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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第一話② 新しい風が運ぶ天運

「そろそろ休まれた方がよろしいかと」


 時は少し遡り、総司たちとリズーリの会合がお開きになった少し後のこと。


 リズーリは一人、屋根の上に残り、物寂しげに酒をあおっていた。ゼディがそんなリズーリを心配して、傍らに跪き、遠慮がちに声を掛けた。


「……言われてしもうたわ」

「……はい」


 先王アルフレッドが倒れてから四年。


 王家に代わって国のかじ取りをするでもなく、王家を助けるわけでもなく。


 かと言って、王家に反旗を翻さんとする者たちに協力するでもなく、どっちつかずのままで情勢を見極めようとしていたリズーリの立ち回りに対して、総司は核心を突いた。


 それは卑怯者の作法であると。


「ついさっき会ったばかりで無礼千万です。お気になさることはありません」

「そうはいくまい。忙しいあの子らをわらわが呼びつけたのじゃ。客として迎えたにもかかわらず……あの子の気にさわってしまったようじゃな……」


 総司のまっすぐな眼差しを思い出し、リズーリは自嘲的に笑う。


 カトレアに聞いていた通り、まっすぐで甘い男だ。その眩しさは、今のリズーリにとってはあまりに酷だった。


「……危ういまでのまっすぐさ、腹芸が出来るたちでもあるまい。あの子は本音で喋っておった。そしてカトレアは、わらわに本心を見せたことはない」

「……いずれも異国の民です。軽々に信じるには少々危険かと」

「然り。見極める必要がある。あの子らはもとより、わらわの動きもエメリフィムの今後を左右する。お主の言う通りじゃが……あぁ全く、我ながら呆れるわ!」


 リズーリはぽりぽりと頬をかいて、楽しそうに笑った。


「“ああいう男”には弱くていかん……! 出会ったばかりでずけずけと、こちらの都合もおかまいなしに本音で物を言いおってからに。どこぞの馬鹿王がちらついてならんわ!」


 リズーリは盃をぽいっと捨てて弾かれたように立ち上がった。


「ウェルゼミットめ、さては惚れよったなァ……? まぁ無理もあるまい、アレはうら若き乙女には毒に等しかろう」

「……あなたも絆されているではありませんか。随分とお早いご決断で」


 ゼディが呆れたように言った。


「やかましい。こういうのは思い立った時に動くのが肝要なのじゃ。安心せい、自分の言ったことを忘れてはおらんわ。まずは見極めるだけじゃ」


 ゼディは、とてもそうは見えませんが、という皮肉が喉元まで出かかったのを、何とか飲み下した。


 結局のところは、リズーリもきっかけが欲しかっただけ。どっちつかずのままでいたのは、最終的に甘い汁を吸おうとしているように見えただろうが、リズーリの本心としてはそうではない。


 ティナ王女にエメリフィムを率いる力がないという現実と、しかし王家には倒れてほしくないという密やかな願望と。二つの矛盾した想いが彼女を縛っていた。タユナの動きがエメリフィムの今後を左右するものであるという事実もまた、リズーリに大胆な動きをさせなかった。


「これも天運よ。流れを変える何かを、外から来た風が運んできた……おかげでわらわの性分を思い出したわ。結果が見えてから動くより、のるかそるかの方が性に合っておる。どうせ賭けるなら何を考えているかわからない者より――――若くてアツい男の方がイイしな!」






「あの場であそこまで言い切るとはな」

「余計な世話ってのはわかってる」


 少しばかりひりついた空気のままで、リズーリとの宴はお開きとなった。


 総司とリシアはリズーリによって歓迎され、タユナの社の中でもかなり大きな一角を丸々、今晩の宿として与えられた。


 見れば見るほど、総司にとっては多少の馴染みもある「和風」な趣だ。木造りの家と言えばティタニエラにも多かったが、タユナの社はずっと日本の造形に近い。


 日付も変わり、夜も十分に更けた頃。火を入れた囲炉裏の周りで、総司とリシアは今日起こったことを語らっていた。リシアは「座布団」の文化に馴染みがなかったようでそわそわとしていた。総司からすれば、野宿でも何でもござれの逞しさがあるリシアが、どこか神妙な空気の流れる屋敷の中で、馴染みのない文化に触れて落ち着かない様子でいるのは滑稽に見えた。


「リズーリが俺達と会いたがったのは、カトレアの思惑を見極めるためだ」

「ああ。カトレアには信を置いていらっしゃるように見えたが、どうやらリズーリ様にも思うところがあるらしい……とはいえ、港の時点でよくそこまで読んだな? 代案がなかったし、いざとなれば切り抜けるつもりでもいたが……」


