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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第二話① 王女と王女の約束

 間近で見るエメリフィム城の迫力は、遠目に見た時とは比べ物にならなかった。


 王都に入った瞬間、異様な気配に圧倒されてしまい、城の姿をしっかり見ることのできていなかった総司は、王都フィルスタルから城に掛かる橋の手前で城を望み、改めて目を奪われた。


 要塞じみた迫力満点の王城は、エメリフィム王家の「強さ」の象徴。裾の広い山に抱かれるようにして佇む城は、布武の国に相応しい逞しさを思わせる。


 レブレーベント城と比べても、外敵を意識した立地と堅牢さ――――近づくほど、魔法の護りの強度が増しているのも肌で感じる。


 物理的な堅牢さに加えて、賢者アルマによる防御も十全に行き届いた鉄壁の城。しかし、どれだけ近づいても、昨日感じたあの禍々しい気配を感じ取ることは出来なかった。


「四年ぶりとは言え、変わっとらんな。アルマの魔法が多少強まっておるぐらいか」


 リズーリが感慨深げに呟いた。


 先王アルフレッドが倒れ、エメリフィムの国が揺れ始めてから早四年。リズーリにとっても、この城に足を踏み入れるということは特別な意味を持つ。


 ましてや今回は、これまで城に来たこともなかったトバリも一緒である。トバリの感性は独特だが、自己中心的であるが故にこそ、彼女が動いたという事実にはリズーリも思うところがあった。


「すげーな……」


 橋を渡りながら、遥か下に谷川のように流れる巨大な河を見下ろし、総司が呟く。橋にしても、堀のように囲む川にしてもとにかく巨大だ。エメリフィム城が乗る赤茶色の大地はまるで宙に浮いているような錯覚を受ける。城が乗る大地の中腹から河に放たれる水は、背の低いあの山から悠然と流れてきた水の一部だろうか。


 幻想的で雄大、見る者を圧倒する光景。リシアも初めて見る景色で、総司と同じく圧倒されていた。


「これがエメリフィム城……生まれて初めて来たが……」


 レブレーベントでは王族と共に城の領域内に住んでいたリシアではあったが、同じ「城」と言っても明らかに様相が違う。当然、ルディラントのそれとも規模が違う。


 カイオディウムの大聖堂デミエル・ダリアも荘厳な迫力があったが、それともまた異質の威容である。


「ほれ、堂々とせんか」


 そんな二人を見て、リズーリがくすくすと笑いながら茶化すように言った。


「そろそろ出迎えの連中が見える頃じゃ。見くびられてしまうぞ?」


 先頭を歩くリズーリと、そのすぐ後ろを歩くトバリは堂々としたものだった。トバリもエメリフィム城には初めて来るはずなのだが、彼女はそもそも総司やリシアのように、凄まじい光景に圧倒されるという感性そのものがないようで、景色にはまるで無関心だった。むしろ彼女が気にしているのは、顔をこわばらせたままの総司だ。


