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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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怨嗟に沈むエメリフィム 第六話① 怨嗟の炎にくべる薪

「リック族の拠点を押さえたヴァイゼが侵攻を開始、シドナ率いる王軍が聖櫃の森近辺で撃退。メイルの村に再び入ったヴァイゼもトバリと王軍により撃退。相変わらず均衡状態だが、既に内戦となってしまっている」

「流石ッス師匠。ほとんど休めてないだろうに」

「いや、っていうかごめんね、ソウシ……助けにも入れなくて……」

「気にするこっちゃねえッス」


 総司たちが王城に戻ってから二日が経過した後、『紅蓮の間』にて、総司たちはジグライドたちエメリフィム王家陣営と現状の確認を行っていた。


 “アンティノイア”を後にしてから二日、既に内戦の火ぶたは切って落とされている――――はずではある。


 緊張感も十分、ジグライドも多少ぴりついてはいる。弱体化した総司と、総司の傍に控えていたリシアは、戦場に出ることはなかったが、戦いは間違いなく始まっている。


 総司とリシアものんびりしていたはずもなく、総司は弱体化したとはいえ常人よりは高い身体能力を生かしたシドナ流戦闘術の修練に明け暮れ、リシアはその相手をしつつ、ジグライドと共に、“杭”の除去のためどう動くかの作戦を立てていた。


 だが、それにしても。


「……この二日、正直本格的な内戦開始の空気感じゃねえな、ジグライド」

「小手調べにも満たん。攻勢を掛けるにしては気勢がなさ過ぎる。褒められた話ではないが、兵たちも少々拍子抜けしてしまうほどにな……ヴァイゼがアルマの支配下にあるのは間違いがないだろうが、これでは小競り合いだ。要は――――」

「誘っている」


 リシアの言葉に、ジグライドは頷かなかった。


 話だけ聞けばリシアの読みは正しいようにも見えるが、ジグライドはまた違う見方をしていた。


「そもそも……ヴァイゼ族のやる気のなさ。アレは恐らく、扇動されているのではなく『脅迫』されていると見ている。かと言ってこちらに縋るほど、奴らも割り切れてはいないらしいが」

「周到な計画を用意してたらしいアルマにしては強引なやり方よ。これも計画の内だとするなら、理由があるはずと読んでるの。ただ、それが何なのかがわからない」

「脅迫の材料は?」

「人質だろうな。連中の指導者の話を少しだけしたが、覚えているか?」


 総司は即座に首を振った。


「ワリィ、正直全然まったくこれっぽっちもだ。何だっけ?」

「まあさほど重要な話し方はしていなかったしな……今代のヴァイゼの指導者は、それなりに話せばわかるかもしれない相手と君に言ったことがある。恐らく、そこを押さえたんだろう。そうまでして『無理やり動かす』ことにこそ、アルマの狙いがあると見ている」

「これはもう王家とヴァイゼ族の対立による内戦なんかじゃないわ。エメリフィムとアルマの対決よ……嫌だけどね、未だに」

「シドナ」

「わかってるわよ皮肉屋、変な心配しないで。ソウシとリシアにやらせるわけにもいかないし、アルマを討つ時は私がやる」

「いいえ、師匠」


 シドナの決意に水を差すわけではないが、総司が鋭く言った。


「一緒にだ。アルマもレナトゥーラも使命感だけでどうにかなる相手じゃねえッス。全員で当たる。そう単純でもないでしょうけど、ヴァイゼの掌握をするつもりがねえってんならそりゃこっちに有利な話。敵の軍勢がまともに機能しねえなら、アルマたちに集中できる」

「現状を前向きに捉えた、且つ非現実的ではないよい激励だが、しかし甘い。敵の軍勢を機能させないこと、それについてもう一歩先が見えるようになれば君の旅路にも役立つだろう」


 ジグライドは総司の言葉に頷きつつ、意味ありげに笑みを浮かべながら言葉少なに言った。


「ヴァイゼ族の指導者が人質に取られているというのは予想に過ぎない。よって確証を得る必要がある。それがこれからやるべきことだ」


 ヒントを与えるように言葉を削いだジグライド。総司もこの先の道筋が読めた。


「エメリフィム対アルマの構図を完全に作る――――指導者を助け出してヴァイゼを味方につけるってことだな! それが出来りゃ戦力は上がるし憂いは減る!」

「正解だ。イチノセ、現場で私がいなくとも、そこまで……これまでの君より一歩先まで読めるようになれ。猶予はない、次現場に出る時には既にそうなれるよう常に、得られる情報に対し思考を回し続けろ。アリンティアス団長も彼をあまり甘やかさぬよう」


