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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 第一話① 執り行われぬ裁定

「改めて名乗りを上げようではないか! 我こそはローグタリア皇帝、ヴィクトリウス・ローグタリアである!」


 ヴィクターことヴィクトリウス皇帝は、大袈裟な振る舞いと共に大きな声で名乗りを上げた。


「ソウシ・イチノセにリシア・アリンティアスと見受ける、少し前にレブレーベント第一騎士団長を通じて、エイレーン女王の書簡を受け取っておる。よくぞ貴様らにとっての最後の国まで歩を進めたな! 褒めて遣わすだけでは足りぬ偉業、褒美を取らせる用意もあるとも! ここから帰れたらの話だが!」

「何だよ知ってたんなら最初に言ってくれよ……! あ、いや、言ってくださいよ!」

「ご無礼をお許しください、陛下」

「ハッハー許す! 二人とも今更畏まらんでいい。此度は偶然の邂逅だが、せっかくなら貴様らの人となりを見ておきたかったものでな! オレのことは変わらずヴィクターと呼ぶが良い――――それよりもだ!」


 ヴィクターはビシッとセーレに腕を向けて言った。


「このオレを知るからにはローグタリアの民で間違いあるまいな、セーレ。どこの生まれだ? 我が膝元、ディクレトリアか?」

「いいえ、違うわ。辺境よ。シルーセンという田舎街」

「無論知っておる! 我がローグタリアにあって未だ魔法が根強い歴史ある街よな。そうかそうか、我が臣民であるからには、オレも本気を出さねばならん」


 大袈裟な振る舞い、芝居がかった調子ではあるものの、ヴィクターには何らの含みもない。きりっと表情を引き締め、指を鳴らして、セーレに向かって宣言した。


「セーレも、貴様ら二人も、何としてでもこの空間から助け出す。話は振出しだがな、いかな理由があろうと“哀の君”との接触は避けられんと見た。建設的な議論が必要だ。その為にはセーレの知識が不可欠だ」

「……避けては通れない……そうね、その通りね」


 セーレのどこか暗い表情からは真意が読み取れなかった。それを気にするヴィクターでもない。


「さて、“役割”と言ったな。“哀の君”とは何者で、何をする存在なのか。この空間の存在意義もだ。知っていることを教えてくれんか。なぁに案ずるな! 間違っていようが肝心かなめの部分がわかっていなかろうが全く問題はないぞ! なぁソウシよ!」

「そりゃ当然だ」


 ヴィクターの陽気な振る舞いは、他国の為政者と比べても、総司が砕けた態度を取りやすい気軽さがあった。出会いの時点で一線を画すからこそかもしれない。


「俺達にとっても死活問題だ。セーレに任せきりなんて許されねえ。ただちょっとばかりこの空間での経験値が上だ。それを有効活用したいってだけ。そこから先は……まあ俺はない知恵絞ってもたかが知れてるが」


 総司がリシアを見て笑った。


「俺の相棒はあてになるぜ」

「期待に応える努力はするとも。とにもかくにも情報が必要だ」

「……わかったわ」


 わずかな沈黙の後、セーレが意を決したように立ち上がった。


「一緒に来て。説明する。そろそろ、“哀の君”も離れた頃でしょう」


 セーレに促されるまま、三人はセーレの隠れ家を出て、先ほど逃げ出してきた大通りの方へと再び近づいていった。


 大通りには既に灯りが戻っており、ふわふわと色とりどりの光の球たちが行き来している。心なしか、先ほどよりも数が多くなっているように思えた。


「初っ端変な連中に絡まれたせいで全然気に留めてなかったけどよ」


 行きかう光たちを眺めながら、総司が眉根をひそめた。


「そういや“これ”は何なんだって言う話だよな?」

「そうだな」


 リシアも目を細めて思考を巡らせていた。


「魔法による現象や、魔力の濃度が高い場所に起きる自然現象というようにも見えない。まるでこれら一つひとつが何らかの意思を持っているかのような……」

「あら」


 リシアの言葉に、セーレがぴくりと反応して、薄く微笑んだ。


「ソウシの言う通りなのかもね。見事な観察眼よ」

「……何らかの意思、と言うのが当たりだと?」

「意思そのもの、言い換えるならばこれらは『魂』だから」


 意味深な言い方をして、セーレはふらりと歩き始める。大通りを行くセーレの後ろを、引き続き三人が付いていった。


 珍しく、ヴィクターが静かだ。今のセーレの言葉に彼なりの反応があっても良さそうだが、リシア以上に何かを考え込んでいるのか、表情は気楽そうなものの無言である。大通りの隅々まで目を走らせて、情報を収集している。


