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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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怨嗟に沈むエメリフィム 第五話① わずかな希望を繋ぐ同盟

 ケレネス鉱山から、数十人のリック族が王都まで逃げてきたのは、それから二日後のことだった。


 ヴァイゼ族による武力侵攻がケレネスの付近にまで届き、彼らの集落が瞬く間に制圧されてしまったためだ。


 王軍から派兵された兵士たちが、聖櫃の森で逃げてきたリック族たちを救出し、王都の一部に彼らのための住居が設けられた。


 捕まった者もいたようだが、少なくとも虐殺までは行われていなかった。王都へ逃げてきた者もいれば、他の種族の集落に逃げ延びた者もいるという。ジグライドの命により、それらの種族とは兵士が奔走して連携を取ることとなった。近く、王都周辺に集落を設けて、王家に従う者たちを集める予定だとはジグライドの弁だ。


 王家と対立的ではあったが、直接的な武力衝突は散発的だったヴァイゼ族。突然他の種族の領域まで「侵攻」し始めた彼らの挙動に、他種族も動揺を隠せず、その混乱はエメリフィム全土に広がっている。


「リシアの読み通り、ケレネスが迅速に抑えられてしまいましたね」


 『紅蓮の間』にて、ティナが国内の地図を見ながら言う。


 リック族の元へすぐに兵を出した方が良いと、ジグライドに進言したのはリシアだった。細かい話は抜きにして、ジグライドはすぐにその助言に従って部隊を編成しなおしたのだが、間に合わなかったということになる。


「リシアには、どうしてその考えに至ったのか聞いていますか?」

「ええ」


 ジグライドは、リシアに聞かされた考えをティナにも話して聞かせた。今この場にリシアはいない。突如として著しく「弱体化」してしまった総司が、それでもじっとしていないので、彼にひとまずは付いているところである。総司は何やらシドナと話があるようだった。


 紅蓮の間には、ティナ、ジグライドがいるのみ。トバリは王都にはいるだろうが相変わらずどこにいるやらわからない。リズーリはタユナの屋敷にて、タユナの里に残してきた一族の者たちと連絡を取り合っているところだった。


 ティナはリシアの考え、つまりはアルマの策略の根幹となるであろう、「ケレネス鉱山に打ち込まれた建造物」に関する疑念を聞き、納得したように頷いた。


「……よくぞ、この緊急事態の中でそれだけの思考を……」


 “ケレネス鉱山に打ち込まれた不可思議な物体がソウシの不調と関係しているならば、アルマの本性が割れた今、そこが抑えられる可能性は高い”。


 リシアの読みはあたり、ケレネス鉱山はヴァイゼ族によって制圧された。


 賢者アルマが「直接的にヴァイゼ族を支配している」かどうかは定かではない。対話の場が設けられていない以上、今のヴァイゼ族の内情を完全に把握している者は、王家の陣営にはいない。


 しかし、この動きは賢者アルマの動向と符合している。ヴァイゼ族の行動にはどんな形かはさておき、賢者アルマの意志が介在している。


 もしかするとこの四年間、ティナやジグライドがヴァイゼ族主導だとばかり思いこんでいた「王家の敵対勢力」は、賢者アルマの手の者でしかなかったのかもしれない。


「彼女はもう一つ考えがあるようです」


 ジグライドは、広げられた地図に、ケレネス鉱山も含めて四つの印を付けた。


「ヴァイゼ族がここ最近、ケレネス鉱山を抑えるまでに、勢力を強めて制圧した場所が他に三つあります。アリンティアス団長の読みでは、この三つとも、目的はケレネス鉱山と同じだと」

「……“杭のような建造物”」


 ティナはじっと、地図上の印を見つめた。


「ソウシの不調の原因――――アルマの魔法、女神の騎士を封じる何らかの妨害の起点」

「断定はできませんが」


 そこまで言って、ティナはふーっと大きく息をついた。


「……アルマが裏切ることを、どこかで想定しておられたのでしょう」


 そんなティナの様子を見て、ジグライドが見透かしたように言う。ティナはふっと笑って、最も信頼する側近の顔を見つめ返した。


「あなただって。違いますか?」


 二人以外に誰もいない『紅蓮の間』である。ジグライドはしばらく逡巡したのち、手近な椅子の一つに腰かけ、肩の力を抜いて、言った。


「裏切りとまでは。しかし、あの子は“王家の護り手”としてよりも、“魔法使い”としての意志を優先するであろうことは前々から」

「そうですね……悪い子ではなくて。ただ、根本的に考え方の根幹にあるものが違うだけ……それが証拠に、王都フィルスタルの結界は、未だ強固なままです」


 賢者アルマは、王家に対し特別の害意があるとは言い切れない。それもリシアの読みだった。


 王都フィルスタルを包む結界は未だに万全であり、賢者アルマに指示されて、或いは誘導されてケレネス鉱山を含む四つの地点を制圧したヴァイゼ族も、王家に攻め入る姿勢を見せているわけではない。


