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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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怨嗟に沈むエメリフィム 第五話② 同じ名前、異なる意味

  王都フィルスタルよりはるか北東、兵士たちの足で三日三晩かかる遠方に、“アンティノイアの頂”と呼ばれる聖地が存在する。


 氷に包まれた「角」のような刺々しい山々と、その山肌に点在する太古の遺跡から成るアンティノイアは、エメリフィムにおける秘境である。


 岩肌と氷で構成されたその地には、不思議なことに「雪」がない。肌寒さはあれど、極寒の地というほどの気候でもない。自然の摂理に反して原形をとどめる氷の大地が、場所そのものの異常性を見せつけている。


 刺々しくまるで塔のように聳え立つ氷の柱が、不規則に見えつつもどこか規則正しく連なる広大なアンティノイアの端っこに辿り着き、総司はほうっと息を漏らした。


「壮観だな、こりゃ……」


 幻想的な光景は、リスティリアに来て初めて心奪われた、レブレーベントの霊峰イステリオスに勝るとも劣らない。雪山を踏破するような重装備でなくとも十分耐えられるぐらいには気候が安定しているのに、周囲の氷は微塵も解ける気配を見せず、触れてみればすぐさま凍傷になりそうなほどに冷たい。


「一番前を行くなと言うのに!」

「いたぁい!」


 後ろから追いついたリシアに後頭部を殴られて、総司がズテンと氷の上に倒れた。


「今のお前は『無敵』ではないんだ、自覚しろ! 私より前を歩くんじゃない!」

「だってよ……」


 言い訳をしようとした総司だったが、リシアの鬼の形相にぶつかってシュン、と勢いを留めた。


「まあまあ、ソウシの気持ちもわかるよ。私たちエメリフィムの民も、滅多に来るところじゃないしね」


 シドナが笑いながら追いついてきて、陽気に言った。


「氷の頂“アンティノイア”……先王様が倒れた因縁の土地にして、伝説の地……でも」


 氷の柱が幾重にも繋がり、さながら「氷の森」の如く視界を惑わす空間に目を走らせて、シドナがふと笑みを消した。


「連中の姿が見えない。見張りの一人もいないなんて」


 “アンティノイアの頂”。


 この場所の説明は、出立前にティナ王女より直々に受けた。









「“アンティノイア”は、我が父が氷魔竜スティーリアと相討ちとなった場所です」

「はっ……?」


 『紅蓮の間』にて、今後の動きを確認することとなった面々。


 ティナがふと話し出した“アンティノイア”なる神秘の場所の話の中に、総司とリシアにとっては聞き慣れた単語が、聞き慣れない名詞として飛び出したことで、総司は目を丸くした。リシアもぱっと立ち上がって、驚愕の眼差しでティナを見ている。


「え……ど、どうしました? 何かおかしなことを……?」

「スティーリア……? その名前、確かなのか……?」

「ティナ様にとっては父君の仇の名だ、間違えようはずもあるまい」


 ジグライドが目を細めて、総司とリシアをじっと見据えた。ジグライドにとっては既に信を置く二人である。二人の様子の変化が何を意味するのかと観察しているようだ。


「“スティーリア”は……いえ、その竜の名というわけではないのですが、我々にとってもなじみ深い単語でして」


 戸惑いを隠すように、リシアが簡単に弁明した。ティナはきょとんとして、


「単語に馴染み、ですか……二人は『氷柱』に何か縁でも?」

「氷柱?」


 ますます訳がわからなくなり、総司がそのまま聞き返した。ティナも、総司の動揺にあてられたのか、何故か彼女までわたわたと焦り始めた。


「え? 違うのですか? 父の話では……幼い頃の話で朧気ですが、スティーリアとは『氷柱』を意味する言葉であると聞き及んでいるのですが」

「……私も初耳ですな」


 ジグライドがティナに聞いた。


「どこかの異種族の言葉でしょうか」

「ええっと……ら、ラティー語? でしたっけ?」

「でしたっけと聞かれましても」


 ジグライドが苦笑して肩を竦めた。ティナは気恥ずかしそうに顔を赤くしてジグライドを睨んだが、それ以上彼には何も言わず総司たちに向き直った。


「ま、まあ、その話はひとまず置いておきましょう。氷魔竜スティーリアは数百年の昔から“アンティノイアの頂”に住まう魔獣であり、非常に温厚で聡明な存在でしたが、四年前、突如として狂ったように暴れだしたのです」


 温厚で聡明な性格の魔獣が、狂気的な暴力性を獲得する。ティナが口にしたわずかな情報だけで、総司もリシアも容易く思い当たった。


「“活性化”……!」

「ほう、魔獣が急に凶暴性を帯びることを、君らはそう呼ぶのか」

「ええ、レブレーベントではそのように」

「……各国で同じことが起きているなら、そこには再現性があると見える。どこまで把握している?」


 総司に代わってリシアが、レブレーベントで得られた“魔獣の活性化”のメカニズムに関する知識を話した。まさに活性化の力の源泉を掌握していたアレインによる、信憑性の高いものである。ジグライドは興味深そうにうなずきながら、リシアの話に聞き入った。


「……チッ。こんなことでまでアルマの手のひらの上でしたな」

「ええ、残念なことです」


 リシアの話を聞き終えたジグライドが忌々しげに言い、ティナが険しい顔つきでその言葉に賛同する。


「どういうことだ?」

「君らの言う“悪しき者の力の残滓”……黒い結晶だ。エメリフィムで確認されたそれらは全て“アルマの手の中にある”。奴の『自分が力を封じ込めた』という言葉を信じて、彼女にその管理と調査の一切を任せていた」

