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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第一話④ 王女側近の凸凹コンビ

「“リック族”の反応は相変わらず。ヴァイゼの連中がちょっかいを出しているのか、誰とも話し合いにならない。いや、もともと先王以外、リック族とまともに会話できた者はいないんだけど……聞いてる? ジグライド」

「ん。あぁ、失礼」


 王都フィルスタルは、標高が低く裾の広い巨大な山を背に、堀と呼ぶにはあまりにも大きな運河に抱かれるようにして聳え立つ、広大なるエメリフィムを象徴する巨大な城である。


 布武の国に相応しく、その様相は要塞そのもの。赤茶色の無骨な岩の上にどっしりと構える巨大な城の領域は、王都フィルスタルの街並みと三本の橋で繋がっている。


 その様を総司が見れば感動に打ち震えたことだろう。レブレーベントの煌びやかさ、カイオディウムの荘厳さとはまた違う、どちらかと言えば「魔王」でも住んでいそうな威容である。


 三本の橋は昼夜を問わず、欄干に王家の力を示す永劫の炎が灯る。遥か昔から受け継がれるエメリフィムの紅蓮は、伝承魔法“エネロハイム”の偉大さを後世に見せつけてきた。


 城が乗っかる赤茶色の大地の内部にも、宝物を収める倉庫をはじめとして様々な機能が内包されており、橋を越えた先は王都フィルスタルともまた異次元の世界となっている。


 王都フィルスタルは比較的背の低い家々が立ち並び、街そのものが王城を起点として裾の広い山に沿うように、扇形に起伏を付けて広がっていた。随所に物見のための塔がいくつも建造されており、ここ四年間は特に、常に王軍の兵士が詰めて街の様子に目を光らせている。


 それらの塔は、王家を守護する最後の砦、賢者アルマの防御魔法の起点にもなっている。王都フィルスタル全体は常に、賢者アルマによって魔法的な防御の恩恵を受ける。


 先王の時代から賢者アルマが礎を築き上げ運用してきた魔法防御は、王都に住まうヒト族を中心とした住民にとって、ゆりかごに抱かれるような安心感を与えていた。


「不首尾の顛末を詳細に聞く必要もないと思ってな。要はうまくいかなかった、それさえ分かればいい」


 そんな王城の一室、王女ティナの「側近」が一人、長身で銀髪の特徴的な青年、ジグライド・ヴァーデンの執務室では、ジグライドと、もう一人の「側近」であるシドナが話し合いをしていた。


 銀の装飾が付いた黒いロングコートを纏うジグライドは、整いつつも冷たさの滲み出る鋭い顔つきに皮肉げな薄ら笑いが特徴的な美男子である。特徴的な銀の髪、その前髪はかき上げられていてツンツンと逆立っており、後ろ髪は長めに肩まで流している。王家と同じくヒト族の青年で、賢者アルマと並んで現在の王家の要――――王家周りの事務的な仕事を一手に担う人材であり、先王が倒れてからは軍略までも取り仕切ることになった。


 嫌味を言われて表情をぴきっとひきつらせているシドナは、ヒト族ではなく、タユナ族と並んで最も王家に近い亜人族の一つ、ミデム族の女性である。ジグライドよりも若く、まだどこか幼さの残る顔立ちをした、真っ白な肌に亜麻色のショートヘアといういで立ちの美女である。


 ミデム族は外見的にヒト族とほとんど変わらないのだが、特筆すべきはその生命力と回復能力だ。魔法的な補助がなくとも異常なまでの回復力を誇っており、例えば目をつぶされても一日二日あれば再生する。シドナは種族としてのその特徴と、双剣を用いた類まれな戦闘技術で以て、先王アルフレッドの時代の最終盤で王族の側近に加わった。


 ジグライドにしてもシドナにしても、王族のすぐ近くで、王家周辺にとって重要に過ぎるポジションの事実上のトップに等しい立場にいるのには、もちろん理由がある。


 単純に二人が「デキる」者である、ということに留まらない、やむにやまれぬ理由がある。


「悪かったわね……あんたが行けって言うから行ったってのに……!」

「リック族をヴァイゼに抑えられてしまえば、いよいよこちらの手が詰まる。君もわかっているはずだ」


 ジグライドは下らなさそうに言った。シドナの不機嫌さなど全く歯牙にもかけていない様子である。


「エメリフィムの主たる鉱山であるケレネス鉱山は、リック族以外を受け入れてくれない。他の種族の者ではまともに発掘作業に就くこともままならん。何故か、リック族にしか『安全に掘れる場所』の見極めが出来んらしい。要は、武器を含む工業系の――――」

「わーかってる! 引き続きリック族との交渉は続けます、それでいいでしょ!」

「結構」


 ジグライドは手元に誰かからの手紙を携えていた。随分とボロボロで汚れている。その文面から目を外すことなく、シドナの怒鳴り声に似た声色もさらりと受け流して話を続けた。