 曲がりくねった大通りをしばらく登り、ふと小道に逸れた。小さな階段が連続する小道をてくてくと歩く四人。いくつかの光が時折止まって、まるで物珍しいものを見て興味を惹かれたようにしばらく付いてきたりする。


 やがて、小道を抜けた先――――小高い丘上になっている街並みの中腹、広々とした円形の公園に辿り着いた時、皆が言葉を失った。


 光の球の数が尋常ではない。色とりどりの光が所狭しと公園中を埋め尽くす勢いで、ふわふわと巡回している。数え切れないほどの光がぐるぐると回ったり、所在なさげにあたりを漂っていたりと、幻想的ながらも異様な光景だった。


 光は基本的に広場で漂っているが、一つ、また一つと広場を離れていく。かと思えば、また新たな光の軍勢がざーっと押し寄せてくる。


 広場の中央には、豪華な天秤を持つ、さながら「聖女」のような姿の灰色の像が立っていた。新たに広場に現れた光はどれも、一旦はその聖女像を目指しているようだ。


「本来ならばあの場所で、“魂”は辿るべき道の示しを受ける。そしてその先に、“哀の君“による”最後の裁定”が待ち受けている……けれどその機能は止まっている」

「ハッハー、ようやく見えた!」

「うわなんだ急に!」

「我ながら鈍重なることよ、わかりやすい手がかりがあったにも関わらず時間が掛かり過ぎたわ! ソウシのことを愚鈍と罵れたものではなかったな!」


 それまで無言だったヴィクターが今までで一番大きく指を鳴らして叫ぶものだから、総司がびっくりして身をすくませた。


「しかし致し方あるまい、こんな場所が存在するなど夢にも思うものか――――しかも“ここ”を現世に伝える者など、ほとんどいるはずがないのだからな! そう、“ほとんど”というところが肝要でもある!」


 総司がリシアを見た。リシアも既に察しはついているようだ。


「我々は“期せずして迷い込んだ稀にある例外”、そういうことだな! “常の状態”であればこれほど長く――――この場所が何たるかを“理解する暇もない”はずだった! そう、つまりここは本来は――――!」

「“現世と死者の世界の境”。“哀の君”とは、その“行く末”の選別を行う者。あれらの光はまさに、かつてリスティリアに生きた者たちの魂そのものである、と」

「リシア貴様ァ! 流石にオレの役目であろうが!」

「あ、あぁ、失敬……」

「ハッ、構わん許す! 見事に得心がいって気分が良い故な!」


 リシアとヴィクターは同じ結論だったらしく、セーレもそれに異論はないらしかった。


 そして総司だけがまだ理解が追いついていなかった。


「いや、待て、全然現実感がないが、もしそうだとしたら俺達も死んでるってことにならないか!?」

「だーから言ったはずだ。我々は迷い込んだ例外であると」

「時折迷い込むのだろう。“生者の意識”が……恐らくは“夢”を見る代わりにな」


 リシアがヴィクターの大仰な推理披露に、付け足すように口を挟んでいく。


「恐らくだが、死者の魂とそうでない者の違いは“体があるかないか”だ。我々三人とセーレは“現世に生きていながら”ここへ迷い込んだ意識であり、他は違う」

「“夢”はいずれ覚めるもの。しかもそれを、いつも必ず明確に覚えていられるわけでもないし、夢である限りはここにいる時間も限られる。通常であれば、この場所の性質に気づく前に、“哀の君”の裁定か、或いはその像による選定の段階で『ここへ来るべきではないモノ』として、現世へ意識を帰されるのではないか?」

「素晴らしいわ」


 セーレが感心したようにヴィクターを見つめた。


「リシアはともかく、流石ね、皇帝陛下。あなたはもっとおバカさんなのかと思っていたわ」

「ハッハー、良いぞ、許す! もっと敬うがいい!」

「微塵も敬ってはねえだろ」


 総司のツッコミも特に気にすることなく、ヴィクターは続けた。


「“哀の君”が“魂の裁定”とやらを何故だか知らんが行わなくなった。それによって“魂”達は行き先を失ってここに留まるしかない。そしてそれは、迷い込んでしまった我々も同じと。そういうわけだなセーレよ!」

「ええ、その通りよ。付け加えるなら……」


 いい加減、ヴィクターの大げさすぎる振る舞いに疲れたのだろうか、セーレがため息をつきながら言った。


「選定と裁定には“順番”がある。“ここに来た順番通り”にしか受けられないの。要は詰まっちゃってるのよ。本当なら順次、魂たちは選別と裁定を受け、私たちのような迷い人はさっさと現世へ帰されるのに、それが行われないからここに留まるしかない。あの世とこの世の境界――――“哀の君”が抱く、この『マーシャリア』に」


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