受け継がれるエメリフィム 真章開演 憧れを超えるエメリフィム
先王アルフレッドは強大な王であった。
伝承魔法“エネロハイム”は、紅蓮の炎を操る強力無比な魔法だ。布武の国に相応しく、代々王の直系に伝承魔法の真髄に至る使い手が必ず現れ、王となり、国を統治してきた。
先王アルフレッドもその例にもれなかった。というより、代々続くエメリフィム王家に「例外」はなかった。
つまり、ティナは他国の“時代の傑物”たちとは真逆の「例外」である。アレインやベルが千年ぶりに、救世主の来訪に呼応するかのように、受け継ぎし伝承魔法の才覚を十二分に持ち合わせているのとは正反対。ティナはエメリフィム王家史上初めて、唯一の王位継承者でありながら「覚醒できない」伝承魔法継承者だった。
誰もが、それを「欠落」と見なしていた。
継承者の血筋であっても、伝承魔法の覚醒――――つまり、ただ伝承魔法を使えるようになる、というだけでも、至れない者は数多い。リシアの両親が好例と言えよう。十年前のオーランドがリシアの才能に喜び、半ば固執したのも、息子には“ゼファルス”の覚醒に至る可能性そのものがなかったためだ。
エメリフィム王家の血筋に求められたのは、覚醒の更にその先、真髄に至ること。つまりはその世代における最強格の使い手として君臨すること。特殊な血筋には違いないが、エメリフィム王家の「これまで」こそ奇跡的であり、ティナはただ「普通」の女の子としてこの世に生まれたに過ぎない。
恐らくは“それ”が、救世主の冒険譚にとって“僥倖”だった。
誰もがそれを欠落と断じ、誰もが“先王が生きていれば”と昔を懐古した。
故に思い知る。千年を超えるエメリフィム王家の「伝統」から外れ、よりにもよって“この時代”に、伝承魔法の才を持たずしてティナが生まれた意味を。
リスティリア世界の常識的な範疇で「強い」と目される程度の力では、レナトゥーラには及ばない。客観的事実として、ティナが“アルフレッドほどに強かったところで”どうにもならない。
魔法の才覚は確かに欠落している。そしてティナは、“それ以外の全て”を持っていた。
レブレーベントの王女が“個人として必要なもの全て”を持ち合わせているように。
ティナは、“個人で完結しない時に必要とされる全て”を持っていた。
総司やリシアが初対面の時に既に感じた王の器。無力だからこそ大事にせざるを得なかった繋がり。必要に迫られたように見える「調和する統治」は、ただ選択肢がそれだけしかなかったわけではなく、ティナ生来の気質によるもの。
憧れに溺れたアルマ、憧れと渡り合いたい総司、そして。
憧れを崇拝しつつも、違った道を示そうとするティナ。
溺れた者はそのまま沈んだ。では、ティナは――――
「おーい! 来たぞー!」
ティナは口をぽかんと開けて、ただ上を見上げていた。
円柱状の空間を横切る通路の多くは、総司が脱出の際に破壊した。とは言えいくつかまだ、通路が残っている。
その間を縫うように、巨大な「槌」のようなものが、ゆっくりと降ろされてきた。
大槌は総司が創り出した大穴からリック族たちの手によって搬入され、上から吊るされている格好だ。ティナたちからは見えないが、大勢の王軍兵士がロープを引き、ゆっくり、ゆっくりと、最下層まで降りてくる。
それは鉱物で造られた巨大な「破城槌」。原始的な「城壁破り」の代名詞であり、巨大な建造物を叩き壊すための兵器である。
元気よく声を掛けたリック族の少年が、小さな体を存分に活用する、お手製のパラシュートのようなものでふわーっと降りてきた。最下層にいるティナたちの一段上、ディオウによって半分ほど破壊された通路の残骸にスタッと着地し、得意げに胸を張る。
「どーよ、これでイケるかな! 流石にちょいと抽象的だったけどよ、『ケレネスのデカいの』を壊せるモノ、作っといたぜ! 間に合ってよかった!」
「あ……え……」
「……素晴らしい」
トバリは一瞬だけ考えた後、感心したように頷いた。
「本当に、心までは読めていないのでしょうかね。まるで全てお見通しであるかのよう……」
ティナの抱える課題、悩みはそれこそ無数にあった。“杭”の破壊、アルマへの対処、ヴァイゼ族たちの所在と対応、国民たちへの対応、悩みが尽きる暇はなかった。
