怨嗟に沈むエメリフィム 第七話④ 徹底抗戦
阿吽の呼吸で攻め入ってくる勇者二人を、“獣”が嬉々として迎え撃つ。
空を自在に動くリシアと、勝負所で天空にいる敵にも飛び込む術を手に入れた総司。
総司の“ディノマイト・リスティリオス”を嫌って距離を取った事実からして、致命傷とまではいかずとも、レナトゥーラは総司の脅威度を正しく認識している。
リシアの“ゼファルス”とレヴァンクロスの組み合わせもまた、気を緩められる相手ではないということも。
レナトゥーラは、わずかな小競り合いで既にレヴァンクロスの特性を見抜いている。勝利にこだわるなら、総司はもとよりリシアとも、接近戦は避けたいところだろう。
定石通りなら、遠距離から一方的に蒼炎の魔法を放ち続ければ、勇者二人はその内息切れする。既に二人とも体力的には相当疲弊している状態だ。特に総司は空中戦を仕掛ける時点で、地上戦に比べて消耗が激しい。
それでもレナトゥーラは、雄々しく立ち向かう勇者たちを、正面から迎え撃つ戦いを選んだ。
「“レヴァジーア・ゼファルス”!」
「“レヴァジーア・イラファスケス”」
黒の強い蒼炎が、リシアの金色の魔法を相殺する。
爆裂の中を飛び込んでくるリシアと、二度目のぶつかり合い。不気味な腕がレナトゥーラを護り、リシアを弾く。
リシアは弾かれたまま、“ランズ・ゼファルス”で生じる光の槍を一本に絞って、レナトゥーラの眼前に撃ち込んだ。
不気味な腕がリシアを弾いて開いたわずかな隙。レナトゥーラは狂気的な笑みを浮かべながら、自らの腕をブン、と振り払って、光の槍を消し去る。
二段構えの防御を使わせたところへ、総司が突っ込む。レナトゥーラは美しい女性の顔で、悪鬼の如く口をかっと開けて、さながら怪獣が炎を吐くが如く、蒼炎の渦を総司にぶつけた。
総司はひるみもしなかった。蒼銀の魔力を纏いそのまま炎を突破するが、レナトゥーラの姿を一瞬見失う。
ふっと位置をずらしたレナトゥーラが腕を交差させ、その動きに合わせて不気味な腕が組み合わさって握りこぶしを作り出し、蒼炎を纏った。
「“ディノマイト・リスティリオス”!!」
レナトゥーラが操る不気味な腕が、ミサイルのように総司に発射され、総司はそれを拳で迎え撃つ。
蒼炎と蒼銀の爆裂。レナトゥーラが爆炎の中から総司の眼前に飛び込んだ。
「そらお返しだ」
反応は出来たが、咄嗟に「空を蹴る」選択肢が一瞬、頭から飛んだ。つい先ほどこの技術に至ったばかりである、自分の大きな武器として自覚はしたものの、普段とはカラーの違う戦闘スタイルを継続していることもあって、まだ総司自身にその選択肢が馴染んでいない。受けるしかないと総司が腕でガードの姿勢を取ったが、レナトゥーラが蒼炎の弾丸を放つと同時に、ギリギリのところで総司の体が横合いから突き飛ばされて、攻撃を回避した。
紙一重で、リシアのタックルが間に合った。レナトゥーラに仕掛けるより総司を弾く判断。リシアの妨害を予期していたレナトゥーラからすれば、それは見事な判断の良さだ。レナトゥーラは楽しそうに声を上げた。
「よいなァ全く、心が躍るぞ貴様ら!」
距離を取って一旦、王都の家の屋根に着地する総司と、油断なく間合いを保ちながら旋回するリシア。見事なコンビネーションで攻め手を繋ぐ二人の攻撃に、レナトゥーラは喜びを隠そうともしていない。
針の穴を通すようなギリギリの攻防。レナトゥーラが過激な戦闘を望むが故のチャンスでもあるが、総司とリシアにとってはメリットばかりではない。
“ヒト”との戦いとは次元が違う。殺意を持った上で、明確に総司を上回る強敵との戦闘。これは、総司がリスティリアに来てから初めて挑む類の戦闘だ。
近しい戦いがあるとすれば、総司たちを敵と認識していた時の神獣・ウェルステリオスとの戦闘か。総司にとって究極の一撃である“シルヴェリア・リスティリオス”を以てして、一時的に昏倒させるぐらいしか出来なかった強敵。
