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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第四話② 激突へのカウントダウン

 総司がエメリフィムの、ひいてはティナの今後を気に掛けることに対して、リシアは反対の立場ではあった。


 基本的には、ついつい感情移入してしまいそうになる総司を諫める役目。そのスタンスに変わりはない。


 リシアが読んだのは、何もジグライドの考え方や、エメリフィムの今後の展望だけの話ではない。リシアが念頭に置いていたのはその一歩手前にあった、女神レヴァンチェスカと総司の会話である。


 女神は、総司が「何も知らないままカトレアを討つ」行為を嫌った。それは言い方を変えれば、総司は「カトレアの目的と企みを知ったうえで道を選ぶ」必要があるのだと示唆している。リシアは、総司はカトレアともう一度、このエメリフィムで邂逅する必要があると読んだ。


 決して女神の敷いたレールに乗っかろうというわけではない。女神が言った通り、カトレアが“アウラティス”の継承者であり、ルディラントと何らかの縁があるらしいのならば、そのわだかまりに対して総司なりの答えを見つけさせることは不利益にはならないと踏んだのだ。


 先行き不透明なのはエメリフィムも、この先に控えるローグタリアも同じだが、少なくともカトレアがエメリフィムにいることは間違いないのである。“レヴァンフォーゼル”の完全なる修復という課題もまだ残っている以上、総司がエメリフィムに留まる意味はある。リシアはそう判断した。


 その判断が、もしかしたら最悪の形で総司に対し牙を剥くことになるとは、つゆほども思っていなかった。リシアの落ち度とは言い難い。総司にとっての一つの決着、カトレアとの因縁にこのエメリフィムでケリをつけるというリシアの意志とは、また別の形で。