 結界がなければ王都フィルスタルの防衛戦が展開されている可能性もあった。ティナはその事実が、アルマの善性、或いは王家に対するわずかな忠誠心から来るものだと思っている。


 当然、ジグライドは違う。“それすらも何らかの狙いがある”と見ている。今、王家とヴァイゼが全戦力を投入して激突する事態になるのを、アルマは「今はまだ」避けたいのだろうと。


「……ソウシとリシアは」


 椅子の背に体重を預け、ティナは語る。


「きっとあのような状態でも、“レヴァンフォーゼル”の修復に向けて動くのでしょう」

「……ええ。イチノセは今、シドナに短剣の扱い方を教わっているようです」

「彼が背負うあの剣では、今の彼には重すぎるからですね」


 女神の騎士としての圧倒的な身体能力と、破格の魔力量が総司の強さの根幹であり、リバース・オーダーはそれを前提として総司に与えられた武装だ。女神レヴァンチェスカも、総司をこの世界に呼びつけた直後に剣を渡すことはせず、彼を十分鍛えてから与えた。


 著しく弱体化した今の総司では、あの巨剣を扱いきれない。持ち上げることは出来ても、あの剣で戦うというのは不可能だ。


 双剣の使い手で身軽な戦士であるシドナは、総司が教えを請うのに最適な人材だった。


「リシアも凄いし、ソウシも凄い……歩みを止めることを知らない。トバリの執着を見ればソウシの強さは明らかでした。それを失っても、前を向くことしかしない……」


 ティナはしばらく、椅子に座ったまま目を閉じて、じいっと何かを考えていた。


 やがて、彼女の目がかっと見開かれる。


 感傷に浸ることもあれば、己の弱さに嫌気が差すこともある。しかしそれでも、ティナも「彼らと同じ」人種であることを、ジグライドは知っている。


 前を向くことをやめないのは、どうやらティナ・エメリフィムの専売特許ではなかったにせよ――――


 それが出来る強さを、ティナも間違いなく持っているのだと。


「ヴァイゼ族と対話の場を設けます。今一度、彼らと対話を」

「畏まりました。方法はこちらで?」


 ティナの出した結論に、ジグライドはすぐに頷いた。ジグライドの質問には、ティナがすぐさま首を振る。


「いいえ、私から。“アンティノイアの頂”を制圧したヴァイゼ族たちと接触を試みます」

「なるほど」


 ジグライドはまた頷いた。


「シドナに加えてアリンティアス団長とトバリに同行を依頼し、イチノセをそこへ行かせるということですね。“女神の奇跡”の伝説が残るアンティノイアに」

「はい。“レヴァンフォーゼル”の修復のためにはあの場所が必須と思われます。うまくいけば、ヴァイゼ族との交渉に加えて彼らの目的も果たせる」


 ティナの眼差しは強く、ジグライドの眼差しは凛と清涼そのものだった。


「アレイン王女との約束は果たさねばなりません。それは“レヴァンフォーゼル”を復活させることに留まらない。エメリフィム王家の魔法使いが女神の騎士を追い込んでしまったのならば、その責任はひとえに私にある。例の“杭”の所在も確認する必要があります。リシアの読みが正しいかどうかを」

「……仰せのままに」









「うん、まあ、多少はマシになったね」

「ありがてえが……こんだけボロ負けしてるとな……」


 軽くしなやかな短剣の使い方を教わっていた――――はずが、いつの間にか「体術」を教わっていた。


 シドナは肉弾戦において異常なまでに強く、総司はシドナよりもずっと体格がいいにも関わらず何度も投げ飛ばされ、蹴り飛ばされ、全く敵わなかった。


 腕力では、大きく力を削がれていても総司が上だ。しかし何の役にも立たない。総司は元いた世界の授業で多少は触れ合った「柔道」を思い起こしたものの、やはりそれとも種類の違う独特の武芸。威力と軽やかさを両取りしたような体術だった。