 総司が二つ返事でゼディの招きに乗った時、リシアは総司を信頼し策に乗ったものの、わずかに「危険な判断」という警戒心も持っていた。


 結果的には総司の判断が正しかった。総司とリシアは、エメリフィムに来てからまずは情報収集に乗り出さねばならないところ、その手順をかなり省略して、エメリフィムに渦巻く現状について多少の知識を得られた。


「おぉ、俺にしちゃ珍しく頭が回ってな」


 囲炉裏の灰に火箸を突っ込んで、総司がごそごそと乱暴に、わかりにくい図を描き始めた。


「カトレアはリズーリに俺達のことを話した。リズーリは俺達に会いたがったが、ディオウに知られることは避けた。つまり、リズーリにとっちゃ、俺達と会いたがっているってことがカトレアに知られるのは避けたかった」


 総司はリズーリの勢力に見立てた円をぐりぐりと火箸で突いて言った。


「リズーリがカトレアの思い通りに動く女だったら、この接触があり得ない。カトレアが何をやろうとしているのかリズーリも知らない。リズーリも、カトレアを“読み切る”ために俺達との接触を望んだ」

「……なるほど」


 立膝をついて総司の話を聞いていたリシアが、納得したように苦笑した。


「妙に冴えていると思ったらそういうことか。相当脅威に思っているらしいな、カトレアのことを」


 リシアに図星を衝かれて、総司が目を見張った。


「警戒が思考を深めている。そう言えば、例の“紫電の騎士”を除けば……リスティリアで“初めて敵対したヒト”か」


 ヒトの善性を信じずにはいられないのが、総司の致命的な弱点だ。


 レブレーベントから始まりカイオディウムを超えるまで、その弱点は決して「悪い方向」へ転がらなかった。明確に敵対した者たちとも、最終的には和解を重ねてきた。斬らないことが、正しかった。けれどそれは単なる偶然だ。


 例えばアレインが、ミスティルが、ベルが、総司が信じ抜こうとした気高さや善性をわずかも持ち合わせていなかったら、総司の旅路はどこかで終わっていた。


 その最たるはベルだっただろう。アレインもミスティルも、総司は戦って倒した上で一応の和解を見たわけだが、ベルだけは違った。


 間違いなく実力的には総司の方が上だったが、それを見せつけてから和解した――――言い方を変えれば、「諦めさせた」わけではなかった。


 ベルがもしも本気で総司を殺すつもりだったなら、恐らく殺せていた。相対した「敵」の中で唯一、総司が「戦いが終わるまでに」その善性に賭け、身を投げ出した相手。“カイオディウム・リスティリオス”はベルを殺さず止める最良の手段だったが、ベルが繰り出した彼女の最強の魔法に対しては抵抗力を持たない。


 ベルに迷いがなければ、リベラゼリアは総司に致命傷を与えていたかもしれない。


 総司の甘さは“カイオディウム・リスティリオス”の弱点ともなり、四つ目の魔法は総司にとってともすれば枷になる。“殺さなくても無力化できる”力は総司の甘さを助長する。


 選び取るべき「斬る」選択を前に、もしかしたらその選択をしなくていいのではないかという、毒のような誘惑をよぎらせる。


 その自覚があるからこそ、総司はカトレアに対して過剰なまでの警戒心を抱いているのだ。総司は自分を信じ切れてはいない――――ディオウから、カトレアの目的の一つに自分自身の排除があるのだと聞かされても。


 もしもカトレアを目の前にして「そういう状況」になった時、迷わず「斬る」選択が出来る自信がないのだ。


 しかし、総司に自信がなかろうとも、カトレアは総司に対して敵対的な行動を取り続けると思われる。それ故の警戒。「そういう状況」に出来る限りならないよう気を張っているのだ。


 仮にカトレアと相対した時に、ベルと戦った時と同じような状況にもしも陥った時。


 ベルと同じように振り上げた拳を下ろしてくれる保証はどこにもない。“カイオディウム・リスティリオス”で突っ込んで、躊躇いなく反撃されてしまえば、今度こそ終わってしまう。


 避けようのない戦いが来た時、カトレアに振るうべきはその力ではなく、“シルヴェリア・リスティリオス”になるだろう。こればかりは“そうしたいから”ではなく、“そうしなければならない”のだ。総司が女神救済の旅路を達成するためには――――


「だがそうなると、リズーリ様の機嫌を損ねたのは悪手ではないか?」


 リシアがふっと笑ったまま、総司に言った。


「あの御方が“王家の味方をしたがっている”のだとしても、もう少しマシな“持って行き方”があったと思うが……無論、責めているわけではない。口を挟まなかった私も悪いが……お前らしくないとも思ったな」