「調子は戻っていますか?」


 すすす、と歩くペースを落として総司の傍に来て、トバリが微笑みながら問いかける。


「ああ、問題ないよ」

「そう……それにしては怖い顔ですが、何か気になりますか」

「緊張しているだけだ」

「そうですか。ご心配なく、面倒な話はリズーリに任せておけば良いのです。私たちはお茶でも飲んでいましょう」

「聞こえとるぞ馬鹿者。トバリ、邪魔をせぬならそれでいいが、話の最中にあまり――――」


 リズーリが言葉を切った。


 そろそろ橋も終わる頃、急に足を止めたリズーリに総司たちがすぐに追いついた。


 リズーリが呆気に取られた視線の先に、赤い髪の少女がいた。


「久しぶりですね、リズーリ。トバリは幼い頃タユナの里で会ったきりでしたか。もう何年前のことか、覚えていませんが」


 弱き王女、力なき王女――――総司の運命に大きな影響を与えることとなる、渦中のヒト。


 エメリフィム王位継承者ティナ・エメリフィムが、橋の終着点で総司たちを出迎えた。


「……これはこれは。王女自ら出迎えとは」


 成長期にある王女の雰囲気の変容に、リズーリはしばし呆気に取られていた。


 活気あふれる表情、わずかも物おじしない逞しさ。顔立ちは王妃ミデレナの遺伝子を色濃く受け継いでおり、先王アルフレッドの面影はわずかにしかない。


 しかし醸し出す雰囲気は先王譲りだ。王の器として十分なものを携えていることが、幼いながらもよく伝わる。


 力さえあれば、彼女が上に立つことに異を唱える者などいなかったに違いない。


「最上級のもてなしじゃの。久しいな、ティナ。元気そうで何よりじゃ」


 清涼な気配だった。清涼ながらも熱を感じる眩いオーラ。リズーリが彼女の名を呼ぶことがなくとも、彼女が王女ティナであることは総司にもすぐにわかった。


「はい、お互いに……そして、“手紙の二人”。ソウシとリシアですね。エメリフィム王女ティナ・エメリフィムです。待っていましたよ」

「“手紙の”――――?」


 リズーリがすうっと目を細めた。


 ここにはいないが、ティナの周囲には賢者アルマが控えている。そのアルマが従えるカトレアは総司とリシアとは因縁深く、リズーリも彼女から二人の情報を得ている。


 しかし、“手紙”については聞き覚えがなかった。アレインが先手を打っていたことなど知る由もない総司もまた、ティナの言葉に引っかかっていた。


「その話も含めて、詳しいことは城内で。ようこそエメリフィム城へ。歓迎いたします」


 ティナは、側近であるシドナを一行に紹介しつつ、エメリフィム城を自ら案内した。


 通されたのは『紅蓮の間』。もう一人の側近であるジグライドが待ち構える会議の場である。


 豪華絢爛な巨大な部屋は、総司とリシアを城の威容と同じく圧倒した。嫌味のない派手さ、煌びやかでありながら厳かな、不思議な空間だ。


 道中、兵士がざわつく場面も見られたが、シドナのひとにらみですぐに収まった。ジグライドの予感通り、タユナの戦巫女・トバリの来訪はエメリフィム城にとっては想定外で、多少の混乱があったようだ。とうの本人はもちろんどこ吹く風である。


「さあ!」


 紅蓮の間の扉を閉ざし、エメリフィム城内部の要人のみが集う場となった時。


 ティナがパン、と手を叩いて、至極嬉しそうに切り出した。


「まずはこの喜ばしい日を祝いましょう! タユナの巫女リズーリ、そしてトバリ。あなた方がこの城に来てくれたこと、心から嬉しく思います」


 屈託のない笑顔で、ティナは心から言った。


「いや、期待させたのなら済まぬがな、ティナ」


 リズーリが苦笑しながら、ティナの歓迎の挨拶に応えた。


「わらわはこの二人の付き添いでな。まつりごとの話を主軸にしたいわけではないのじゃ。無論、それも避けて通れんことは承知しておるがの」

「レブレーベントのお二人ですね。あなた達と会うのも楽しみにしていました。ではまずそちらの話をするとしましょう」

「それなんですけど」


 あれよあれよという間に話が始まりそうだったので、総司が手を挙げて慌てて口を挟んだ。


「どうして俺達のことをご存じなんでしょう? “手紙の二人”って言うのは……」

「君らは」


 王女の傍に控える銀髪の男、ジグライドが口を開いた。


「自らの主君の慧眼を見くびっているとみえる」

「……どういう意味です? あなたは?」


 嫌味な物言いに、リシアが眉をひそめて応じた。


「失敬、私はジグライド・ヴァーデン。ティナ様の紹介に預かるまで黙っていようと思ったのだがね」

「ジグライド」


 ティナが彼の名を呼ぶ。ジグライドはふっと苦笑して肩を竦めた。ティナは軽く咳払いして、


「ソウシ、リシア。あなた達のことは、アレイン王女殿下より知らせをいただいています」


 二人が目を見張った。ジグライドがいつの間にか総司の傍に歩み寄っていて、アレインからの手紙を突き出した。


 傍で見ると、総司よりも更に背の高い長身であることが顕著にわかる。それでいて筋骨隆々というほどでもないから、更にすらりと長く見えた。顔つきの鋭さもあって、若いながらも迫力のある男だ。