 日本の武道は確かに、昔は「戦う」ため、或いは「身を護る」ための実践的な技に違いなかっただろうが、総司の時代にしてみれば「武道」であり、ある種の「芸」、またはスポーツである。


 シドナが使っているのはまさしく「戦い」のための道具。差し迫る命の危機から自分や大切なヒトを護るためのものであり、戦闘能力を買われて王女の側近となっているシドナにしてみれば生命線そのものだ。


「そりゃそうでしょ。でも付け焼刃でも何もしないよりはずっといいんじゃない? 肩の調子も良いみたいだしね」


 二人が組み手にいそしんでいる間、リシアはじっと総司を観察していた。総司としても彼女の視線は気になったものの、特に何も言わなかった。


 総司の“女神の騎士”としての特権を封じたアルマの策。リシアは既に、リック族の少年が齎した情報にあった、“杭のような建造物”にあたりを付けている。


 ジグライドから伝えられた情報も併せて考えれば、合計四つの“建造物”が作用し、総司の力が無力化されているのだと推測できる。リシアは一区切りついた総司の元へ歩み寄った。シドナは気を利かせて、そっとその場から離れて姿を消した。


「――――もう少し落ち込むかと思ったが、杞憂だったな」


 リシアが前置き代わりに言うと、総司はフン、と鼻を鳴らした。


「とんでもなくヤバい状況だってのはわかってるよ。けど、だからって頭抱えてても状況はよくならねえだろ。アルマかカトレアかの目的が俺にあるんだったら、この先どうあがいてもぶつかるんだ。そん時何も出来ねえじゃ話にならねえ」

「私もいるんだ。そう気負うな」


 リシアは地面にあぐらを掻く総司の傍らに跪いて、自分の考えを話した。


「カトレアとディオウをぶつけたのはアルマだ。“女神さまから与えられた力”を引き出すことが目的だったのだろう」

「まんまと策にはまったわけか」

「お前の力そのものを正確に分析することで、奴の策は一つの完成を見た。体が重いと言っていたな。今もか?」

「ああ。ずっしろなんかこう……俺の周りの空間にずーっと押さえつけられてる感じなんだよな」


 総司は不愉快そうに肩を回す。一挙手一投足に重みを感じる不愉快さは筆舌に尽くしがたい。


「アルマは『陣地』を形成して高位の魔法を操る魔法使いだと聞いた。恐らく、エメリフィム全土で、お前の力は著しく制限される。当然、一日二日で準備できるようなものでもないし、これは周到に計画されていた事態だろう」

「“契約”だとか言ってたな」

「カトレアだろうな」


 やはりあの時、ギルファウス大霊廟で仕留めておくべきだった。レヴァンチェスカの横やりさえなければ、カトレアの企みは頓挫していただろうに。


 とはいえ、レヴァンチェスカとの邂逅も、総司にとっては必要なことだったとも考えられる。今更あの時のことを悔やんでいても事態は好転しない。


「次にアルマが打つ手を読むためには、アルマの目的そのものを見切る必要がある」

「でもそれは“レナトゥーラ”の召喚だろ?」

「いや、恐らくそれは“手段”だ。“目的”は別にある」


 どこかで聞いたことのあるセリフだった。そのセリフの主をもちろんよく覚えている総司は自然と、表情を引き締めた。


「カトレアとの契約とはいっても、アルマの側にも利がなければこんなに危うい策を弄するとはとても思えん。失敗すればアルマの企みは二日前に終わっていたのだからな。つまり、お前という戦力を削ぐことは、アルマにとっても有益――――というよりは不可欠だったと考えるべきだ」

「……俺が“レナトゥーラ”と万全の状態でやり合うってのを避けたかった」

「そう……もう一歩踏み込まなければならないようだ。アルマが“レナトゥーラ”を使って“何をしようとしているのか”。ここを読み切らなければ、我々はアルマに対し後手に回るばかりになる」

「……なら地下だな。アルマの拠点だ」

「お前が回復するまでの間に、既に入ってみたが」


 リシアが首を振る。


「残念ながら私の目には“何もなかった”。私も魔法の痕跡を追うことに長けているわけではない……オーランドであれば何かしら見つけられたのかもしれんがな、賢者アルマが本気で何かを隠そうと思えば、私に突破できるとも思えん。万全な状態のお前ならば、私が感じ取れないものを感じ取ることが出来るかもしれんが、今のお前では厳しいだろうな」

