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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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怨嗟に沈むエメリフィム 第七話③ 開戦

 賢者アルマの人生は、先祖である大賢者レナトリアの影にただ翻弄される日々だった。


 彼女もまた、千年の時を超えて生まれた時代の傑物。レブレーベントの王女やロアダークの末裔のように、まるで救世主の来訪に合わせるようにしてリスティリアに生じた特異点。


 シルヴェリアの系譜の末裔は、今はまだ完成に至っていないが、才能だけで言えば千年前を超える。確固たる己の器を既に見出しているが故に、千年前の先祖の影に何ら影響されることはない。


 ロアダークの系譜の末裔は、先祖を忌み嫌うが故に別種の強さを持つに至り、千年前の先祖の影と決別する道を選んでいる。たとえ力の質が同じであろうと、間違っても、その所業に憧れるようなことはない。


 違いはそこに。拭いきれない劣等感が齎した、取り返しのつかない過ち。


 だが、アルマには劣等感とはまた違う、強い想いもあった。


 それはもしかしたら怨嗟の情念すら覆す、意思ある生命としての熱い想い。


 異性に恋い焦がれる情が確かにあって、もしもその愛が実っていたら或いは、こんなことにはならなかったのかもしれない。


 けれど、彼女の愛は負の方向にしか作用しなかった。恋い焦がれた相手に認められるにはきっと、大賢者レナトリアを超える魔法使いにならなければならないと。その情もまた彼女の焦燥を強める結果になってしまった。


 恋心を向けた相手は、アルマにそれを求めていたわけでもないのに。


『助けて ジグライド』


 手記に書かれた夥しい「怨嗟」の文字に紛れ、一言だけ、本音が刻まれていた。


 自分ではどうしようもない感情の暴走を止めてほしいと願った少女の想いは、既に無に帰したが、ほんのわずかな抵抗も見せていた。


 レナトゥーラは、ジグライドを攻撃する瞬間、決死の抵抗があったことを確かに感じ取っていた。正真正銘、それが最後の抵抗だった。もう、レナトゥーラすら一瞬制御されそうになったあの熱い想いは、内側に感じられない。


 エメリフィム最後の瞬間に割って入ってきた女神の騎士の、雄々しく煌めく左目を見やり、レナトゥーラは微笑を浮かべる。


「この戦いに興味はなさそうだな、アルマ。貴様には無価値な男か」

「何を一人で――――」


 一瞬だった。


 総司がレナトゥーラの眼前に、躊躇いなく飛び込んでいた。開戦の挨拶も一切なく。レナトゥーラの笑みが深まった。


「ぶつくさ言ってんだテメェは!」


 蒼銀の魔力と伴う拳が、レナトゥーラの体を弾き飛ばす。


 エメリフィムの命運を分かつ戦いが、ここに開戦となる。


「無粋よなぁ、ようやくこの場に至ったというのに。もう少し楽しまんか」


 空中で動けるとは言え、自由自在とまではいかない。総司が達成したのは、圧倒的な膂力による強引な方法での推進力の獲得であって、決して飛行の魔法ではない。


 カトレアやディオウと違って、レナトゥーラは自在な飛行能力を持つ敵だ。それを相手に空中戦を挑むしかないが、総司一人では打てる手が限られている。


「そんな気分なわけねえだろ……! 俺のいねえ間に好き放題やりやがって!」

「その熱さ、嫌いではないぞ。しかしリシアがここにいない今、わしに届くとすれば貴様しかおるまい。もう少し命を大事に戦ってくれ、すぐ終わってはつまらんからな!」


 総司の着地に合わせて、レナトゥーラが蒼い炎を槍の形に変えて数十本と一気に放つ。


 総司の目がぎらついた。左目の力がレナトゥーラの魔法と拮抗し、確かに威力を落としたが、完全に消し去ることが出来なかった。


 しかし、威力と速度が落ちれば十分。兵士の誘導の元、逃げ惑う王都の民たちからレナトゥーラを引き離しつつ、総司は身を翻してレナトゥーラの攻撃をかわし切った。


「完全に消せねえ……! やっぱ精霊の力は別格か……!」


 ミスティルが従えた精霊の現身を、左目で見た時もそうだった。


 “レナトゥーラ・イラファスケス”の魔法は既に達成され、レナトゥーラは意思ある生命の一つとして顕現している。完全ではないものの、総司の左目の力が完全には及ばない格を持っている。生命を消し去る性能までは備わっていないし、繰り出される魔法も異質。