 ジグライドが総司に向かって厳しく言った。リシアが無意識に姿勢を正した。


「今の君は戦力外だが、本来の君の力なくしてレナトゥーラとやらは討てない。君の力を取り戻す過程で、多少の無茶を通さねばならない場面は必ず出てくる。弱体化した状態でも、今ある力で窮地を切り抜けねばならない場面がな。私から見て君は決して馬鹿ではない。ただ癖がついていないだけだ」

「わかった、助言に感謝する」

「感謝は不要だ。言った通り、君なくしてこの状況を切り抜けられない。今この瞬間戦力外だからと言って、以前の言葉を取り消すつもりはない。変わらずあてにしている」

「おう!」

「では、人質の確証を得るための作戦を伝える。と言っても単純明快だ。次の小競り合いでヴァイゼの連中を、一部でいい、拘束する」

「単純だけど難しいわ。私では無理だった」


 シドナが申し訳なさそうに言うが、ジグライドは首を振った。


「君の能力不足によるものではない、連中が捕まらぬようきちんと引いているのだ。意地を張らずにこちらに助けを求めてくれれば手っ取り早いが、それは連中の矜持が許さんのだろう。よって、そうせざるを得ない状況、つまり捕虜になるという言い訳を作ってやる必要がある」


 そこから、ジグライドは次の小競り合いが起きるであろう予想地点と、その際の詳細な戦力分布、立ち回りについてを細かく皆に指示した。基本的にはシドナが戦場に出て、捕縛の指揮を執る。状況が許せばリシアがその戦場に出ることも考えられていたが、原則、リシアはシドナが王城を離れる際の予備戦力という位置づけだった。


 作戦会議を終え、『紅蓮の間』から引き上げる前に、総司はジグライドに声を掛けた。


「ティナとリズーリはどうした? トバリはまあ、いねえんだろうが」

「ティナ様は逃げ延びてきたリック族のところを回っている。勝手のわからぬ王都の地、王女が巡回すれば彼らの緊張もいくらか緩和されるだろう。リズーリはそちらについてもらっている。あの女の飄々としたふるまいは私の好むところではないが、こういう状況下なら多少、ティナ様にとって救いになるだろう」

「……そういう名目で、遠ざけてるんだよな?」


 総司が聞くと、ジグライドは押し黙った。物言わぬ背中が、総司の言葉が図星であると告げている。


「本格的に大規模な戦いが始まりそうだから、事の中心からティナを遠ざけようとしてる。あんたの方針が間違ってるとは言わねえが……」

「君はまだティナ様を理解していないだけだ」


 ジグライドは首を振りながら言った。


「下手に情報を与えれば、あの御方は走り出してしまう。ケレネス鉱山へ君たちと共に行くぐらいのことは、最終的には許容できる範囲ではあったが……囚われていると思しきヴァイゼの指導者の元にまで走り出されては、今度こそ最悪の事態になりかねん。ティナ様の安全を考えての措置だ」


 ジグライドが肩越しに総司を振り向いた。


「王城の主はティナ様である、そこを曲げるつもりはないし、全てを隠すつもりもない。伝える時期と状況に気を遣っているだけだ。そもそもまだ予測の段階だしな」

「別にあんたの忠誠にまで口挟むつもりはねえよ。悪かったな、余計なことを言った。考えてみりゃ、捕虜に聞くってのも確実な方法ってわけでもねえし、そういうことなら、今はまだ秘密で良いのか……情報が固まってから伝えりゃ良い」

「私の言ったことを早速実践しているのは、向上心があって大変結構だ。ついでにもう一つ」


 ジグライドがピッと指を立てて、総司に質問を投げかける。


「トバリの所在だが。“確証を得る”方法が、ヴァイゼ族の捕縛しかないと思うかね?」

「……難易度高ぇよいきなり。リシアなら読めんのかな? 俺にはまだ無理だ」

「タユナの独自の連絡手段、あれほど斥候に向く力も他にあるまい」


 ジグライドは歩を進め、『紅蓮の間』の扉に手を掛けながら、総司に助言した。


「確実な方法とは言えない、その通りだ。無論、トバリを走らせるのも確実性に欠けるが、一つしか手を打たないよりは可能性を上げられる。アレがレナトゥーラと遭遇して挑みかかるような真似をすれば破綻してしまうが、いかに戦闘狂とは言えそこまで愚かではあるまい……ここまで読めれば満点だったな、引き続き練習しておくといい。今出来る備えをしよう、互いにな」


