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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれる/憧れを超えるエメリフィム 終話② やるべきことは二つ

「予想通り諸刃の剣だな、新しい魔法は」


 レナトゥーラとの戦いが残した爪痕は大きく、激闘から一週間が過ぎても、王都フィルスタルに落ち着きは戻っていない。


 だがそれは、「完全には」戻っていないというだけのこと。エメリフィムにおける不安要素が取り除かれたわけではないが、「伝承魔法エネロハイム」とは違う価値を示したティナの求心力が徐々に増しており、ジグライドも最前線に復帰したとあって、エメリフィムの再建はこれから加速することになるだろう。


 その最中、総司とリシアはまだ王都フィルスタルに身を置いていた。少なくともジグライドが本格的にティナのサポート、というよりは指揮者としての完全復帰を成し遂げるまでは、総司とリシアが王城にいるという抑止力があった方が、浮ついたエメリフィムを落ち着かせるのに効果的だと判断したからだ。


 国が揺れ、収まった直後。良からぬ考えを持つ者がもしいたとして、あの化け物を打倒した存在が王家に味方しているとあっては下手な動きもしにくくなる。


 当然、「判断した」のはジグライドであり、あくまでもジグライドの懇願を二人が受け入れた形である。いつまでもエメリフィムに留まることは許されない二人ではあるが、ティナのことが気がかりでもあった。そんな二人の複雑な心境をジグライドが汲み取って頭を下げ、言い訳めいたものを作った。


 そして二人もまた、遊んでいたわけではない。リシアの提案で、総司とリシアの二人は新たなる魔法“エメリフィム・リスティリオス”の性質の完全把握に努めた。出立を翌日に控えたこの日、明確なデメリットを認識するに至る。


 と言うのもこの魔法、「使い方」についてはいつも通り、総司が女神に力を返還されたのと同時に直感的な理解を獲得しているが、「使い方以外」の部分に何かがあるとリシアが読んだためである。


 リシアの予想は的中した。“エメリフィム・リスティリオス”には、総司とリシアという、救世主とその相棒のコンビにとっては無視できない弱点がある。


「使えない」


 リシアの“ゼファルス”、その片鱗を受け継ぎ、上着を含む衣装に金色の幾何学的なラインが刻まれるという変貌を遂げた総司に向かって、リシアが頷きながら報告した。


 総司が魔法を解除すると、リシアがすぐさま“ジラルディウス”の天翼を展開し、ふっと消し去る。


「弱点がハッキリしたな。お前がこの魔法を解除しない限り――――この魔法は、『伝承魔法を分け与えた者』からその力を奪う」

「ッ……俺とお前で“ゼファルス”二枚看板ってわけにはいかねえか……」

「ああ。よほどの状況にならない限り、少なくとも私の力を貸すのは避けた方が良いだろうな……とはいえ」


 リシアが難しい表情で腕を組んだ。


「ティナ様は正直特例中の特例だ……ローグタリアでそう都合よく、伝承魔法の資質を持っているが満足に扱えない、という存在と、力の貸し借りが出来るほどの関係性が築けるとはとても……」


 総司に“ゼファルス”の力が加われば、強いことには間違いない。


 だが、戦線からリシアを欠くことになる。リシアは背中を預ける相棒としての戦闘能力もさることながら、総司にとっては最前線でこそ縋りたい参謀でもある。“ゼファルス”を一時的に使えない状態で、危険な戦闘に加わってもらうわけにはいかない。


「……まあ、それでも。この国で役立っただけでも、儲けものとしておこう」


 リシアは深刻そうな表情を一転させ、ふと和らいだ微笑を浮かべて、総司に優しく聞いた。


「少しは落ち着いたか」


 スヴェン・ディージングが最後の敵として立ちはだかること。


 逃れようのない運命を前にして、総司には明らかな動揺があった。リシアはそれを慮ったが、総司の返答は決まっていた。


「もちろんだ」

「……本当に?」

「うるせえ詰めんな」


 リシアの優しい問いかけに、総司は仏頂面で返した。


「掘れば掘るほど、ボロが出るに決まってんだろ」

「……そうだな、悪かった」


 リシアは表情を引き締め、言った。


「生物の進化と魔法の成立が似ているという話を聞いたことがある」

「……あん? 精霊の行いを真似るってのが普通の魔法の根幹だろ? どこが似てんだ?」

「“必要に迫られて”魔法は過去に成り立ち、それが継承された。ただの“力”としての魔力が“魔法”として変換されるのは、そういう経緯がある。という、俗説だ。サリアから教わった魔法の基礎に照らせば、精霊の行いを“真似しなければどうにもならない”ことが過去にあったから、その魔法は存在すると言い換えられるかもな」

