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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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眩きレブレーベント・第四話① シルヴェリア神殿

 女神の騎士として鍛え上げられた総司は、まず第一に、非常な身体能力を手に入れている。


 もともと素質は十分以上だった。自分の体を思い通りに操るという行為には、求められる動きのレベルが高いほどセンスが求められるが、彼には天性のものが備わっていた。


 その中でも、女神が特筆すべき才能と認めたのは、事象に対する反応速度だ。


 膂力は「異世界人」というステータスが上乗せされているし、女神の騎士として獲得した絶大な魔力も後押しする。もともとの筋力があるに越したことはないにせよ、そこは女神による修練で賄える範囲も大きかった。


 しかし、反応速度と反射的な対応力は、そうはいかない。当然そこには慣れも必要になるし、経験則も物を言う。それでも、天性の才能があるか、ないかは、戦いに身を投じる者の資質として大きな差になる。


「……大したものだ」


 初めて総司の戦闘を目の当たりにしたリシアは、自分も戦場の只中にいることすら忘れて見惚れ、呟いていた。


 魔獣の群れに行き会い、有無を言わせず戦闘となっても、総司は動じていなかった。


 魔法は使っていない。迸る魔力が後押しする絶大な膂力と、剣の力でただ斬り伏せる。単純だがそれ故に強力で、美しいとすら思えた。


 素人剣術とはとても思えない――――剣術を鍛え抜いたリシアがそう思えるほど、女神による鍛錬は成果となって形に現れ、救世主を確かに助けている。


「本当に強いな、お前は……」

「何言ってんだ、リシアだって余裕だったろ」


 総司が笑いながら言った。


 その通り、リシアもまた傑出した能力の持ち主だった。リシアの方が圧倒的に上だ。剣術の純粋な技術であれば総司を上回っているし、彼女の魔法を交えた戦闘は美しかった。


 しかし、女神の騎士を前にしてはその実力も霞む。


 これほどの力――――全く底知れない力だが、それがあまりにも強大であることは、戦闘を一目見るだけで十分すぎるほどに伝わる、危険極まりない女神の施しを、ついこの前まで戦いなどとは無縁だった少年に与えるとは。女神の考えなど推し量ることすらできないが、リシアはその事実に身震いする思いだった。


「それより……リシア?」

「ああ、そうだ」


 王都を離れ数時間、さほど深くはない森を抜けた先。

 静寂に包まれた湖の真ん中に、朽ちた神殿が聳え立っていた。


「あれがシルヴェリア神殿だ」


 荘厳な雰囲気が漂う神殿には、そこへ続く道がなかった。それに、古い時代に王の一族が住まいとしていたにしては、随分とこじんまりとした建物だ。シエルダの教会よりも小さな尖塔が一つ、地面に突き刺さっているようにしか見えない。


