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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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怨嗟に沈むエメリフィム 第五話③ 獣との邂逅

「ジグライドお主、色男の癖に淑女の扱いはてんで不得手じゃな」

「人手不足だ、今は猫の手も借りたい。罪人の私室だ、遠慮なく漁れ」

「容赦がないな……」


 賢者アルマの私室は、地下の拠点とは別に王城内にきちんとあった。


 年頃の乙女の住まいとはとても思えないほど、飾り気の一つもなく魔道具に溢れ返った部屋である。用途不明のものも多く、アルマ以外にはその本質が理解できない、加工された金属も多数転がっている。


 ジグライドは、総司とリシアがシドナと共に出かけている間に、賢者アルマに関する情報を徹底的に調べ上げることにした。奔放なトバリを捕まえることは叶わなかったため、ついでとばかりリズーリを引きずって、賢者アルマの私室に踏み入ったのである。


「めぼしいものがあるとは思えんがな」


 リズーリがため息をつきながら言った。手はきちんと動かしているものの、その所作にはやる気が感じられない。無駄足だろうと予想しているためだ。


「周到な計画であったのじゃろ? あの子が手掛かりを残すような迂闊な真似をするとは思えん」

「……無論、核心に迫れるほどのものがあるとは思っておらんが、何もないと決めつけるのは早計だ」

「お主にしては楽観的じゃな」


 リズーリが意外そうに言った。ジグライドは皮肉げに笑みを浮かべる。


「君にはきちんと事の次第を報告しているはずだが」

「嫌味な言い方をするでない。さっさと考えを言え」

「失敬。アルマは確かに、何かしらの目的を持って王家からの離反を計画していた。これは間違いないがしかし――――“あの日あの瞬間”、本性をさらけ出すつもりはなかったはずだ」

「……何故じゃ? ソウシに害する策を起動させ、その効力を確かめる。あやつの目論見通りであろう」

「まさか」


 壁を埋め尽くさんばかりの書物を、本棚から乱暴に引っ張り出しては放り投げながら、ジグライドがきっぱりと言った。


「アリンティアス団長の話では、アルマはわざわざ“ヴァイゼの死体を操って”襲われているように見せた。アリンティアス団長が見事その猿芝居を看破したが故、アルマは本性をさらけ出す“しかなかった”」

「おぉ、なるほどの」


 リズーリが感心したように頷いた。


「全てを引き上げる暇はなかったかもしれんと」

「そうだ。あくまでもアレが操っていたヴァイゼの死体でイチノセに攻撃を仕掛け、イチノセの弱体の程度を図るのがあの日の計画だった。大筋はアルマの計画通りだろうが、細部ではアルマにとっても不測の事態が起きていると見える」


 戸棚という戸棚を相変わらず乱暴に開放しつつ、ジグライドが続けた。


「王城からの撤退準備自体は進めていただろうが、わずかでも――――ん?」


 特に施錠も施されていない、無骨な金属の箱を取り出し、ジグライドが怪訝そうな顔をする。


 箱に刻まれていたのは、「ジグライド」の文字。自分の名前が不意に出てきて、ジグライドは思わず手を止めたのである。


「わらわが開けようか」

「いや……特に魔力も感じられない。気遣い無用だ」


 躊躇いなく箱を開けると、そこには指輪が入っていた。銀色の非常にシンプルな指輪で、ジグライドにはよく似合いそうなアクセサリだ。


「……君の見立てでどうだ? 呪いの類が掛けられているか?」

「うぅむ?」


 リズーリはひょいと指輪を受け取って、じっくりと眺めた。


「いや、ない。単なる指輪じゃな」

「私に何か仕掛ける前だった、ということだろうな」

「……それはちとおかしな話じゃがな」

「何?」


 今度はジグライドがリズーリに聞く番だった。


「お主に対する何らかの仕掛け……そうじゃな、例えばお主を操り人形にするような魔法を込めるつもりだったとしてじゃ。 “魔法を施してから”誰に渡すものか印を付けるものではないか? 何故、何も仕掛けを施さん内からわざわざお主の名入りの箱に入れた?」


