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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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憧れを超えるエメリフィム 第八話② 理解しがたい感情への回答

 吹き荒れる蒼炎の暴風が、英雄たちの攻撃を強固に阻んだ。


 だが彼らはものともしない。ひるみもせず、波状攻撃を仕掛けて、レナトゥーラを囲みながら隙を窺い、その首を獲るべく間合いを詰める。


 ネヴィーによる深緑の顕現が、地味ながらも回避不能なレナトゥーラの魔法の一つを封じている。それでも「攻撃能力」で言えば、ネヴィー単独ではどうあっても撃破不可能な相手である。


「“ゼルセム・レギオン”……!」

「あっ、ちょっと――――」


 ジグライドが眼前で両の手を組み、魔法を行使した。


 崖から土の柱が無数に飛び出してきて、総司の足場を形成する。


 飛行能力を持たない総司も、空中で推進力を得る術は手に入れたが、その戦闘はやはりまだ不慣れである。本来そこに存在しない足場が生まれたことで、空中での方向転換と併せて、総司の動きやすさは格段に増した。


 再度戦闘が開始されてからものの数秒で、ジグライドは総司が何に苦戦しているかを即座に見抜いたのである。


 ジグライドはティナほどではないが、決して魔法の才覚に恵まれた魔法使いではない。彼が行使するのは伝承魔法ではなく、自分に在る限られた魔力で発動可能な中で、最も有用に使えると判断して体得した土の魔法だ。


 赤茶けた大地の上に立つ王城がもしも窮地に陥った時、この魔法が使えれば、王や王女を護ることに役立つだろうと、王軍兵士の頃に時間を使った。


 彼は徹頭徹尾、エメリフィム王家に忠実な臣下だった。


 倒れそうになるジグライドの体を、ネヴィーが木々の根を操って巧みに支えた。


「身を削ってはダメよ」

「……聖櫃の妖精とお見受けする……彼らへの助力に感謝を」


 警告するように、厳しく言うネヴィーに、ジグライドは軽く頭を下げた。


「しかし止めないでくれ。ここで何もしないのでは、申し訳が立たん……!」

「もうっ……誠実過ぎるのも困りものね。あなたの気概を感じ取れない子たちではないわ」


 ネヴィーがふと、深緑の魔力を自分に集めながら呟く。


「間に合えばいいのだけど……」


 足場を得た総司の動きが更に速度を上げて、レナトゥーラに挑む。リバース・オーダーが纏う紅蓮の輝きが増して、刀身そのものがオレンジ色に染まっている。


 やはり“エメリフィム・リスティリオス”ですら、完全発動には至っていなかった。ティナの中に眠る伝承魔法の力の断片を取り込み、リバース・オーダーはまさに敵を切り裂くための武器として、“エネロハイム”の具現として、怨嗟の具現レナトゥーラを討たんと迫る。


「“シェルレード・エネロハイム”!!」


 斬撃を飛ばす得意技に紅蓮の炎を乗せる。足場の一つから繰り出した広範囲を切り裂く魔法の刃。蒼炎の暴風を潜り抜け、レナトゥーラのすぐそばまで至ったそれを、レナトゥーラは不気味な腕を全て重ねて迎え撃つ。


 しかし全ての力を留めるには至らず、ふわりと上へ位置を変えて軽やかにかわす。崖に激突した斬撃が大規模な破壊を齎す最中、空中を舞うレナトゥーラに向かって二つの影が迫る。


 一時的に途切れる「四本の腕」の防御。その隙を逃さず、リシアが、トバリが飛び込んでいく。


 ジグライドがネヴィーの制止を振り切って、ダン、と地面に手を叩きつけた。


 トバリの足元に柱が形成され、トバリがそれを足蹴に進路を変える。


 即座に、トバリの元いた場所を蒼炎の蛇が喰らい、攻撃が外れる。レナトゥーラの近くで戦うトバリよりも、ネヴィーの傍で離れた位置から戦局を見るジグライドの方が、状況への理解が早い。


「随分とマシになった……!」


 リシアの“レヴァジーア・ゼファルス”を蒼炎で迎え撃ち、相殺しきって、レナトゥーラが笑う。


 一度は総司に失望し、やる気を失ったようにすら見えていたが、再び自分の命にまで迫る彼らの気迫に戦意と敵意を取り戻したようだ。


 一つ一つは矮小な命。総司は別格としても単独ではレナトゥーラに及ばず、ネヴィーは生命を脅かすという意味での脅威足り得ず、他は語るまでもない。


 だが、レナトゥーラはよく理解している。既にこれらの脆弱な生命は、繋がり組み合わさることで自分の命をすら脅かすに足る存在であると。


 彼女がその認識を持っていない方が、まだしも総司たちに有利だった。


 脅威を認識するということは油断が生じないということ。レナトゥーラは戦いを楽しみこそすれど、既に彼らを見くびってはいない。


 総司から見て、レナトゥーラは女神レヴァンチェスカの見立てをも上回っている。完全顕現が達成されていない状況でも、総司を50とした時に100で済む力とはとても思えない。リシアとトバリ、それにネヴィーとジグライドの援護がなければとても勝負にならないぐらい、レナトゥーラは強大だ。


 意思ある生命の理を外れた“獣”。下界に身を置きながらも別格の存在である神獣と肩を並べる、明らかな上位存在。


 ヒトの形に押し込められて、多少はヒトらしいところが見て取れる分、他の精霊と比べてもレナトゥーラは異質な存在なのだろうが、格の違いは明白である。そんな相手が見くびることすらやめたとあっては、総司としても非常に辛い戦いだ。


