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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 第一話② 交渉開始

 公園にある砂場で、ざーざーと図を描きながら情報を整理するリシアの話を、総司は黙って聞いていた。


 この奇怪な空間“マーシャリア”は、どうやらあの世とこの世の境とも言うべき不思議な場所である。


 マーシャリアには基本的に「リスティリアで死した者の魂」が渡ってくるが、時折“夢を見る機能を持った意志ある生命”の意識が迷い込むことがある。ヴィクターはまさにそれに該当するようだ。


 総司とリシアが、セーレの見立てでは「ヴィクターとも違う」例外であるようだが、それはひとまず置いておくとして、迷い込んだ意識も死者の魂と同じように選定を受け、「まだここに来るべきではないモノ」として現世に帰される。


 恐らく現世に帰された意識の持ち主はこの場所のことを忘れているか、覚えていても奇妙な夢と思うだけ。しかもマーシャリアがきちんとその役目を全うしていれば、そう長く掛からず現世に帰されるから、この場所の存在意義を知る前に立ち去ることになる。マーシャリアを現世の誰も知らなくても無理からぬことだ。もしかしたら、どこかのおとぎ話に登場している可能性はあるが、結局はその程度のこと。狙って来られる場所でもないのだろう。


 セーレの話では「順番」がある。


 どうやら“マーシャリアに来た順に選定を受ける”ようだ。ここから導き出されるマーシャリアの異変とは、すなわち。


「ハッハー、読めたぞ! “哀の君”が役割を放棄したという言葉の意味、ようやく思い至った! つまり彼奴は、“誰かの裁定を拒んでいる”のだ!」

「そういうことか!」


 総司もようやく理解して声を上げた。


「特定の魂の選定と裁定をやめた“哀の君”によって、他の魂たちまで巻き添えを喰らっている! そしてそれは我々も例外ではないということだ、そうだなセーレ!」

「ええ、その通りよ」


 セーレは頷いたものの、その表情はどこか暗かった。


「ややこしいことを言ってしまってごめんなさい、混乱させてしまった」

「何のことだろうか?」


 リシアが優しく聞くと、セーレは情けなさそうに笑った。


「私の感覚では『長い』というだけで、あなた達が怪しむような期間ではないの。どれくらいか正確な時間はわからないのだけど」

「ああ、それは気にしなくていいだろう。しかしそうなると、事は我々だけの問題ではなさそうだ」


 リシアが顔をしかめた。


「他にも我々のような『迷い人』がいるかどうかは定かではない。現時点では我々だけという可能性もあるだろうが……いずれは、もっと多くのヒトが巻き込まれることになる。どれぐらいの頻度で迷い込む者が現れるかは不明だがな。放っておけば、時間が経つほど現世にも支障を来すだろう」

「ま、そんな使命感は別に要らねえさ。何より俺達自身にとって大問題なんだからな、こいつは」

「さぁて、となればだ」


 ヴィクターがまた指を鳴らし、顎をさすりながらにやりと笑った。


「要するに“哀の君”の説得が不可欠であり、そのためには材料がいる。簡潔に言えばそう言うことであろう。或いは、セーレの語る『順番』の法則、“哀の君”がその気になれば無視できる可能性もないではないが――――」

「今のところ、それはないと思うわ。多分だけどね」

「よく知っているではないかセーレ。ちなみにだが、このマーシャリアとやらの正体、どこで知った?」

「それは――――」


 セーレがばつが悪そうな顔で言いよどんだ。総司とリシアはセーレの言葉を待とうとしたが、ヴィクターはすぐさま大仰な身振り手振りと共に快活に叫んだ。


「あぁぁ良い、良い、許す! 些末な問題であったわ! 幼子がそう陰気な顔をするでない! とにかく“哀の君”との接触を試みる前にだ、彼奴が一体誰の裁定を拒んでいるのか知る必要がある。そうは思わんか」

「しかしどうやって調べるってんだ?」


 総司が困り果てた顔で言った。


「雲をつかむような話だ。何の情報もねえし、本人に聞く以外に方法があるか? 俺は順番が逆だと思うね。まずは“哀の君”と会う。じゃなけりゃ何もわからねえ」

「ハッハー、一理ある! 多少強引だがわかりやすい!」


 ヴィクターが笑顔で肯定した。


「しかしさっき言った通り、危険だ」


 リシアが苦言を呈する。


「私が思うに、この状況をもしも打破できるとしたら――――“哀の君”にとっての予想外があるとしたら、我々の存在だ。交渉の余地がわずかにでもあるならばともかく、もしも相手が『問答無用』の気構えであったなら、取るであろう手段は……」