 










「捕らえなくてよろしいのですか?」

「いいよいいよ。トバリ様が来るのは予想外だったけど、バレるのは計算の内さ。それに相手はエメリフィムで一番強い女……今下手につついて君が傷つくのは避けたい」


 ヴァイゼの本拠地、その中央にある自分の拠点にて、カトレアの報告を受けたアルマが愉快そうに笑う。相変わらず、カトレアには正体のわからない、色とりどりの薬を鋭意調合中である。


 ヴァイゼの本拠地に対するトバリの侵入を、カトレアとディオウは確かに察知したが、その時には既に、トバリは一定の目的を達成していたようで、すぐさま逃げられてしまった。


 カトレアは追いかけようとしたが、アルマからストップがかかって、急いで彼女の元へ戻った次第だ。


「とはいえちょっと早すぎるから、ここに来るまでにてきとーな足止めぐらいはしても良かったか……いや、最近のトバリ様は信じられないぐらい理性的だし、下手に警戒を見せたら一旦引いちゃうか。ま、あの冷静さも長くは続かないと読んでるけどね。どっかで爆発するとは思う」

「王城に潜伏しているうちに、ジグライドだけでも排除するべきでしたか。あの男の差し金でしょう」

「いやぁ、わかる。でもそれしちゃうと、逆に動かしにくくなるんだよね。ティナが陣頭指揮まで執るともう何もかも読めなくなっちゃう。ジグライドだからこっちの予想がちゃんと意味を持つんだ、実は」


 フラスコが割れる。アルマはおや、と目を丸くして、魔法で汚れたテーブルを片付けながら肩を竦めた。


「情報を与えるつもりではいたけど、前線の連中を捕まえて聞き出すだろうと思ってたんだよね。であれば、“捕虜として差し出す”時期をこちらが決められる……けどハズレだ、まさかこの早さでトバリ様を動かしてくるとはね。手段を選ばないにしても即決が過ぎる。あの皮肉屋め、救世主の力が戻るのを待たずしてケリをつけるつもりだな、さては」

「……困りますね。こちらはまだ“十分ではない”」

「そうだね。加速させる必要がある。君の策を実行するのも大事だし、ちょっと予定を早めようか。怨嗟の炎をもっと燃え上がらせるために――――」


 不敵な笑みが浮かぶ。カトレアの背筋に悪寒が走る。


 静かな空間に、言いようのない狂気が充満していく。


 かつて共に戦った同僚たちを相手にしているのに、わずかの躊躇いもなく、アルマは淀みなく言った。


「炎にくべる薪が必要だ。ディオウに伝えてくれるかな。久々の出番だよ」










「何か隠していますよね、ジグライドは」


 総司とリシアは、『紅蓮の間』において行った作戦会議の後、“アンティノイア”における女神やアニムソルスの話を整理しつつ、自分たちに与えられた王城内の一室で食事を摂っていた。


 そこにふらりとティナが訪ねてきた。にこやかな笑みで自分の食料を持ってやってきた彼女を、総司もリシアも気楽に受け入れたが、その笑顔から繰り出された鋭い指摘には見事に虚を衝かれた。リシアは涼しい顔で受け流そうとしたが、総司があからさまにぎくりとしてしまった。


「やはり。彼は昔からそうでした。次の作戦のことでしょう」

「……んー、まあ……そんな感じ」


 総司が諦めて白状したが、ティナはふくれっ面である。


「二人には随分と信頼を寄せていますね、全く。もう十年来の付き合いだというのに私を差し置いて」


 わかりやすく拗ねている。総司は頭を掻いて言葉を探したが、掛ける言葉が見つからない。助けを求めるようにリシアを見た。


「作戦と呼ぶような仰々しいものではありません。規模も小さく、小細工じみたもの。ティナ様にお伺いを立てるほどの案件ではないとの判断でしょう。常のまつりごとにも通じると思いますが、あらゆる事柄の判断を最高権力者に委ねるのは非効率的です」


