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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 序章② 超行動派と不思議な少女

「ハッハー、こいつは見事! まずは労わせてもらおう少年少女よ、よくやった!」


 ぜーぜーと息を切らす総司と、ため息をつくリシアに向かって、金髪の青年が相変わらず快活な声とイイ表情で言った。総司に抱えられていただけの彼に、当然疲れなどあるはずもない。


 不思議な態度、不思議な雰囲気の青年だった。あからさまに偉そうで、傲岸不遜なところを隠そうともしないある意味でははっきりした性格のようだが、しかし不思議と不快感がない。まるでそういう態度であることが当然と、思わず納得してしまいそうな迫力めいたものがある。


「まさか物理法則を無視しているらしいこの空間を逆手にとって、枯れ木の島から飛び降りて浮遊する瓦礫に逃げ延びるとは、何とも大胆な作戦よ。フゥム、見事という他言葉もない! さては歴戦か貴様ら! この程度の修羅場、幾度も潜ったというか、その若さで!」


 言葉も身振り手振りもいちいち大袈裟だが、芝居がかっているというわけではない。彼は一応本心から二人を褒め称えているようだ。


「あの亡霊ども、どうやら森から出ることは出来んらしいな。しかし謎めいた連中よ、敵意があるんだかないんだがハッキリせん。少女よ、なかなかの切れ者のようだが、連中をどう見る?」

「今度こそその前に、だ」


 リシアがシュッと剣を翳して、青年にまっすぐ切っ先を向けた。


「そろそろ貴殿のことについて聞かねばなるまい」

「こっちはソウシとリシアだ。あんたは?」


 総司が形式上の紹介をすると、青年は動揺する様子もなくふむふむと頷き、高らかに言った。


「然り、正しい警戒であろうな。では名乗りを上げるとしよう! オレのことはヴィクターと呼ぶが良い!」


 ビシッと親指で自分を指し示し、自信満々に青年・ヴィクターは言った。


「ヴィクター、ここがどういう場所か知ってるか?」

「さっぱりだ!」

「ここはあんたの故郷とか住んでる場所とか、そういうのでもねえのか?」

「全くだな!」

「じゃあ、どうやってここに来た?」

「それもさっぱりだ! 気づいたらここにいてな、いやぁー最初は腰が抜けるかと思ったぞ! 当然そのような無様は晒さんが、オレとしても人生初の体験だ」


 総司としては、それが正しい判断かどうかはともかくとして、ヴィクターの受け答えがあまりにも明朗快活過ぎて疑う気すら起きない。どうやらリシアも総司と同じ気分のようで、仕方なさそうに、ではあるが剣を下げた。


「さてその質問を考えるに、だ」


 指をパチンと鳴らすのは、どうやらヴィクターの癖らしい。


「貴様らもつまり、オレと同類。何故こんな寂れた陰気な場所に放り出されているのか、微塵もわかっておらんと見た!」


 総司とリシアの無言に、ヴィクターは満足げに頷いた。


「つまり、我々は協力できる。だろう?」

「……この場所に対する知識が、貴殿と我々で同等ならば」


 リシアがすうっと目を細めて、にこりともせずに言った。


「戦う力のない貴殿はむしろ、足手まといでは?」

「ハッハーリシアよ! 平然と痛いところを衝くでない、思わず泣いてしまいそうだ!」

「……まあいい。貴殿をここから放り捨てても、何かが解決するわけでもない……」


 突然訪れることになった不思議な場所で、不思議な道連れを得ることになった。


 ヴィクターがどんな秘密を抱えているのかはさておき、差し当たっての脅威ではない。喫緊の課題としては、三人ともが全く正体のわからないこの現象――――意味不明な異空間へ突如として招かれてしまったという、何とも言い難い最悪の状況の解決である。


 浮遊する建造物の残骸は、三人を乗せても特に影響がないのか、ふよふよと吸い寄せられるようにしてどこかへ向かっている。手がかりと言えば足場にもなっている瓦礫の塊ぐらいのもので、リシアはそこから何かしらヒントを得ようと調べていた。


