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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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追憶のマーシャリア 序章① 想定外の寄り道

 紫がかった光に覆われた不思議な空と、葉の無い木々。


 崩れ落ちた建物が浮かび、ゆっくりと空を旋回する不思議な空間の中で、総司は激闘を繰り広げていた。


 様々な色の光がふわふわと、蛍のように飛び交う幻想的な空間。だが空を覆う紫色の光のせいで、総司の感覚としてはどこか物悲しさが漂う場所に思えた。


 山のように聳える巨大な街並みと、砕けた建物の残骸が遠目に見えた。総司が目を覚ましたのは、枯れた木々の根元。木々自体も浮いていて、下にも紫色の空が広がっている。


 浮いた木々が集まって小さな森を形成していて、総司はその中にいるようだった。


 あまりにも現実感のない光景にめまいがしそうになったが、全くそんな暇はなかった。


 目が覚めて相棒のリシアが傍にいないことに気づき、彼女の名を叫びながら枯れた木々の森を歩いた結果、数分としないうちに、明らかな敵意に囲まれてしまったのである。


 それは霞がかった実体の不明瞭な敵意で、総司も見たことはないものの、形容するなら「亡霊」のようなものだった。ヒトの形をしているものの、形は不確かで捉えどころがなく、しかし長い手足を振り回す攻撃には確実に質量があり、総司がかわせば枯れた木々の根っこで形成された足元が抉れた。


「なめんなよ……!」


 総司の攻撃も通じないことはない。剣を振りかざして叩き斬れば両断できるし、そのまま霞の如く消え失せる。


 が、数が尋常ではない。際限がないとすら思える。かれこれ何十分戦い続けているやらわからないが、その中で千は斬り伏せ、吹き飛ばしたものだ。


 それでも全く減る気配がない。無尽蔵のスタミナも総司の強力な武器ではあるが、流石に嫌気が差してきた。


「キリがねえな……」


 総司の一瞬の休憩を隙と見るだけの知能があるか、定かではないが。総司がふっと力を抜いた瞬間、背後から亡霊の如き何かが襲い掛かる。


 当然、総司もすぐさま反応するが、総司が反撃するよりも早く、金色の閃光が駆け抜けて亡霊たちを吹き飛ばした。


「ッ……リシア!」


 “ジラルディウス・ゼファルス”を発動したリシアが、女神の剣レヴァンクロスを手に総司の救援に駆け付けた。


「無事だな!」

「当然! とはいえ……状況はよろしくねえな。よろしくねえっつか、意味がわからねえ」


 互いに背を預け、周りを囲んでくる不可思議な敵意たちに油断なく目を走らせながら、総司が問いかけた。


「どこまで記憶がある? 何がどうなったんだかさっぱりだ」

「エメリフィムの端で、リズーリ様たちと別れて……ローグタリアを目指す道中だったな」


 エメリフィムとローグタリアは、細い陸路で繋がっている。間には小さな島々も点在し、宿を取って休める場所もあると聞いていた。走れるだけ走って、休息を取りながらローグタリアを目指す、そういう計画だった。


 だが――――


「その途中で……“ないはずの山”に、差し掛かった」

「ああ、地図にない山だって、お前が……」







 エメリフィムの端まで送ってくれたリズーリとトバリに別れを告げ、二人はほとんど整備されていない陸路でローグタリアを目指した。


 大陸丸々一つを国土とするエメリフィムと、唯一わずかな陸路で繋がるローグタリアまでの間には、「かつて島だった小さな山」がいくつか点在する。


 陸路は潮が満ちると共に完全に途絶える砂浜のような場所もあれば、大陸と変わらない陸地のように常に存在する箇所もある。特殊な地形が齎す複雑な潮流はむしろ航海には向かず、エメリフィムとローグタリアの行き来には陸路を用いるのが基本である。


 ただし、それも簡単な話ではない。両国の交流は、エメリフィム先王・アルフレッドが没する以前は、リスティリアの他国に比べればまだ活発な方ではあった。それでも今一つ、総司に言わせるところの「繋がるリスティリア」とまではいかない理由が、この陸路の“面倒さ”にある。


 潮の満ち引きに影響される道などはまだ可愛いもので、気まぐれに姿を現してはヒトを脅しつけるだけの魔獣だったり、正体不明の地震が突然起きて突然静まったり、とにかく忙しい陸路なのだ。


 何より厄介なのが、「魔力の気配が狂っている」こと。原因は遥か昔から全く解明されていないが、島々の魔力はそれぞれ独特で、それらが複雑に絡み合った結果、名の知れた魔法使いであっても魔力の察知があまりあてにならない。どころか、体調を崩すことすらある。