それでも気丈に、リック族の元へも慰安に回っていたティナだったが、彼らに「上っ面」が通じるはずもない。
ティナが抱える悩みの一部を感じ取ったリック族たちは、自分たちで対処可能な課題を見つけ、準備を整えた。
工業に秀でた彼らは材料をかき集め、自分たちが持ってきた道具と王都の設備を存分に活用し、戦支度に使われていた大砲などなどの様々な「鉱物」も全部、“杭”を叩き壊すための素材に使った。既に彼らもまた、エメリフィムが危機を脱するためには、軍の装備よりも何よりも、総司に託すしかないのだとわかっていた。
先端には恐らく“杭”の材質と同じクレツェン鋼による補強がされており、魔力をため込む性質を持つカルチ石を材料に混ぜ合わせることによって、破城槌そのものに魔力を込めることも可能にしている。
豊富な魔力を含む鉱物の加工を得意とするリック族ならではの、リスティリア版破城槌。原始的な兵器ではあるが、小さな体の彼らでも扱えるよう、破城槌には随所に「巻き上げ式」のリールが付いていた。破城槌本体を支える脚とは別に、後ろ側に少し背の高い「発射装置」が付いていて、人力で後ろへ大きく引いて前へ突撃させるのではなく、リールを回してワイヤーでキリキリと発射装置まで引き上げて、ブランコのようにぶつける方式のようだ。
そうしている間にも続々と、破城槌の起動のためにリック族たちがふわふわと降りてくる。
「……私は……」
涙がふと零れた。ティナは呆気に取られながら、何とか声を絞り出した。
「あなた達に……助けられて、ばかりで……何もっ……」
「ハッ、なんだそりゃ、下らねえ」
リック族の少年は笑った。ティナの感動ももちろん、彼にはしっかり伝わっている。そのうえで下らないと一笑に伏す、あっけらかんとした、清々しい笑顔だった。
「王サマになるんだろ、嬢ちゃん! デカいおっちゃんみたいによ、でーんと構えてりゃいいんだよ!」
トバリがタン、と軽やかに飛んで、破城槌の後ろの脚に着地する。ティナが何事かと視線をやると、トバリが淡々と答えた。
「引き上げられたら、後ろから撃ち出します」
「よぉし回せぇぇ!!」
トバリのことなど気付いてもいないのか、リック族の少年が勇ましい号令をかけて、リック族たちが一斉にリールを回し始めた。ステノが慌ててティナの体を抱え、軽やかにジャンプして一段上の通路に上がる。
破城槌がどんどん持ち上がっていき、遂に最高到達点まで引き上げられる。
阿吽の呼吸、言葉など不要。リック族たちはナイフを取り出し、完璧なタイミングで全員が同時に、ワイヤーを切った。
トバリも流石の嗅覚で、彼らの動きに合わせて魔力を高め、自分の身体能力を強化して、リック族たちがワイヤーを切ると同時に破城槌を蹴り飛ばす。
凄まじい勢いで、“杭”の中腹へと激突する破城槌。流石に、ひとたまりもなかった。
“杭”は折れ、轟音を立てて最下層に崩れ落ちる。リック族たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ延びた。同時に、形容しがたい金属音が響き渡った。
「さあ……」
再び軽やかに着地したトバリが、好戦的な笑みを浮かべて上を見上げる。
「いよいよ見れますね、あなたの本気を――――!」
「トバリ!」
すぐさま自分も戦場に戻ろうと、ぐっと膝を曲げたトバリに、ティナが叫んだ。
「私も一緒に!」
トバリは一瞬、「行って何ができるのか」と冷たく言いそうになった。
しかし、思い直す。傷ついた指先を見れば、彼女がどんなに必死で、戦えないなりに戦おうとしていたのかは一目瞭然だ。
どんな結末を迎えるにしても、ティナ・エメリフィムには、それを見届ける資格が――――義務がある。トバリはわずかに頷いて、ティナの体を抱きかかえ、跳躍する。
「無茶すんなよ嬢ちゃん!」
「ええ、ありがとう皆!」
リック族の声援を受けながら、二人は一気に王城まで躍り出た。
その淡い緑色の光を見た時、レナトゥーラの背筋に悪寒が走った。
自分の感覚を、一瞬信じられなかった。
楽しんではいたが、敗北のあり得ない戦い。あくまでも、絶対的優位の捕食者が狩りに興じていただけ。レナトゥーラとしてはその程度のもので、総司とリシアは確かに良い相手ではあるが、脅威ではなかった。