 ティナはしばらく胡乱な目でリシアを見つめ、流石のリシアも気まずくなって言葉に詰まったが、やがて、ティナはふっと笑った。


「ごめんなさい、困らせてしまいました」

「いえ、とんでもない……」

「わかっていますよ、彼なりに気を遣っていることは。彼は私をないがしろにしたことはありません。いつだってそう。私の意見がどんなに間違っていても一蹴したりしない……きちんと筋道立てて、どこがどう間違っているのか、何故私の意見に賛同できないか説いて、説得してくれるんです。けれどそれは、彼が私に期待していないということでもある」

「そんなことは……」


 ジグライドの総司に対する接し方は、総司に足りない部分を見抜いて、そこを補わせようとする、どこか教育者じみたものだった。


 そしてジグライドは、ティナに対してはそうではないのだ。総司から見れば、ジグライドがそのように振る舞う理由はつまるところ、ティナを正しく「上官」として見ているから。


 最高権力者の意見に対し、リスクを説いて、その手段を選ぶべきではないと意見具申する。総司に対する彼のふるまいと差が出ることは当然だ。ジグライドにとって総司は駒の一つであり、指導すべき未熟な戦士。


ティナは彼の上司にあたる権力者であると共に、必ず護らねばならない相手。ジグライド個人にとって、総司よりもティナの方が価値ある存在だからこそ生まれる差が、ティナに寂しい想いをさせているとは実に皮肉なことだ。皮肉屋な彼への報いとも言えるのかもしれないが。


 想いは、思う通りには伝わらない。或いは伝わって尚も、納得に至らぬもどかしいもの。


 じいっと空を見つめるティナの横顔を見つめ、総司はふと、その横顔が今は遠きルディラントの守護者に重なる幻影を見た。


「単刀直入に聞くけど」

「はい?」

「ティナは、ジグライドに惚れてるんだ?」


 総司が唐突に言った。ティナの顔が途端に真っ赤になった。リシアが目を丸くした。


「どど、どう、どうしてですか? 何故そのような? 一体何をどう見たら? 何故? そんな素振りがあったはずは……」

「年上の男に惚れる、年頃の女の子の顔に覚えがあってな。そっくりだったもんで。当たりらしいな」

「……ソウシはそういうの、鈍いと思ってました」

「そっち方面はな、実はリシアの方がよっぽど鈍いんだ。ほら見ろよこのびっくり顔」

「くっ……! その顔は実に腹立たしいが、全く気付いていなかった……!」

「……好きなヒトの期待に応えられないのは、辛いものです。父であれば、ジグライドに余計な心労を掛けることもなかった。父が倒れてからジグライドの負担が大きすぎる。少しでも私が背負えれば……」

「俺の目にはティナも十分背負い過ぎてるように見えるけどな」


 ティナの告白を遮るように、総司がハッキリと言った。


 ティナの純真無垢な恋心は、偉大なる先王への憧れと複雑に混ざり合って、過剰な焦燥に変貌している。ティナもまた父の背に憧れ、しかし父のようにはなれないと痛感しているが、エメリフィムの現状を顧みて、もしも自分が父のようであったならと焦ってしまっている。そこに年頃の恋心が加わって、自分が至らないせいで好きな相手が苦労していると考えてしまっているから余計に、焦燥に拍車が掛かる。


 何かしなければならないと。ジグライドのために何か出来ないかと。そしてきっと、ティナがそのように動こうとするほどに、実はジグライドの負担が増えるのだ。まっすぐな恋心が空回りしてしまうのだ。


「それがティナの本音なら多分逆効果だ。ティナが頑張るほど、ジグライドもますます頑張ろうとするぞ。背負わせるわけにはいかねえってな。あのヒトのためを思うならむしろ、肩肘張らずに気楽に任せてやった方が良い。どっしり構えてりゃ良いんじゃねえかな」

「ふふっ……ジグライドのこと、よくわかっているんですね」

「俺も結構好きなんだよ。ジグライドのこともティナのこともな」


 総司の言葉が、ティナに響いたかどうかは定かではないが。ティナは確かに、多少は気楽な笑みを見せた。


 そしてわずか一日後、翌日の夜を境に、恋する乙女の天使のような笑みを目にする機会は長らく失われることとなる――――


 ヴァイゼ族の本拠地まで斥候に出向いていたトバリが帰還するのと、ほとんど時を同じくして。


 前線で戦闘にあたり、ヴァイゼ族の戦闘員を捕縛する作戦に出ていたシドナが、片腕と両目を失った傷つき果てた姿で王城に戻ったことで、ティナの顔から長らく、永らく、笑顔が奪われることになる。


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