「ハッキリ言うじゃねえか」


 総司が苦笑すると、リシアもふっと笑った。


「気を遣ってどうにかなる問題でもあるまい。ないものはない。そのうえでどうするのが最善か考えることが重要だ」

「違いねえ。助かるよ、お前がいてくれて……何か手はねえのかな」

「知る必要がある。アルマに関する全てのこと――――エメリフィム王家の周囲のあらゆる情報をかき集め、アルマの目的を看破する。だが、我々だけでそれをする必要はない。辿るべき道筋を大幅に短縮する方法はある」

「ッ……ジグライドか!」

「恐らく彼もわかっているはずだ。この先のエメリフィム、その平和を目指すうえで、アルマとの対決は避けて通れない道だとな」

「無論、その通りだ」


 ジグライドが、訓練場にふと姿を現し、リシアの言葉に答えた。


「……ワリィな、期待に応えられなかった」


 総司は大けがを負って王城に戻ってから、初めてジグライドと言葉を交わす。ジグライドはフン、と下らなさそうに首を振った。


「むしろ、賢者アルマが本気で潰そうとして、それでもなお潰しきれない君のしぶとさに感心しているところだ。本気になったアルマだけはどうにもできん――――そんなことは私の方がよく知っている」


 ジグライドは二人の元に歩み寄ると、自分もどさっと地べたに腰を下ろした。王女の側近であり王城内の最高権力者に近い立ち位置の彼だが、もともとは軍属の兵士である。泥臭い井戸端会議も抵抗がないようだ。


「さて、この場の話は一から十まで他言無用で頼みたい」

「もちろんだ」


 総司がすぐに頷いて居住まいを正す。リシアも真剣な表情でジグライドを見た。


「まず……賢者アルマが裏切った今、アレを敵とみなすしかないわけだが……現状の王家としては白旗を振る以外にない。さっき言った通り、今の王城にアレと渡り合える魔法使いなどおらん。もしもアルマが王家の降伏と服従を望んできたとしたら、ティナ様の命の保証と引き換えにその要求を飲むしかない。当然、命の保証がされぬというなら、ティナ様だけは他国へ逃がすため徹底抗戦し、然る後に軍は壊滅する。これが包み隠さぬエメリフィムの現状だ」


 とても、他の兵士や王家を慕う民たちには聞かせられない内容だった。しかしジグライドが述べたことは事実だ。


 賢者アルマはたった一人で四年もの間――――ヴァイゼ族が全てアルマの傀儡でなかったと仮定してだが、王家の敵対勢力を押さえつけてきた時代の傑物である。


「エメリフィムの王軍は数も多く、質も高く、今はヴァイゼ族との決戦や裏切り者アルマとの対決に備え士気も高まっている。ヴァイゼ族と戦争になっても、そうやすやすと押し込まれはしないと見ているが……アルマは、別格だ。アレは凡人が数を揃えたところでどうにもならん。そういう次元の魔法使いだ」


 ジグライドは王女の側近であり、城の事実上のトップでもある。故に、王城が有する戦力についても十分把握している。


 その彼が言うのだから、賢者アルマの脅威性はそれだけすさまじいということだ。


「以上を踏まえて、アリンティアス団長にお願い申し上げる。もしもの折はレブレーベントにてティナ様を受け入れてもらえないか、アレイン王女殿下に……そしてエイレーン女王陛下に、何とか打診していただけないか。ローグタリアとも最近は連絡を取り合えていないものでな。君らとの縁を頼みにしたい」

「……一筆書く程度のこと造作もないし、レブレーベント王家はむげにはなさらないだろうが、しかしジグライド殿……」

「無論、“もしも”の話だ。打てる手を打っておきたいのだよ」


 ジグライドは話を続けた。


「君らが話していた通り、まずはアルマの狙いを掴むこと。何の要求もない今、まだ動きようはあると見ている。しかし述べた通り戦力差は明白で、何か動くにしても力が足りん」

「……つまり、この前と同じだな」


 総司がにやりと笑った。


「この先も手を組もうぜってことだろ」

「そうだ。アリンティアス団長の戦力的価値はもちろんのこと、君の本来の実力も疑ってはおらん。その力を取り戻し、尚且つ君らが王家に助力してくれるのであれば、アルマと我々の戦力差を埋められる。見返りは……既に差し出した“レヴァンフォーゼル”以外に、何か望みはないか? 私に用意できるものならば何でも用立てる」

