表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
251/359

受け継がれる/憧れを超えるエメリフィム 終話③ 五つの国を超えて

「出番がなくて残念だったな」


 レブレーベント・王都シルヴェンス。


 水晶の間と称される天然の牢獄は、今や王女アレインの私室に近かった。切り出された水晶の塊、その高い場所にいつも通り陣取って寝転がる娘へ、女王エイレーンがからかうように声を掛けた。


 エメリフィムから届いたリシアの手紙は二通あった。


 一通目は、万が一の時はティナ王女を匿ってほしいという依頼。


 時間を置いて届けられた二通目には、国内情勢は依然として不安定なものの、差し迫った脅威の排除には成功し、一旦はアレインの手を煩わせることがなくなったという報告が記載されていた。


「そう見える?」


 無断で入ってきた女王を咎めるでもなく、アレインが言う。女王は無作法に寝転がる娘の横顔を見て、ふっと笑みを零した。


「いいや」


 使えるものは全て使うという狡猾さを持て。アレインはかつて、リシアに対し叱咤激励とも取れる内容の手紙を送っていた。


 全て自分の手で何とかしようとせず、自国の上官を使おうとしたのは、アレインから見れば良い傾向だ。


 生真面目なリシアは責任感故か、アレインの手を出来るだけ煩わせないようにする傾向があった。それが今回は、もしもの折には頼ろうとした。


 それでいい、とアレインは微笑を浮かべる。リシアにとって最優先すべき課題は別にある。それ以外のことは、他人に振っておけばいい。女神救済の旅路を通して、多少は成長したと見える。


 どこまで自分で解決できるか、今の自分がするには厳しい事柄は何か。その見極めは大事だ。特にリシアが今付き従う救世主は、そのあたりの取捨選択が愚かしいほどに下手なのだから。リシアがきちんと分別をつけなければ、途端に彼らの旅路は頓挫する。


「いよいよローグタリア――――最後の国だ。存外、早かったな」

「……あら。心配?」


 アレインが下らなさそうに聞くと、女王は何とも情けない顔をした。


「当然だ……あの二人には、口が裂けても言えんがね」

「やり遂げるでしょ、あの二人なら」


 アレインは気楽な調子で、二人への絶対の信頼を口にした。


「アイツ一人じゃ当然無理だったでしょうけど、リシアがいるのよ。何も心配は要らないわ。帰ってくるかどうかまではわからないけど」

「そこがわからんのでは、心配は消えん」


 女王が呟くように言う。


 女王エイレーンは、救世主を最初に導いた為政者であり、彼を最初に信頼した人物であると共に、彼の気質の危うさを最初に見抜いた人物でもある。見抜いていたからリシアを付けた。


 リシア自身も甘いところはあるが、総司一人で旅をさせるよりはよほど生存確率が上がる。大いなる運命の中で、折り重なるように襲い来る大事件の数々の中で、総司の選択を手助けできる存在だと確信していた。


 リシアは期待に応えた。それ故にこそ、彼らはついに最後の国にまで至ろうとしている。だが、エメリフィムの報告を読むにつけ、彼らは大いなる運命から決して逃れられていない。


 救世主の歩みに呼応するように発生する大きな事件で、彼らは常にその渦中に身を置いている。総司を心から心配する女王にとって、総司は女神レヴァンチェスカの傀儡として思惑通りに動かされていて、リスティリアに起きる「女神救済以外の諸問題」すらも押し付けられているように見えてしまう。


「送り出した時点でわかっていたことよ。どんなに苛酷な未来が待ち受けていようと、成し遂げるまでノコノコ帰ってくるわけがないのだから……全てを成し遂げた時、アイツの命があることを祈るしかないわ」