 総司は手紙を受け取って、その中身をリシアと共に改めた。


 そこには、総司も一度見たことのあるアレインの字で、ティナに対して二人のことを説明し、どうか“オリジン”を二人に託してほしいという文章がしたためられていた。


 形式ばった挨拶の部分は省くとして、要点は三つ。


 二人は女神救済のため旅をしており、その旅路の達成のためには各国の“オリジン”が必要不可欠で、既に失われたルディラントの“オリジン”をすら手中に収めていること。


 エメリフィムの大陸に渡り、ティナと会うことになったのならば、それ即ち「レブレーベントのある大陸」に属する国々――――失われたルディラントを含む四つの国を制覇し、それらの為政者に認められたということ。


 これらの事実を踏まえて、どうかティナには寛大な決断をしてほしいこと。


 総司は知る由もないことだが――――カイオディウムにおいて、天空聖殿“ラーゼアディウム”を総司たちが撃墜した大事件については、二日ほど経ってから、レブレーベントにいるアレインの耳にもその噂が届けられていた。


 その噂を聞いた後であれば、アレインは「既にカイオディウムの“オリジン”も手中に収めている」という書き方をするはずだ。その方が俄然説得力がある。だがアレインの書きぶりを見るに、アレインは手紙を書いた時点では「ルディラントの“オリジン”を手に入れている」ことまでしか知らなかった。


 つまり――――リシアがカイオディウムに向かう前に出した、カイオディウムでは大変な事態を巻き起こす可能性があるから、騎士団から除籍してほしいと依頼する手紙を受け取ってから、“ラーゼアディウム”撃墜の噂がレブレーベントに届くまでの間に。


 アレインはエメリフィムに向けて手を打っていたということになる。


 ルディラントの“オリジン”を手に入れた、という荒唐無稽な報告を受けた時点で既に、アレインは二人が必ず「あちらの大陸」を制覇し、エメリフィムに渡るであろうと信じ切っていたということだ。エメリフィムの情勢を鑑み、手紙が到着するまでには多少の時間を要するであろうことを逆手にとって、総司たちの旅路を良く思わない輩をあぶりだす策も弄しながら。