それ故に彼らの望む近接戦闘でも受けて立った。より狩りを楽しむためには、命を賭けて飛び込んでくる彼らを受け止め、撃退する方が、心が躍る戦いだったから。
しかし直感する。“獣”の嗅覚が、次のリシアの一撃を「受けてはならない」と警告している。
次の一撃は、これまでとは別次元だと。
「“ティタニエラ・リスティリオス”!!」
光機の天翼が新緑の光を帯びて、レナトゥーラに突撃する。
回避しなければならないとわかっていてなおも、レナトゥーラは避けきれなかった。
切り裂かれる左腕の感覚に、レナトゥーラは思わず笑った。まさに神速、油断がなかったとは言えない、確かに警戒が遅かったが、それでも反応しきれない次元の攻撃が来るとまでは思っていなかった。
「見事……これほどか、貴様ら――――!!」
蒼炎が燃え盛り、瞬時に左腕を復元する。だが、体を走る感覚がダメージを訴えている。
魔力を切り裂く剣“レヴァンクロス”。彼女にとっては「忌まわしき」女神の力を持つ剣。全身に響く衝撃が、確かな手傷をレナトゥーラに自覚させる。
忌々しい匂いが増していく。憎たらしい匂いの影に隠れていたはずのそれが、レナトゥーラを更に楽しませる。
救世主は今、万感の想いを込めて。
通常の瞳に“戻った”左目に、静かに礼を告げ、手を開いて、閉じて、確かめる。
「戻った――――」
ギリギリの土壇場ではあったが、救世主の元に、まさに世界を救うための力が戻ってきた。総司は思わず笑みをこぼす。
「戻った……! ありがとうステノ、ティナ!」
「ハハッ!」
レナトゥーラが笑う。総司よりも更に高らかに、勝ち誇るように。
「何だその“色”は……! 出来損ないが多少マシになった程度で、もう勝てるつもりか!」
「……やっぱそうなるよな……それならいっそのこと……!」
レナトゥーラの突撃は、彼女にしてみれば悪手のはずだった。
総司の力が万全の状態に戻ったことなど、見ればすぐにわかる。それでも、高ぶる気持ちを抑え切れなかったのか、レナトゥーラは総司の間合いに自分から踏み入って、不気味な腕の拳をぶつける。
だが総司は後ろへ跳んで、ようやく自分の間合いに入ったレナトゥーラから逃げるように駆け出した。
「なに……?」
想定外の行動に、レナトゥーラが虚を衝かれたように目を丸くした。
「“取り戻した”というのに、背を見せる……? ハッ!」
再び飛翔し、凄まじい勢いで走り抜ける総司を追いかけながら、レナトゥーラが煽るように叫ぶ。
「この期に及んで罠でも張る気か! 拍子抜けだなァ、あまり失望させてくれるな!」
レナトゥーラの追撃をことごとくかわし切って、総司が笑みを浮かべたまま言い返した。
「ほざいてろよケダモノ……! テメェを心からぶっ飛ばしたいヤツは他にいるんだ、すぐ見せてやる!」
「訳のわからんことを――――」
「それより良いのかよ?」
王城に向かって跳躍し、大きく空中を舞いながら、総司が言った。
「今のソイツは――――」
レナトゥーラがカッと目を見開く。
再び悪寒。“獣”の嗅覚が訴えかける危険信号。先ほどと全く同じ感覚、間違えようもない。
「テメェが思う倍は速いぞ!」
新緑の閃光がレナトゥーラの背後に迫り、その首筋に剣が振るわれる。
気づくのが遅れていれば首が飛んでいた。すんでのところで不気味な腕によるガードが間に合ったが、ほんの一瞬押し留められただけ。
レナトゥーラが総司を追う軌道を逸れて、リシアの剣の射程圏外に逃げ延びると同時に、リシアの剣は不気味な腕を切り裂いた。
すぐに復活する腕も、決して無尽蔵に再生できるというわけではない。
かと言って、リシアの剣を何度も体で受け止めるのは、流石のレナトゥーラであっても危険だ。
リシアのみと向き合えば、勝つのはレナトゥーラには違いない。たとえ“ティタニエラ・リスティリオス”の加護を受けたところで、両者の間に限れば、そのバランスが崩れることは恐らくないだろう。先ほどまでより善戦できるだろうが、それだけだ。
だが、流石に背を向けた状態で全く無視できるほど、矮小な存在でもなくなった。
「何やら考えがあるようだ」
すうっと剣を構えて、リシアがレナトゥーラを睨みつけた。
「邪魔はさせん。しばらく私に付き合ってもらおうか!」
