怨嗟に沈むエメリフィム 第七話② 唯一、理から外れた力
蒼銀の魔力を取り戻した総司は、疲労困憊だったとは思えないほど力強く地を蹴って、カトレアとディオウの眼前に迫った。
カトレアは咄嗟に“ランズ・アウラティス”で迎え撃った。反応は見事だったが、及ばない。
時計の文字盤のような模様を刻み付けた総司の左目が、カッと輝く。
たったそれだけで、カトレアの魔法は霞と消える。
「魔法を――――消し去る、瞳……? そんなものが、この世に……!」
ディオウが何とか反応して、総司の横合いから大振りで攻撃を仕掛け、何とか総司の突撃を阻む。
総司が跳躍して距離を取った時、カトレアは高速で思考を回していた。
カトレアの常識外の魔法だが、目の前にして存在を信じないわけにもいかない。総司の左目は確かに魔法を打ち消し、そしてアルマの封印をすらも消し去っている。
“杭”が健在で、明らかに封印の魔法を保ち続けているにも関わらず、総司の力は取り戻されているように見える。その原因が魔法を打ち消す左目にあるのだとすれば、カトレアが辿り着く解は一つ。
「まさかその左目――――国中に渡る封印の魔法と、“拮抗し続けている”とでも言うのですか……!? い、いったいどれほどの力を、瞳一つに内包して……!」
総司の力は、“完全に取り戻された”というわけではない。
女神ですら説明不能な奇跡の果てに、強制発動された“ルディラント・リスティリオス”が、総司の周囲数メートルの範囲内でだけ、限定的に作用しているのだ。
絶えず総司に働きかける、アルマによる“女神の魔力を封じる結界魔法”の効力を、発動され続けている“ルディラント・リスティリオス”が、同じく絶えず消し去り続けているのである。
“伝承魔法に近い”。総司の左目をそう称したのは、ロスト・ネモの魔獣ヴィスークだったか。
ギルファウス大霊廟での戦闘をもとに、アルマは総司の「女神の力」を封じる術式を完成させた。総司の力を引き出し解析することは、既に完成間近だった封印術の最後のピースでもあった。
それ故に、“ルディラント・リスティリオス”だけは完全に封じることが出来なかった。他の”リスティリオス”とは成り立ちを異にする魔法だったからだ。
とはいえ、前述の通り奇跡的には違いない。万全の総司と比してみれば、総司の魔力は極小と呼べるレベルにまで封じられていた。そもそも発動そのものが不可能に近かったのに強制的に発動したのは、総司の「何か」が呼応したとしか説明できない。
感覚的な部分で、総司も直感的に理解している。やはり他の魔法は使えそうにない。
神域の魔法“リスティリオス”と似て非なる魔法。総司にとってはリスティリアにおいて唯一、“女神から与えられたものではない”力。それが今、窮地を打開する切り札として、救世主の背を押している。
総司にとっても、「このスタイル」での戦闘は初めてだ。あらゆる魔法に対する特攻である左目は、ともすれば諸刃の剣。
総司自身はもとより、共に戦う相棒・リシアの魔法ですら消し去るこの魔法を、総司はピンポイントでしか使用したことがなかった。幻想のルディラントを消し去ったことに始まり、ジャンジットテリオスの破滅の息吹を消し去った時や、ミスティルの切り札的な魔法に対抗した時。救世の旅路においてどうあっても乗り越えなければならない「魔法を用いた戦闘」においては、発動している間、味方も含めて他の魔法が機能しないというリスクを負う。
故に、戦闘時には相手のエースに対し切り返すような使い方しか、総司はイメージしていなかった。
だが、総司は驚くほど早く、新たな戦闘スタイルに順応した。
「む、ぐっ……!」
ディオウが応戦するも、総司の速度を全く捉え切れない。
剣戟を縫い、魔力を纏った腕で剣を弾き、総司の拳がディオウの顔面に決まった。仮面が吹き飛び、ディオウも吹き飛び、ヴァイゼ族とヒト族の混血であるディオウの素顔が晒される。