 ティタニエラにカイオディウムにと総司たちが奔走している間に、先の先まで見通して、見事に先回りしていたのだ。


 どこまでも総司たちの旅路を陰ながら支えてくれるあの王女を想い、総司はジーンと、しみじみとした感謝と感動を覚えていた。


 リズーリとトバリも総司の傍らから手紙を覗き込んで、二人ともほう、と息を漏らす。


「愛されているようですね、ソウシ。王女様を口説いてきたのですか?」

「誤解を招く言い方はやめろ」

「隅に置けん男じゃなぁ。あちらの大陸で女を口説きまわっておったのではあるまいな?」

「そんなわけあるか!」

「“稲妻の魔女”アレイン――――あくまで噂程度ではありますが、ご高名は私の耳にも届いております。しかし、“ただ強い”だけの御方ではないようですね」


 ティナは心からの賛辞を述べ、二人に穏やかに微笑みかける。


「私からは“承知した”と返事をしてあります。早速本題になりますが」


 総司とリシアがハッとした。ティナはハッキリと言い切った。


「我がエメリフィムは、あなた達に“オリジン”を――――“レヴァンフォーゼル”を託します」

「よろしいのですか!?」


 リシアが声を上げた。まさかこんなにもすんなりと事が運ぶとは思っていなかったようで、驚愕の眼差しをティナに向ける。


「ええ。と言っても、実は――――」

「その前に」


 ジグライドがティナの話を鋭く遮った。


 ジグライドの視線は総司とリシアに注がれ、その眼差しには明らかな疑問の色がある。


「アレイン王女殿下の手紙が本物であることは認めますが、しかし内容まで全て認められるかと言うと疑問が残る。彼が本当に“女神の騎士”であるかどうかもだ」

「……ジグライド、その話は昨夜しました」

「けじめの問題です。イチノセ」

「はい」

「畏まる必要はない」


 ジグライドは鬱陶しそうに言って、総司の前にずいと歩み出た。


 背の高さもあって気迫があるが、それでひるむ総司でもない。彼の眼差しをまっすぐ見つめ返して、総司が言う。ジグライドの言葉に甘えて、最低限の礼儀も捨てた上でだ。


「力を見せれば良いか?」

「その必要はない。君らが手に入れたという“オリジン”――――この場で見せてもらいたい」


 リシアが前に出て、巾着袋から大事にくるまれた三つの秘宝――――“レヴァンシェザリア”、“レヴァンディオール”、“レヴァンフェルメス”の三つを、まずはジグライドに手渡した。


 続いて、鞘に収めた自分の武器をガチャリと腰から取り外して、ジグライドの前に差し出した。


「そちらの三つは、ルディラント、ティタニエラ、カイオディウムの“オリジン”だ。それぞれ各国の為政者より正式に託されたもの。そしてこれが“レヴァンクロス”。我がレブレーベントの“オリジン”であり、女王陛下より、私の武器として賜ったものである。ご確認を」

「……いや、結構。十分だ」


 かつてミスティルによって図らずも力を取り戻した“レヴァンディオール”を含めて、四つの“オリジン”からはジグライドでも十分わかるほど、特殊な魔力が溢れていた。ジグライドは二人に向かって軽く頭を下げた。


「無礼を許したまえ、アリンティアス団長。手放しで信じるわけにもいかないものでな」

「いや、そちらの立場は理解している」


 ジグライドはひとまず納得したようで、二人から離れて腕を組んだ。


「全て本物と認めましょう。特に“ルディラントのオリジン”についてはにわかに信じがたいが、感じられる魔力は“レヴァンフォーゼル”と同質。君らは凄まじい奇跡を成し遂げてここへ来たということだ」

「ああ、何なら聞くか? ルディラントの話」


 総司が笑いながら言ったが、ジグライドは表情一つ変えなかった。


「非常に興味があるが、この場では遠慮しておこう。さて、私が言いたいのは」


 ジグライドは咎めるような目つきで自分の主君を睨んだ。総司には、彼のそんな視線の意味するところがわからなかった。


「こうなってくると今度は、軽々に約束した我らエメリフィムの方が問題だ、ということだ。ティナ様、アレイン王女殿下に返事をされた以上、後には引けませんぞ」

「ええ、もちろんです。後に引くつもりなどありません」


 またそんなことを、とでも言いたげに、ジグライドがため息をつく。


「何か問題でも?」


 リシアがジグライドに聞いた。


「……我が国の“オリジン”は、君らに今すぐ渡せるような状況にない、ということだ」

「後ほど“オリジン”のところまで案内しますので、その時に説明します。“オリジン”の話はいったん終わりということで。さあ、リズーリ」

「おぉ、わらわの出番か」


 リズーリが苦笑したところで、それまで口を挟まなかったシドナが言った。


「っていうか、そろそろ皆座らない? とりあえず“手紙の二人”も、手紙の通り怪しいヒトじゃなかったわけだし、良いでしょ、ジグライド」

「……そうだな」


 ジグライドが何か、魔法で部屋の外に合図を送った。


 シドナが了承を求めたり、初対面であるリシアも自然とジグライドに対して質問するようになっていたり、ティナに若干振り回されているきらいはあるが、やはりジグライドこそエメリフィムの屋台骨であろうことが総司にもわかってきた。


 ほどなくして紅茶と茶菓子が運ばれてきて、その場に集まった面々はようやく席につくこととなった。


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