 “女神の騎士”との決着を望む者がいると、リシアに読めるはずもないのだから。


「彼の本気を良く引き出してくれたね。おかげで、“杭”の起動に必要な最後の条件を達成した」


 王家とヴァイゼの衝突の舞台となり、瞬く間に滅んだ村、「メイル」の一角。


 物寂しい村の崩れ落ちた小屋の影で、賢者アルマが言う。跪き頭を垂れるカトレアは、少し強張った声で答えた。


「少々……想定を超える事態ではありましたが、何とか」

「そうだね。出力という意味ではこちらの予想を大きく上回ってた。ちょっとひやひやしたよ。君たちを失ってしまうんじゃないかって」


 ギルファウス大霊廟での激突は、賢者アルマが想定していたよりもずっと過激で一方的なものだった。


 ある意味では、アルマもまた見くびっていた。あの場で総司がカトレアに対し、明確な殺意をむき出しにして殺しにかかってくるという想定はさすがにしていなかった。


 カトレアとディオウがあの場所で総司に会いに行ったのは、アルマの差し金である。


 アルマにとって必要な「最後の条件」、最後のピース。つまりは、女神の騎士の力を引き出し、観測すること。アルマにはそれがどうしても必要なことだった。


 予期しない形でそれは達成されたのだが、最悪の結果に直結しかねなかった。賢者アルマの目論見の中ではまだまだ、カトレアたちを失うわけにはいかなかった。


「わかっているね、カトレア……あくまでも、彼の相手は君たちの役目だ。“杭”がうまく機能したら、今度こそ君たちには……」

「はい、心得ています」


 カトレアの声に、自信のない印象はない。だが、アルマはわずかな揺らぎを確かに感じ取った。


「……私の目的のためのみを思って言えば、足止めというだけでも構わないのだけど。どうする?」

「いいえ!」


 カトレアはアルマの言葉に被せるように叫んだ。


「必ず、私がやります」

「……そう」


 アルマはしばらくカトレアをじっと見つめていた。


 決然とした表情のカトレアに何を思ったか、アルマはこくりと頷く。


「わかった。それじゃあ、彼のことは任せる。私は私の目的のために動く。ここからが私たちの契約だ。お互い、抜かりのないように」

「お任せください。あなたの悲願も達成されますよう、願うばかりです」








「情報に齟齬があるようだな」


 『紅蓮の間』に集められたのは、総司、リシアに加えて、ティナ、シドナ、そしてリズーリだ。トバリとアルマはここにはいなかった。


 ジグライドは、総司とリシアがトバリから聞かされた「ここ数日の出来事」について確認した後、やはりそうか、とでも言わんばかりにため息をついて、総司に向けて言った。


「齟齬?」

「そうは思わんか、リズーリ」

「ええいうるさい、いちいち鬱陶しい言い方をするやつめ」


 リズーリが顔をしかめ、ジグライドに噛みついた。ジグライドは当然涼しい顔である。


「アルマは優秀な魔法使いだが、彼女の魔法は防ぐことに――――より正確に言えば、敵の力を押し留めることに特化している」


 円卓に広げた王都フィルスタルとその周辺の地図の内、王都フィルスタルの周りに円を描くようにして腕を動かしながら、ジグライドが言った。


「この王都に張られたアルマの結界も、外部からの攻撃を防ぎ跳ね返すというより、その力を失わせる類のものだ。使い方ひとつで強力な攻撃手段にもなり得るが、いずれにしても防衛向きだ。迅速な反撃に向くものではない」

「もったいつけんでいい」


 リズーリがバシッと言った。


「メイルの村でヴァイゼを撃滅したのは、アルマに付いて行ったトバリなのじゃ。メイルが落とされたのが、我々が王城に着いたその日の夜遅く……そして翌日の夜までにトバリが連中をシバき回して、その足でお主らを迎えに行った。すこぶる上機嫌でな」


 リズーリが顔をしかめているのも納得の事情だった。


 事の詳細はともかくとして、ヴァイゼ族の側から見れば、タユナ族の戦巫女と名高いトバリが、王家に仕える魔法使いアルマと共に前線に出向いてきて攻撃を仕掛けてきたのである。これを以て、ヴァイゼとタユナの対立は確定的。ヴァイゼにしてみればタユナは完全に「王家陣営」であり、すなわち敵対陣営ということになる。


 リズーリとしても今回の王家訪問は、総司に肩入れするつもりであると同時に、王家の今後を見定める目的もあったのは間違いない。しかしあまりにも急転直下過ぎる事態だ。


「あのお転婆は……こちらの苦労も知らんで……」


 顔を手で押さえ、リズーリが深い深いため息をついた。リズーリのどっちつかずだった態度を「卑怯だ」と糾弾した総司ではあったが、流石に同情を禁じ得なかった。リズーリはもう少しうまく事を運ぶつもりだったのだろう。


「まあ、私としては大変歓迎すべきことだ」


 ジグライドが、総司としては初めて見る清々しい笑顔でリズーリに言う。後にシドナが語るには、近年まれにみる笑顔だったとのことである。


「タユナ族が王家に味方してくれるとは、何たる僥倖。ティナ様の側近として、君には筆舌に尽くしがたい感謝の念を抱いているよ、リズーリ」

「離せティナ、このクソガキを一発殴らねば、わらわは、わらわはァ……!」

「お願いしますどうか落ち着いて……! こういうヒトなの、お願いリズーリ……!」

「大体お主がしっかりしとらんからこういうことになるんじゃ! ……いや待て、お主」


 リズーリがティナに羽交い絞めにされたまま、わなわなと震えた。


「さてはお主がトバリをアルマに付けたな!?」

「勘ぐり過ぎだ。そもそも私の指示をトバリが聞くと思うかね?」


 ジグライドが肩を竦めて、やれやれ、とでも言うように首を振った。


「私はただ真摯に頭を下げただけだ。“気が向いたらで良いから、アルマに手を貸してやってくれ”とな」

「リズーリ、リズーリ! 顔がとんでもないことになってますよ、ねえ!」


 トバリは戦闘狂ではあるが、ジグライドの手のひらで転がされるほど短絡的ではない。トバリにも何かしらの考えがあって、ジグライドの見え透いた依頼に乗っかったのだろうが、恐らくはトバリの心の機微もジグライドは読んでいる。