「……泳ぐのか?」


 ぐるんぐるんと腕を回し始めた総司に、リシアが笑いながら言った。


「いや、それには及ばない。気付かないか?」


 リシアに言われて、総司は思い出した。


 どれほど魔法に対する感覚が鋭敏でも、気付きは自らの意志で得ようとしなければ得られない。

 なるほど、と合点がいった。


「いいね」


 にやりと笑って、蒼銀の魔力を手に集める。


 総司の手から放たれた魔力が湖の上を走ると、湖の中で何かが揺らめいた。


 ゆっくりと、水底から船が現れる。人が数人乗り込むのがやっとの小舟だったが、豪華な装飾に包まれていた。


 小舟をゆっくりと操り、湖の中央にある小さな陸地に辿り着く。

 朽ちた神殿からは、特段、いやな気配もなかった。


「周りにいた奴らで終わりと思うか?」

「それはあまりに楽観的だな」

「だよなぁ。でもそれにしては、随分と静かっつーか……」

「ん……あぁ、そうか、それもそうだな」


 リシアが何かを一人で納得した。


「これがシルヴェリア神殿の『全容』と思っているんだな? 違うぞ、ソウシ。これは単なる入口に過ぎん」

「入口?」

「すぐにわかるさ」


 神殿の扉を押し開く。

 荘厳な雰囲気は漂っているものの、生活の跡は見えない。朽ちた神殿は、寂しく二人を出迎えるだけで、魔獣の気配もなかった。


 教会とは違うため、敬虔な信徒が座る長椅子も、十字架もない。空っぽの神殿を前に、総司は首をかしげるばかりだったが、リシアが進み出て、神殿の奥にある台座に乗った。


「さあ、行くぞ」

「行く? どういう意味だ?」


 総司も台座に乗った。


 途端、何も模様のなかった台座に、光り輝くレブレーベント王家の印が浮かび上がる。なるほど、そういう仕掛けか、と一瞬納得しかけて、総司は違和感に気づき、目を見開いた。


 この神殿に入ってからも集中を切らしたわけではなかった。総司の感覚は相当研ぎ澄まされていたはずだったが、それでもこの仕掛けに気づかなかった。


 台座は二人を包み込み、すうっと台座の下へ――――シルヴェリア神殿の真の領域へといざなう。神殿の床をすり抜けた二人は、真っ暗闇の中、更に下界へと続く半透明の階段の上に着いた。


 虚空の中に浮かぶ、半透明の光の階段。リシアは恐怖心もなく軽やかに下っていくが、総司は恐る恐るしか進めなかった。


「お、おい、これ、落ちたらどうなる?」

「さあ……それは私も聞いたことがないが……せいぜい気を付けろとしか言えんな」

「マジかよ……」


 真っ暗闇の中、ひたすら階段を降りていくと――――闇の中に、ぼんやりと浮かび上がる白銀の建物が見えた。


 その建物は、朽ちた地表の神殿の数倍の大きさを誇っていた。まさしく、神殿。機械仕掛けの巨大な時計が、古よりの時を刻み続けている。


 リシアの話によれば、もう何世代も前に王族はこの地を退いたはずだが、表の神殿の入口とは違い、朽ちた様子は見られない。


 総司はその神殿を一目見て、すぐに思い当った。

 外観と雰囲気が良く似ているのだ。


 この世界に来る前、元いた世界との狭間で、女神と共に長い時間を過ごしたあのときの、拠点となった大聖堂に――――


「驚いたわ。想定よりずっと早い。よい仲間を得たわね、総司」


 巨大な時計の針が止まっていた。


 隣に佇むリシアも、ぴったりと時が止まって、動かなくなっていた。


 背後に感じる、儚く神秘的な気配。この気配には覚えがある。まだ別れてから数日しか経っていないのに、随分と懐かしい。この透き通るような声は、紛れもなく女神のものだ。


「今はまだ辿り着いていない。時間もそう長くない。後でゆっくり話しましょう。あなたが至れば、少しはまとまった時間が取れるでしょう」


 言葉を掛けたかったのに、総司の口も思うように動かなかった。

 キィン、という強い耳鳴りの後、女神の気配は消え失せる。時の動き出したリシアが言った。


「やはりここまで来ても、何か凶悪な気配があるわけではないが、油断は――――ソウシ? どうした?」


 どこか青ざめた表情の総司を見て、リシアが目を丸くした。


「何か感じるのか? お前の方が感覚が鋭い……私にはわからない何かがあるのか?」

「い、いや、そういうわけじゃないんだ……大丈夫」


 総司は首を振って、深く息を吸い、呼吸を整えた。

 突然のことで頭が混乱してしまったが、考えてみれば――――


 ここに辿り着き、女神の声が聞こえたということは、つまり総司は「正しい」道を進んでいるということだ。


 正直言って、流されるままここに辿り着いたとしか言えないが、それでも、今のところ道順は合っている。その証明、の、はずだ――――


“はじめから正しいものを選び取るのでは足りない。それは臆病者の作法よ”


 不意に、そんな言葉を思い出した。


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