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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第一話⑤ 王女ティナ・エメリフィム

 総司たちが王都に着いた翌日の昼過ぎには、リズーリも王都に入る手はずだったが、リズーリはずっと早く、翌日の朝には王都の屋敷に到着した。


 足に使ったケルテノを王都の中に入れることはなかったが、きっとへとへとに疲れていることだろう。寝ずの強行スケジュールで王都を目指してきたようで、リズーリも疲労困憊と言った様子だ。屋敷に入るや否や彼女は怒号を響かせて、とんでもない速度でエメリフィムの荒野を疾走し、さっさと先に行ってしまったトバリを呼びつけた。


「何ですか騒々しい。貴女は知らないでしょうけれど、ソウシは昨夜少しだけ調子を崩していたのです。あなたの声は彼の耳に障ります」

「“声が”と来たかこのお転婆……! まあよい、こうなるかもしれんとは――――いや待て、何じゃと?」


 ビキビキと顔に青筋を浮かべて、出迎えに出てきたトバリを睨みつけたリズーリだったが、ふと気付いて慌てた様子で、総司たちが寝泊まりした部屋に入った。


「あら」


 もう少し嫌味を言われるかと思っていたらしいトバリが、横を素通りしていくリズーリに意外そうな目を向け、その後を追う。


「着いたぞお主ら。大丈夫か?」


 リズーリが部屋に入った時には、総司とリシアは既に出かける準備を整えていた。


 リズーリの到着が早まると読んだわけではなく、昨夜出来なかった情報収集を午前の内に出来ればと思っていたのである。


「あれ、早いな!」

「当然じゃ……この女とお主らが遭遇する時にわらわがおらんとは、気が気でなかったぞ。ソウシ、体調を崩したと聞いたが息災かの」


 リズーリが気づかわしげに総司に歩み寄って、さわさわと肩やら頬やらに手を当てた。


「ああ、問題ない。ありがとう。それにトバリのことも心配は要らない。仲良くさせてもらったさ」

「……まことか?」


 総司の甘さを多少なりとも感じ取っているらしいリズーリが、総司ではなくリシアに目を向けた。


「ええ、特には」


 最初にトバリがやり合おうとしたのは事実だが、結局のところ、二人が刃を交わす事態には発展しなかったので、リシアも余計なことは言わないことにした。


「ならばよいが……」

「ソウシの強さには興味がありますが」


 トバリが薄く微笑んで言う。


「その片鱗を見ることは叶いましたし、楽しみは後に取っておきます。得難い出会いが出来ました。貴女もたまにはよい提案をしてくれますね」

「やかましいわ。しかしトバリ、ソウシとの出会いを気に入ったなら、もう少し付き合ってもらうぞ」


 リズーリは厳しい声で言った。


「自分だけ満足して帰るなど許さぬ。共に王城に来い」

「ご心配なく。そのつもりですよ」


 よどみなく言い切るトバリにどこかうろんな目を向けたリズーリだったが、ひとまずは彼女の言葉を信じると決めたようだ。


「よし。お主ら、朝食は摂ったのか?」

「ええ。済ませてあります」

「では、早速城に向かうとしよう。特に予告もしとらんが、わらわが王都に入ったことは既に伝わっておろう。ジグライドあたりがやきもきする前に顔を見せてやらんとな」

「ジグライド?」


 聞き慣れない単語に総司が反応した。


「おぉ、そうじゃな、多少は予備知識がいるか」


 リズーリがはたと動きを止めて、総司とリシアに手短に、城の内情を説明した。


 ジグライドとシドナという二人の側近と、賢者アルマを中心にして、今の城は回っている。特にジグライドは文官としてはトップであり、王家周りに対してどんな話をするにもまずはジグライドを口説かなければ、何事も立ち行かないという。


「為政者ならざる“そういう立場”の者というのはえてして、権力を鼻にかけて調子に乗るものじゃが、ジグライドはなかなかどうしてまともな男――――ちと皮肉屋が過ぎるが、可愛げのあるヤツじゃ。まずはヤツを口説かねばならん」




 総司がリズーリと合流し、王城を目指す前にリズーリから「エメリフィム城の内情」についてレクチャーを受けている頃。


 エメリフィム城の内部は、それはそれは慌ただしい、そして物々しい雰囲気に満ちていた。


 四年もの間、王家とは最低限のかかわりしか持たなかったタユナ族の要人・リズーリが王都に入ったという情報が駆け巡ったためである。


 それは、エメリフィム城内部がエメリフィム国内の情勢にそれだけ敏感であることの証左であり、タユナ族のリズーリという存在が王家にとってどんなに重要な存在かということの証左でもある。