 ジグライドが動きを止め、リズーリの言葉を受けて考え込んだ。


「性質の異なる魔法を王家の主要な人物に、それぞれの立場に応じて仕掛けようとしたから名を入れて管理した……お主の考えはこうじゃろう? しかしそれでは辻褄が合わんように思うぞ。そもそも“他”がないではないか。ティナやシドナの名入りの箱が」

「……私さえ押さえればどうとでもなると踏んだ」

「であればわざわざお主の名入りの箱を作る意味があるまい。名を入れずとも、“他”と取り違える心配がない」


 リズーリの考えも一理あると思い、ジグライドはひとまず、金属の箱に指輪を戻した。


「押収しておこう。今後の情報次第で何かに繋がるかもしれん」

「……ふぅむ」

「……何か思い当たったなら共有してもらいたいものだが」

「いいや、取るに足りん、あり得ん想定じゃ。もうちっとわかりやすいものが出てこないものかのぉ。日記の一つでもあれば話は早いじゃろうに」

「流石にそこまで露骨なものは――――」


 デスクの一つ、引き出しをがらりと開けたジグライドが言葉を切った。


 ぱっと取り出したのは、背表紙がボロボロに劣化した小さな日記帳だった。


「……あった」

「おぉ、これはこれは」


 リズーリが嬉しそうにジグライドの傍に歩み寄り、二人で共に日記帳を開き、驚愕の目を見開く。


 日記帳のページは全て、現代のリスティリアでは使用されていない文字で埋め尽くされていた。それらは古代の文字であり、女神の領域と接続できた聖域において壁面に描かれていたりするもの。


 リズーリはその文字の羅列に不気味さを覚えた。リズーリ自身はその文字を読むことは出来ないが、形を見れば「同じ単語が延々と繰り返されている」ことが容易に見て取れるのである。


「……一体、何が――――」

「“怨嗟”」


 ジグライドがぽつりとつぶやく。


「読めるのか!?」

「ああ。一千年も昔の文字だ」

「何と……ん? 怨嗟。そう言えば……」

「イチノセに聞かれたことがある。“怨嗟の熱を喰らう獣”という言葉に聞き覚えがないかと」

「わらわもじゃ」

「……調べる必要がある」

「しかしどうやってじゃ? お主のこと、城にある書物など全て読み漁っておるじゃろ」

「私が目を通していない『記録』がある」


 日記帳のページをめくりながら、ジグライドが言った。


「先王の遺物だ。ティナ様に受け継がれた収集物の中に何かあるかもしれん。すぐに――――」


 一通り全て目を通しておこうと、日記帳の最後のページに辿り着いた時、ジグライドがまた言葉を切った。


 その目がすうっと細く、鋭く。


 最後のページに目いっぱい力を込めて刻み込まれた、背表紙ごと突き破りそうな筆圧で描かれた文字を見据える。


 リズーリの目にも、その単語だけが、それまでページいっぱいに羅列されていた単語とは文字の形が全く違うことがわかった。


「……トバリを何としてでも呼びつけてくれ、リズーリ」

「……どうした? お主、顔色が――――」

「急げ」


 日記帳をポケットにしまい込み、ジグライドが厳しい声で言う。


 彼には珍しい明らかな焦りの色があった。


「我らは思い違いをしているかもしれん……致命的に間違っていたのかもしれん。すぐにトバリをシドナ達の元へ――――呼び戻さなければ、手遅れになる」










 氷の柱が見るからに巨大になり始め、“アンティノイア”が険しさを増したと肌で感じ始めた、岩山の中腹で。


 総司たちは、女神の像が祀られた一種の祠のような場所に辿り着いた。


 刻まれた文字は現代のリスティリアの文字で、総司にも読むことが出来た。


『偉大なる王・アルフレッド』


「……墓標か?」

「先王の亡骸は王都にちゃんと帰ってきたわ」


 女神の像の傍らに跪く総司の隣に、シドナもそっと身を屈める。いくつか、祭事に使うような質素な供物――――アンティノイアの氷で作られたアクセサリの類が整然と並べられている。