 その差を自覚しても、ひるまない。臆することなく、総司はレナトゥーラに挑み続ける。


 トバリの一閃が、不気味な腕を切り裂いた。総司の斬撃よりも鋭く飛ぶ不可避の一閃。再生し続ける腕の防御を崩すには、まず不気味な腕を削り、再生するまでの時間を作り出さなければならない。


 トバリの斬撃は総司のものほど強烈ではないようだが、不気味な腕に対して全く力を持たないわけではないようだ。


 当然、腕が本体というわけではない。その先にいるレナトゥーラは、生命として強靭過ぎる。ここから先を任せられるのは総司しかいない。


「どうやら全く役立たずというわけでもないようで」


 不気味な腕に通じるだけでも僥倖と言うもの。レナトゥーラの強さを肌で感じ、真正面からやり合うどころか、本体に傷を付けようと考えることすらおこがましい差を認識しているトバリは、すぐに自分が出来る範囲の援護へと思考を切り替えている。戦闘に対する嗅覚は抜群、レナトゥーラにとっても鬱陶しい相手だ。


 リシアとトバリが仕掛けようとして、総司がその後に追撃を仕掛けようと構えた時、レナトゥーラは一瞬、腕を翳して、何か魔法を行使しようとした。


 その所作に「見覚えのある」ネヴィーがハッと目を見張って、自分に集めていた魔力の収束を中断しかけた。


「それはダメ――――!」


 だが、レナトゥーラは、ネヴィーの知る何らかの動作を、魔法の行使を、ふと取りやめる。


 他の誰にもわからない、ネヴィーだけが知る何か。千年前に、同じ所作で行使された魔法を、ネヴィーだけが知っている。


「……まあ、無粋に過ぎるわな」


 リシアとトバリの突撃をいなし、ざあっと舞い上がって距離を取って、レナトゥーラが苦笑する。


「どうかなさったか」


 ジグライドが荒い呼吸を整えながら、ネヴィーに聞く。ネヴィーはじっとレナトゥーラを見つめ、呟いた。


「使わないのね……そう……」


 ネヴィーがジグライドを見る。その視線を意味を図りかねて、ジグライドは怪訝そうに眉をひそめた。


「……何か?」

「……いいえ、何でも」


 ネヴィーの口元に少しだけ笑みが浮かぶ。


 寂しそうで、憐れむようで。ヒトの身には真意を推し量ることの難しい、意味深な笑顔だった。


「いい意味でも悪い意味でも、あなたはヒトに近すぎるのね、レナトゥーラ。だからこそ余計に相容れないの。ヒトを嫌いではないのに、ヒトの敵でしかいられないから」

「一体、何のことを……?」


 ネヴィーは流れ弾のように飛んでくる蒼炎を防ぎながら、ジグライドに簡潔に説明した。


「レナトゥーラが今使おうとした魔法……“カルネイズ・イラファスケス”はね、レナトゥーラが行使する中でも最悪に近いもので……怨嗟の炎で焼いた相手を、自分の奴隷に作り替える魔法なの。対象の命を問答無用で奪って、姿かたちから何から、焼死体のような形にして……千年前はその力で、軍勢を率いて聖櫃の森にまで攻め入ってきたわ」


 ジグライドが目を見張った。


「わずかでも彼女の“蒼炎”に、彼女を構成する怨嗟の情念に触れた者は、その力に逆らえない。リシアとあなたが条件を満たしているのはわかっていたわ。だからその呪いを取り除く準備をしていたのだけど……彼女が本気だったら、間に合っていなかった」

「……では何故、やめたのでしょう」


 使えば恐らくレナトゥーラの勝ちだった。


 たとえ姿かたちが変わろうと、そしてその時点で致命的であろうと、総司には二人を斬れない可能性が高かった。


 ネヴィーが魔力を集めていたのは、“カルネイズ・イラファスケス”の呪いを除去するためだったが、レナトゥーラは結局、忌まわしきその魔法を使わなかった。


「……きっと、あなた達には理解しがたい感情故のことよ。そして理解しようとする必要もないの。どうあれ、彼女は敵なのだから」


 千年前、エメリフィムで何が起きたのか。


 ティナがかつて語った言い伝えでは、レナトゥーラとネヴィーは一時敵対した。ギルファウス大霊廟が建造されるきっかけとなった激突は、結果としてレナトゥーラが封印されることで終わったものの、ネヴィーは勝利したわけではなかった。


 その出来事の全てを知るネヴィーだからこそ、レナトゥーラの心境をいくらか理解できたのかもしれない。


 レナトゥーラは意思ある生命の情念を喰らう。その性質が、彼女にある種の変容を促す。


 上位存在が見向きもしないヒトの情念、心の機微。理解できぬまでも推し量ることが出来る分、レナトゥーラは人間臭い部分がある。


 だからこそ、狂気的でもある。ヒトを多少なりとも理解し、理解できない部分もそれなりに感じ取って知識として知っている上で、自らの「食欲」を満たすため、レナトゥーラはヒトを傷つけることに躊躇いがない。


 その彼女が、非道なる魔法を行使する直前で引き下がった。


 レナトゥーラにとって、ヒトが持つ中で“最も理解しがたい感情”に対する回答――――わからないなりの、敬意の表し方なのかもしれない。


 千年前と今代の“イラファスケス”の継承者が、どちらも焦がれ、そしてついに遂げることのなかった感情への、彼女なりの――――


「なるほどな……」


 勇ましく向かってくる、紅蓮の炎に紛れた蒼銀を前に。


 レナトゥーラはふっと笑った。


「貴様さてはこやつと既に――――莫迦な男よなァ、相変わらず……」


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