 アレインの言葉は淡々としていて、しかし強かった。


 精神的には既に完成を間近に控える強靭な器。彼女の言葉に偽りはない。情がないわけではない、むしろ通常よりも深い愛情の持ち主だが、彼女はブレない。


「エメリフィムまで突破したのは大したものよ。見事と言っていい。けれど、アイツの旅は最後まで完遂して初めて意味を持つもの……ここまで頑張りました、でも最後はダメでした、では話にならない。誰よりアイツ自身がわかっているはずよ。覚悟ももう十分でしょう。だから――――余計なことは、書かないようにね」


 女王がぎくりと顔をしかめる。アレインはじとっとした目で母を睨み、仕方なさそうに言った。


「今回も、返事は私が書いておくわ」

「……うむ、任せる」









「いいですか、とにかくご自分の命を最優先に考えて。あまり余計なことに首を突っ込まないこと、迫りくる脅威の全てを迎え撃つのではなく逃げる選択肢もあると忘れないこと、それから――――」

「ティナ様、別れ際にそうまくしたてられては、イチノセも対応に困りましょう」


 五つ目の国エメリフィムでも、遂に別れの時が来る。


 出立のため準備を整えた総司とリシアを、ティナや側近たちが見送りに出てきた。ティナは総司の手を両手でしっかりと掴み、必死の形相で総司に訴えかけた。困った顔の総司に助け舟を出したのは、やはりジグライドだった。


「でもっ……」


 ティナが泣きそうな顔でジグライドを見る。ジグライドは首を振る。それでもしばらく、ティナは総司の手を離そうとしなかったが、やがて諦めたようにそっと離れた。


 総司とリシアの度が過ぎるお人よし具合に、ティナ自身が救われたのは紛れもない事実だ。


 そしてだからこそ、危うさを感じずにはいられない。


 ジグライドは、総司を待ち受ける“最後の敵”のことをティナには話していないようだ。総司の出立の時間が来たというだけでも心配がオーバーヒートしそうなティナを見れば、ジグライドの判断は正しかったと言える。


「伝えるべきことは伝えた……また会おう。達者でな」


 言葉少なに、ジグライドが言う。総司はしっかりと頷いた。


「ああ。そっちもこれから大変だろうけど、頑張ってくれ」

「要らぬ心配をするな。ティナ様の仰る通り、自分のことだけ考えるんだ」

「またね、ソウシ、リシア。あなた達の無事を祈ってる」


 ジグライドと固く握手を交わし、シドナと少しだけ抱き合って、総司とリシアはケルテノへと乗り込む。


 リズーリとトバリが既に乗り込んでいた。トバリは二人を国境まで見送った後で、リズーリと共にタユナの里に帰るつもりらしい。


「二人を頼む」


 ジグライドが声を掛けると、リズーリがふっと笑って手を振った。


「わかっておる。万事任せておけぃ」

「トバリもだ。道中、邪魔が入らんとも限らん」


 カトレアとディオウのことを念頭に置いているのか、ジグライドが警告するように言った。トバリはにこやかに、


「ご心配なく。そろそろ信用してくれてもいいでしょう?」

「……頼んだぞ」


 別れの時は来る。


 ケルテノが緩やかに歩を進め始め、ティナが叫んだ。


「本当にありがとうございました! 何もまだ、ゆっくりお話しも出来ていないけど――――きっと、次会った時に、もっと……!」


 感謝の念は、言葉に言い表すには大きすぎる。言葉に詰まり、探しても見つからないティナへ、総司とリシアは手を振り上げて応えた。


「祝砲だーー!!」


 元気の良い、聞き覚えのある声が響いた。


 晴れやかな青空に打ち上がる祝福の砲弾。青空の中でも蒼銀の輝きがかすかに見えた。


 リック族たちによる門出の激励。王都復興の間にそんな余裕があったとはとても思えないが、彼らには朝飯前といったところか。何十発と連射される祝砲はちょっとうるさいぐらいだった。