 リスティリアの下界においては相当上位の能力を持つリシアであっても、ルディラントの“真実の聖域”で初めて、「女神と接続できた領域」の濃密な魔力に晒された結果、最初は体調を著しく崩した。


 流石にそこまでではないとはいえ、魔力を持ち、その気配を察知できる普遍的なヒトや意思ある生命にとって、決して快適な環境ではないのである。


「ローグタリアの機械文明がリスティリア中に広がり切らない理由の一つともされている」


 陸路に関する説明をしていたリシアがそう締めくくった。


 最初の関門は鬱蒼とした、魔獣が多数潜む起伏の激しい森だったが、二人にとってはあまり問題にはならなかった。


 エメリフィムの聖櫃の森でトバリが言及したこともあるが、一定以上の強さを持つ魔獣であれば逆に、総司とリシアのコンビが「近づいたらまずい」ことぐらいはすぐに察知するのだ。二人に対する明確な害意を持つわけではなく、「獲物を見定める」だけの者たちにとっては、二人は攻撃の対象になりにくい。致命的な反撃があることは火を見るより明らかだからだ。


 脅威度が更に上がるような魔獣であれば、むしろ闘争本能が刺激されることもあるだろう。ティタニエラのクルセルダ諸島の魔獣たちなどがそのいい例と言える。この陸路の魔獣たちはそこまで好戦的ではないようだ。日々の生存競争の激しさが段違いなのだろう。


「まあ、ローグタリアが他国に技術を流したがらない理由は、そればかりではらしいが……」

「機械文明が一番発達してる国か……どんな感じなんだろうなァ」


 総司は興味深そうに、歩きながらリシアに聞いた。


「一応、意味はあんまりないって話だが“同盟国”なんだろ? 行ったことねえの、騎士団長様」

「お前から『団長』なんて呼ばれるのは初めてじゃないか?」


 リシアがおかしそうにクスクスと笑った。


「私も初めて訪れるよ。オーレン殿は何度か、騎士団の長として出向かれたことがあるはずだがな。ただ、シエルダでのお前とオーレン殿の会話を思い出すに、お前の元いた世界ほどのものでもないようだが」


 総司にとっての始まりの街、シエルダで、総司はリシアと初めて出会い、同席したバルド・オーレン騎士団長も交えて総司の元いた世界の話をした。


「あー、あのおっさん、結構びっくりしてたしな。ローグタリアを知るバルドが驚くってんだから、俺の故郷の方が機械文明の発展は上かもなァ」

「魔法がないことの差なのかもな」


 そんな風に取り留めのない話をして、穏やかな空気感ではあった。


 森を抜け、すぐ目の前にそびえる、不気味な気配の山を見上げるまでは。


 山と言うにはあまりにも鋭い「突起」だった。大地から角が生えている、と形容した方がまだしも正しい。角の周囲を幾重にも、紫色の禍々しい光のリングが囲んでいて、まるで魔王でも住んでいるような不気味さを醸し出している。


 総司にとってはそれなりに壮観な光景で、呑気に「これを登るのかァ」なんて呟いていたのだが。


 隣にいるリシアの表情は明らかに強張っていて、エメリフィム王女の側近・ジグライドからもらった地図を取り出し、何度も何度も確かめている。


「……どした?」

「……なんだ、この地形は」


 リシアが険しい表情のまま、厳しい声で言った。


「存在していない、地図には……それに……なんというか……」

「……っつっても……」


 リシアの背筋に悪寒が走った。


 と言って、何者かに敵意を向けられたわけではない。隣に立つ総司が、何らかの気配を察知するために集中し、研ぎ澄ましたことによるものだ。


 リシアは目の前の光景と同じくらいに驚かされた。エメリフィムを超えて、総司の力の質が明らかに変わっている。総司にスイッチが入った時の気迫や気配は、例えるなら嵐のように荒れ狂う、暴虐に近しいものだった。


 今は鋭く、研ぎ澄まされた刃のよう。荒さがいくらか取れた分、余計に底冷えするような気迫を感じる。


「別に生き物らしい気配もねえし……“アレ”から感じられるものもそんなに……」


 紫色の雲のような、帯のような光を指して、総司が怪訝そうな顔で言う。


「そ、そうか」


 総司の変化に動揺しつつも、リシアが頷いた。


「何はともあれ、超えなきゃ話にならねえんだろ? 飛び越えるか?」

「……正体不明である以上、むやみに高度を上げるのも危険だな」


 リシアが冷静に言った。


「目立つ移動は避けたい。このまま踏破しよう」

「道らしいもんがあるのかも怪しいが、ま、無難だな」


 総司は気楽に言って、リシアの前を歩いた。


 総司の言う通り、生命の気配が微塵も感じられない、物寂しい場所ではあった。


 異質な空間だが、見た目の不気味さとは裏腹に、不吉な予兆めいたものもなく、脅威を感じない。道らしき道も見当たらないが、屈強な二人組であるので、大きな問題もない――――