「――――王都に入ったのは、リズーリだけではないようだ」


 王城内・『紅蓮の間』。

 遥か昔より、国の運営にあたって国王に最も近しい者たちが集い、会合を開く伝統の会議室である。


 落ち着いた濃い赤色の絨毯と、権威を示す黄金で彩られ、中央に円形の巨大なテーブルを置いた『紅蓮の間』だが、現在のエメリフィムにおいてここに集まる人数は非常に少なく、豪華絢爛な部屋の装いがむしろ物寂しさを助長させる。


 かつてヒト族の王家を中心として、各種族の要人たちが集い顔を突き合わせたこの部屋も、今や限られた者たちしか入ることがなくなった。


 側近であるジグライドとシドナ、それに――――


「タユナの“戦巫女”、トバリ様。山の如く不動の御方とばかり思っていたのだけれど」


 王家を護る最後の砦、エメリフィムが誇る最優の魔法使い、賢者・アルマ。


 一言で形容するとすれば、実に「魔法使い然」としたいでたちである。屋内でもつばの広いとんがり帽子を目深にかぶり、幼さが残りつつも端正な顔立ちを帽子の影に隠している。羽織った濃紺のローブの中は動きやすそうな短いスカートが見えるが、それは動きやすさを優先した、有事に備えてのこと。自身の趣向からは少し外れる、「致し方のない措置」であるとは本人の弁である。


 目深にかぶる帽子はただ顔を隠すためだけでなく、右目に埋め込んだ「魔眼」を目立たなくするためのものでもあった。トパーズのような色合いの魔眼は、その高い魔力故に魔法によるカムフラージュを許さない。


「トバリが王都に入ったというのは、君の飼い犬の報告だったな?」


 ジグライドが鋭い視線をアルマに向けた。アルマはこくりと頷いた。


「あの子たちはトバリ様のことまで知らなかったけど、とんでもない速度でタユナの屋敷に向かう不審者の特徴を聞いて確信した。間違いないと思う」

「……良いだろう」


 賢者アルマが雇った二人の傭兵、カトレアとディオウのことを、少なくともジグライドは信頼していないようだった。


 現在のエメリフィムにおいては相応に高い立場にいるジグライドでも、賢者アルマにあれやこれやと指図することは憚られる。無論、国防に関わることであればアルマもジグライドの指揮に従うことはあるだろうが、アルマは決してジグライドの部下というわけではない。彼女が誰を傍に抱えようが、そのクビを切らせる権限までは、ジグライドにはなかった。