「まあそもそも先王が倒れてからこの四年、リック族を口説き落とせた者はいないのだ。定期的に君に出向いてもらって、リック族周りの動きを監視しておくとしよう」

「……ねえ」

「何かな」

「私が失敗するだろうって、最初からわかってた?」

「これはこれは」


 ジグライドは相変わらず手紙から目を離さずに、何を当たり前のことを、とでも言いたげに笑った。


「先王以外に誰も、リック族と友好関係を結ぶことは出来なかった。何故君になら出来ると思えるのか、私からすればそちらの方が不思議でならんよ」

「じゃあ何で行かせたのよ! しかもこれからも行けってどういうことなの!? オイこっち見ろ皮肉屋ァ!」

「ヴァイゼの勢力の拡大がここ最近著しいからだ。リック族に声を掛けているのもほぼ間違いない。となれば、道中で連中とかち合って荒事になるかもしれんだろう。君がいれば、突発的な戦闘で万一があることもあるまい」


 ジグライドが相変わらず無感情にさらりと言った言葉で、がーっとうなり始めたシドナの勢いが大きく削がれた。


 皮肉げではあるが、シドナの実力に関しては認めている。そうでなければ出てこない発言だ。


「……まあ、そりゃそうだけど?」

「この程度、いちいち解説されんでも理解しろ」

「一言余計なのよね! いっつもそう!」


 シドナは憤然と怒り心頭と言った表情だったが、ふと気になって話題を変えた。


「……それで、さっきから何を見てるわけ? その手紙、あんたの外見に騙された女性がまた熱烈な愛を綴ってきたの?」

「私にではなく王女様へ宛てた手紙だな」

「ティナに!?」


 シドナは途端に目を輝かせた。


「へー! へー! 誰から? 貴族の子かしら、それとも兵士のお子さんとか? ちょっとちょっと、そんな面白いもの独り占めしないでよ!」

「さて、練習問題だ」


 ジグライドはふーっとため息をつき、ぴらぴらと汚れた手紙をシドナに見せた。


「君が言ったような差し出し主ならば、こんなに汚れた状態であることはあり得ないとは思わんか?」

「……そうね?」

「では、何故このように汚れてしまったのか?」

「……途中で、手紙を託されたヒトが落っことした」

「王家に宛てた手紙を落とすとは、随分と気の緩んだ配達係だな。しかし公平ではないので一つだけ教えよう。この手紙は、鳥によって運ばれてくるべきものだった」

「……途中で、奪われていた?」

「ほう。意外だな。やるじゃないか」


 ジグライドはにやりと笑って、


「この手紙は一時賊の手に渡っていたが、その賊が別件で兵士によって取り押さえられ、その時に押収されたものだ。だが差し出し主の手際は見事。差し出し主はエメリフィムの王家の内情までは詳細を掴んでいないようだが、手紙を読む場所に条件付けがされている。『王城の中でしか』読めないよう細工を施した上で――――」


 ジグライドは自分の執務机の引き出しをガラッと開けて、汚れていない同じデザインの手紙を四通、机の上に取り出した。


「全く同じ内容の手紙を合計五通、別の方法でこの城に向けて飛ばし、手紙が届かない可能性を低減している。この手紙の内容を快く思わない者が、エメリフィムのみならず随所に存在するのかもしれないと読んでいる」


 ジグライドは興味深そうにこくこくと頷きながら続けた。


「しかも手紙は、差し出し主の『国籍』までは敢えて隠していない。パッと見てわかるように紋章を付けた上で、『合計五通送った』ことを明記して、全てほとんど同時に王城に届くよう調整までしている。この手紙を快く思わない者が手紙を一時でも押さえ到着が遅れれば、そういう悪意ある者がいるとこちらも把握できる。その者が魔法の細工を突破して内容を改めたとしてもけん制できる。読んでしまったら、“妨害に気づかれた可能性”に思い当たるだろうからな」

「……考えすぎじゃないの?」

「そう思うかね?」


 ジグライドは薄く笑った。


「その感覚は正しくもあるだろうな。このやり方の意図、本命は別にあると見える」

「わからないわ」

「ここまで厳重に道筋を整え、何としてでも王家の周囲にいる者にこの手紙を届けようとした、という事実を見せつけることこそが差し出し主の狙いだ。“意図を読ませる”意図がある。私のような者が“興味を持つ”ように仕向けている。おかげで私は差し出し主の狙い通り興味津々だ。この手紙に書かれている“騎士団長”と“騎士見習い”とやらに、是非会ってみたい」

「……ちょっと?」

「何だ?」

「練習問題にしてはあんまりにも難易度高くない?」

「……ふむ」


 ジグライドはふと気づいたように一瞬だけ目を閉じた。


「確かに」

「あのさぁ……まあいいけど」


 シドナは首を振って気を取り直し、改めて聞いた。


「それで、恋文じゃないんなら、その手紙はティナに何を……?」

「私は一言も恋文だなどと言った覚えはないが――――」


 ジグライドはふっと笑って、


「遠きレブレーベントのアレイン王女殿下より我らがティナ王女殿下へ、“私の部下をよろしく頼む”という直筆の書状だ。さて、手紙も揃ったことだし、王女殿下に報告せねば」


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