受け継がれるエメリフィム 第一話⑤ エメリフィムで一番強い女
総司の目を奪ったのは、雄大なるエメリフィム城の威容そのものではなかった。
ゼディに連れられ辿り着いた先、王都エメリフィムの端から望むエメリフィム城は、総司がこれまで目にしてきたどんな城よりも雄大で、ティタニエラのクルセルダ諸島を思わせるような幻想的な光景の中に佇み、言葉を失わせるには十分な視覚的破壊力を伴っていたことには無論、間違いはない。
だが、総司は「他の者には見えない」ものに目を奪われ、言葉を失い、リシアがいくら声を掛けても反応できないほどに茫然としていた。
王都に入るまで気づかなかった彼を責めることは出来ない。
賢者アルマが王都全域に施したエメリフィムの要たる護りは、その護りを「打破しよう」と身構えていなかった総司が突き破ることなどできはしない。
それ故に気づかなかった。しかし、たとえまだ王都フィルスタルの端に立つだけで、王城の姿は遥か彼方にしか見えなくても。
“その地下から立ち上り王城全体を覆い尽くす”巨大で禍々しい気配を、ここに至るまで見逃していたのである。
総司を貫いた衝撃は、彼から時間感覚をも奪った。
総司が茫然と立ち尽くしてから我に返るまで、数十秒も経過していたわけではなかった。だが総司の感覚としては数時間も呆気に取られていたような、途方もない衝撃を味わって、余韻が覚めなかった。
「ッ……」
我に返ることが出来たのは、左目に激痛が走ったから。
気持ちが高ぶったわけでもなく、発動を意識したわけでもないのに、総司の左目には時計の文字盤に似た不可思議な模様が浮かび、頭蓋を割るような激痛が左目から発せられている。
左目を押さえ、思わず膝が落ちそうになりながら、総司は何の根拠もなく、この激痛を「警告」だと感じた。
激痛は一瞬。ふわりと消える痛みと共に我に返った総司は、慌ててもう一度エメリフィム城を望んだが。
その時にはもう、暴力的な禍々しい気配は消え失せ、悠然と王城が佇むのみだ。
「何があった」
うずくまりかけた総司の体に素早く腕を回して支え、ただごとではない雰囲気を感じ取り、リシアが詰問した。
「……後で話す」
自分自身も今見たことの整理が追いついていない。総司が呟くように言うと、リシアは追及しなかった。
「わかった」
一言そう言って、リシアは総司から手を離し、ゼディに向き直る。
「明日、リズーリ様と合流してから王城を目指すことになると思うが、今夜の宿は決まっているだろうか。体調がすぐれないようだ、早めに休ませたい」
「祭事の時にタユナ族が宿泊する、タユナの屋敷があります。今宵はそちらに」
エメリフィムと言う国は揺れているが、王都は活気に満ちていた。タユナの里を出て一日と数時間、夕方から夜に変わろうかという頃合いで王都に入った総司とリシアは、二人とも初めて訪れる王都フィルスタルを堪能することなく、早々にタユナの屋敷を目指すことになった。
扇形に広がる王都フィルスタルにあって、起点となっている王城に近づくほど、様々な種族の要人たちが、何らかの催し物の際に王都に集うための区画となっていく。
その中でもタユナの屋敷は、王城に最も近い区画にでんと構えていた。ゼディの話では王城の領域内にもタユナ族が使える区画があるようだが、その場所に入る許可を得るには、流石にリズーリの一声がなければ難しいという。
相変わらず里と同じく、和風のテイストが強い武家屋敷のようなタユナの屋敷に入ると、ゼディは二人を部屋に案内し、いつの間にやら姿を消していた。総司の調子が悪いことにはゼディも気付いていて、気を利かせたようだ。
総司は座布団を引っ張り出してその上にあぐらをかき、ふーっと大きく息を吐いた。
「悪い」
「気にしなくていい。それで?」
総司の前に腰を下ろし、リシアが早速聞いた。
総司は、王都フィルスタルに入った瞬間、ほんのわずかな時間だけ確かに感じ取った異常な気配について、リシアに正直に話した。
「……無論、現時点ではわからないことだらけだが、疑問は多いな」
総司に話を聞いたリシアの率直な感想である。
「魔力だったんだな?」
「ああ、確証はないが、多分」