 そんな風に、気を張りつつも気張り過ぎず、いつも通りの調子で正体不明の山のような角のような巨大な地形に挑んだところまでで、二人の記憶は見事に途切れていた。









「マジで何でこんなことになってんのか微塵も思い出せねえ……! そんなことがあるか? 俺達二人が揃って!」


 迫りくる亡霊のような存在を次々に斬りながら、総司もリシアも懸命に記憶を辿ったのだが、どうしてもこの「謎めいた空間」に放り込まれた経緯が、きっかけが思い出せない。


 油断があったとは思わない。総司もリシアもそれなりに気を張っていたし、今の総司の察知能力は、元々高かったこともあるとはいえ、レブレーベント時点から比べれば相当上がっているはずだ。


 それでも防げなかったし、何が起きたのか今もってわからないとは、凄まじい怪奇現象である。


「いろいろと疑念は尽きないが、ひとまず後にしようか……!」


 “レヴァジーア・ゼファルス”で亡霊たちを薙ぎ払って、リシアが言う。


「ここに来るまでに少し試してみたが、一定以上の高度に上がれないんだ……! 突破口を開いて駆け抜ける! 安全な場所があるかはわからないが……!」

「おぉい待て待て! 勇敢な少年少女よ、貴様らに立ち退かれてはオレが困る!」


 総司とリシアがかっと目を見開いて、声のした方を見上げた。


 枯れた大きな木の枝に、総司より少し背が低い、金髪の男性が立っていた。


 戦いに意識を割くあまり、総司もリシアも気づけていなかった。


 独特でラフな格好だった。白地に赤やら黄色やらのカラフルなラインをあしらった前の開くシャツのような服を、裸に直に羽織っている。だぼついたズボンは遠目にもヨレヨレで、ありていに言ってしまえば「ザ・平民」と言ったいで立ちの、そこらの村で農業にでも勤しんでいそうな青年だ。


 ただ、首元にさげている、宝石を鎖のように繋げた豪華絢爛な首飾りだけがあまりにも不釣り合いで、青年の不自然さを際立たせている。


 総司を囲む亡霊たちも、総司と同じく彼には気づいていなかったようだ。声がした瞬間、亡霊たちのターゲットが一瞬で青年へと切り替わり、木々をするすると昇って青年に襲い掛かり始めた。


「ハッハーしまった! 黙っておれば貴様らを囮に難を逃れられたわけか!」


 青年はバチン、と指を鳴らして、緊急事態にも関わらず快活に笑いながら、枝を蹴って飛び上がり、総司とリシアの後ろにスタッと軽やかに着地した。


「とはいえ見つかったからには仕方ない、頼んだぞ少年少女よ、蹴散らしてくれ!」

「その前に誰だあんたは! 一体いつから――――」

「その前の前に眼前の脅威に対処せんか!」

「このっ――――」

「ソウシ!」

「ッ……あぁもうめんどくせえ……! 次から次へと……!」


 亡霊たちが一斉に襲い掛かってくる。総司は仕方なく、リバース・オーダーを振りかざして亡霊たちを見据えた。


 正体不明の青年は、見たところ総司たちに対する敵意はないようだ。あまりにも怪しいが彼の言う通り、今の脅威度としては亡霊たちの方が上である。


「伏せてろ二人とも!」


 蒼銀の魔力が荒れ狂い、剣に収束する。


 総司が横なぎに剣を振り回すと、飛ぶ斬撃が一気に広がって、亡霊たちを薙ぎ払った。


 一瞬だけ、静寂が訪れた。が、それもまさしく一瞬のこと。どこからともなく森の奥から、亡霊たちが再びぞろぞろと群れを成してやってくる。


「ハッハーァ見立て通り! このオレのヒトを見る目に狂いなし、やるではないか少年! その調子で森ごと消し飛ばすが良い!」

「偉そうに言ってねえであんたも手伝え!」

「別に構わんが、すぐにその言葉を撤回することになるぞ? とくと見るが良い、この貧相な二の腕を!」

「何だコイツ!」

「ソウシ、気持ちはわかるが後にしろ! お前のおかげで道が開いた、とにかく場所を変えるぞ!」


 不思議で怪しい青年を放っておくわけにもいかず、総司が彼をばっと抱え上げて、リシアが先導し、三人は枯れ木の森を疾走して亡霊たちから逃げ出した。


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