「あー、ようやくちょっと冷静になれそうだ……!」
ディオウをぶん殴って吹き飛ばし、ようやく怒りをぶつけられたからか、総司が大きく息を吐いた。
「ハハッ、俺も根っから善人ってわけじゃあねえらしい。ヒト殴ってこんなスッキリした気分になるとはな……ミスティルの時とはえらい違いだ……やっぱり俺は、お前らのことが心から嫌いだ! ワリィが少しも加減できねえぞ!」
総司が抱く怒りの情念は、レナトゥーラが最も好む怨嗟や憎悪に続く感情だ。
だが、その感情はそのままレナトゥーラにくべられはしない。
怒りすらも自分の糧とする。カトレアやディオウへの怒り、アルマやレナトゥーラへの憤激すらも、全て総司だけのもの。
総司の内に燦然と輝く、エメリフィムで縁を繋いだ者たちを護りたいという自分自身の望みのためにのみ、総司の激情は消費される。
総司は力のみならず、その心の在り方すらも、レナトゥーラにとって不倶戴天の敵だった。
「“シェルレード・アウラティス”!」
水の刃が形成されて、半月の形となって総司に向かう。
当然、無駄。左目の力で、容易くその魔法を消し去る。発動の瞬間は半ば強制的だったが、総司は今、ジャンジットテリオスがかつて言及したように、道具として魔法を行使している。
その発動を途切れさせてはならないことを、直感的に理解している。常時発動する“ルディラント・リスティリオス”はまさに無敵の護り。左目の力を常時発動した状態の総司は、“自らの攻撃に魔法を使う必要のない戦闘”、つまりは圧倒的な膂力と体術のみで相手を上回ることが出来る戦いであれば、敵対する者にとっては絶望的なほどの難敵である。
「くっ……!」
カトレアが咄嗟に武器で防御の構えを取るが、総司は遠慮なくその上から大振りの蹴りを叩きつけた。
止めきれない。伝わる衝撃は破格のそれ、踏ん張るどころの話ではない。カトレアの体は吹き飛び、壁に激突する寸前で止まる。
「うぐっ……!」
「俺はお前の話を聞くつもりでいたんだぞ、カトレア! ギルファウス大霊廟で、レヴァンチェスカがお前を助けたんだ! お前にはそれだけの事情があるんじゃねえかって……! 俺の答えは変わらなくても、話ぐらい聞かなきゃならねえのかもしれねえって……!」
斬りかかってきたディオウを軽くあしらって、総司はカトレアに肉薄する。
カトレアが抵抗するように振るった武器をがっと手で押さえて、彼女をぎらりと睨みつけた。
「もうよくわかった、テメェには何も期待しねえ! ヒトの不幸見て楽しむ外道、追い詰められて苦しんで泣いちまう女を前に、何の情も湧かねえ破綻者だ!」
「何も知らないくせに――――好き放題言うな!」
カトレアが総司を弾き飛ばす。傷一つ付けられはしないが、カトレアの感情も爆発したか、少しだけ力が増した。
無論及ばない。今の総司に、カトレアでは届かない。
「“自分が何をしようとしているのか”も理解していないあなたが、偉そうに! 高いところから見下して……! 無知は罪だ、だからここで潰さなければならなかった!」
「過去形だな、よくわかってんじゃねえか! もう無理なんだよ、諦めろ!」
総司の足元から、黒い風が巻き上がって、総司の体を飛ばす。
大柄な総司を吹き飛ばす風圧だ。弱体化した総司であれば、それだけでも甚大なダメージを負っていたであろう威力。ディオウによる魔法が、総司を空中に飛ばして自由を奪う。
カトレアが地を蹴った。
彼女にしては珍しい、憤怒の色が見て取れる形相。既に通じないとわかっている攻撃を、それでも仕掛ける余裕のなさ。
彼女にどんな葛藤があるのか。それを推し量ることを、総司はもう止めた。
空中で態勢を立て直し、カトレアを迎え撃つ。背後に跳んできたディオウの気配にももちろん気付いていた。
