だろ、リシア」

「ああ。出来ることをやるしかないが、それぐらいしか出来ることがない。我々は一縷の望みを手繰り寄せる以外に希望がないんだ。であれば、消沈している暇もない。それだけのことだよ、セーレ」


 “強い”。


 セーレの素直な感想だった。


 年齢の割に成熟した人格の持ち主であるリシアはもとより、総司も。セーレの最初の印象よりもずっと芯が強い。


 この状況が続けば、きっと彼らの表情も陰るのだろうが、少なくとも今はそんな素振りを微塵も見せていない。


 セーレにはない強さ。


 精神的な強さ、という言葉だけでは済まない、決定的に違う何かの持ち主。


 もしかして、この者たちであれば――――


「ねえっ――――」


 セーレが何か言おうとしたところで、総司が足を止めた。


 異変に気付いたのは総司だけではなかった。リシアも、一番前を行くヴィクターもふと足を止め、周辺を見回している。


 先ほどまでは「そこになかった」はずの、行き場を失った魂たちが、色とりどりの光を放ちながら少しずつ、総司たちに「並走」している。


 最初出現した時、四人とも気づいてはいたものの、特に気にも留めていなかった。


 しかし歩き出して三十分ほど、そろそろ無視できないレベルにまで数が増えてきたのだ。それらは総司たちに近づきすぎることも、離れすぎることもなく、四人をまるで護るようにして距離を保ち、周囲を囲い込みながら、速度を合わせて進んでくれている。


 四人が再び歩き出して更に十分。ついに、足元と真正面、それから周囲十メートルほどの円形の空間以外の視界を埋め尽くさんばかりに、行き場を失った魂たちが集った。


「行く先を示してるみたいだな……?」

「ああ、正面以外は覆っていると思っていたが、少しずつ方向が変わっている……!」


 魂たちが創り上げる光の道が、ほんのわずかずつ左へと逸れているのを察知していた。まるで四人に「手助けしていることを気づかれないように」、敢えてわかりづらくしているかのようだった。


「ハッ……いや」


 先頭を歩くヴィクターが、いつものように快活な、高笑いにも似た独特の笑い声を上げようとして、口元を軽く手で押さえた。


「何だ、どうした?」

「……フゥム、オレにもよくわからんが」


 ヴィクターの声色はいつもと違った。何かに臆しているわけでもなく、ただ静かで――――総司としては初めて聞くような、まさに皇帝然とした、威厳ある声色だった。


「“オレが笑うには不敬に過ぎる”。何故だかそう思えてならんのだ。さぁて、このオレともあろう者が何故こんな、臣下の如き情を抱くか……貴様らにならわかるかもしれん。オレの直感がそう告げている」

「意味わかんねえな……一体何を……」


 ふわりと。


 それまで決して近寄ることのなかった魂たちの中から、青と金色が入り混じる光を放つ一つが、総司の元へ飛んだ。


 穏やかに、緩やかに。今にも消え入りそうな流れ星の如く、滑るように総司の元へ辿り着き、総司の顔の周囲をひょいっと一周して、総司を先導するようにすぐ目の前を飛翔する――――


「……えっ……」


 顔の周りを、青と金の光を放つ魂が舞った瞬間。


 総司は確かに“嗅ぎ付けた”。


 覚えがある。脳裏に“海が割れたあの日の景色”が蘇る。


 晴れ渡る青空の下で穏やかに吹き抜けた、懐かしき“海風”の香り。


 “海風の魔女”が従える、優しく穏やかな――――ルディラントの風の匂いだ。


「ッ……サ、リ……!」

「このまま進むぞ」


 言葉にならない声を上げる総司に、リシアが力強く言った。


「この導きを疑う理由などどこにもない。そうだろう」

「ああ……!」


 ぐっと言葉を飲み込んで、総司が力強く答える。光は「それでいい」と言わんばかりに、変わらず総司の前を飛び続けた。


 ざあっと海風が吹いて、総司の前を行く光が二つに増えた。


 たとえそこに姿かたちがなかろうと、名前が書いていなかろうと。


 理由は自分たちにもわからないが、総司とリシアが間違えるはずがなかった。


「……お手数をお掛けします」


 “彼女”の最後の言葉を向けられたリシアが、静かに言う。光が一瞬だけ震えた。きっと首を振るような所作なのだろう。


 しばらく歩いた後、魂たちがざあっと花火のように広がり、ふわふわと消えていく。


 先導してくれる二つ以外の全てがどこか彼方へと消えていった時、目の前には、明らかに廃墟と思しき灰色の小さな城が聳え立っていた。


 城は砂漠に建ってはいない。いつの間にか足元は、石が整然と敷き詰められたまっすぐな道へと変わっており、振り向いてみれば最初からその道を歩んできたかのように、背後にも延々と続いている。その果てはもちろん見えない。


 城はこじんまりとしたものだったが、低い塀は長く、永く横に続いていて、道と同じく塀の果ても見えなかった。


 城に入る以外に道はないのだと、総司たちに指し示しているかのようだった。


「見事……」


 ヴィクターの感嘆の声は無論、城そのものに向けられたものではない。この場所まで導いてくれた無数の魂たちへの、惜しみない賞賛である。


「貴様らの知り合いか」

「ああ……恩人たちだ」

「そうか。であればソウシよ、自らを果報者と心得よ」


 ヴィクターの口調は、悪ふざけにも見えるいつもの調子とは全く違った。心からの畏敬の念が、その声色に含まれている。


「貴様が恩義を抱く者の数はそのまま、貴様へ向けられた愛の数である。愛の価値は数ばかりではないが、それにしてもあれだけの愛を向けられる者はそうそうおらん。貴様の旅路において、貴様がどれほどその身を捧げたか、その証左だ。実に見事……見事というほか、掛ける言葉もないわ」


 マーシャリアにその魂があるということは、総司が恩人と称するあの者たちは全て死者だということ。それを思えばこそ、流石のヴィクターも神妙な口調とならざるを得なかった。慰めにも似た彼の言葉は、彼がやはり優しい人格の持ち主であることを示していた。


「ハハッ、らしくもねえな」


 そんなヴィクターに、総司が明るく声を掛けた。流石に、未だ残ってくれている二つの魂の正体に気づいた時には涙が出そうではあったが、しかし、恩人たちとの別れは決して、悲劇的であるばかりではなかったのだ。


「最期は笑顔で見送った。つもりだ。だから、悲しむ必要はない。さあ行こうぜ。いよいよ本番らしいしな!」

「……フッ……ハッハーこれは失敬! おうとも、挑むとしようではないか、マーシャリアの試練に!」


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[一言] ルディラント……どこまでも、助けてくれますね
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