「あぁ、素晴らしい……! 勇ましいなリシア、ますます好みだ! もちろんいいとも、まずは貴様からいただくとしよう!」
総司を追いかけつつ、レナトゥーラはリシアの相手をする。その隙に、総司は王城の囲いの上まで舞い戻った。
数秒の差もなく、トバリに抱きかかえられたティナが、その場にやってくる。
総司は一瞬、厳しい顔つきでティナを見た。「戻ってくるな」と怒られると思ったか、ティナの顔がわずかに強張った。
「……どうせ、引っ込んでろっつっても聞きゃしねえんだ。そうだろ」
「当然です。私のことをわかってくれているようで、何よりです」
ティナの言葉に、総司は思わず笑った。
「安心してくれ、止めねえよ。このまま城の中で待っててくれって言っても、ティナも気が済まねえよな」
「正気ですか」
思わず、トバリが口を挟んだ。
「次元の違う戦闘です。ティナ王女を連れてあの場に戻ると? 失礼ながら数秒と持ちません」
これまで総司に対しては何かにつけて肯定的だったトバリが、初めて非難がましく、彼を糾弾する。
空中ではレナトゥーラとリシアが、蒼炎と新緑が幾度となくぶつかり合い、リシアが徐々に押され始めていた。
「ああ、わかってる。連れて行くわけじゃねえよ。力を借りるだけだ」
「……仰っている意味がわかりませんが……」
総司はちょいちょいと、王女に対しては不敬なことだが、ティナを手招きした。そんなことを気にもしないティナは、たっと駆け出して総司の傍に寄る。
総司がティナに小さな声で何事かを告げる。ティナは驚いたように目を丸くしたが、やがて――――久しぶりに、心からの笑みを、可憐な微笑を見せた。
「そういう……ええ、わかりました。では」
総司がレナトゥーラとリシアの方を見る。激化する戦いはやはり、リシアの分が悪い。
だが、リシアがそのまま敗北することはない。
総司の背後に立ち、その背中にトン、と手を押し当てた。
「正直……“見ているだけ”のつもりでここへ戻ってきました。私は弱いから、それしか出来ないから……せめて見届けて、それで責任を果たしたつもりになろうとしていた」
「あぁ、足りねえな。もっと欲張ってもらわねえと」
「そうですね、仰る通り。こんな私でも、あなたの力になれるなら……」
大きく深呼吸し、ティナが告げる。
ティナに先代までの王のような力があれば、この窮地はあり得なかったのか。その問いの答えは誰にもわからない。
アルマの狂気と“イラファスケス”の呪いを鑑みれば、遅かれ早かれこうなっていたかもしれない。しかし、ティナが強ければ、事前に防ぐことが出来ていたのかもしれない。
そうならなかった、あり得なかった運命の辿り着く先など、考えるだけ無駄な話だ。
重要なことは、ティナは「欠落」故にこそ、それまでの王が考えもしなかった理想を抱いたということ。
先王の背中に憧れながらも、自分なりに違う答えを示そうとしたこと。
彼女の理想は綺麗過ぎるかもしれないが、結果的には確かにリック族を動かし、国一つが抱えるには大きすぎる災厄を前に一縷の希望を繋いで見せた。
彼女は彼女のやり方で、憧れへの答えを示す。
溺れるでもなく、渡り合うわけでもなく。
彼女は憧れを凌駕する。
民に迫る危機を、自分の命と引き換えに排除した先王を凌駕する、つまりは――――
誰かと手を取り合って、共に戦い打ち破る選択。
君臨する統治故にこそ、国の危機に際してはたった一人で立ち上がる責務を果たした先王は偉大であった。自己満足の範疇に留まらない、貴ぶべき自己犠牲。それそのものの美しさを否定すべくもない。
そうあれたら良かったのにと、確かに憧れた。
けれど、もしティナがその憧れに溺れていたら、この危機を脱するにはきっと足りなかった。弱いまま憧れを真似るだけでは、エメリフィムは滅んでいたに違いない。
「調和する統治」という彼女の理想が、エメリフィムにとっての希望の光。同じ歩幅で共に歩むその理想が、危機を打ち破る唯一の武器となる。
「欠落」を抱えた彼女が、救世主と同じ時代に生まれた理由はここにある。
「弱さを言い訳にするのはもうやめます。けれどまだ震えるほど怖いので……一緒に戦ってくれますか」
「任せろ!」