だが、総司が手を出すまでもなく、まずはディオウの体が、突撃をかましたステノのドロップキックによって飛ばされる。総司はカトレアの不可思議な武器をいなして、彼女を弾いた。
「っと!」
風で飛ばされるまま、数段上の通路に着地する。カトレアとディオウが再び総司を挟むように反対の位置に立った。そしてステノが、総司の背後に追いついて着地する。
「なんだやるじゃねえか、助かっ――――」
「礼なんか言うな。必要なかったのもわかってる。あんたならどうにでも出来たんだろ」
ステノが涙声で言った。総司はすぐに言葉を切った。
「現金なもんだ、笑ってくれよ。あんたが勝てそうだとわかったから余計な世話を焼いた。あんたに付いとこうって」
「打算だったってか?」
総司は下らなさそうに笑う。
「本当に打算的なら、今の内にさっさと逃げて仲間と一緒に、安全なところから事の成り行きを見守ってりゃ良かっただけだ。どのみち俺が負けりゃ国は終わり、俺が勝てば今まで通り。ここで俺に媚を売ったところで、何かが変わるわけでもなかったろ」
ステノがぐいと涙を拭う。
「損はさせねえ。俺に賭けろ、ステノ」
あくまでも、一度は総司を殺そうとしたステノが、総司に勝機が見えたから軽々しく尻尾を振った、というのではなく。
自分が口説いて味方に付けたのだと。ステノに余計な気を回させないように、総司はにやりと笑って言ってのけた。
「……酷な男だね……罪悪感すら許さないってか……! あぁわかった、信じるよ!」
「勝手に暴れるから勝手に合わせろ、出来るだろお前なら」
「ハイハイ、好きにやってくれ!」
ステノが軽くタン、と地を蹴って、総司の肩に手を置き、彼の体を支えにしながらふわりと舞った。
ステノがふっと跳躍した瞬間、総司が振り向きながら腕を振るい、襲い掛かってきたディオウの剣を素手で迎え撃つ。
刃を手で捕まえる。切り裂くどころか傷もつかない。
「よォ、殴られ足りねえかよ、ディオウ!」
「武器もなしにここまで戦えるとはな……!」
「師匠が良かったもんでなァ!」
カトレアが背後から迫るが、それはステノが許さない。
総司と同じく、カトレアの武器を素手で受け止め、押し留めて、ステノが吼えた。
「悪いな、裏切らせてもらう!」
「同胞を見殺すと、そういうことですか!」
「よく言うよ、どうせみんな殺すつもりだったくせに!」
薄紫の魔力を纏う爪による剣戟。本気になったステノは、カトレアの予想よりもずっと強かった。
武術・体術の、技術的な連度では互角だが、ヒトの血が色濃いカトレアとヴァイゼ族のステノとでは、根底にある身体能力に差があった。ステノはカトレアの攻撃を軽々と受け止めるが、カトレアはステノの攻撃を受けるのに必死だった。
ステノは息まいてカトレアを追い詰めるが、開き直ってストレスから解放された彼女はその分、冷静さを失っていた。
カトレアの武器がバキッと割れて、盾と剣を合わせたような形状の武器が、盾と剣の二つに分かれる。ステノの爪を盾で逸らし、自由になった剣でステノを襲った。
「やべっ――――」
「必殺!!」
ステノが流石にやり過ぎたかと肝を冷やした時、背後から叫び声が聞こえてきた。
慌ててステノが身を屈めると、投げ飛ばされたディオウがカトレアの眼前に迫り、カトレアは剣を止めざるを得なかった。
ステノはざっと総司の傍に屈みながら滑って、一旦カトレアたちと距離を取った。
「……技名が思いつかなかった」
「ダセェ」
「うるせえ合わせろっつったろ。あんまりなめてると死ぬぞオイ」
総司がステノの頭を軽く叩いた。
ディオウが剣を振るって、黒を纏う魔力の刃が通路を走った。ステノが咄嗟に身を翻す。
総司はそのまま正面から突進し、左目の力で魔法を消し去りながら再びディオウに肉薄した。
ディオウはそれを読んだか、足元に魔法を走らせて、通路そのものの破壊を試みた。
「うおっ……!」
「あの仮面男、豪快だね意外と……!」
