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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 序章⑤ 誓いと甘さと邂逅と

『リズーリ様』

「おうっ。何じゃい急に。零してしもうた」


 明るい月夜だった。今宵は呑む相手もおらず、一人で酒に浸っていたリズーリは、突如として響いた声に驚いて少し酒を零してしまった。


 タユナ族には、種族間でのみ使用できる魔法の通話手段がある。タユナ族であれば誰でも使えるというわけではないが、相当の距離で会話を繋ぐことのできる便利な魔法であり、タユナ族以外には内容の傍受もしようのない高度なものだ。だが、利便性には乏しく、魔法の使い手は通話をしている間、その場を一切動けないという制約が掛かる。


 加えて、エルフの大老が他のエルフたちに声を届ける特殊な「何か」とは違い、明確に発動される魔法であるため、当然魔力を使う。“アルティエ港”に向かわせた者は、リズーリが情報収集に使う隠密行動向きの連中だ。察知されるリスクを負ってでも通話を繋いだからには、それなりの緊急事態と言うことである。


『例の少年と女騎士を発見しました』

「……ん。その報告のためにわざわざ……?」

『いえ、もう一人、ディオウが共におりまして……』

「はあ?」


 リズーリは素っ頓狂な声を上げた。


「何故あやつがおるんじゃ」

『それはさっぱり……このまま接触を試みますか』

「いや、それはない……カトレアにもわらわの行動が露見してしまう。会話は聞こえるか?」

『いえ、流石にそこまで近づけません。それに申し訳ありません……ディオウと女騎士は大丈夫と思うのですが、例の少年』

「ん?」

『この魔法を発動した瞬間、様子が明らかに変わりました。位置まではわかっていないと思いますが、恐らく……』

「……ふぅむ」

『浅はかでした……自分で判断すべきでした』

「よい」


 察知されるリスクは承知の上で可能な限り低減するため、距離を取った状態で通話をつなげてきたはずだ。だから会話も聞こえない。それなりの魔法の使い手でも魔力を察知できないであろう距離ぐらい、リズーリが遣わした者は把握している。


 その経験則を超えて魔力の気配を感じ取った総司の方が異常と見るべきだろう。リズーリとしてはますます興味深い存在である。


「もとより接触するつもりなのじゃ、少年に露見することは全く問題ない。ディオウにバレておらんならそれでよい。しばらく様子見じゃ。わらわの勘でしかないが、恐らく港で別れるじゃろう。カトレアの口ぶりから察するに、仲良しこよしではあるまいしな」

『ハッ』


 通話が切れたのを感じ取り、リズーリはふーっと息をつく。


「一筋縄ではいかんのぉ……」




 ディオウの拘束を解いたのは、港についた直後だった。


 総司としては、ディオウはさっさととんずらするものと思っていた。リシアが尋問した時以上の情報を引き出せるとも考えていなかったので、初めて訪れる港町で大立ち回りをしてまでディオウを追いかけ回すつもりもなかった。


 しかし、総司の予想に反し、ディオウは総司とリシアと共に港に降り立ち、一目散に逃げるような真似はしなかった。


「目的地が同じと思うが、王家まで共に行くかね」

「寒気のする冗談言ってんじゃねえよ」


 総司が辛辣に言った。


「さてしかし、私が先に戻れば王家の者たちにいろいろと吹き込むかもしれんぞ」

「何言ってんだ今更。王家派閥の要人に仕えたのは昨日今日の話じゃねえんだろ」


 総司の目的を知るカトレアとディオウであれば、総司たちがエメリフィム王家を目指すことぐらい予測できる。「いろいろと吹き込む」考えが二人にあるなら、今慌てたところで既に手遅れだ。


 ディオウの側には、“オリジン”を総司に渡してでも王家と接触させたくない賢者アルマの思惑があり、それが故に「王家の元にはカトレアもいる」という、総司の興味が「王家」ではなく“オリジン”に俄然向けられてしまう情報を出すことを躊躇っていた、という経緯もあるのだが、総司がそれを知る由もない。


「勝手にすりゃいいさ」

「……存外、胆力のあることだな」

「それに、ここで済ませておく用事もあることだしな」


 一瞬だけ感じ取った「異質な魔力」。


 総司たちが港につき船を降りた瞬間、カイオディウムとはまた違うエメリフィムの風に乗ってわずかに感じられた、何か――――直感でしかないが、「自分に関係しそうな」魔力の気配を、総司は敏感に察知していた。ディオウと共にいる、という事実が、総司に殊更気を張らせていた副産物と言ったところだ。


