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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 第一話③ ただ見送る役目に飽きて

「“借り物の力”に、追いついていない器……その認識が誤っていたことを認めましょう」


 “哀の君”が切り出した話題は、およそ今議題に挙げるべき「マーシャリアの今後」とは関係のなさそうなものだった。


 総司は特に文句を言わなかった。紅茶を一口飲み下して、彼女の次の言葉を待つばかりだ。


「女神の騎士、なるほど。あなたは相応しい。私の目から見ても良い器ね。素直に驚いたわ。あの子の『男を見る目』は、あまりよくないと知っているから」

「ハッ、ようやくだな」


 総司が苦笑いして自虐的に言った。


「今まで散々、真逆のことを言われ続けてきた。最近ようやっと、認めてくれるヒトが増えたよ。初見でそこまで言ってくれるのはあんたが初めてかもしれねえが」

「きっとあなたなら、あの子を救えるのでしょう。何の根拠もないけれど」


 さらりとそう言いつつも、“哀の君”の虚ろな左目に賞賛の色は微塵もない。


 これは話の前段。言うなれば「本日はお日柄もよく……」のような軽い挨拶代わりに過ぎない。


「ただ、そのためにはここから出なければならない」

「ああ。こっちとしちゃあ留まり続ける選択肢はない」


 “哀の君”が一瞬だけ、目を閉じて眉根を寄せた。


 その表情の意味を考える前に、言葉が続く。


「マーシャリアの主として、あなたを現世に帰す義務があるのは理解している」

「さっきも言ったがそれはつまり、話は早いと思って良いんだよな?」


 総司の問いに、“哀の君”は無言で以て応えた。


 総司と彼女の会話をよく観察しながら、リシアもヴィクターもどこかに糸口がないかと思考を巡らせているものの、まだきっかけはつかめていない。


 無表情で、露わになった左目に感情は宿らず、紡ぐ言葉以外に情報がない。


「私は自分の役割に飽きている」


 “哀の君”はふと、愚痴をこぼすようにそう言った。


「役割に……?」

「私の役目は、“どう選択するにせよ”、結局は見送ることだけ。行くも帰るも、マーシャリアから全て去ることに変わりはなく……私は、ずっと一人」


 また気温がもう一段下がったような感覚。“哀の君”の感情に呼応するように、マーシャリアという空間そのものの様相が簡単に変わる。


 この場所自体が“哀の君”の完全な支配下にあり、無意識ですらも干渉するという可能性。セーレの言う通り、マーシャリアにおいて“哀の君”自身を害することはとても出来ないのだろう。


「魂をいくらここに留め置いたところで、リスティリアに何らの影響もなく。あなた達のように迷い込む者も稀有な例。あなた達の時間間隔で言えば、月に一人もいないでしょう。意思ある生命の総数から見て、それがどれほどの不都合になるか」

「“数”だけで見ればな。事はそう単純じゃない」

「それぞれの生命にそれぞれの一生がある。そう、私にもある」


 “哀の君”は結局のところ――――魂にせよ意識にせよ、マーシャリアに来ては去っていく生命を見送るだけの日々が『寂しい』。


 彼女の言葉から察する総司の見立ては、そう外れてはいないだろう。


 そしてだとすればわがままに過ぎるが、彼女がどれほどの月日、この役割を担ってたった一人でマーシャリアに君臨しているか、総司にわかるはずもなく、その心境を推し量ることも不可能だ。


 彼女の行いの善悪を取りざたしたところで、恐らくは“レヴァンチェスカと同格の高次元にいる存在”であろう彼女と総司では視点が違う。議論にすらならず、不毛。


 できるのは現実的な交渉だけだ。


「けれどあなた達が来てしまった……リスティリアの存亡を担う、あなたが……」

「そうだな。自分で言いたくはないが、流石に『何ら影響がない』わけじゃねえよ」

「私の行いが私の身勝手であることも自覚はしている。けれど……」


 ピリッと雰囲気が変わる。宙に浮かぶ蝋燭たちがゆっくりと旋回を始め、一つ、また一つと消え始める。


 荘厳な食堂の雰囲気が、一気に不気味でおどろおどろしい、ホラーじみた様相へ様変わりし始めた。


「私の考えに賛同し、共にいてくれる生命がある。その生命はマーシャリアから去ることを拒み、皆に『マーシャリアにいてほしい』私と利害が一致している。だからこうしよう。その生命があなたの価値を認め、この現状の変革を望むと考えを改めたのならば、私もそれに従うと」