カトレアとディオウのいる位置の通路は健在。黒い風が走る、総司たちがいた通路だけが、轟音と共に崩れ始める。
カトレアがディオウの後ろから躍り出て、“ランズ・アウラティス”を剣に纏わせて、空中に放り出された総司を狙った。
カトレアの順応も早い。魔法と物理攻撃の合わせ技、総司に魔法を消し去る択を迫って、そちらに傾注すれば物理攻撃が通るように攻撃方法を変えている。
だが総司の目はカトレアを見ていなかった。
通路から逃れたために、崩れ落ちる通路の瓦礫に襲われそうなステノを見ていた。
――――五つ目の国に至っても、“以前”の常識が抜けてねえ――――
スヴェンに扮するアニムソルスの指摘。それは何も、ヒト型の相手に対する常識的な判断だけの話ではない。
皮肉にも。
リスティリアに来た時から、常人ならざる規格外の力を持つ総司だったからこそ。
力を失い“元いた世界の時と似たような”状態にまで弱体化し、そして再び取り戻すまで、アニムソルスの指摘通り気づけなかった。
自分は戦い方すらも、常識にとらわれたままだったということに。
「はっ……?」
捉えたはずの総司の姿が消え失せ、カトレアは目を見張った。
総司は空中で、「空を蹴り飛ばし」、生じる風圧によって体を動かして、凄まじい速度でステノの元へ飛んで、彼女を瓦礫の雨から助け出したのである。
「そんなことが……!」
空を飛ぶ魔法を使えない総司は、空中でまともに動けない。規格外の身体能力で以て跳躍し、相当の高度まで跳び上がるというのは可能だが、それでも後は落ちるだけだ。
それ故にレブレーベントでも苦戦した。巨大な敵を相手にして、その頭部付近にいるアレインを何とか無力化するためには跳躍するしかなく、動きが直線的になってしまうせいで読み合いには持ち込めず、力と力の激突になってしまっていた。
アレインを殺してはならない、という総司自身の決意による不利条件はあったものの、結果的に総司対アレインは、ほぼほぼアレインの勝利だった。
そうなってしまったのはひとえに、総司には「ヒトは飛べない」という常識があったから。レブレーベントを出た後に、魔法で飛行を可能にするリシアやベル、ミスティルを見たところで、自分にそれが使えないのだから、少なくとも「自分は空中戦では無力」というレッテルがあった。
だが、違う。
身体能力も、それを膨大な魔力でブーストする術も持つ総司は、「ヒトの身体能力の限界」故にヒトは空中で動けないのだという常識にとらわれる必要がそもそもなかった。
総司の知識にある中で、参考にすべきものがあるとすれば、それは例えばアメコミヒーローのような無茶苦茶な動き。
その気になれば建造物の壁を垂直に駆け上がることだってできるし、拳を振り抜いた「拳圧」、巻き起こす風で敵を吹き飛ばすことだってできる。総司にとっての「出来ないはずのこと」、空想上のデタラメを達成できる力を持っていたのである。
女神レヴァンチェスカはこれを教えていない。そしてそれは正解でもある。
知識として与えられるのではなく、気付きとして得ることで、彼はこの「常識外」を自分の武器へと昇華した。
これはシドナとの、付け焼刃にも満たない戦闘訓練の賜物でもあった。当然、武術の習熟と言う意味では全く意味を為していない。あまりにも時間が短すぎる。
重要なのは総司の意識の問題だ。今どれほど自分が「何も出来ないのか」。シドナから教わる動きを満足に達成できない状況が逆に、力が在った頃の自分はどれほどのことが「出来ているはずだったのか」を自覚させた。一度常識の範囲内に力が落ちたことで、それを覆せる可能性を総司に自覚させたのである。
「それが……それが、出来るなら――――」
それが出来るなら今、殺せていたはずだ。カトレアの言葉が、通路が崩れ落ちる轟音に掻き消える。
結果として迂闊に飛び込んでしまった敵を前に、敵に知られていないカードがあったのに、ステノを護るために切った。