「……あんたにしちゃ抜けてる気もするな。まあ、ここまではっきり裏切られるまで、アイツを信頼してはいたんだろうが」

「それなりに権限については、反感を買わぬ程度には制限していたが、立場上は同等なものでな。あの黒い結晶の正体など、少なくとも私には看破出来なかったが故……重要視していたわけではなかった。君の言う通り、私の落ち度と言われれば反論はない」

「ワリィ、責めるつもりじゃねえんだ」

「構わん。……しかし信じがたいことだな」


 ジグライドはどこか感心したように言った。


「君らの話によれば、君らの主君であるアレイン王女殿下は、氷魔竜ですら取り込まれ暴走した“力の残滓”とやらを制御下に置き、あまつさえ利用したと……数百年を生きる魔獣の器すら超越するか。ますます興味が湧いたよ。不謹慎なことだが、事が落ち着いたら是非会ってみたいものだ」


 元々、ジグライドはアレインに対して関心を抱いていたが、新たな事実の発覚に更なる興味を隠し切れない様子だ。


 そんなジグライドを尻目に、ティナが、ぎゅっと拳を握り固めている。


 今この時に至って、というわけではない。アルマが裏切った時点で、ティナの中でも確信めいた疑念だったが――――可能性の一つに思い当たり、激情を押し殺しているのだ。


 その可能性についてはリシアも既に思い当たっている。ジグライドの話を聞いた時点で、リシアとしては疑念と言うより確信に近い。


「……四年前、その氷魔竜との対決に、アルマも付いていったはずですね」

「アリンティアス団長、今は」

「良いのです」


 リシアが思い当たる可能性に、当然ジグライドも至る。


 賢者アルマは、良質な“力の残滓”を手に入れるために氷魔竜の討伐に同行した。となれば、もしや。


 先王アルフレッドと氷魔竜スティーリアの激突の折、彼女は果たして本気で先王を護ろうと力を尽くしたのかどうか。王家をいずれ裏切る計画が、その頃既に立案されていたのであれば、強き王であったアルフレッドはアルマにとって邪魔な存在だったはずだ。


 ジグライドが、アルマが明確に裏切る前、総司とリシアに対して「アルマへの疑念」をティナに言わないよう釘を刺したのも、この可能性に既に思い至っていたからだ。


 国の情勢が不安定でティナに余裕もない中で、アルマが先王の仇であるという可能性までティナに知らせたくなかった。ひとえにジグライドの優しさだったが、それは最悪の形で裏切られてしまう運びとなった。


「アルマの余罪はまだまだ出てきそうですから。現段階で一つ一つつぶさに検証していく暇もない。話を進めましょう」


 相変わらず、強い。総司はティナに尊敬の念を抱かずにはいられなかった。


 最初から強いわけではなく、ぶつけようのない怒りも今、まさに胸の内に抱えているだろうに、それを押し殺せる。最初から冷徹で冷静な人格である場合よりも、よほど精神的な強さが必要だ。


「“アンティノイア”で父と氷魔竜が激突した結果、地形の一部が変わっています。地図はありますが、その決戦以降書き直されたものではないので、過信してはなりません」

「了解」

「地図上におけるこの場所が、二人に行ってもらう場所です。かねてより“アンティノイア”を守護してきた“デュリア”族の村と、アンティノイアの遺跡があります。デュリア族は王家と敵対的な関係性ではないのですが、現在はヴァイゼ族によって押さえられてしまっているでしょう」

「見た目はヒト族と相違ない――――というより、ほぼヒトだな」


 ジグライドがティナの説明に補足した。


「ただ、彼らは女神に対する崇拝の念が、通常のリスティリアの民と比べても異常に強い。女神教の信者とはまた異質のものでな……アンティノイアは『かつて女神が降臨した』という伝説の残る地で、彼らはその地を護ることに誇りを持っている。故にこそ、暴走する氷魔竜を討伐した先王に対しては感謝してくれているようだが……少数民族だ。ヴァイゼが本気で押さえに掛かれば、ひとたまりもあるまい」

「ってことは、まずはそのデュリア族を助け出すことが先決なんだな」

「状況が一切わかりませんので、その確認からですね」


 道のりやアンティノイア遺跡の特徴を一通り説明し終えた後、ティナはきゅっと表情を引き締めた。


「どうか、お気をつけて。アルマが最初から――――四年前よりもずっと前から、この裏切りと目的不明の暴走を画策していたのだとしたら、彼女の手札は私やジグライドが知っている限りだけではない……特にソウシは今、とても弱っている状態です。自分の状況を決して忘れず、とにかく自分の命を最優先に」

「ま、出たとこ勝負だ、だろ?」

「危険はあるが、かといってこの城に閉じこもって事態の好転を待つわけにもいかん」


 リシアが真剣な顔で頷いた。


「時が経つほど事態はきっと悪化する――――お前をここに置いて私だけが向かうという手もあるが、恐らく……」

「ああ、多分意味がねえよ」


 女神の奇跡の伝説が残る土地、つまるところ、エメリフィムにおける“聖域”である可能性。“レヴァンフォーゼル”に本来の力を取り戻させるという最優先課題には総司の魔力も不可欠だろうし、レヴァンチェスカと再び邂逅できる可能性も考えれば、総司が自分の足で向かう以外に手はない。少なくとも総司の決意は固く、そうである以上、リシアは彼を全力で護るだけである。


「頼りにしてるぜ、リシア」

「お前が私の言うことをちゃんと聞く限りはな。いつもの無茶は通せない。肝に銘じておけよ」


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