「きっとデュリア族の皆が、先王様の偉業を称えるために作ってくれたのね……ここで没したアルフレッド様は、デュリア族にとっても恩人だもの」


 亡骸がそこにあるわけではないが、シドナは自然な所作で頭を下げていた。


「師匠は先代の時から側近だったんスか?」

「ねえ師匠やめて?」


 一日二日のこととはいえ武術の師であるシドナに総司が聞くと、シドナはちょっと顔を赤くした。王城内部ではジグライドと同等の地位とはいえ彼より年下、基本的には外に出て頑張る役目であるシドナは、下の者に慕われたり敬われたりということに慣れていない様子だ。


「私は先王様が亡くなる少し前に、ティナの側近として初めて王城に入ったわ。まさに氷魔竜スティーリアの脅威が知れ渡って、先王様の出陣が決まった頃よ。今にして思えば……先王様は予期しておられたのかもね。氷魔竜との対決が、自分の最後となるかもしれないと」


 氷に覆われた山は物寂しく、生命の気配を感じさせない。


 ヒトとそう多く違わないという他種族・デュリア族は、こんな場所で一体どのような生活を送っているのか。異文化の生活というものに、総司も興味が湧かないわけではないが。


 しかし今は、差し迫った問題がある。


 現在の総司の能力は、アルマの何らかの策によって大幅に弱体化させられている。


 だが、自分自身のことだからこそ掴んだ感覚がある。


 リシアの読みは一部間違っていた。総司が封じられているのは「女神の魔力」、「女神から与えられた権能」。


 総司にとっては大きな強みの一つである、魔法に対する感覚の鋭敏性は、リシアの見立てとは違って、そこまで大幅に損なわれてはいない。完全ではないが、「戦闘力」に比べればかなりマシと言える。