 力を削ぐことは出来ても、完全な消滅に至らない。


 “忘却の決戦場”に千年残ったレナトゥーラの炎は消し去ることが出来た。しかし今はそれが出来ない。それはレナトゥーラが復活し、力を増していることの証左でもある。


「威力が落ちた……! その左目――――面白いものを持っている……!」


 やはり油断ならぬ相手だと、気を引き締めたのはレナトゥーラも同じ。


 リスティリアにおける常識の外にある“ルディラント・リスティリオス”は、レナトゥーラにとっても初めて見る力だ。


 傍目にはほとんど無条件で、効力を及ぼす範囲内の魔法を消し去り、精霊の力をすらも減衰させる破格の能力。対象を限定出来ないというリスクはあるものの、あまりにも強烈な魔法である。


「“ディノマイト”――――!」


 蒼銀の魔力を収束し、総司がぎらりと天を見据える。


 が、拳を振るうことはなかった。地上で構えた総司の気配に尋常ならざるものを感じたか、仕掛けようとしたレナトゥーラがさっと距離を広げたのである。


 総司から離れるほど、蒼銀の魔力を打ち出すオリジナル技はアルマの封印の影響を受ける。それは先ほど、地下から脱出した際に確かめた「エメリフィムでの限定条件」だ。


「チッ……大口叩く割にきめ細かいヤローだな……!」


 レナトゥーラが手すさびのように繰り出す炎の槍の雨を回避し、その動きに集中しながらも、総司は周囲の気配を探っていた。


 レナトゥーラはいるのに、アルマの気配が微塵も感じられない。地下にはいなかったのだから、いるとすれば、彼女の計画のクライマックスとも言うべき場面で王城の近くにいるものとばかり考えていたのである。


「アルマはどうした! この段階で出てこないってのはどういう了見だアイツは!」

「我が召喚者ならばおるぞ、ここに」


 レナトゥーラはクスクス笑いながら、胸元に手をやった。総司はその所作の意味を図りかねて、建物の屋根で足を止める。


「……どういう意味だ……?」

「わしの中に、アルマの力も、記憶も、きちんと息づいておる。本当によく働いた――――我が召喚者が育て上げた“イラファスケス”は、わしの想像を超える出来であった」


 総司は数秒考えて、ようやく悟った。


「……取り込んだ……? お前、つまりそれは……」

「案ずるな、貴様の敵は既にわし一人だ」


 レナトゥーラの背後に浮かぶ、不気味で巨大な化け物の腕が、すうっと指を広げた。さながらレナトゥーラを抱く翼のようであるが、それにしては美しさの欠片もなかった。


「アルマは既に死んでおる。貴様はわしにのみ注力していればそれでよい」


 不規則に飛ぶ蒼炎の矢。曲がりくねりながら総司を狙う攻撃を、左目で相殺しつつ、蒼銀の魔力を纏う腕でいなしつつ、総司はぎりっと歯を食いしばる。


 甘い自覚もある総司だが、アルマに情はない。率直に、悲しいという気持ちはなかった。


 ただ、出来ることなら、裏切りのツケを別の形で払わせたかった。きちんと、ティナに裁いてもらいたかった。彼女に謝らせたかった。だが、どうやらそれは叶わないようだ。


 総司が繰り出した蹴りが衝撃波を纏い、レナトゥーラを狙う。


 威力が足りず、レナトゥーラは不気味な腕の一振りでそれを薙ぎ払った。


 意味のない攻撃を餌に、総司が瞬時に飛び上がって、レナトゥーラの更に上を取る。


 レナトゥーラも当然反応する。それを見越した総司のフェイントに次ぐフェイント、風圧による移動で細かく角度を変えて死角を狙った突撃も、空の上で自在に動けるレナトゥーラには通じない。