 そんな相棒を尻目に、総司はヴィクターと気ままな会話を続けていた。


「国はどこだ?」

「ローグタリアだ。首都ディクレトリアに住んでいる。貴様は?」

「えー……レブレーベントだ」

「何と、端から端だな!」

「あぁいや、ここに来る直前はちょうど、エメリフィムとローグタリアの国境にいたんだ」

「フゥム?」


 ヴィクターは総司の話を聞いて、何かに思い当たったように、じっと総司の顔を見つめた。


「……なんだ?」

「ハッハ、気にするな。オレは就寝中だったはずだが気づいたらここにいた。貴様はどうだ? 寝ていたか?」

「いや……直前の記憶は定かじゃないが、寝てはいなかった」

「ハッ、いた場所も来る直前の状況も何ら共通点がないと来たか!」


 何故か知らないが嬉しそうに言うヴィクターがしばらく考え込んで、やがてバチンとまた大きく指を鳴らした。


「ハッハー、無意味! ソウシ、貴様もここまでにしておくが良い!」

「あん? なんだ、ここまで?」

「現段階の情報材料では、全てが憶測、全てが不確か! つまるところ“考えることに意味がない”! この摩訶不思議な場所、我々がここへ来た意味、これら全て、現状での思考を放棄せよ。時間と労力の無駄というものだ!」

「……正論だけどよ……よくそんなすぐに割り切れるな……」

「さてでは何に思考を割くべきか? 当然“この後どうするか”だ! 選択肢は二つほどあろうな。一つは座して待つ。何者か、或いは何かの出方待ちだ。二つ目はもう一段飛び降りてみる。この空間の底は少なくとも目視出来ん。落ちるほどに何かがある可能性に賭ける」

「ちょっと危険すぎるな、二つ目は」

「とはいえ、いつまでもここでぼんやりしているわけにもいくまい。いずれは何かしらの行動を――――」


 ヴィクターの言葉が不自然に途切れた。


 何気なく見上げた先に、さかさまに「街」がぶら下がっていて、思わず言葉を失ってしまったのである。


 総司もパッと見上げて、思わず感嘆の声を漏らす。


 かなり遠いが、円錐状の小高い丘に沿うような形で、街が確かに形成されている。


「……ん?」


 自分たちの足場となる瓦礫を調査していたリシアが、何かに気づいた。


 崩れ落ちた石の一部が、ふわふわと浮き始めて、すーっと上空の「さかさまの街」に吸い込まれていくのを見た。リシアがハッと気づいて、総司の元へ駆け出した。


「ソウシ、どこかに掴まれ! このままでは――――」


 リシアの警告は少しだけ遅かった。既に総司とヴィクターの体が浮き上がり、「さかさまの街」に吸い寄せられ始めていた。


 リシアの体も浮遊し始めたが、その直前に強く地を蹴っていたおかげで、何とか総司の元に辿り着くことが出来た。


 総司がリシアの体を捕まえて自分の傍まで抱き寄せる。総司はヴィクターの腕もしっかりと捕まえていた。


「ハッハー、なるほど! どうやらご招待に預かったと見た! 抵抗する意味もあるまい、誰の思惑か知らんが乗ってやろうではないか!」

「簡単に言うなっつの……! 何が起こるかわかったもんじゃ――――うおおおお!」


 三人はそのまま、「さかさまの街」に吸い寄せられた。


 どのタイミングからかはわからないが、「浮遊感」が「落下」の感覚に切り替わった。重力めいたものの向きが変わり、総司たちは不可思議な街に「落ちる」ことになった。


 緩やかな坂が続く、暗い街だった。空間そのものが薄暗いためか、夕暮れとも夜ともつかない微妙な時間帯の街並みに見える。


 石造りの家々の灯りが煌々と街を照らし、昔のガス灯のような形をした街灯がところどころで寂しげに輝いている。人影は微塵もなく、亡霊たちに襲われた森で見たのと同じ、色とりどりの小さな光の球体が通りを行ったり来たりしている。


 光はたまに別の光とすれ違い、少しだけ動きを止めてクルクル回ったりしている。まるで街を歩くヒトがたまたま知り合いを見つけて、軽く立ち話でもするかのような光景だ。


 リスティリアの国々を巡った総司からすると、今目の前にある街並みはどこか「発展」しているようにも見えた。総司もドラマの中でぐらいしか見覚えがないが、中世というよりは近世のヨーロッパを舞台にしたドラマの街並みと似ているように思えた。


 産業革命により世界の工場と呼ばれたイギリス、その中心地となったロンドンは、目覚ましい発展を遂げたものの、蒸気機関を核とする急速な技術発展が工業化を推し進めた結果、環境への配慮が微塵もないために、大気汚染が深刻化したと聞く。郊外の空気の綺麗な場所に、都市部から失われた緑を内包する、庭付きの家を持つのが一つのステータスになっていたという。


 そういう話を題材にしていたドラマだかテレビ番組だかで見たような、洒落た街ながらどこかどんよりとした空気を纏う光景。汚染されているとまでは言わないが、決して好ましい空気ではなかった。