「おー! 良いねぇ、今までで一番派手だな!」

「そうだな、今までは割と落ち着いた――――待て」


 リシアが気付いた。


 高速で近づいてくる魔力の気配。総司もすぐに気付いて、リシアと共にわずかに警戒した。だが、二人よりも察知能力の高いトバリが警戒を強めてはいない。


「これは――――」

「っと! 間に合った!」


 シュタッとケルテノの背に飛び乗ってきたのは、ヴァイゼ族の指導者ステノだった。


「おおう! なんだお前かよ!」

「これこれ、あまり派手な登場をするな。ケルテノが驚くじゃろ」


 手綱を握るリズーリが苦言を呈する。ステノは特に気にした様子もない。


「悪いね。最後に挨拶ぐらいしとかないとって」

「律儀なもんだな。お前とは、ジグライドも一緒にだったが一度――――」


 総司の言葉が途切れる。


 ステノがそっと、総司の頬に口づけしたからだ。リシアはパッと顔を赤くして目を背けた。


「……おっ?」

「全てが終わったらエメリフィムで暮らせよ。ウチに来い」

「……帰る場所は決めてないが……考えておく。ありがとよ」

「あぁ。じゃあな」


 それだけ言って、ステノはさっとケルテノから、手を振りながら飛び降りる。総司は軽く手を振り上げて応えた。


「……清々しい女性だな」


 リシアがふっと笑って言う。


「ああ、イイ女だ。アイツがいるなら大丈夫だろ、ヴァイゼも」


 総司とステノは、地下でカトレア・ディオウと一戦を交える際に、わずかな時間で信頼関係を築いた。


 その時のことをリシアは知らないが――――リシアの目が、すうっと細く、エメリフィムに想いを馳せる総司の横顔へ向けられる。


 総司は地下での戦いで一つの覚醒を成し遂げた。それ自体は喜ばしいことだ。女神の騎士の力は、リシアが思っている以上に強力で、まだ総司は「成長途上」であるということ。


 既に圧倒的な強さを有する彼にはまだ伸びしろがある――――この事実は、リシアにとって一抹の不安要素でもある。


 総司は国を超えるごとに確かな成長を遂げている。


 レナトゥーラとの激突もそうだ。今回の決戦、相手が本気の本気ではなかったというのも要素の一つではあったが、総司は様々なサポート込みとはいえ、確実にレナトゥーラを上回った。


 この成長が「予定通り」だとすれば、足りているのだろうか。


 “最後の敵”の正体も、強さも、全て最初から知っていた女神レヴァンチェスカから見て。


 そもそも“強さ”という点で、総司は勝利できる領域に達しているのだろうか。偶発的にも見えるエメリフィムでの覚醒も織り込み済みなのだとすれば――――総司は、“最後の敵”と相まみえるまでに踏むべきプロセスを、きちんとクリアしてきているのか。


「……どうした?」


 リシアの視線に気づき、総司がふと聞いた。リシアはすぐ和らいだ表情になって首を振る。


「いや、大したことではない……泣いても笑っても次で最後だ。どうせ一筋縄ではいかん……が、今から気を張っていても仕方のないことだ。少しばかりゆっくりさせてもらおう」

「だな」


 遂に五つ目の国を超え、目指す六つ目、最後の国。


 形骸化し、ほぼ機能していないとはいえ、レブレーベントとの「同盟」の契りが未だに残る「ローグタリア」。千年前の「戦友」であることを意味する程度のものだが、ローグタリア皇帝は為政者として、癖はあるものの話の分からない相手ではないという。


 エメリフィムの終わりは、どこかスッキリしないものではあった。レナトゥーラによって齎された“最後の敵”への確信、待ち受けるであろう悲愴な戦いを前に、総司の心は少し曇ったが、幸いにして折れていない。


 これなら、大丈夫――――相棒であり参謀であるリシアもまた油断していた。


 ローグタリアもどうせ一筋縄ではいかない、などと。


 先のことにばかり想いを馳せるから、総司もリシアも警戒が薄かった。


 ローグタリアに限ったことではない――――そもそも彼らの旅路そのものが、一筋縄ではいかないことの連続でしかないのだと。


 それを思い知るのはもうすぐ。ローグタリアとの国境に差し掛かった時、すぐに、改めて思い知らされることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