「まあ、そうなんだろうけど……」

「ん?」

「俺は嫌いじゃねえんだ、リズーリのこと」


 総司は正直に、自分の心境を吐露した。


「出会ったばかりだけどな、似たような過去もあって……先王の話をしてる時のリズーリは、すげーイイ女だなって……見りゃわかるじゃねえか、惚れた男の一人娘をものすごく心配してる。それが出来るヒトなんだ。だって言うのに、小難しいこと考えて動けないでいる」

「……そう見えたか」

「後悔ってのは際限がない。どれだけでも重なるんだ。詳しい事情はまだわかってないけど、このまま王家が倒れて王女様に何かあったら、リズーリはもっと後悔する。王家のすぐ近くにいるカトレアのことを手放しじゃ信じてないってんなら、リズーリも行動すべきだ。あのヒトぐらい賢けりゃわかってるはずだ」


 総司はあぐらを掻いたまま、リシアに正面から向き直った。


「リズーリも王家まで連れて行きたい。手を貸してくれ」

「……また、“オリジン”以外の目的のために体を張るつもりか?」


 リシアが目を細め、厳しい口調で言った。


「カトレアの企みを阻止することは、お前の旅路の達成に直結する。カトレアがお前に敵対的である限りな。だがお前が今考えているのは“余計なこと”ではないのか? 枢機卿猊下の言葉、忘れたわけではないだろうな」

「……それは……」

「“そんなやり方がどれだけ持つのか”と叱られただろう。私も猊下と同意見だ。そこまで抱え込む必要はない」

「……リシア」

「何だ」

「頼む。俺だけじゃ無理だ。常日頃ここまで頭が回ってねえ自覚はある。お前の助けがいる」


 総司の懇願を前に、リシアはしばらく険しい顔をしていたが、やがて諦めたように苦笑した。


「……全く……どうせ、こうなるだろうとは思っていたさ」


 リシアが静かに言う。


「きっとお前は……たとえどれだけ心と体をすり減らすことになろうとも……枢機卿猊下が仰った、“持たないはずの”道を選び取るのだろうと。そうしなければお前自身が休まらないからだ。損な性格だな」

「……苦労を掛ける……」

「それが私の役目だ。最善は尽くす」


 リシアは総司が傍らに置いた火箸を奪い取ると、総司が乱暴に描いた図形にがりがりと何かを書き加え始めた。


 会ったばかりのリズーリに不必要なまでに感情移入し、後悔させたくないのだという総司の望みを叶える方向性で動くというのは、エメリフィムで取るべき行動としては論外に近い。総司に甘すぎるリシアもまた、救世主たる総司にとっての弱点かもしれない。


 しかし、フロル・ウェルゼミットやミスティルがそう感じ取ったように。


 きっとだからこそ、“この二人”だったのだろう。


「“賢者アルマ”との接触が必要だ。リズーリ様がカトレアに対して疑念を抱いているというなら、完全に味方になっていただくためにも、賢者アルマの考えを知ることは重要だ。やりようによっては、この国で最も不安な要素であるカトレアを孤立させられる」

「カトレアとディオウを単なる戦力として迎え入れているだけなら、話は早い」

「ああ。問題はそうではなかった時――――力と金の交換というだけでなく、両者に共通の、何かしらの目的意識があった時、どう動くべきか……」


 リシアは火箸を置いてふと言った。


「さっきはああ言ったが、こう考えてみれば、“オリジン”に辿り着くためにも、カトレア周りのことは避けては通れない問題なのかもしれんな……」

「ティナ王女と話をするのも必須事項だ。出来れば賢者アルマやカトレア抜きでな」


 エメリフィムの内情については、ディオウから聞き出した情報とリズーリの話ぐらいでしかまだ把握は出来ていないが、得られた限りの情報を整理してみると、総司の感情的な望みは意外と的外れではないのかもしれない――――と、リシアは考えを改めた。


 現段階ではどう考えても、リズーリの助力が不可欠だ。カトレアが王家のすぐ近くにいる以上、ティナ王女の総司やリシアに対する態度も読めない。リズーリが味方となって共に王家に出向いてくれれば、王家の周囲にいる者たちがカトレアによからぬことを吹き込まれていたとしても、多少は挽回の余地がある。


「……なおのこと、機嫌を取っておくべきだったかもしれんぞ」

「……いや、うん、そうだな、それは……すまん。つい……」

「よい。気を悪くしてはおらん」


 総司とリシアがバッと振り返った。


 リズーリが柔らかな笑みを浮かべて、総司たちに与えられた社の縁側に立っていた。


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