「へえ……お前が学んだ基礎はそういう……ん? 何が言いたい?」

「お前の持つ“四つ”の魔法と成り立ちを違える、あの魔法のことだ」


 リシアの慧眼は、総司の想像など遥かに凌ぐ。


 リシアは見ていた。そして考えていた。


 総司の左目が齎した奇跡と、その理由を。


「神域の魔法“リスティリオス”の中にあって、“伝承魔法”に近い性質を持つ魔法……千年という途方もない歳月が創り上げた、千年越しに受け継がれる魂の力。無論、私も魔法の全てを理解しているわけではないが――――王ランセムが、スヴェンの凶行を見破っていたのだとしたら」


 リシアが総司の目を見る。


 より具体的には、総司の左目を。


「その左目が内包する魔法は王ランセムが、“スヴェン・ディージングを止める”ために創り上げ、お前に託したのかもしれない」


 言葉が、刺さる。


 しかし、それが齎すのは痛みではない。


 総司の覚悟と決意をより強固にする何かが、突き刺さる。


「考えてみれば、女神さまは既にスヴェンに追い詰められている――――女神さまにスヴェンを害することが出来ないにしても、スヴェンは女神さまの力を制圧する術を持っているのかもしれん。その女神さまから託された神域の魔法では、スヴェンに及ばない可能性もある。だが……“ルディラント・リスティリオス”だけは違う」


 リシアは総司に歩み寄り、トン、と軽くその胸に拳を当てた。


「王は託されたのだ。お前に、どうかアイツを止めてやってくれと。私も軽く考えていた。王はただお前の助けになればと、その魔法を与えられたのかと思った。しかしきっと違う……もっと強く、もっと重いものを、お前に預けておられる。私たちの想像以上に重いものをだ」


 神域の魔法“リスティリオス”と、ルディラントで与えられた力の根底にある理念のようなものは、恐らく似ている。


 “最後の敵”を倒すための魔法。だが、そこに込められた想いはきっと――――


「勝つぞ」


 総司の言葉に、強さが宿る。


「“止める”なんて生易しいことは言わねえ。勝って、倒して、終わらせる。悲惨な物語の結末をせめて……せめて、俺の手で。むしろこの役目は、誰にも譲りたくない……!」

「……そうだな。そうだろうとも」


 わずかな足音に、総司もリシアも同時に反応した。


 振り向いた先にはティナがいた。


「よろしいですか?」


 にこりと笑って話しかける王女に、総司が笑顔で返す。


「ああ、どうした?」

「カトレアとディオウの捜索ですが、成果はありませんでした」


 王都フィルスタルとその周辺に潜伏している可能性を考え、王軍兵士の一部がカトレア・ディオウの捜索に当たっていた。


 総司との戦いで、二人は明らかにダメージを受けていた。特にカトレアはすぐ動ける状態ではなかった。


 ただ、ディオウがそれなりに健在であれば、レナトゥーラとの戦いのどさくさに紛れて王都から距離を取る判断も出来る。


 総司を排除したいカトレアの立場からすれば、エメリフィムでは最大の好機を逃したことになるが、諦めているとはとても思えない。


 ローグタリアで必ず激突する。万全の総司であれば、敵とはなり得ない戦力差だ。それをカトレアも十分理解している点が厄介だ。


 力を封じる方策は、総司に通じないと今回でわかったはずだ。次の打つ手は、少なくとも総司には読めない。


「ごめんなさい……何か少しでも、二人に報いたかったのですが……」

「気にし過ぎなんだよ、そんな余裕があるはずねえだろ」


 総司が笑いながら言った。


 一連の事件を通して、ティナが何か「大きく変わった」ということはない。


 ティナは、初めて会った時からずっと「強かった」。その時と今の大きな違いは、ティナの形容しがたい強さを、「今まで知らなかった多くの者たちが目の当たりにした」ということである。