「俺達の拘束、無力化だろうな。さっき戦った感じじゃ、感覚的にはいつも通りだったが……」

「“哀の君”はマーシャリアにおいて無敵よ。話し合うつもりがないとなれば、逃れることは出来ないわ。マーシャリアは、ありていに言えば全て“哀の君”の思い通りなのだから」


 どうにも手詰まり感があって、気まずそうなセーレをよそに三人はうーんと考え込んでいた。


 考え込むあまり見逃した、というわけでもない。三人の誰も、セーレですらも気づけなかった。


 ふと、総司が言った。


「……俺達は公園にいなかったか?」

「ん? 何を寝ぼけたこと……を……」


 リシアも気づいた。


 何の予兆もなかったが、既に周囲の景色は変わっていた。


 まるで初めからそうであったかのように、総司たちはいつの間にやら、天井の高い、長方形の巨大な部屋に――――巨大な城の大食堂のような場所に立っていた。


 仄暗い石造りの、城と大聖堂のハイブリッド。総司の元いた世界で言うゴシック様式に近いデザインの中に、不釣り合いな黄金のテーブルが長々と置かれている。何百と言う蝋燭がテーブルの上や壁のみならず、空中も浮遊して、巨大な食堂を妖しく照らし出す。


「セーレを護れリシア!」


 総司の号令は早かった。リシアの反応も早かった。レヴァンクロスを抜き放ち、食堂の「主」の視線との間に割って入るように、セーレの盾となって構える。


 総司は興味深そうに周囲を見回しているヴィクターをドン、とリシアの方に押しやって、リバース・オーダーを手に、食堂の遥か奥を睨みつけた。


 長いテーブルの奥にぽつんと、彼女は静寂に座っていた。


 金色の長髪を携えた、右目を眼帯で隠す、虚ろな左目の麗しい女性。


 セーレに視線を注いでいた彼女は、総司の剥き出しの敵意を受けてようやく彼を見た。


 総司は虚ろな左目にハッキリと射抜かれた瞬間、背筋に悪寒が走り、周囲の気温が何段階も下がったのを感じた。『名前』を聞いた瞬間と同じ感覚、疑いようのない確信。総司は小さく息をついて、口を開く。


「“哀の君”マティア、ちょうど良かったよ。聞きたいことがある」

「勇敢ね」


 鈴の鳴るような、静かで透き通るような、美しい声だった。


 だが、発する声にすら冷気が滲んでいるかのようだ。間違いなく美しい声なのに、ずしっと体の芯に響いて震わせてくる。


「彼女が選んだだけのことはある」


 突然の事態に、動揺があったのは間違いない。それでも総司の順応は早かった。


 敵意はない――――というより、“哀の君”の眼差しからはおよそ感情めいたものが微塵も感じられない。空虚な瞳で総司を見る彼女の心の内は、わずかも推し量れない。


「俺とレヴァンチェスカの関係性を知っている。なら話は早いと思うんだが」

「もちろん。敵意もないわ。けれど、そうね……あなた達を“帰す”には、いくらか手順を踏まなければならない」

「事情が知りたい。聞いた限り、ここから出るってのは自力じゃどうも難しいらしい。あんたにお願いするしかないんだ」

「つまり?」

「交渉の材料をくれよ。あんたがこの空間にある全てを閉じ込めている理由は何だ? それに対して俺達にできることはあるのか? あるなら、その完遂を交換条件に、俺達をここから外に出す。どうだ?」

「……意外と冷静ね。物分かりも良いわ」


 “哀の君”は表情一つ変えなかったが、声色にはわずかに驚きが滲んでいた。


「ここから出せと喚くばかりかと思ったけれど。良いわ」


 “哀の君”は総司に、テーブルにつくように手で促した。総司が迷いなく、長い机の端に腰を落ち着ける。リシアとセーレは動かなかったが、ヴィクターが総司に倣ってテーブルにつこうとして、バチッと何か見えない衝撃に当てられて軽く弾かれた。


「おぉう!」

「許すのは彼だけ。下がりなさい」

「えぇい、無礼千万な女よ!」

「ヴィクター、ここは任せてくれ」


 総司が申し訳なさそうに言うと、ヴィクターはフン、と鼻を鳴らして腕を組んだ。


「口は挟むぞ。貴様が抜けた問答をするようならばな」

「ああ、頼む」


 “哀の君”が指を振った。


 総司の眼前に紅茶の入ったカップがふわりと現れる。自分もどこからか取り出した紅茶のカップに口をつけ、ふう、と一息ついて。


 “哀の君”が切り出した。


「さて、では始めましょうか、女神の騎士。と言っても、そう面白い話にはならないでしょうけど」


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