「お前が呆気に取られるほどの力――――それもどうやら“よくない”力が“何故王城にあるのか”も疑問だが、一瞬で消えたというのも妙な話だ。まるでお前の来訪を感じ取って魔力を制御し、隠したかのような反応に思える……いや、これは早計に過ぎるか」
リシアは頭を振り、固定されかけた自分の思考を一度リセットした。
「王城にいる人々は何も感じないのだろうか。明日確認してみよう」
「もう一つあるんだけど」
「ん?」
「気配が似ていたんだ、“忘却の決戦場”に残っていた蒼い炎と」
「……ほう」
追加の情報を聞き、リシアは再び思考を巡らせた。
「……ヴィスークの言っていた、“怨嗟の熱を喰らう獣”の気配に通ずるということか」
「でもそうなると、何だ? まだ正体不明だが、よくわからねえ“獣”を、王家が地下で飼ってるってことなのか?」
「ヴィスークの話では……ヴィスーク自身はどうやら、その存在に良い印象を抱いてはいなかったようだが、千年前に“ゼルレインの陣営”としてロアダークと戦ったのだろう? ヴィスークの感覚は抜きにして、“怨嗟の熱を喰らう獣”は “世界を脅威から護る”側に属する存在だった、という解釈をするなら、エメリフィム王家が代々受け継ぐ戦力という可能性もあるんじゃないか?」
本当に? と言いたげに、総司が眉を吊り上げた。リシアは苦笑して言った
「お前と違って私自身は、何も感じ取れるものがなかったんでな。肌で感じたお前が“それはあり得ない”と感じるほど禍々しい気配だったようだが、あくまで可能性の話だ」
「あー……悪い、そりゃそうだな……」
「何だ何だ、随分弱ってるな? よほどあてられたと見える」
普段の様子とは違う総司に、リシアが優しく言った。
「五つ目の国にまで至ったというのに、今更私に気を遣ってどうするんだ。いちいち遠慮しなくていい」
「助かる……」
「リズーリ様と合流出来たら、明日は忙しくなる。それまでに落ち着いてくれれば良いさ」
「そういや、あっちの調子はどうなんだろうな。ゼディの話じゃ厄介そうだったが――――」
「ご心配には及びません」
襖の向こうからゼディの声が響いた。
総司とリシアの許諾を得てがらりと襖を開け、ゼディがひざまずいたまま報告する。
「今しがたリズーリ様より連絡が入りました。首尾は上々、明日の昼過ぎにはここに着くとのことでございます」
「良かった。機嫌も良さそうだな」
「いえ」
総司の言葉にゼディは首を振り、見るからに参り切った様子でため息をついた。
「とても不機嫌そうでした。声も刺々しく一方的な通話で、途中で切れましたし……ソウシ殿には明日はぜひ、リズーリ様の機嫌を取っていただきたく……あなたのことはむげになさいませんでしょうから」
「……まあ、俺で良ければ努力はする……大変だな……」
「まことに――――いえ、忘れてください。失礼いたします」
ゼディが部屋を離れた後、二人は夕食を摂り体を休めながら、これまで得た情報――――エメリフィムで得たもののみならず、これまでの旅で得た情報も含めて整理することにした。
総司が万全の状態なら、夜の街に繰り出して、更なる情報の収集に努めたいところだったが、明らかに調子を崩した総司を外へ連れ出すことをリシアが嫌った。
リシアは羊皮紙を取り出して、つらつらとこれまで得た知識を雑多に書き連ねた。
「我々は四つの“オリジン”を手に入れ、大陸を一つ制覇した。旅路としては順調極まりない。いろいろと大変な思いはしたが、二人とも五体満足でここまで来れただけ上々だ。だが、エメリフィムでは勝手が違ってくるぞ」
リシアが感慨深げに言う。
リシアの言う通り、ここまでの旅路は総じて「順調」と評して差し支えないだろう。特にレブレーベントを出た後、レブレーベントの“レヴァンクロス”に続く三つの“オリジン”を手に入れられたことは全くもって奇跡的だ。
滅びたはずのルディラント、千年外界との交流を拒んできたティタニエラ、厳格なる指導者の元、諸外国に決して友好的でないと評判高いカイオディウム。
リスティリアでのごく一般的な価値観に照らし合わせれば、総司とリシアがそれら全ての国を制覇して国の秘宝たる“オリジン”を手中に収めている事実は、それこそおとぎ話のようなものである。