「っつーことでさっさと失せろ。どうせテメェには手は出せねえらしい……今はだがな。後々殺し合いにならねえように、せいぜいテメェが気を付けろ」

「努力はしよう。今の君と殺し“合い”になる気がせんのでね」

「ディオウ」


 特に感慨もない関係性である。総司の言葉通りさっさとその場を離れようとしたディオウに、リシアが声を掛けた。


「何かね」

「単なる傭兵と言うなら早めにカトレアと縁を切っておけ。貴様の仕事にソウシの排斥があるなら、その仕事、達成できないであろうと貴様自身も理解しているのだろう。既に割に合わぬ仕事だ、違うか」


 リシアとしては、今は手を出せなくとも、後の憂いとなるかもしれない「カトレア側の戦力」を少しでも削ぐための提言だ。


 カトレアの真意は未だ不明だが、カトレアにはどうやら総司を排除したい「理由」がある。そして、目の前にいるディオウはその意思に従っているだけで、ディオウ自身にはそれがない。金で雇われただけの関係性だというなら、ディオウという戦力をカトレアから奪うことはもしかしたら可能かもしれないと考えた。


 しかし、ある意味では予想通り――――リシアの望む答えは返ってこなかった。


「まあ、考えておく、と言っておこう」


 去っていくディオウの背を見据え――――総司の目が、暗く、深く、沈んでいく。


“今ここで殺すべきだ”


 脳裏をよぎる声は自分の心から湧き上がるもの。「手を出せない」と言った舌の根も乾かぬ内に頭に浮かんだ言葉を反芻する。


 リスティリアに来てから、ヒトの形をした生命を目の前にして、“たった一人の例外を除いて”、総司が強固に拒んできた思考。彼の信条と甘さが交じり合ったが故の選択をしてきた「これまで」は、決して間違っていないと信じている。


 リシアが「手を出すべきではない」と判断したように、現在は王家の要人に仕えているというディオウに危害を加えるのは得策とは言えない。


 だが、ディオウの言葉が全て真実である保証がどこにあるというのか。


 ディオウという男に関して、総司が確信を持てる情報があるとすれば、「自分の敵」の陣営に属しているということだけだ。


 カイオディウムでベルに立てた“斬るべき相手を間違えない”という誓いは、総司の心を護るためのものでもある。


 故にこそ、「斬ってはならない相手を斬らない」というだけでは「甘い」のではないか?


 “斬るべき相手を斬るべき時に斬らない選択”もまた間違っているはずだ。そうでなければならないのだ。サリアを斬ってルディラントを終わらせたからには、総司の「斬る」選択も正しかったのだと証明するためには、「斬る相手」も「斬らない相手」も間違ってはならないはずだ。


 総司が自分の行動と、それが齎す結果に責任を持とうとするのならば、いつでも殺せたはずのディオウを「殺さない」ことにした選択も当然背負わなければならないが――――


 女神救済の旅路を最優先とするなら。そしてその旅路にとって障害になり得るのだから。どんな理由を並べ立てたところで、この選択はあり得ないのではないか――――?


『短絡的な解決方法を選ばないようにね。きっと総司がこれから向き合うものは、ただ単に悪であるばかりのものではないから。大丈夫、総司になら出来るよ』


 更に暗く沈み込みかけた思考の中で、いつか見た夢の中で釘を刺されたことを思い出した瞬間――――


 ポン、と肩に手を置かれて、総司の思考が吹き飛んだ。霧散し消えていく思考と共に、無意識に握り固めていた拳からふわりと力が抜ける。


 隣に立つリシアを見た。リシアは厳しい表情で、総司にきっぱりと言った。


「“私が止めた”」

「ッ……!」


 総司の険しい顔が、みるみるうちに、何とも言えない情けない顔に変わっていく。


 リシアは総司の様子を見て、その心境を見抜いていた。


「我々は既にエメリフィムに入り、カイオディウムに簡単には引き返しようのない状況にある。着いて早々血生臭い殺人劇を繰り広げるのは、奴を無事で帰すよりもずっと今後の行動に支障が出ると判断している。船の上で手を出すなと言ったのも私だ。そうだろう?」

