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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 第一話① 意気投合と不穏な気配

 ゼディが用意した「移動手段」は、馬ではなかった。総司が見たことのない生き物で、総司たちはその背に取り付けられた籠に乗せられた。レブレーベントで戦ったブライディルガほどはあろうかというほっそりとした胴の長い体躯を持つ、尾を三本持つ狐のようなイタチのような魔獣は、驚くほど優雅に、それでいてすさまじい速度でエメリフィムの地を踏破した。


「大した速さだなコイツは」

「……そう言えば」


 総司が感動した様子で不思議な魔獣を見ながらゼディに声を掛けると、ゼディは意味深に返した。


「見えているのですね」

「……見えている? どういう意味だ」

「いえ、こちらの話です。あまり身を乗り出さぬようお願いいたします。さほど時間は掛かりませんので」


 荒野の多い国だ、というのが、総司の第一印象だった。アルティエ港からタユナ族の里までの道中だけが荒れているのかどうかまではわからないが、少なくとも総司たちが進んだ道中は、緑生い茂るティタニエラとは比べるべくもない。総司の最初の印象としては、山岳地帯と荒野が視界を占める、無骨でどこかたくましさを思わせる国だった。


 その荒野から一転、神秘的なひんやりとした空気が充満する森の中に入った途端、一気に気配が変わった。


 ティタニエラとも違う、神秘性と同時にそこはかとなく恐ろしさを醸し出す森の中を進んだ先に、タユナ族の里はあった。里に着いた時には、そろそろ日付も変わろうかという頃合いになっていた。


 里に着いて、総司はしばらく呆気に取られていた。


 タユナ族の遣いであるゼディの服装もそうだったが、里はもっと、総司からすると「日本」を思わせる構造物ばかりだったからだ。現代日本というよりは、「古き良き日本」を思わせる里だった。


 里全体が、巨大な神社の境内に取り込まれているようだった。総司が知るものよりも角ばっていて刺々しい印象はあるものの、里の入口で総司たちを待ち構えていたのは立派な「鳥居」と呼んで差し支えない建造物だ。つまるところ、目に映る光景から雰囲気から、全てが和風なのである。


「リズーリ様、お連れ致しました」


 タユナ族の里に聳える立派な社の更に奥、切り立った崖に沿うように天へと伸びる巨大な木の、屋根に乗っかるように伸びた枝の傍らに。


 リズーリと呼ばれた美しい女性が座り、月夜に酒を楽しんでいた。


 目元に薄く朱を入れた麗しの美女。月明かりに映えるその姿は、見る者の心を捕らえて離さない。


 リズーリは、総司とリシアを見つめた後、まずは案内役であるゼディに自分の元へ来るように指示した。ゼディが瞬間移動の如く、リズーリの元へと跳ぶ。


 続いてリズーリは、ちょいちょい、と、眼下の二人に手招きする。自分のいる屋根の上まで上がって来い、ということだろう。総司とリシアはタン、と軽く地を蹴って、リズーリの元まで跳び上がった。


「……ほう……」


 リズーリは盃を片手に、少し酔った表情のままで総司を一瞥し、思わず、といった様子で感嘆の息を漏らす。


「タユナ族のリズーリじゃ。ソウシ・イチノセとリシア・アリンティアス、相違ないか」

「ええ。お招きいただき光栄です」


 リシアが儀礼的な挨拶をする。リズーリはリシアを見ていなかった。最初に二人を見つめた時以外は、彼女の視線は総司にずっと注がれていた。


「ではソウシ、それにリシア。近う寄れ。よい酒じゃ、船旅の疲れも吹き飛ぶぞ」


 妙な緊張感の漂うこの不思議な邂逅は、ひとまず盃を交わし合うところから始まった。





「この酒とんでもなく美味いッスね! すぐなくなる!」

「お主なかなかイケるクチじゃな! 実によい! 最近はせいぜい一杯ぐらいしか付き合ってくれる奴がおらんもんで――――」

「リシア殿も、さあ」

「あぁ、これはこれは……」


 最初のにらみ合いにも似た雰囲気はどこへやら、総司とリズーリはものの数分で打ち解けてしまい、リシアは取り残されたような感覚を禁じ得なかった。いや、リシア自身も、リズーリに親しみを覚えていないわけではなかったが。


 リズーリの身の上を聞いてしまっては、無理からぬことでもあった。


 リズーリは「エメリフィムの祭事を担う要職」に在る者だ、と簡単に説明した後、総司たちが乗ってきた不思議な魔獣の話をした。総司に対して、「あの魔獣が見えたかどうか」を聞いたのである。総司があの魔獣の姿かたちを説明してからリズーリと打ち解けるまでは本当に早かった。