その奇跡がこれからも続くと思ってはならない、と言うのが、リシアが言いたいことの根幹である。
「明確に我らの道を阻もうとする意思が王家のすぐ近くにある。しかし悲観する材料ばかりではない。これも全くの偶然だが、幸いこちらにはリズーリ様という強力な味方がいる」
「まだ完全に味方になってくれてるわけでもないだろうがな」
「ああ。だが何のとっかかりもないよりはよほどいい。この点については明日が勝負だ」
リシアは続いて、これまで得られた“最後の敵”に関することに言及した。
「次に、最後に必ずぶつかるであろう“敵”……簡単に整理するとすれば、“千年前、ゼルレイン・シルヴェリアと共にハルヴァンベントに渡った男”」
「“殺した相手の力を奪う能力”を持っている、千年前の戦いの最終盤では“ゼルレインでも押さえ切れなかった”とんでもない力の持ち主、だったな。今のところそれぐらいか。どういう目的があるのかもさっぱり――――」
「いや」
総司の言葉を、リシアが鋭く遮った。
「ルディラント王が手掛かりをくださっている。これも推測でしかないが、私の中では繋がっている」
「……何だと?」
総司は周囲を見回し、意識を集中して周りに誰もいないことを探りながら、慎重に声をひそめてリシアに言った。
「それは本当か……?」
「『“最後の敵”の目的は女神の制圧ではない。それは“手段”だ。目的は別にある』」
ルディラント王が最後に告げた言葉を、リシアは極めて正確に繰り返した。
総司だけではない、リシアにとっても、ルディラントでの出来事は彼女の人生において特別なものだった。王の言葉を一言も聞き漏らすまいとしていたのは、総司だけではないのだ。
ルディラント王ランセムは自身の予想に過ぎないと語っていたし、王ランセム本人にもどれほどの確証があったのかは定かではないが、リシアにしてみれば、王ランセムの予想は、これまで得られた“最後の敵”の情報に符合する部分がある。
「王ランセムの仰った“女神の制圧”を別の言葉に置き換えれば――――“女神の殺害”と言い換えれば、どうだ? お前にも読めるんじゃないか?」
総司が目を見張った。
「……そんなことが……? 出来る、のか? いや、可能不可能なんか俺にわかりゃしねえが……」
続いて総司の脳裏に思い浮かぶのは、ティタニエラのクルセルダ諸島に住まう神獣・ジャンジットテリオスとの会話だった。
かの神獣は此度の“敵”を、正気の沙汰ではないと断じた。
女神レヴァンチェスカが滅びれば、それはリスティリアの滅びに繋がる。何もなくなってしまうのだと。にもかかわらず“最後の敵”は女神を脅かしている。
その理由がもしも“そこ”にあるのだとすれば。
「それが“手段”だと言うのならば、詳細まではわからないが、おぼろげに見えてくるように思う」
リシアは少しだけ間を置いて、ハッキリと言い切った。
「“最後の敵”の目的は――――“女神さまを殺害し、女神としての権能を奪い取ること”だ」
ルディラント王ランセムは、総司に対して自分の予想を話していたようだったが、もしかしたらその真意としては、リシアにこのヒントを与えることにあったのかもしれない。
王ランセムは、ルディラントの真実に至ったのも総司ではなくリシアなのだろうと見抜いていた。かの王はあの時点で知っていたのだ。総司とリシアのコンビでは、リシアこそがその旅路のかじ取りをして、総司の手綱を握り、然る後に総司が、リシアが見出した道筋に立ちふさがる障害を吹き飛ばし、女神救済の道を切り開く――――そういう動きになるのだろうと。
「……女神レヴァンチェスカの健在は、すなわちリスティリアの健在である。ジャンジットテリオスに言わせれば“そういうもの”らしい」
リシアの考えを聞いて、総司は言葉を選びながら自分の考えを話した。
「でも、もし『神としての力さえあればリスティリアが消えることはない』なら、“最後の敵”がレヴァンチェスカを脅かすのを躊躇わないことにも説明がつく。自分が消え失せると認識してりゃ普通は――――」
「ああ、そうだとすればの話だがな」
リシアが意味深に言った。