最終的には「敵」ではなかったが、ルディラントの冒険の中でどうしてもウェルステリオスを倒さねばならない状況になってしまっていたら、果たして勝てたのかどうか。
千年前の忌まわしい記憶故に、外敵を排除することに固執したウェルステリオスと、レナトゥーラには明らかな違いがある。レナトゥーラは、総司とリシアに対する敵意と殺意で溢れている。
アニムソルスの忠告通り、神獣級の相手が殺しに掛かってくる。まだ完全覚醒に至っていないものの、ジャンジットやウェルスと同等に近い圧がある。そんな強靭な生命を、今回は何としてでも「倒す」ところまで辿り着かなければならない。
カトレアを追いかけることと天秤に掛けてティナを取った総司の判断は、道徳的な観点を除いても正しかったと言えるだろう。
もしもティナが殺され、これ以上レナトゥーラが求めてやまない「餌」が供給され、彼女の力が増していたら、今よりもっと手が付けられないところだった。
総司の目がぎらついて、リシアの翼が輝きを増す。レナトゥーラの笑みが深まり、暗い蒼を纏う魔力が爆風の如く巻き上がる。
強大な力と力の激突。王都フィルスタル上空で繰り広げられる、国家の存亡を賭けた戦いは、激化の一途を辿っていく。
「クソ、傷一つつきやしない……!」
地下空間に戻り、“杭”の破壊を試みるステノだったが、状況は全く芳しくなかった。
ステノの攻撃能力では、頑強な“杭”を壊すことが出来そうにないのである。基礎的な身体能力はもとより、魔力による強化もヒト族より卓越したステノであるが、力が足りない。大規模な破壊を可能にする魔法の心得もなく、“杭”はビクともしなかった。
そんな中でも、ティナは諦めていなかった。だから、ステノも「どう考えても無理」だと感じていても、引き下がるわけにはいかなかった。
ステノよりも力がなく、魔法の才能もないティナが、そこらに転がる瓦礫の破片を手に取って、必死に“杭”を削ろうとしている。
可憐な手に血を滲ませ、ガンガンと“杭”を叩くたびに手に痛みが走っているだろうに、ティナは片時もその行いをやめようとしていなかった。
「少しでも……!」
傷一つつかない“杭”に、ティナは歯を食いしばりながら瓦礫をぶつけ続けた。
「少しでも、削れたら、それだけでも、もしかしたら……!」
息を切らし、痛みで目に涙を溜めながらも、ティナは手を止めない。その姿を見て、諦めようなどと声を掛けられるはずもない。
国の存亡が懸かったこの局面、大人しく引き下がろうと“王女”ティナに言えるわけがないのだ。
今言うべき言葉は――――
「ティナ王女」
「はい!? なんですか!?」
自分が“杭”を叩く音で、ステノの声がよく届いていないようだ。ティナが大声で聞き返した。
ステノはティナに近寄ると、その肩にぐっと力を込めて手を置いた。
「時間の無駄だね。わかってんだろ」
「ッ……! いいえ、いいえ! もう少し、ほんのひとかけらでも――――!」
「“杭”の“破壊”だ、あたしたちが託されたのは。 “あたしらだけ”じゃ無理、そうだろ」
ステノの言葉に、ティナがようやく動きを止めた。
「それは……つまり……」
「誰でもいい、心当たりはない? 今の“あんたが持つ戦力”で、このデカブツをぶっ壊せるヤツだ!」
ステノでは無理だった。まだ療養中のシドナも、たとえ万全だったところで近接戦特化、大破壊に適した魔法攻撃能力は持ち合わせていない。
ティナが形式上だけでも「指示」を出せる立場にある、王城内戦力で。
この大破壊を成し遂げられそうな人材は――――
「リシアとトバリ……! でも、あの二人は……!」
「トバリ!? タユナの戦闘狂……あの女狐が城にいるのか!?」
「いいえ、あなたの救出に向かったんです! どうやら入れ違っていたようですが……! リシアなら或いは、もう戻ってきているかもしれません! 彼女は高速で空を飛ぶことが出来るので!」
「そのリシアってのは誰だい?」
「ソウシの相棒です、彼と共に“あちらの大陸”を制してきたレブレーベントの騎士。きっと彼女なら……!」