 レナトゥーラは総司の突撃と蹴りを軽々とかわし、腕を振りかざした。呼応するように、不気味な腕が振り上げられ、レナトゥーラが腕を振り下ろすと共に総司を殴りつけて地上に叩きつけた。


 王都の家の上に落ちた総司は、轟音を立てて崩れる家の瓦礫に飲み込まれる。総司も流石に、衝撃でくらりと来た。


 女神の騎士としての力を取り戻した総司であるが、やはりレナトゥーラを相手にしては、かなり分が悪かった。


 “ルディラント・リスティリオス”の発動は、発動したこと自体はほとんど自動的だったとはいえ、今はオートではなくマニュアル、道具としての魔法を意識して使っている状態である。身体強化のために魔力をコントロールすることに加えてそちらの意識も求められる上で、相対するのは底の見えない強敵だ。


 このまま戦い続けて総司の勝利があり得るとは到底思えなかったが、それでも、総司は瓦礫を吹き飛ばし、ふらつく足に力を入れて、蒼銀の魔力の奔流をかき集めながら拳を固めた。自分に言い聞かせるように、吐き捨てる。


「漢を見せろ一ノ瀬総司……! エメリフィムに来てからこっち、クソの役にも立たねえで――――!」


 左目の輝きが増す。蒼銀の魔力が更に増大する。


「ここで勝てなきゃ何のための力だ……!」


 総司の力が増すのを感じ取り、レナトゥーラは非常に満足げだった。


「よい、よいなぁ……わしが好む感情ではないがしかし、それもまたよい! その輝きが、わし好みの色に染まる瞬間が楽しみでならん……! もっと雄々しく気勢を上げろ! 完膚なきまでに叩き潰してくれる!」


 可能性がどれほど低かろうと、総司が諦めることはもうない。


 ただでさえ、エメリフィムでは足を引っ張ってばかり、何も出来ずに「ここ」まで来た。総司が力を失っていなければ生じなかった犠牲がたくさんあった。


 それでも、ティナやジグライドは総司を信じてくれた。本来の力を取り戻した総司をあてにしていると。まだ不完全とは言えようやく、総司はエメリフィムで、唯一レナトゥーラに対抗可能な戦力として戦える状態になったのだ。


 この戦いだけは負けるわけにはいかない。それに、逆転のチャンスはまだ残されている。


 ティナとステノが“杭”の破壊を達成すれば、総司の力は完全に戻る。


 レナトゥーラが言った通り、既にアルマが死んでいるとすれば、それにも関わらず発動を続ける総司の封印は、“杭”そのものに発動の制御が委ねられているということ。どうあっても“杭”を破壊しないことには始まらない。