「十中八九、“手紙の二人”によってタユナが動かされたと見るが、異論は?」

「だろうね。何かきっかけがなきゃおかしいとは思う」

「まあ、百歩譲ってリズーリは良いが」


 ジグライドは眉間にしわを寄せ指を当て、目を閉じて唸るように言った。


「トバリが出てくる意味がわからん。話がややこしくなるだけだ。リズーリが許したとはとても思えんが」

「トバリ様の方が早く着いてるってことを振り返ると」


 アルマが苦笑しながら言った。


「多分、リズーリ様を置いてけぼりにして先に来たんじゃない?」

「チッ――――自分の一族の手綱ぐらい握れんのかあの雌猫は……」

「コラ、言葉が悪いわよジグライド」


 シドナがビシッと咎めた。


「聞き流せ、この場だけだ」


 ジグライドは首を振り、


「トバリも来ているという話は兵士の間には伏せてある。タユナが戦争を仕掛けに来たと、要らぬ誤解が生まれかねん」


 トバリの戦力的な重要性は、王家周りの中でも周知の事実のようだ。


「意味あるの?」


 シドナが素朴な疑問を口にした。


「リズーリ様の性格じゃ、正門から堂々と来るでしょ。どうあったって人目につくし、すぐバレるんじゃないの?」

「“迎え撃つ”時間がなければそれでいい。シドナ、君は表で張ってくれ」

「はいはい、早まった真似するヤツがいないようにってことね」

「そうだ。アレイン王女の手紙からして、“手紙の二人”はそうそう手荒な真似はするまいが、トバリは別だ。あの女に、刀を抜かせる口実を与えてはならん」

「了解。っていうか、ティナは随分遅いね? 呼んだんでしょ?」

「そのはずだが――――」

「お待たせしました」


 紅蓮の間に颯爽と、王女ティナが現れた。


 とても王女には見えない「軽装」だった。まだしも、ジグライドやアルマの方が格式としては高そうな、まるで前線の偵察兵のようないで立ちだ。


 赤の強い、茶色いショートヘアに、ポケットが大量についた新米兵士の支給品のような、明るいジャケット、短パンの下に黒のタイツを履いた、あまりにも飾り気のない姿。


 申し訳程度にジャケットの襟元に付けた、鎖のような金の装飾だけが、地位の高い者であることをわずかにうかがわせるが、多くの者の目に留まることはないだろう。


 ハッとするほど活発で明るい印象を与える、アイドル性に富んだ大きな瞳の、はつらつとした表情の少女。輝く笑みには、他者を勇気づける前向きな眩しさがある。


 エメリフィム王女にして、先王唯一の直系子孫。紅蓮の魔法エネロハイムを受け継ぐも、その才能が芽吹くことはなく、エメリフィムの混乱の一因となってしまった少女。


 しかし、その顔に、表情に陰りはない。


 今や誰も座ることのない王の椅子に軽く会釈して、ティナはジグライドを見やる。


「話はどこまで進みましたか?」

「リズーリとトバリ、それに昨夜お見せした“手紙の二人”を迎える手はずを整えていたところです」

「結構。アレイン王女には返書を出しました。委細承知と」

「……おや」


 ジグライドが怪訝そうな顔をした。


「軽々に承諾してよろしいので? 我が国の“オリジン”は、残念ながら“手紙の二人”が望む状況では――――」

「策があります。リズーリともその話がしたい」


 十五歳程度の年齢とは思えないほど、はきはきとしていて清々しい口調だった。ジグライドは眉根をひそめ、探るような目でティナを見つめたが、ティナはその視線を流した。


「シドナ、昨夜は聞きそびれましたが。リック族との交渉は決裂ですか?」

「うぐっ」


 シドナがばつの悪そうな顔をする。


 ジグライドの見立てでは、そもそも「最初から成功する見込みの薄い」交渉ではあったのだが、いざトップに改めて聞かれると辛いものがある。


「構いません。そちらも考えがあります」

「……お聞かせいただけますかな?」


 ジグライドが言うと、ティナはにこりと笑った。


「リズーリ達が来てから話します」


 器としては――――悪くない。いや、むしろいい。


 王家の周囲にいた力在る者たちは、その多くが先王の死と共に王家の傍を離れてしまった。まだ年若いジグライドやシドナが城の内部を取り仕切っているのも、他に出来る者が少ないからだ、というのが主な理由だ。


 二人とも間違いなく優秀には違いないが、年齢的にも、先王がいた頃の地位的にも、四年の歳月で一足飛びに現場側の管理者になるような状況にはなかった。ただそうせざるを得なかっただけである。


 だが、側近二人をはじめとして王家への忠誠心から傍に残った者たちは、ティナ・エメリフィムが「器」としては優れたものを持っていると知っている。


 それだけに惜しいとも思っているのだ。ここに「力」があれば、彼女は為政者として申し分ない「女王」に成長すると、誰もが期待を持てただろうにと。


 ティナの器そのものは認めつつも、彼女ではエメリフィムの統治が難しいこともまた、周りにいる者はよく知っている。


「アルマ、あなたの部下がトバリを捕捉したというのは事実ですか?」

「そうだよ。多分一緒に来るんじゃないかな?」

「千載一遇の機会ですね、ジグライド」


 ティナが顔を輝かせ、どこか挑戦的な笑みで言う。


「トバリが城まで来るなど、父の時代にもあり得なかったことです。腹を割ってタユナと話す機会はこの時をおいて他にありません」

「心得ています」

「カギとなるのは“手紙の二人”。ソウシとリシアでしたね。リズーリのみならずトバリの心をも動かしたその二人に無礼があってはなりません。もてなしの準備は?」

「最低限のものは。ただ、恐らくどんなもてなしよりも、二人にとって重要なのは“オリジン”でしょう。しかし先ほども申し上げた通り――――」

「そちらは私にお任せください」


 ティナがきっぱりと言うので、ジグライドはますます怪訝そうな顔をした。


「出迎えなければなりませんね。恐らく正門から来るのでしょうね? 私が行きます」

「それには及びません。シドナを表に――――」

「私が出ないのでは礼を欠きます。シドナ、一緒に」

「はいはい。良いでしょ、ジグライド」


 ティナが言い出したら聞かない性格であることは、シドナもよく知っている。王女をフォローするようにシドナが言うと、ジグライドはため息をついて頷いた。


「くれぐれも城の領域から出ることのないよう。兵士には来客があることは伝えていますが、トバリが来ることまでは伝えていません。それも悟られることのないように――――」


 ジグライドの返事を待たず、ティナはもう颯爽と部屋の出口に向かっていた。


「……頼んだ」

「ええ、任せて」


シドナがその後ろを足早に追いかけて、二人は揃って部屋を出て行った。


「……苦労するね?」

「そう思うなら君も、ティナ様を止める側に回ってほしいものだが」


 ジグライドが不満げに言うと、アルマはクスクス笑った。


「私はだって、ああいうティナが好きだもん」

「……良い性格をしているよ、君も」


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