「世界が滅ぶ、とまでは言わないが、少なくとも『健在』であり続けるとは思わない。何故ならお前がここにいるからだ」
「……どういう意味だ?」
「女神さまとて、“死ぬ”ことは避けたいとは思う。女神さまの視点は、私にはあまりにも遠くて推し量れたものではないが……けれど“最後の敵”が女神さまの権能を奪い取ったところでひとまずは“リスティリアが在り続ける”なら、何故お前に『リスティリアを救ってくれ』と頼んだんだ?」
総司はリシアに、レブレーベントの時点で、始まりの街シエルダに落ちるまで何をしていたのかを事細かに語っている。リシアの信頼を得るために全てを話している。リシアはその話もちゃんと覚えていた。
「“どうかリスティリアを救い給え”と女神さまに請われた、お前はそう言っていたな。“自分を助けてほしい”と請われたわけではないのだろう。言葉の綾か? それで済ませて良いのか? 私には、そこに“最後の敵”の最終的な目標があるように思えるんだ」
きっと、リシアの慧眼は――――カイオディウムでもそうだったが、ルディラント王ランセムの予想すら遥かに超えていた。
「“敵”が女神さまの権能を使ってやろうとしていることは、リスティリアの『健在』を脅かす。それ故にお前が呼ばれた。私はそう読んでいる……では“何をやろうとしているのか”と問われると辛いところだがな。そこは皆目見当もつかん」
リシアはここまで話し終えて、ふと真面目な表情を崩した。二人でレブレーベントを離れ、遠いところまできて、一時的にでも旅の道連れとなったミスティルもベルもいない今となっては、総司以外にはあまり見せる相手のいない和らいだ表情だ。
「もちろんこれも、私の推測……とはいえ、材料こそ少ないが、そう外れていないとは思っている」
「……心に留めておく」
情報を整理して、総司はふーっとため息をついた。
「……しかし悪いな、せっかく王都まで来たってのに、やってることがタユナの里と変わらねえとは……情けねえ話だ」
「お前が万全であることは何より重要だ。何度も言うが我々は遊びに来ているわけではない。何の文句もないよ、いい加減気にするのをやめろ。そもそも、外に出るのを止めたのは私だ」
夜の内でも情報収集ぐらいなら出来たかもしれないが、あくまでも二人にとって、エメリフィムでの最初の勝負は「明日」にある。総司がわずかにでも調子を崩したなら、リシアが無茶をさせるはずもなかった。
リシアは舵取りをするし、総司の選択の責任を共に負う気概もあるが、最も重要なところはやはり総司に選ばせるべきなのだともわかっていた。
「明日寝込んでもらうわけにもいかん。今夜の内に整えて――――」
リシアが言葉を切った。
タユナの屋敷の入口方向から、ゼディの叫び声が聞こえたのである。
決して悲鳴ではなかった。遠くて完璧に聞き取れたわけではなかったが、総司の耳には「お待ちください!」と懇願しているような叫びに聞こえた。
総司とリシアの反応は早かった。
二人ともが互いの武器にすぐさま飛びついて、襖を破壊する勢いで開き、広々とした武家屋敷の縁側へと転がり出た。
「――――異国の香りですね。それに……」
ざあっと、あまり「良い予感」のしない風が吹いた。
その風が総司の頬を撫でた瞬間、総司の背筋に悪寒が走った。
続いて叩きつけられた鋭い魔力に、知れず体が強張る。
月明かりが照らす庭先に、色素の薄い、白の強い桃色の長髪を靡かせる、リズーリと似たような「露出度の高い」改造された着物のような――――どこか、リズーリよりもずっと「巫女」の装いに見える服を着た長身の女性が立っていた。
タユナ族の女性だ。特徴的な、動物的な耳が、髪に紛れて確かに在る。頭に結わえた金色と深い赤の髪飾りが月明かりに煌めいて見えた。
鋭くも整った顔立ちは、それは美しく映えたものだが、あまりにも鋭い魔力が、その美貌に見惚れることを許さない。
ひときわ目立つのは、背丈ほどもある刀身の太い刀。鞘に納められた刀を抱え、女性は妖艶に笑った。
「この異様な気配……あなたが、“女神の騎士”」
さらりと何気ない動作で、女性の手が刀の柄に添えられた。