 食堂が瓦解する。総司に動揺はなかった。


 総司たちに気づかせることもなく、居場所すら自在に操る“哀の君”が、「わかりやすい」変化を見せつけている。つまりこれは、スタートの合図ということ。


 “哀の君”がいつの間にか消えていた。食堂が崩れ落ち、瓦礫も残さず消え失せる。


 残ったのは、総司が座る椅子と、周囲に広がる「砂漠」だけ。夜の闇の中、星の光に似せた正体不明の光源の中で、不気味に青白く煌めく砂の大地。総司がすっと立ち上がると椅子すらも消え失せた。


『かの者に辿り着いて、説き伏せたなら。その時は私も、あなたの望みを叶えましょう』


 どこからともなく、“哀の君”の最後の言葉が響き渡る。


 結局、彼女の言う通り面白い話し合いなど出来なかった。そもそも話し合いではなかった。総司が口を挟んでも、それに応えているようで全く以て一方的。議論するつもりはなかったようだ。


 道しるべすらない砂漠の、真ん中なのか端の方なのかも判別がつかない場所に取り残された四人。


 セーレが絶望的な表情で周囲を見回し、何かしら言葉を発しようとした。表情を見れば、紡ごうとする言葉が前向きなものでないのは一目瞭然で、それをこの男が許すはずもなかった。


「ハッハー、さて喜べ貴様ら、一歩前進だ! “マーシャリアを離れることを拒む生命”、全ての鍵はそやつにこそある! リシアよ、これをどう見る!」


 バチンと指を鳴らし、ヴィクターが快活に問いかける。リシアもすぐに応じた。


「まず以て全て推測に拠って立つしかない。それを前提に聞いてほしいが」

「許す、聞かせよ!」

「『説き伏せたなら』という言葉、それに“哀の君”の口ぶりから察するに、『離れることを拒む』とは『リスティリア現世に戻ることを拒む』と変換可能ではないかと思う。つまり、“哀の君”が言及した生命もまた、我々と同じ“意思ある生命の意識”という可能性の方が、死者の魂である可能性よりも高い」

「“話が出来る相手”であろうという思考から、このマーシャリアで現世と同じ体を持つ者、つまりは意識が迷い込んだ生者であると読んだわけだな! うむ、筋は通っておる! 異論はないぞ! 確定的ではないがな!」


 マーシャリアの法則の全てを知るわけではない以上、死者の魂が生前の肉体でマーシャリアに顕現する可能性などなど、様々な例外的事象が考えられるのは間違いない。が、現状四人が獲得している情報だけで考えれば、リシアの推測は納得できるものである。


「ただし“ヒト”に属するかどうかは定かじゃねえな。そこはさっきの会話からは読めなかった」

「いや、ヒトか亜人族かはともかく、言葉の通じるヒトに近しい種族の可能性の方が高いとは考えている。無論、確証はないが」

「え? マジで? 何で」

「『マーシャリアに意識が迷い込むのは、月に一人もいない』。そう言っていただろう? 数え方がヒトや亜人族の数え方で、動物のそれではない。マーシャリアに迷い込むのは“ヒトに類する者の意識”だけ、夢を見る機能を持っている生命であっても、動物の意識がここに来ることはない。そう思える言葉だったが」


 総司が感心したように頷いた。


「細かいところまで聞いてるもんだ……」

「言葉の綾と言われればそれまでだがな、“哀の君”は相当慎重に言葉を選んでいたようにしか見えなかった。私には意味があるように聞こえてな。先ほどの話の整理としてはこのくらいだ」

「さぁて、ではもっと差し迫った課題について考えねばなるまいな」


 ヴィクターがにやりと笑いながら、あたりを腕で大仰に指し示して言った。


「この何もない砂漠よ! 殺風景にもほどがあるわ! どちらへ進むか、どこへ行くか! ハッハー、こいつは難題だ!」

「んー……」


 総司がぐっと屈んだ。そしてすぐさま跳躍する。


 その高さはビル数階分にも及ぶであろう、超人の跳躍。ヴィクターとセーレが思わず口を開けてぽかんと彼の跳躍を見た。


 総司は跳躍の途中で、ぐぐっと上から押されるような感覚を覚えた。


 一面砂漠で、果ては見えない。もっと高く跳んでどこかにヒントがないか探ろうとしたが、リシアが最初の地点で言っていたように、高さの制限がある。そう簡単には先を示してくれないようだ。