「アイツの右腕ってわけか。そいつは良い、少なくともあたしらがここでチマチマやってるよりは期待できる。リシアの特徴は?」
「黒の長髪に簡素な鎧。ヒトの目を惹く、とてもきれいな女性です。恐らくですが、戻ってきているなら機械仕掛けの翼を背に負っているはず。両刃の剣を武器として持っています」
「なかなか特徴的だ、見りゃわかりそうだね」
ステノはティナに厳しい口調で言った。
「あんた連れて行ってもあたしの速度が落ちるだけだ。すぐ戻るから大人しくしてな」
ティナが何か言いたげに顔をこわばらせたが、ステノは言葉を重ねて黙らせた。
「時間の無駄ってのはあんたも認めたろ。それ以上怪我する必要もない」
「……はい」
「それじゃ――――」
強烈な魔力の気配を感じて、二人がぱっと上を見上げた。
敵意はない、この研ぎ澄まされた気配を、ティナは知っている。
「あっ――――トバリ!!」
「どうやら、ソウシもリシアも間に合ったようですね。私は少し遅れてしまいました」
ティナが思わず抱き着いたのを受け止めて、トバリが柔和な笑みを浮かべる。
「無事でよかった……!」
「積もる話は後にしましょう。やはりこちらで“正解”でしたね」
“杭”を見据え、トバリがふと表情を引き締める。
「ソウシとリシアはレナトゥーラを足止めしているところです。しかし戦況を見たところ、“足止め”以上はかなり厳しい様子。勝ちの目を拾えるとすれば“こちら”しかないと踏みましたが……」
アルマとの戦闘も不完全燃焼気味に終わったトバリにとって、レナトゥーラとの戦いに加わることの方が「魅力的」ではあった。
だが、戦闘狂であるが故に、トバリは相手の力量を図る目も持ち合わせている。
総司とリシアのタッグとぶつかり合うレナトゥーラを見て、トバリは瞬時に判断した。
“自分が加わったところで勝てない”
微塵も本気ではないレナトゥーラを相手に、力の一部を取り戻した総司と、本気のリシアで互角以下。
敗北はエメリフィムの滅亡を意味するどころか、総司が引くつもりがない以上、リスティリアの存亡すら危うい事態となる。
かと言って、トバリは総司の決断を誤りと断じるつもりはなかった。総司がレナトゥーラと対峙しなければ――――つまり国外に逃げていれば、いずれレナトゥーラを討つ段取りは整えられただろうが、それはエメリフィムが滅んだ後になる。
何一つ取りこぼさない理想論を翳す彼ではあるが、決して無謀な賭けに挑み続けているわけではない。
全てを取りこぼさず、残らず救う道筋を、一縷の希望をちゃんと見据えていたから、迷いなくレナトゥーラに挑んだのだ。
この国においては、全力で協力する。その約束を今こそ果たす時だが。
「……やはり斬れませんね、私には」
トバリが笑みを消して、ティナも初めて見るような、ちょっと困った表情になった。
「と、トバリでもダメですか!?」
「私の刀では強度が足りませんね……多少傷付けるぐらいはできますが、両断するとなると……」
トバリは、傷だらけのティナの手を見やって、顔をしかめた。
「よくもまあ……これほどの強度を相手に……もう少し自分を大事にしないと、命懸けで戦っている彼らに報いれませんよ」
「……ごめんなさい、じっとしていられなくて……」
「あたしが連れてきて止めなかったんだ、悪かったよ」
ステノが申し訳なさそうに言うと、トバリははたと動きを止めて、
「……ご無事でしたか、ステノ」
「今気づいたの? ずっといたけど? ホントとことん自分の世界のものにしか興味ないのな、あんたって」
ステノが呆れたように言う。
「しかしあんたでも無理か……さっきの話じゃ、アイツもアイツの右腕も、外を離れるのはきつそうだし……何か手は――――」
「あぁ、大丈夫でしょう、恐らく」
「は?」
ステノが怪訝そうに言う。トバリは穏やかに微笑んで、上を指さした。
「“彼ら”が運んでいるのが見えました。ただ、動かすには相当の魔力が必要になりそうなのでここへ来たのです。そろそろ来てくれるでしょう」