 明らかに強大な敵を前に逃げ出すこともせず、パニックの最中国民の安全を一番に考えて行動し続け、歩みを止めることがなかった。


 総司やリシアが初めて出会った時に感じた「器」めいたものを、誰もが感じたことだろう。


「アイツの狙いが俺だってことはハッキリわかった。どうせ次が最後だ――――必ずもう一度ぶつかる。決着はその時で良い」

「ローグタリア……もう、ソウシの旅は最終盤なんですね」


 ティナはじっと、総司とリシアを見つめた。


「ローグタリア皇帝は、話の分からない御方ではありません。が……次が最後と言うからには、きっと……」


 エメリフィムで、レナトゥーラと激突したように。


 きっと総司の旅は、すんなりと終わるわけがない。ローグタリアではもしかしたら、レナトゥーラを遥かに凌ぐ強敵との激突が待ち構えているかもしれない。


 そしてティナには確信があった。


 たとえそれが、“オリジン”の獲得に繋がる行動であろうと、なかろうと。


 この二人は必ず、ローグタリアで起こるであろう大事件の渦中に飛び込んで、その身を削って何とかしようとする。


 救世主とその相棒足り得る絶対条件であると共に、彼らの帰還を心から願う者にとっての最大の不安要素。


 どうか自分を大事にしてほしい――――その言葉を、ぐっと飲みこんで。


 ティナは努めて笑顔を作って、言った。


「さあ、明日の出立に向けて英気を養わなければ。せめて最後は、みんなで揃って宴としましょう」







 総司とリシアの出立を控えた前夜の宴は、それは楽しいものだった。


 一旦はヴァイゼの元に戻ったステノと、エメリフィムの旅の始まりから総司を支えてくれたリズーリ・トバリのタユナ族コンビも交えて、王城の紅蓮の間を宴会場に仕立て上げて、楽しい夜を過ごした。


 完全復活を遂げたシドナは、最も大事な場面で役に立てなかったことを総司に何度も謝罪し、そのたびに総司は必要ないと切り捨てた。


 ティナが熱く語るこれからの理想論や、先王アルフレッドの偉大な所業に耳を傾け、総司と同じく静かに聞き役に徹するジグライドと、時折仕方なさそうに視線を交わして笑った。


 楽しい時間が、飛ぶような早さで過ぎていく。酔ったリズーリに絡まれながら、次々酒を注いでくるトバリの辟易しながら、数時間が一瞬の如く過ぎ去った後。


 総司はジグライドに連れ出されて、レナトゥーラとの決戦の折、絶体絶命のティナとジグライドの元へ降り立ったあの場所にやってきた。


 王城の囲いの上、誰にも邪魔されない場所。ジグライドがわざわざ総司をここへ連れてきたのは、彼が復興の陣頭指揮を執る傍ら、まだ痛む体を引きずりながらかき集めた情報をもう少し、総司に伝えるためである。


「“神獣王アゼムベルム”、この名に聞き覚えは?」

「ハッ……改めて、すげえヒトだ、あんたは」


 ズバッと切り出したジグライドの一言に、総司は心から感嘆した。


「きっとローグタリアで頭を悩ませることになる、喫緊の課題だ……その名、どこで」

「王城にその情報はなかったが、タユナの里にあったようでな。リズーリに取り寄せてもらった。カトレアの行動には必ず何かしら、『君を害する』意図があり、そのための手札を集めるという狙いがあったと踏んだ。そこでリズーリとの関係性を辿ったわけだ。カトレアがリズーリと懇意にしていたのも、タユナの里にその情報があることをどこかで掴んだからだろう」

「ッ……そこまでは読めてなかった……っつか、ちょっと憶測が過ぎるんじゃねえか?」

「しかしそれ以外に狙いがあると思えん。何にせよ、君の反応から察するに当たりだったわけだ」


 ジグライドは腕を組み、石の壁に体を預けながら重々しく言った。


「非常に抽象的な、伝承に近い記録だ。ハッキリ言って、それを読んだところでわかることはほぼ無いと言っていい。紐解いていけば要するに、アゼムベルムは天に届くほど巨大な体躯を持ち、四体の神獣が束になっても敵わないほどの力を有する……とのことだが、さてどこまで事実に基づいているのやら」