「人気がねえが……その割には……」

「……言いたいことはわかる。言葉にはしがたいが」


 総司の奇妙な感覚に、リシアも同調した。


 人気はないが、「生命の暖かみ」やその気配が全くないのかと言うと、そういうわけでもない――――本当に形容しがたいが、「全く何もない場所」ということもないのだ。何かしらの気配を察知することに長けた総司からすれば、これはとても奇妙な感覚だった。


「頼もう! 誰かおらんか!」


 こんな時でもヴィクターはすさまじい胆力と行動力を発揮し、手近な家の一つに狙いを定めて扉を叩いていた。


「おぉい躊躇いなしかよ!」

「こちらは怪しいものではない、少し事情を聞きたいのだが!」


 当然と言っていいものかはさておき、予想通り返事はない。誰かが出てくるということもなかった。


「ハッハー、居留守と来たか! このオレを相手に良い度胸だ、気に入ったぞ! よぉしソウシよ、この扉を突き破れ!」

「出来るか!」


 バシッとヴィクターの背を殴って、総司は彼を道の方まで引きずった。


「不用意な真似すんじゃねえよ、何が出てくるかわからねえだろ……!」

「貴殿一人ならともかくこの状況では我々まで巻き込まれる。軽々に動かないでもらいたい」

「これは失敬、まあ許せ! 何もせんのでは何も起きまい。何か起きてくれなければ困る。だろう?」

「大筋は間違っちゃいねえが、気構えってもんもいるだろ」

「ハッ、図体の割に小心者よ! これほどの想定外を前に、気構えなどいくら時間を掛けたところで意味を成すまい!」


 危なっかしい動きをするが、ヴィクターの言葉はどれも正論だ。あまりにも物事をきっぱりさっぱり断じて迷いがないから面食らうが、彼の行動は理にかなっている。


 道で立ち尽くして事態が好転するのを待つ、というのも希望的観測だし、気構えだのなんだの、覚悟を決めようとしている間に状況が悪化しかねない。総司もリシアもそれなりに行動派だが、ヴィクターはそれ以上というだけのことだ。


「……何をしているの?」


 唐突に小さな声で問いかけられて、総司がハッと振り向いた。


 ぼろきれのような衣服を纏う、髪の長い少女が、三人を驚愕の眼差しで見つめていた。


 年の頃は十歳過ぎかそこら、総司の基準で言えば、小学校高学年、或いは中学生になりたてぐらいだろうか。ぼさぼさの銀髪の間からわずかに覗く眼差しに「警戒」はなく、ただ驚きだけがあった。


 一瞬、ティタニエラで目にしたエルフにも通ずる、神秘性を感じ取った。しかし耳には特徴がない。少女はコバルトブルーの瞳をぱちくりさせて、総司たち三人を何か信じられないものでも見るようにじいっと見つめている。


 総司がリシアに目配せした。こういう時は女性が声を掛けた方が相手に余計な警戒心を抱かせにくい。少女からすれば明らかに大柄過ぎる体躯の総司では怖がらせてしまいかねないし、尊大に余計なことを言いそうなヴィクターが第一声を担当するのも当然論外だ。


 リシアもすぐに理解したようで、少女の前に歩み寄り、かがんで優しく声を掛けた。


「初めまして。私はリシアだ。君は?」

「あなた達、どうしてここに来たの?」


 リシアの問いかけを無視し、少女は切羽詰まった声で逆に問いかけた。


「どうしてと言われると……理由はないんだが、何かしら不測の事態で迷い込んでしまったんだ。君はここがどういう場所か知って――――」


 少女の目が通りの向こうへ、坂の上の方へと走った。


 つられて三人も坂の上を見る。まっすぐ伸びているわけではなくて、ところどころ曲がりくねりながら上の方へ続く坂道の先。


 灯りが、ふわりふわりと、上から順番に消え始めているのが見えた。


「ッ……来て」


 少女が慌てた様子でリシアの手を掴んだ。決して強い力ではない、ただ手を引こうとしているだけだ。


「あなた達も。話はあとよ、すぐに離れないと」

「ま、待ってくれないか。一体何が起こるのだろうか」

「良いから。急いで!」


 少女のただならぬ様子に総司とヴィクターが顔を見合わせ、頷いた。


「その子の言う通りに。行こうぜ!」

「ハッハー、楽しくなってきたじゃないか!」


 総司がリシアの隣に屈んで、少女に言った。


「俺はソウシだ。お嬢さん、走るとなりゃ俺が抱えた方が速い。構わねえか?」

「そう。ええ、良いわ。まずはこの路地をまっすぐ突っ切る。よろしくね」


 少女は総司を警戒することもなくすぐ頷いて、行き先を指示しながら総司が差し出す腕に体を預けた。総司は少女を抱きかかえて、パッと駆け出す。リシアもヴィクターもその後ろについて走り出した。


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