「救世主に――――いえ、我らエメリフィム救国の英雄に、どうか勝利を……!」
怨嗟に沈むエメリフィムの空に、二人の声が重なり、響いた。
「「”繋がりし名を・エメリフィム”!!」」
紅蓮の炎が、二人の周囲で円形に燃え盛った。
その輝きはレナトゥーラを、リシアを、見る者全てを半ば魅了して、全ての動きを一瞬止めさせた。
実に四年ぶり――――ティナがここで倒れてしまったら、リスティリアに二度と灯ることはなかったかもしれない、太陽の如き灼熱の灯火。
総司の両目が炎を思わせる赤みの強いオレンジ色に輝いた。女神に与えられた服どころか、この世界に来た後に手に入れた、レブレーベントの国宝たる白銀のジャケットまでもが、炎に巻かれると共に真紅に染まる。
総司の腕がまっすぐに、レナトゥーラへを向けられた。右腕を伸ばし、左腕を添えるようにして、腕を砲身に見立てて。
総司の力強い声が、レナトゥーラにも届いた。
「“レヴァジーア”――――!」
動きを止めていたレナトゥーラが、総司と同じく総司に向けて、バッと腕を振りかざした。蒼炎がレナトゥーラの腕に宿る。攻撃の姿勢を取ったレナトゥーラは、笑みを浮かべつつも驚愕の眼差しで総司を見ていた。
「ハ、ハッ……! 飼い犬め、貴様――――!」
「“エネロハイム”!!」
紅蓮の炎が渦を巻きながら、レナトゥーラへと突進する。レナトゥーラは蒼炎を真正面からぶつけたが、咄嗟の迎撃で準備が足りなかったか、威力が十全のそれではなかった。
ぶつかり合う紅と蒼。空中で混じり合った炎の奔流を突き抜けて、紅蓮がレナトゥーラに迫る。レナトゥーラは避けきれず、不気味な腕で自分を包み込み、紅蓮の中に飲まれた。
健在には違いない。不気味な腕は焼失し、しかしただちに再生する。それでも、レナトゥーラの驚愕はすさまじいものだった。
「ハハハハハ! そうか、そう来たか……! 今代の“エネロハイム”を――――まさか貴様に見せつけられるとはな……!」
繋がる力“エメリフィム・リスティリオス”。その力は、王女ティナ・エメリフィムの理想の具現化。
救世主に触れ詠唱を遂げた者の“伝承魔法”の力を、一時的に救世主に分け与える魔法。エメリフィムの“聖域”において女神が救世主に返した「五つ目」。
救世主に助力する者の実力は問わない。血筋によって継承される力の断片を総司に分け与えた後は、総司の魔力で“伝承魔法”が行使される。
即ち“女神の騎士”の魔力によって行使されるということであり、“伝承魔法”は一段上の領域へ昇華される。
失われかけた紅蓮の輝きは、救世主の手によって、再びエメリフィムを照らした。
エメリフィムを覆う怨嗟の蒼を、力強く薙ぎ払う紅蓮。
繋がるリスティリアを夢見る総司と、調和するエメリフィムを望むティナ。同種の理想を、野望を掲げる二人によって齎された奇跡。
「ティナの力、持ってくぞ」
「ええ、存分に使い倒してください」
四年ぶりに顕現した“炎”を懐かしむように、ティナは目を細めた。
「そうだ……行く前に伝えておくことがある」
「……もしかして、アルマのことですか」
総司がぱっとティナを振り向いた。ティナは、明確な裏切りを受けた相手にもかかわらず、寂しげな顔をしていた。
アルマの側に、ティナに対する情がどれだけあったのかは、今となっては定かではない。
ティナにとってそれは関係がなかった。
狂う前の彼女はきっと、先王のために力を尽くし、エメリフィムの「賢者アルマ」として王都を護ってくれていたのだと信じていた。
共に過ごした日々も長かった。盛大に裏切られてもなお、情を捨てきれはしなかった。
彼女の最後を想い悲しむだけの情が、ティナにはまだあった。
「そうではないかと思っていましたよ。不自然でしょう、一度は私を殺す寸前まで状況が進んだのに、姿も見せなかった。あの時出てこなかった時点で、察しはついています」
「……これ以上は許さない。ここから先、死者は出ない。負傷者は勘弁しろよ、俺とリシアは多分無傷じゃ済まねえ」
「ダメです、圧倒して帰ってきてください」
「無茶言うなよ……」
総司はポン、とティナの肩を軽く叩いた。
「行ってくる!」
「ええ、どうかご無事で!」
紅蓮の輝きを携えた総司が、再び戦線へと舞い戻り、エメリフィムでの決戦は最終局面へとなだれ込む。