わずかな逡巡もなかった。何の迷いもなかった。まるでそれが当然であるかのように。あれほど憤慨した憎い敵を前にして。
「あたしは大丈夫だっての、あんたはあっちに集中しなよ!」
総司に抱きかかえられたステノが厳しい顔をして、総司の顔を軽く殴った。
「あーうるせえ! 大人しく――――あっ!」
カトレアとディオウが逃げの一手を決めた。カトレアを抱きかかえ、風と共に高く飛び上がるディオウを見て、総司が声を上げる。
「離して、ディオウ……! ここで倒さなければ、もう――――」
「本命はローグタリアだろう。ここは退くべきだ」
「あなたもわかっているでしょう、アルマはもう普通ではないんです!」
カトレアはぎりっと歯を食いしばり、低い声で答えた。
「“アレ”では私との契約もまともには……! 今しかないのに……!」
「……それで言えば、私の契約はお前の守護だ。多少強引だが、恨んでくれるなよ」
総司を吹き飛ばしたのと同じ、黒い風がカトレアとディオウを押し上げていく。距離を取り、総司の知らない通路でこの空間から逃げ出せば、振り切ることも可能。
そんな甘い考えのもと、逃げおおせようとするディオウの背中を追いかけるように、総司が叫んだ。
「捕まってろ!」
「ねえ……ちょっと待って……」
ステノを背負う格好に変えて、通路に着地した総司が、きっと上を見据えた。
莫大な魔力の奔流が総司の腕に集まって、もう味方と認められたはずのステノですら空恐ろしさを禁じ得ない。
「あんた何するつもりで――――!」
通路を蹴り砕いて跳躍する。総司は空中で態勢を変えて体ごと上を向き、腕を振りかざした。
「名前だけ借りるぞ、スヴェン、ベル――――でもこれは、俺史上初の“オリジナル”……!」
蒼銀の魔力が収束され、圧縮され、それでもなおかき集められて。
総司が拳を振り抜くと同時に放たれる。
「“ディノマイト・リスティリオス”!!」
何のことはない、「超凄いパンチ」である。
“凄い”の度合いは、「リスティリアで並ぶもののない」破格のそれだが。
魔力と風圧による蒼銀の衝撃波は、総司から離れるにつれアルマの封印によって減衰を始めた。が、総司が正真正銘“本気”で撃った一撃である。
衝撃波はカトレアとディオウを容易く吹き飛ばしつつ追い越して、地下空間の天蓋を蹂躙する。
突き抜ける蒼銀、舞い上がる敵対者二人。総司は先ほどと同じ要領でもう一度、凄まじい蹴りを下へ繰り出して、ステノを抱えたままカトレアとディオウを追いかけた。
群青の空に躍り出て、ディオウが身動きしたのを見た。カトレアは動いていないが、ディオウも流石、「傭兵」の矜持を説いただけのことはある。カトレアを何とか助け出し、この場から逃げおおせようとしている。
骨が何本も折れていておかしくない。総司の一振りにはそれだけの威力があった。
魔力による身体強化の全てを防御に回しても、カトレアは恐らく気絶するほどダメージを受けている。その状態で総司から逃げ切るのは不可能だ。
だが、総司の集中がわずかにブレた。
カトレアやディオウが意図したわけではないが、地上に戻ったことで、総司は択を迫られてしまった。
逃げ延びようとする二人と、今まさに王城の上で力を増大させるレナトゥーラ。王城の囲いの上に、ティナと思しき姿が小さく見えた。
今なお最終的な狙いが読めないカトレアを、今なら確実に捕らえられる。
この選択が正解かどうかはわからないが、総司は瞬時に選んだ。
「着地は何とかしろ。後から来い」
「わかってる。頼んだぜ」
ステノを離し、空を蹴り下して方向転換する。
カトレアをここで確実に仕留めることこそ、総司にとっての正解だった可能性はある。
だが、今ここでレナトゥーラの行動を許すわけにはいかなかった。
一番の望みは、ティナたちを護ること。
総司は迷いなく、ティナの元へと飛んだ。