その時にはもう、総司はリバース・オーダーを構えて臨戦態勢を取っていた。
「誰だあんたは。何をしに来た」
女性の一挙手一投足を油断なく見据えながら、総司が乱暴に問いかける。女性は薄い笑みを絶やさないまま、少しずつ、総司との間合いを詰め始める。
「言葉で語るよりこちらの方が“わかりやすい”もので。まずは一手――――交わしてみましょう」
女性の所作は、動きがあまりにも流麗に過ぎて、少なくともリシアは反応できなかった。
居合の動作――――相手にそれと悟らせないほど滑らかで速い、それ一つが優れた芸術であるかのような洗練された動きの中で、しかし。
総司は完璧に反応していた。
女性が刀を抜き放つよりも更に速く、一瞬で女性との間合いを詰め切り、リバース・オーダーの柄の部分で、抜かせまいと刀の柄をがちっと押さえ込んでいた。
「……驚いた。死んでいましたね、本気なら」
「そっちも本気じゃなかったんだから、わかりゃしねえよ」
「……なるほど」
女性からはそもそも、鋭く質の高い魔力こそ嫌というほど感じられたものの、殺気がなかった。物騒なやり方で接触を図ってきたものだが、決して敵対的ではなさそうだと総司もわかっていた。
「リズーリの男を見る目は信用に値しないと思っていましたが……今回は当たりかもしれませんね」
女性は微笑んで、総司からすっと離れた。
戦う直前の笑みに比べればずっと親しみの持ちやすい、邪気のない笑顔だった。
「ってことはやっぱりあんたが、“リズーリが会いに行った相手”か。随分と早い到着だな。明日の昼と聞いてたが」
「自分で走った方が速かったので。リズーリはあなたの言う通り、明日の昼頃に着くでしょう」
女性がそう言ったところで、ゼディが慌てた様子で庭に駆け込んできた。
「トバリ様! お待ちくださいと言って――――あれ?」
「別に何事も起こしていませんよ。それより随分と調子が悪そうですが、大丈夫ですか?」
「だ、誰のせいで……うぐっ」
総司は、屋敷の入口で止めようとしたゼディを、長身の女性――――トバリが荒っぽく力で排除したのかと思ったが、ゼディのうめき声は痛みによるものではないようだ。
どうやらタユナ族の「通話」の魔法を通して、リズーリがゼディに怒鳴り散らしているらしい。同じタユナ族なのだからトバリにも通話を繋げられるはずだが、トバリの側がそれをシャットアウトしているのだろう。
「初めてお会いしましたが、あなたは愉快な子ですね。ゼディと言いましたか。リズーリなど見限って私の元へ来ませんか?」
「え、遠慮しておきます……少々お待ちを!」
とりあえず怒り心頭のリズーリを落ち着かせるため、ゼディがいったんその場を離れた。トバリは楽しそうにクスクス笑っていた。
「私も若い子を傍に置いてみましょうか。毎日飽きないかもしれませんね」
「……挨拶代わりにしては物騒なやり方だったな」
「申し上げた通りです。私にはこちらの方が早い。相手が腕の立つ者であればなおのこと」
まず戦ってみて、相手の力量と共にその心の内までも推し量ろうとする“狂人”。刀の柄に手を置いていない時のふるまいは極めて常識的に見えるが、その実とんでもない女である。
リズーリがトバリを苦手とする最たる理由がここにある。要は戦闘狂であり、理知的なロジックや一般的な感性、価値観がしばしば通じないのだ。布武の国エメリフィムにあっては、タユナ族にとって心強い戦力でもあるのだが、しかし手綱を完璧に握れないというのは不安要素でもある。リズーリが機嫌を窺いつつも極力関わろうとしていなかったのは、リズーリの腕っぷしではトバリを制御しきれないから。
しかし、総司を見極めるため、とは言ったものの、リズーリは総司と共に王家に出向くことが、もしかしたら今後のタユナの立場を決定づけるイベントになるかもしれないと感じていた。それ故に、タユナ族にとっては重要な存在であるトバリに声を掛けたのである。
結果としてはリズーリの悪い予感通り、話を聞いて興味を持ってしまったトバリが大きく先走ったわけだが。
「あの子が戻ってきたら、腰を落ち着けて話をしましょう。申し遅れましたが、私はトバリ。このエメリフィムで一番強い女です。お見知りおきを」