「そもそも“神獣王”ってのは何だ。実はレヴァンチェスカにその名を聞いたんだが……」


 総司は簡単に、女神から聞いたアゼムベルムの情報をジグライドに話した。


 神獣の王にして、神獣の生みの親とも言える存在。意思ある生命としての性質を切り捨てたモノ。レヴァンチェスカの情報もまた抽象的で、詳細に入る前に時間が来てしまった。


「……伝承を読み解くに、だ。これは私の個人的見解に過ぎないことを前置きしておくが」

「ああ、頼む」

「恐らくアゼムベルムとは下界の統率者……いや……『調整機能』の権化だ。リスティリアが女神の思惑から大きく外れた発展と進化を遂げようとしたとき、それらを一掃し生命の数を調整する、『天災』の姿を模した自然の浄化作用――――生命の『辻褄合わせ』をする存在。と、思う」

「……よくわからねえな……」

「簡潔に言えば、意志ある生命の敵として常に君臨すべき存在。そうでありながらきちんと、齎す災厄に理念と意味がある存在。私にはそう思えた。いずれの伝承も、まるで嵐か大噴火のように描かれていたからな。ただ問題は、君の話」


 ジグライドの鋭い目が総司を射抜いた。


「いつからかは知らないが、アゼムベルムが四体の神獣の形で、意思ある生命としての性質を切り捨てたというのが事実であれば……それは『調整機能』の役目すら捨て去った、単なる災厄。近々目覚めるというならそれは、“ただ君を排除するためだけに”顕現する災いだ」


 カトレアの計画の本命。


 リスティリアの下界で頂点に君臨する神獣たちすらも凌ぐ、最強の生命体で以て、総司の排除を達成する。


 カトレアは、自然災害と見まがうほどの強大な力を――――総司のみならずリスティリア中を巻き込むような大災害を引き起こしてでも、総司のゆく手を阻むつもりだ。


「まだ確定したわけではないが、もしそれが目覚めるとすれば……千年前の比ではない脅威が、リスティリアに牙を剥くことになる。正直、君一人が背負うような問題ではない」

「伝承が事実に近ければ、な」

「悪い予感しかせんよ」


 ジグライドは苦笑しながら首を振った。総司もつられて思わず笑った。


「かと言って、君以外の誰にも、そんな化け物を相手取るなど出来んのだろうな……」

「流石に俺でもキツイなァ。神獣たち束にしたより強いなんてよ。俺は単独のあいつらにも全然敵わねえんだから」

「では、君がローグタリアでやるべきことは決まっているな」


 ジグライドはビシッと指を二本立てて、総司に強く、少し厳しく言った。


「やるべきことは二つだ。“オリジン”の確保と、“アゼムベルム顕現の阻止”だ。カトレアがかの存在を目覚めさせようとしているのならば、そこを叩いて顕現前に止めるしかあるまい。顕現してしまえば、止める術はない」

「……方法はともかく、方針がハッキリしてるのは良いことだ」


 総司は頷きつつ、気楽に言った。


「何が何でもこの国で、アイツを殺しておくべきだった。俺はきっと間違えたんだろうな……」

「私も理解しているとも。君はあの瞬間、凄まじく重い二択を迫られた」


 意識がもうろうとする最中でも、ジグライドは、総司がカトレア・ディオウのコンビを打倒した上で、トドメを刺すのを取りやめてティナとジグライドの救援に飛んだという事実をきちんと認識していた。


「間違いとは思わん。それに、間違っていたとて、まだ挽回することは十分可能だ」

「……ああ、そうだな。ありがとう」

「……いよいよ明日か。長いようで、短い付き合いだった」

「いろいろと世話になったな。ローグタリアまでの足は甘えて良いんだよな?」

「当たり前だ。約束は忘れておらんし、それすら反故にするようではいよいよ立つ瀬がない。リズーリには言ってある。ケルテノで国境まで送り届ける手はずだ」

「そいつは助かる」

「……さて、戻るか。もう少し飲みたい気分だ」

「イイね。ただ俺結構キテるんだよなァ、トバリの奴がよォ……」

「アレに付き合っていては身が持たんぞ。良いところで蹴り飛ばしておけ」

「あんたリズーリとトバリには結構辛辣だよな」

「側近とはそういう役目だ」


 深刻な話の後でもすぐに切り替えて、二人は談笑しながら宴の席へ戻って行った。


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