 実はあの魔獣、「ケルテノ」と言う美しくしなやかな“彼女”は、エメリフィムにのみ生息し、そしてエメリフィムにおいても希少と言われる特別な魔獣なのだという。


 その理由は――――希少というよりは、観測されることが少ないから。


 定義は非常に曖昧で、現代においても完全に解明されていないのだが、どうやら“親しい者の死を間近で見てしまった”者にのみ、その姿が見えるのだという。


 幼馴染を目の前で失った総司と、幼い頃に暴動に巻き込まれて命を落とした両親を目にしてしまったリシアは、どちらもその条件を満たした。故に、ケルテノが見えるということに何の疑問も抱いてはいなかったのだが、それは稀有な例だったのだ。


「惚れた女に目の前で、想いを告げる暇もなく……くぅー! 泣かせるのぉ、その歳でなんともはや……! 悔やみ切れんなぁ、わかるぞ!」


 リズーリが良い具合に酔いが回っているのか、総司の隣にピッタリと寄りかかるように座って、彼の背中をバシバシと何度も叩いた。


 総司にとって、幼馴染を失ったあの日の後悔は、軽々にヒトに話せるようなものではない。ましてや、今日ついさっき会ったばかりの得体の知れない相手に話すような内容ではない。しかしリズーリは、総司とリシアが「見える」のだとわかった後、二人に話させる前にまず自らが「見える」理由を話したのである。


 先王アルフレッドに惚れていたこと。先王が王妃ミデレナを迎える前から愛しており、先王が逝去することとなった戦いにも共に赴いて、護り切れなかったこと。


 リズーリが何故二人を呼びつけたのか、そんな話をする前にいきなり悲痛な過去を語られてしまっては、総司もリシアも本題を切り出すわけにもいかず、自分たちが何故ケルテノが見えると思われるのかの理由を、自分たちの過去を話したのである。


 そこからはもう、本題などそっちのけでリズーリが勝手に盛り上がってしまって、酒の席もにぎやかになりながら今に至る、というわけである。


「飲んでおるかリシア! お主も近う寄らんか!」

「寄っております、すぐお傍に」

「幼くして親を失った身で、立派に育っておるもんじゃ……心配せんでも、話の主題までは忘れておらんよ、酔った頭でもな。まずはわらわに付き合え」


 リシアの考えを見透かしたように、リズーリは言う。リシアはふっと笑った。


「滅相もない。過分なおもてなし、痛み入ります」


 その静かな、邪気のない笑みに何を思ったか、リズーリが何故か体をのけぞらせた。


「おぉ……うむ……おいソウシ。過ぎた嫁である。大事にせぃ」

「いや別に嫁じゃねえんだけど」

「何じゃい、まだ吹っ切れておらぬのか、その女子のこと。あぁ、まださほど時間は経っておらぬのであったか?」


 女神レヴァンチェスカと過ごした不思議な時間とも合わせると結構な時が経過しているのだが、世界の時間軸に合わせれば、「彼女」との別れからは半年を過ぎたところでしかない。感覚的に「引きずっている」わけではなくとも、総司の心には未だ「彼女」がいることは間違いない。


「まあわらわは四年経ってもまだ引きずっておるんじゃけどな! あはは!」

「笑えねえ……」

「いや、すまんすまん。さて……ところで、ソウシ?」

「はい?」

「お主、カトレアとはよい仲かの」


 総司も総司でほろ酔い気分ではあった。


 しかし、その名を聞いた瞬間、わずかに赤く上気した総司の顔からみるみる熱気が引いた。空気がピンと張りつめて、一瞬だけ、殺気にも似た気配が総司から漏れ出て、リシアが警告するように鋭く言った。


「慎め」

「よい」


 厳しい顔つきのリシアを手で制し、リズーリが笑う。


「お主らのことはあの子から聞いた。あの子も決して友好的とまでは言えぬ口ぶりであったが……お主の方は、それどころではないようじゃの」


 どうやらカマを掛けられたらしい。すっかり気を抜いてしまっていた総司は、諦めたようにため息をついた。


「……ええ、まあ。アイツの狙いの一つには俺の排除もあるらしいし、敵対関係と言っていいでしょう。カトレアがあなたに話したのは、あなたが王家に近いからですか」

「無論、そうであろうなぁ」


 リズーリは訳知り顔で頷いて、置いた盃に次の酒をとぽとぽと落としながら話を続けた。


「話した通り我らタユナは、王家が核となって行う神聖なる儀式の数々を手掛ける一族じゃ……当然、王家とは親しくしておった。今は多少距離を置いておるが。ディオウとも一緒におったのなら、奴らが誰に仕えているかも聞いておろう」