 時間を稼ぐだけでも相当難易度の高い相手ではあるが、希望が一切ないわけではないし、たとえ力が戻らなくても、総司は何とかしてレナトゥーラに勝つつもりだった。


 ただそれには、どうしてももう一つ必要だ。流石にその所業の達成は、総司一人では無理だ。


「ん……おぉっ、早いな――――!」


 レナトゥーラが咄嗟に、総司から意識を外して、不気味な腕を二本とも背後へ向けて防御の姿勢を取った。


 凄まじい速度で、空を切り裂いて突っ込んでくる影一つ。


 魔力の輝きを煌めかせ、光機の天翼を背に負って、リシアがレナトゥーラに突撃した。


 不気味な腕に剣をぶつけ、ぐぐっと空中でレナトゥーラを押し込んでいく。


「来たか、リシア……! ようやく味わえるな、今代の“ゼファルス”を!」

「“ランズ・ゼファルス”!!」


 光の槍が無数に発生し、レナトゥーラを串刺しにせんと取り囲んだが、レナトゥーラが纏う蒼炎を前に、溶かされるようにして掻き消える。


 続けて容赦なく放たれる蒼い炎の弾丸を、“ジラルディウス”によって生じた盾で受け止めるが、衝撃が強すぎた。


 リシアが吹き飛ばされると同時に、彼女の翼がふっと光と共に霧散する。


 大きく弾かれたリシアの元に総司が跳躍し、その体を抱きとめて、軽やかに着地する。


「大丈夫か!?」

「あぁ、済まない、集中が途切れた……!」


 リシアはアルマの本拠地から王都まで、全速力でかっ飛ばしてきて、そのままレナトゥーラに斬りかかったのである。


 そこへきて強烈な攻撃を立て続けに受け止めたがために、流石に消耗が激しく、“ジラルディウス”の翼を維持できなかった。


「いや、待て……ソウシ、お前、力が……」

「おう、ちょっと裏技じみてるがな、多少はマシになった。手間を掛けさせたな」


 総司の左目を見て、その力の成り立ちを良く知るリシアが驚愕に目を見張った。


「そうか……ではようやく、お前を頼りにできそうだな」

「おう。それよりお前だ、大丈夫か? 行けるか?」

「問題ない、行ける!」


 総司の手を離れたリシアが再び気合を入れなおし、“ジラルディウス”を展開する。


 息を切らす彼女を見れば、疲労困憊であることは明らかだ。しかし、彼女がこの状況で、それを理由に甘えるはずもなかった。


 総司が完全でないとはいえ力を取り戻していることは、リシアにとっては嬉しい誤算だった。


 レナトゥーラは総司の敵であり、すなわちリシアの敵である。エメリフィムの誰かではなく、二人で討たなければならないという使命感が、リシアを突き動かした。


 ここにきてようやく、レナトゥーラと相対すべき力が。


 女神の騎士とその相棒の力が、ようやく揃った。


「しかしとりあえず突っ込むとは、お前らしくねえな。冷静になれ、とんでもねえぞ、アイツ」

「……私が、間違った」

「はあ?」

「アルマを殺しきれず、半端に追い詰めてしまった。結果としてアルマはレナトゥーラに渡す予定だった力を使おうとして……それを見咎められ、殺され、取り込まれた。レナトゥーラの手が及ぶ前に私が殺せていれば、或いは……」

「何を言ってんだお前は」


 総司が下らなさそうに言った。


「お前の戦いの結果がどうあれ絶対“こう”なってた。賭けても良いね。だとすれば、俺は割と幸運な方に転んだと見るがな。アルマには悪いけど」

「幸運な方?」

「俺の封印自体はまだ効力を発揮してるが……アルマ自身が発動していた“杭”を護る結界はどうだ。アルマが死んだなら消えてるかもな。それなら“あっち”にも希望が持てる」

「随分と呑気に語らうものだな。作戦会議か?」


 レナトゥーラが声を掛けて、総司の表情がさっと変わった。が、レナトゥーラは上空にふよふよと浮かび、不気味な手の中に腰かけているだけだ。


「構わん、続けよ」


 レナトゥーラは楽しそうに言った。


「そう気の長い方ではないが、少しだけ待ってやる。万全を期して、貴様ら二人で掛かって来い」


 楽しんでいる。


 レナトゥーラにとっても待ちわびた状況だ。優秀と認めたリシア、レナトゥーラに届き得る力を持つ総司。二人とも、輝かしい未来のために戦う者たち。この二人を一度に相手取り、絶望の淵に叩き落せたなら、どんなに上質な『餌』が得られるか計り知れない。


 “アンティノイア”での邂逅の時からそうだったが、レナトゥーラにはそれのみならず、闘争を好む性質も見え隠れしている。彼女は総司とリシアによる抵抗を、心から期待し、楽しんでいるのだ。


「……事情は後回しにして、ステノが“杭”の破壊に向かっている」


 リシアは目を丸くしたが、総司の言葉に従って説明を求めなかった。


「可能なのか」

「わからねえが、アルマが死んだなら、健在の時よりは芽が出てきた。でも信じるしかないとはいえ、どれだけ時間が掛かる読めない。つまり――――」

「今のお前と私とで、レナトゥーラを倒せれば最良か」

「実際相当キツイが、やるしかねえ」

「よくわかった」


 総司とリシアが決然と、レナトゥーラを睨みつける。


 二人の話し合いが終わったと見て、レナトゥーラが再びもろ手を広げた。


「始めてよいな?」


 総司の左目が輝きを増し、リシアの翼が魔力の光を増幅させた。


 三者とも、臨戦態勢に入る。


 レナトゥーラが広げた手をがっと二人へ向け、再び戦いの幕が上がった。



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