 読んだうえで、使えるものは全て使うという、“覚悟”の垣間見える、手段を選ばない胆力。ティナの望みを叶えつつ、それによって巻き起こる事態を想定して――――全てを救えないと割り切りながら。


 つつき方を間違えればすぐにでも国ごとひっくり返りそうな、そこかしこに火種が散らばるエメリフィムの情勢を、ギリギリで均衡状態に押し留め、尚且つ今後の王家が少しでも有利になるよう手を打ち続けるジグライド。


 決して非情なだけの男ではない、というのが総司の見立てであり、ジグライドとしても「メイル」の村の犠牲を全て「許容」しているわけではないと信じている。だが、彼は大局を見据えて――――エメリフィムはもとより、今後のリスティリアそのものの行く末まで見据えて選んだ。


 あまりにも優しく、理想を追い求めるあまり地に足がつかないきらいのある、まだ幼さの残るティナを筆頭にしてなおも、王家が何とかエメリフィムで生き残っているのはきっと、この男がいるからだ。


「と、とにかく、です!」


 何とかリズーリをなだめて、ティナが息を切らしながら言った。


「メイルの村が落とされてしまい、多くの住人が犠牲になってしまったことは大変残念です。ハッキリ言って私は……すぐにでも、ヴァイゼに報復したいとすら、思ってしまいます」


 ティナは正直に、自分の心境を吐露する。心穏やかでいられないのは当然。王家を支持するヒト族の村を護れなかった自責の念も当然、彼女の胸中には渦巻いている。


「しかし……せっかく、全面戦争となりかねなかった事態が何とか、限界ギリギリの状況とは言え留まりました。この状態で我々の側から、エメリフィムを戦火で焼き尽くす道を選ぶのは、私としては避けたい」


 始まりの街シエルダを想い、総司は目を伏せる。街を滅ぼしたグライヴなる魔獣を、総司は間違いなく憎み、憎悪と殺意を以てかの魔獣を仕留めた。後に生き残りが見つかったとはいえ、グライヴとの対峙時点ではシエルダの住民と言葉を交わせもしなかった総司ですら、目の前にあるあまりにも無残な光景を前に、ほとんど我を失って、怒りに任せて魔獣を切り裂いた。


 ティナは総司よりもずっと「憎悪」を抱いて然るべきだし、間違いなく彼女の心にはその炎が宿っているはずだが、彼女は総司とは立場が違う。何も感じていないわけではない、国全体のことを考えて、総司よりも幼い身でありながら総司よりも完成された人格で、その憎悪を何とか押し留めているのだ。


 小さな体で、総司よりもずっと大きなものを背負うティナは、決然と言った。


「しかしこんなことが何度も起こるのはどうあっても許容できない。今ここで、悲劇に終止符を打たねばなりません。そろそろ我らも腹をくくって、ヴァイゼとの対話の場を設ける必要があるでしょう。そうですね、ジグライド」

「ええ、時は来たと考えます」


 ジグライドがティナの意見に賛同した。


 リシアが目を細め、ジグライドを見る。


 そういうことか、と一人合点した様子である。


「さて、リズーリには怒らずに聞いてほしいのだが」

「今更何じゃその物言いは」


 リズーリがまた噛みついたが、やはりジグライドは気に留めなかった。


「あくまでもヴァイゼの側から見れば、我々にはタユナ族という強力な援軍があり、リック族との関係性も修復され……王家としての力が、ここ四年の間で最も取り戻されているように見えているだろう。それに加えて――――」


 ジグライドが総司とリシアを、手を軽く挙げて指し示した。


「期間限定ではあるが、レブレーベント王家より頼もしい戦力を提供していただいている今、我々はようやくヴァイゼとまともに対話できる状態にある。“そう見える”だけでも良いのだ。戦力的拮抗があると互いに認識して初めて、対立する勢力同士でも最低限の話が出来ようというもの……」


 ジグライドは総司とリシアを見つめ、薄く笑みを浮かべて言った。


「その聡明さと度胸、あてにさせてもらうぞ、アリンティアス団長。イチノセ、君の戦闘力もな」


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