「ダメだな」


 ざっと着地して、総司がしかめっ面をした。


「今の高さぐらいじゃ見える位置に何もねえし、あれ以上は行けねえな。“ジラルディウス”で飛ぶまでもねえ高さだ」

「フゥム、あたり一面に道しるべらしきものもない。ま、わかりやすい手詰まりではあるが。と言ってここでグダグダしていても始まらん。ソウシよ、剣を貸せ」

「ん? 良いけど、何に使うんだ」

「決まっておる――――重い! おぉぉぉ貴様やはり化け物か……!」


 総司が軽い調子で手渡したリバース・オーダーに上半身ごと持って行かれそうになりながらヴィクターが喚き、総司が笑いながら手助けした。結局、剣を杖のようにして体を支える格好で何とか落ち着く。


「ふーっ、若さの恐ろしさを垣間見たわ……よぉし、それでは」


 プルプルと震えながら、剣を出来るだけ垂直にして、ヴィクターが息をついた。


「軟弱だなァオイ皇帝なのに」

「随分と不格好だが大丈夫なのか、ヴィクター……?」

「やかましい黙っておれ! 次体を持って行かれたら腰をやられる……!」


 不格好ながらも垂直に剣を突き立てて、パッと手を離す。


 やわらかい砂が重量のあるリバース・オーダーを支え切れるはずもなく、剣はパタッと倒れた。ヴィクターは満足げに頷いて、ビシッと剣が倒れた方向を指さした。


「よぉし決まりだ、あちらへ進む!」

「そういうことかよ……」


 総司が呆れたようにため息をついた。


「もしかしたら未来を分ける選択かもしれねえぞ」

「なればこその運任せよ。このオレの天運、侮るなよ」


 どこまでも自信満々なヴィクターに苦笑し、総司もリシアも従うことにした。


 結局、何かいいアイデアがあるかと問われれば、残念ながらないのである。かと言って、この場に留まればいずれ何かが起きてくれるとも限らない。二人とも、歩みを止めるつもりはそもそもなかった。


「……どうして、そんなに……」


 意気揚々と、戦えもしないのに先頭を行こうとするヴィクターと、それに従う二人に、セーレが震える声で言って、総司の足が止まる。


「どうしてそんなに明るくいられるの……!? わかってるの? “哀の君”にもう見つかってしまっているのに!」


 恐怖に駆られた声だった。


「セーレ、落ち着い――――」

「いつでも私達なんて、消そうと思えば消せるし、閉じ込めようと思えば閉じ込めておける……! あなた達だって見たでしょう、全部彼女の思い通りなの! 命を握られているのと同じよ、あとはいつ握りつぶすかだけ……! 彼女にとってはこんなつまらない『条件』なんて、遊びみたいなものなの!」


 頭を抱え、その場にうずくまってしまうセーレに、総司がさっと駆け寄って屈んだ。リシアもそっと、セーレの隣に跪く。


「せっかくのわずかな自由すら奪われるかもしれない……! こんな状況で、どうして……!」


 ぱぁん、と小気味よい音が鳴った。セーレの体が驚きで軽く跳び上がった。総司が彼女の目の前で、両手を勢いよく叩き合わせた音だった。


「なにっ……」

「いや、落ち着くかなって」

「びっくりしただけよ!」


 セーレが噛みつくように言う。総司は笑って彼女の怒りを受け流した。


「何とかなるかどうかはわからねえが、動かなかったところで同じことだろ? セーレの言う通り『いつでも思い通りにできる』なら、『今そうしていない』以上、“哀の君”にもそれなりの思惑があると踏んでる。なあ?」

「そうだな。彼女がわずかの迷いもなく、マーシャリアの現状維持こそ至高と位置付けているなら、我々はとっくに、もっと苛烈な妨害を受けているはずだ」


 総司の気楽な問いかけに、リシアは極めて冷静に返した。


「真意はともかく、ひとまず我々の動きを見守るだけの器量と余裕はあると見た。今過剰な警戒は無意味だ。その時になってから考えよう」

「動けねえなら背負ってやるよ。ほら」


 総司が背中をひょいと向けると、セーレはしばらく茫然としていたが、やがて頭をぶるぶる振って、すくっと立ち上がった。


「馬鹿にしないで。歩けるわ」

「そうかい。ならいい」

「では出発だ! まあ小一時間ほど歩いてみようではないか! 何も行き当たらねばそれから考えればよい、この空間で我らに餓死の概念はないようだからな!」


 ヴィクターの元気の良い号令と共に、四人はあてもない砂漠を、それなりに元気よく歩き出した。


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