「なら路銀だ。ローグタリアまでの駄賃をくれ。アレ? 前にも同じようなこと言ったっけ?」

「……リズーリの言っていた通り、君はお人よしだな。君の旅路とは関係のない我が国のために命を賭けてほしいと言っているんだぞ」


 ジグライドの言葉が、わずかに厳しさを帯びた。


「私が君にこうして頼むことすら、咎められるべき行いだ。それを承知の上で、私は女神の騎士の旅を邪魔してでも、我が祖国を護りたいと願っている。だからいくらでも頭を下げるが、君がそこまで即断即決となると――――」

「“国一つ救えもしねえくせに何が女神だ”って、レヴァンチェスカにキレたことがあるんだよ、俺は」


 ジグライドの言葉に被せるように、総司が言う。リシアの目がすっと細くなり、口元に薄く笑みが浮かんだ。


 その慟哭を、リシアもよく覚えていた。


「ここでアルマをほったらかしにして次に進もうもんなら、その言葉が俺に返ってくるじゃねえか。国一つ救えもしねえで何が女神の騎士だ」


 “レヴァンフォーゼル”の完全復活は最優先課題だが、リシアが以前ジグライドに語ったように、それの達成のためにはいくつか乗り越えねばならない障害がある。


 総司の力を取り戻すのも急務だし、その道のりにおいては賢者アルマ、それから彼女と手を組み暗躍するカトレアたちとの対決は避けられない事態だ。


 これだけの因縁が重なって、総司に「“レヴァンフォーゼル”の復活が達成されたらすぐにエメリフィムを出るぞ」などと、流石のリシアも言うつもりはなかった。


 “怨嗟の熱を喰らう獣”レナトゥーラのこともある。ネヴィーの意味深な警告と併せて考えれば、エメリフィムにおける一連の事件は、ゆくゆくはリスティリア全土に広がる大きな災厄となってしまうかもしれない。


 あらゆる因縁に決着をつけるためにも、ジグライドとは足並みを揃え、手を取り合うべきだ。


 総司は立ちあがって、ずいとジグライドに手を差し出した。


「なーんて偉そうに言ってもだ。こんな状態じゃ大した戦力になれやしねえし、このクソ忌々しい妨害を何とかするためにあんたの知恵を借りられるってんなら俺としてもありがたい。引き続き共闘ってことで、よろしく頼むぜ、ジグライド!」

「……清々しい男だな、君は」


 ジグライドは苦笑して立ち上がり、総司が差し出した手をぐっと掴んだ。ジグライドは続いてリシアにも、今度は彼から手を差し出した。リシアもその手をしっかりと掴んだ。


 そして勢いそのまますぐに、また訓練場の地べたに腰を下ろして、共同戦線を張ることとなった三人での話し合いへとなだれ込む。


「アルマの手が王城のどこまで及んでいるか判断が出来ん。我ら三人の話し合いは、基本的には我らの間のみに留めてくれ」

「了解っ」

「君らにはシドナやトバリと共に、“アンティノイアの頂”へと行ってもらう。“女神の奇跡”の伝説が残る場所だ。そこにいるヴァイゼ族との折衝という名目で向かってもらうぞ。私は王城に残り、アルマの動機に迫れるものを片っ端から探るとしよう」

「王城の戦力をそこまで割くのはヤバいだろ。トバリを残そうぜ」

「リズーリ殿に話を通せば、多少は制御も出来るだろう。ソウシに付いてきたがる可能性はあるが、そこは我慢してもらうしかないな。ソウシも説得に協力してくれ。王家の折衝役というからにはせめてシドナ殿には同行してもらうしかないし――――」

「しかしそれでは君らの安全がだな――――」

「いやでも最優先はティナの――――」


 訓練場の地べたに座り込んで、熱心に議論を交わす三人。


 ジグライドにとっては、外様の二人であり、実際にアルマによる被害を受けた二人だからこそ、賢者アルマの怪しげな網に掛かっていない者たちだという信頼が置けるのだろう。


 それゆえの活発な議論――――ここ最近ではめったに見ることのできなかった、険しい顔つきながらもどこか生き生きとしている側近を、遠目に見つめて。


 訓練場の入口近くに隠れてその模様を見守っていたティナは、現在の王家の状況としては不謹慎極まりないとわかっていつつも、思わずくすくすと笑いながら、そっとその場を後にした。


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