 その感覚が、アンティノイアの領域に踏み入ってからずっと総司に警鐘を鳴らしている。


「“ジラルディウス”だ、リシア」


 シドナの先導で、「デュリア族の生活拠点がある場所」を目指しながら。


 氷の足元を踏みしめ、一歩一歩着実に、軽い荷物を背負いながら歩を進める道中。


 総司は張りつめた顔でリシアに警告した。氷に覆われながら極寒でなく、雪も降りしきらぬ不思議な場所で、総司とリシアを一瞬の静寂が包み込む。


 総司はもう気付いていた。


 総司だけが気付けるものだった。


 魔力の気配に鋭敏という彼の特性もそうだが、それだけではない。


 彼だけが、この気配を“知っている”からだ。


 びりびりと、魔力の大部分が削がれているにもかかわらず、総司の横顔にはにわかに歴戦の気配を帯びた、形容しがたい気迫が焼き付いている。


 普段ももちろんではあるが、ましてやこの状態の彼を、リシアが疑うべくもない。既にレヴァンクロスは抜き放ち、リシアの目もまた気迫を帯びる。


「今ここで“アレ”とやり合えるとすりゃあお前しかいねえ――――悪いが、頼んだぞ」

「任せておけ」

「うし――――お許しください師匠ォ!!」


 総司が全力で駆け出し、前を歩くシドナに背後からタックルをかました。


「うえっ、ちょ、なにっ――――」


 流石の身のこなしと反応速度、シドナは総司のタックルをかわしきれこそしないものの、抱き着かれた状態でも体をひねり、見事な受け身を取る。


 その直後。


 踏みしめていた氷の大地を、シドナがさっきまで立っていた氷の地面を、巨大な「かぎづめ」が突き破った。


「はっ……?」


 爪で砕いた氷、ぽっかりと開いた巨大な穴から、深い青色の体躯と白い体毛の「竜」がぬっと首を突き出してきた。


 総司もリシアも見たことがない魔獣だったが、シドナはその存在を知っている。


 目が縦に二列、三つずつ並ぶ独特な顔の竜。「冷気」こそまとっていないが、それは紛れもなく――――


「氷魔竜……!? 何で!?」


 のそりと上半身だけ姿を現した氷魔竜“スティーリア”の眼差しには生気がない。上半身だけが氷から突き出た姿でも、ブライディルガの倍はある巨体。


 数百年を生きた聡明なる竜、四年前、先王によって討伐されたはずの「邪竜」と成り果てた存在である。


 氷魔竜はヒトには理解しがたい独特の「冷気」を纏い、物理法則を無視した不可思議な氷を周囲に創り出す――――本来であれば。


 だが、今目の前に現れた竜が纏うのは、冷気ではない。


 その代わりに目や体に開いた「穴」、恐らくは先王との戦いで受けた傷跡から、見覚えのある蒼い炎を噴き上げている。


 うつろな目が総司とシドナを捕らえ、上体だけで腕を振りかぶった。有無を言わせぬ第二撃をかわそうと、シドナがさっと態勢を整えたところで――――


 その頭蓋に、脳天に、天空から飛来したリシアがレヴァンクロスを突き立てる。抵抗を許さず回避も許さぬ神速にして無双の一撃。氷魔竜の顎が氷の大地にゴン、と叩きつけられ、串刺しにされたような格好で倒れ伏す。


 光機の天翼を纏い、すぐさま攻撃に転じたリシアが、逃さず完璧に仕留めた。


「すっご……一撃……!」

「そりゃあ単なる“死体”でしょうからね。先王様がやり合ったのとは比較にならんでしょう」

「え……?」


 リシアがレヴァンクロスを引き抜いて、ヒュン、と軽やかに飛んで距離を取る。


 氷魔竜の体が再びごうごうと蒼い炎を噴き上げ始めた。総司が感じ取った、「覚えのある」禍々しい魔力だ。


 炎は氷魔竜の頭上にじわじわと集まり始め――――やがて、ヒトの形を作り始める。


 二メートルはある、「ヒト」としてみれば巨大な体躯だがしかし、無骨ではない。しなやかで、ありていに言えばグラマラスな女性の体を、蒼い炎がゆっくりと形成する。


 青白い肌がまるで立体映像の如く可視化され、続けて種類の違う獣の毛皮をつぎはぎしたような、何とも言い難いセンスの「ドレス」を形作る。


 青白い肌に似合わぬ、乾ききった血のような深い赤の長髪。ドラゴンの牙をそのまま頭につけたかのような髪飾り。鋭い目つきに楽しげな笑みを浮かべつ口元。まぎれもなく女性体。


 顕現せしは――――


「ハハハハハ! ようやりおる小娘、褒めて遣わす! だが貴様ではないな、この香り!」


 かつて「ゼルレインの陣営」として、「ロアダークの陣営」と戦った、しかしヴィスーク曰く“とても世界を救わんとする側には見えない”存在。


「久しい香り、憎たらしい匂いだ! 貴様を殺したくて殺したくてこの千年、一睡もできておらんわ莫迦者め! あぁ全く、会えて嬉し――――ん? おや?」


 “消えぬ怨嗟の蒼炎”の主。


 “怨嗟の熱を喰らう獣”。泡沫のネヴィーがその目覚めを警戒し総司に警告した、“世界の敵”。千年前、大賢者レナトリアが使役したとされる、精霊をヒトの形に落とし込んだ“獣”。


「……おぉ、おや、おや。ヒト違いか? ヒトの顔は見分けがつきにくくて敵わんな。精悍なる男児よ、よい、許す。近う寄れ。顔を良く見せよ」


 禁忌の『召喚獣』、“レナトゥーラ”である。


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