「……ワリィ……だーくそ! ダメだなァ畜生!」


 総司はがっと自分の顔に乱暴に手を当てて、己のふがいなさを嘆いた。


「情けねえ……! テメェでテメェの心に折り合いもつけられねえのか俺は……!」


 踏み出すことも踏みとどまることも決断できないまま醜態を晒した挙句、リシアに言わせてしまった。


「許せ、悪かった……」

「謝られるようなことではない。それにこれは間違っているかもしれん。どちらが正しい選択か、今はわからん」


 リシアは厳しい表情を崩さず、総司に言う。


「間違っていたらその時はお前にも背負ってもらう。心して掛かろう――――エメリフィムでは“オリジン”を確保すると共に、カトレアの狙いも突き止めて阻止する必要がありそうだ。あの二人を抱える要人、賢者アルマと言ったか……警戒しなければならないな」

「そうだな……とりあえずは」


 総司の視線がギラリと周囲を走る。


「次の客を相手しなきゃ、だな」


 スタッ、と。


 総司とリシアの前に、軽やかに着地し、跪いて頭を下げる者がいた。


 総司のぎらついていた目が、瞬く間に「呆気に取られた」瞳へと変わる。


 それは少し前――――意図せず訪れたローグタリアの地で見た、昔懐かしい衣装に見えるがしかし、細部の違う服装。


 総司の元いた世界、元いた国の伝統的衣装、「着物」を、随分と動きやすく、露出の激しいものへと改造した服装だった。


 頭にある特徴的な、動物的な耳もまた、総司の目を惹くには十分だったが、気を緩めるわけにもいかない。総司はきゅっと表情を引き締めた。


「敵意はありません。お待ちください」

「……王家の遣いか?」


 リシアが厳しい声で詰問する。頭を下げたまま、女性は微動だにしない。


 王家の遣いであるとすればそれはすなわち、「カトレアの手が及んでいる者」である可能性をはらむ。リシアにとっては当然の警戒だ。


 国の秘宝“オリジン”の所在を確かめるにあたっては、何はともあれ王家との接触は必須と思われる。だが、エメリフィムにおいてはその王家も警戒せざるを得ない。総司とリシアに好意的でないと既に分かっている者が、その傍に控えているからには。


「いいえ。私はタユナ族の巫女、リズーリ様の遣いとして参りました。リズーリ様はあなた方と、王家を交えず言葉を交わすことを望んでいます」

「俺達に気づかれたくなかったように見えるが」


 総司が腕を組み、タユナ族の遣いという女を睨んだ。


「王家を交えずとなれば、あの男と共にいるあなた方に声を掛けるわけにもいかず、隠れていた次第です。あの男がいなければすぐにでも姿を現すつもりでおりました……どうか、無礼をお許しください」


 ディオウとの接触を嫌った、ということらしい。


 それにしては迂闊なものだと呆れそうになったが、総司はリシアの横顔に目をやって、すぐに考えを改めた。


 一瞬だけ走った魔力の波長を察知できたのは総司だけだった。タユナの女性の警戒は十分以上ではあったものの、総司の察知能力がその警戒を貫通しただけだ。それを踏まえ、総司はリシアを真似て思考を回してみた


 最初から接触を図るつもりだったくせに、ひとまずは隠れて総司たちの動向を探ろうとした。丁寧な応対を見れば、港で待ち構えていても違和感がないようにすら見えるが、目の前にいる女性はそうしてはいなかった。


 用心深さ故と片付けることもできる。だが、一歩踏み込んでみれば、一つ思い当たった。


「タユナ族ってのもよくわからねえが、そもそもそのリズーリってのは」


 頭を下げたままの女性に、総司が言葉を掛ける。


「何を話すために、俺達と会いたがってる? 王家と近しい者がその場にいてはならない理由は何だ」

「……私如きには、わかりかねます」

「……よし」


 総司が頷いて、言った。


「乗った。リシア、王家のところに行く前に寄り道だ」

「……さて。お前が何を思いついたのかは知らんが」


 リシアがにやりと笑みを浮かべ、総司の言葉に頷いた。


「わかった。……お名前を伺ってもよろしいか?」

「ゼディと申します。以後よしなに」


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