「賢者アルマにと聞いていますが」

「そう……エメリフィムの現状については、どこまで知っておる」

「……カトレアとディオウのことぐらいしか。まだ何も知りません」


 リズーリは、総司の盃にも追加の酒を入れて、くすっと笑った。


「先王が死んで四年……エメリフィムは荒れておる。アルフレッドの奴は子に恵まれなくてなぁ……お主よりちと幼い娘が一人だけ。王女ティナしか、先王の直系はおらん」

「……王家の倣いに詳しいわけではありませんが。それならば、ティナ王女殿下ではなく、ティナ女王陛下では?」


 リシアが口を挟んだ。リズーリは首を振り、


「王家周りのごく一部の連中しかそれを認めておらんし、ティナもそれをわかっておるのじゃろうな。未だ、女王即位の触れは出ておらん」

「そりゃまた何で……?」


 総司が率直な疑問を口にした。


 総司がこれまで旅してきたリスティリアの国々の中で、「王家」が為政者として君臨しているのはレブレーベントとルディラントの二つだ。ティタニエラの大老クローディアは「エルフ族の族長」という立場だった。カイオディウムは女神教のトップであるフロルが為政者として国政の主導権を握っていた。


 既に滅んだルディラントも除くとして、総司のイメージにあるのはレブレーベントだ。


 総司にとっては考えるのも失礼な話ではあるが、仮にエイレーン女王陛下が病に倒れたりしてこの世を去ったなら、王女であるアレイン・レブレーベントが次代の女王として即位し、引き続き国のかじ取りをするだろう。


 苛烈な人格の持ち主ではあるし、年齢的にもまだヒトとしての完成を見ているわけではなかろうが、それでも総司やリシアとは別格。傀儡の賢者マキナをして「強靭に過ぎる」とまで言わせしめたように“器”は十分――――今日明日にでも女王になれと言われても、アレインならばなんとかしてしまいそうだ。宰相ビスティークをはじめとして女王を支える立場にある者たちが、アレインの即位に反対するとは思えない。


 生命としての価値は決して「血筋」が全てというわけではないが、こと「王家」となれば話はまた別だ。その血と名が背負う重みは、凡百のそれとは次元が違う。エメリフィム王家の直系というのは、仮にも王制を敷くエメリフィムの頂点に立つには欠かせない資格ではないのか。


「もともと荒くれ者の多い国じゃ……その先頭に立つには、ティナはあまりに……弱すぎる」

「弱い……?」

「王家には炎を操る伝承魔法が代々受け継がれておる。伝承魔法のことは知っておるな」

「ええ、それなりには」


 伝承魔法の継承者たち、それも相当の使い手たちと――――思い返してみればそれぞれ不本意ではあったものの、結果として“戦ってきた”総司である。伝承魔法のことは、並のヒトよりもよく知っていると言っていい。


「伝承魔法を受け継ぐ血筋に生まれたからと言って、皆が覚醒するわけではない。覚醒の程度も違う。しかしエメリフィム王家は稀有なことに、毎世代必ず、強力な使い手が生まれておった。その中でも先王は傑出しておったが……まあ、何の因果か知らんが、荒くれ者を率いるにはぴったりの特性じゃ」

「……なるほど」


 そこまで聞いて、リシアが納得したように頷いた。


「ティナ様には“それ”がないのですね」

「そう……あの子には伝承魔法“エネロハイム”の才能が欠如しておる。覚醒自体はしておるが、底が知れておる。到底、エメリフィムを照らすに足る、猛々しい炎にはなり得ん」

「……だから、“多少距離を置いてる”のか」


 リズーリはこくりと頷いた。


「我らタユナは今もって中立である。しかし、荒くれ者ども――――“ヴァイゼ”を筆頭に、明確にティナの治世を認めぬ意思を示す者どもは、王家とその周囲を一掃せんと息まいておる。アルマがおらねば、王家はとうに滅んでおった」


 ディオウがその血を引く亜人族は、王家を排除する意識を持った者たちの筆頭だ。


 総司はリズーリの横顔を見つめ、しばらく考え込んで、静かに言った。


「それであんたは、王家に協力するつもりも、ヴァイゼ族やら何やら、物騒な連中の後押しをするつもりもないわけだ、今のところは」

「……何か言いたげじゃな」


 リズーリの表情がわずかに曇った。笑みが消え、総司を睨むように目を細める。その目にひるむことなく、総司は淡々と言った。


「賢いのかもしれねえが、卑怯者のやり方だな」


 リシアは、ピリッと空気がひりつくのを肌で感じた。


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