表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
206/359

受け継がれるエメリフィム 序章④ 不吉で不穏な相部屋

 シュテミル港の街並みを観光したい気持ちを押さえて、総司たちはまっすぐ船着き場へと向かった。と言うのも、ここ数年はエメリフィムが醸成不安定であるという事実を受けて、エメリフィム行の船がかなり少なくなっていることと、この日最後の船の出港時間が大幅に早まっているという情報を得たからだ。


 まだ夕方にもなっていない時刻ではあったが、この船を逃してしまうと次の船は四日後になってしまうのだという。たまたま行商人からそんな話を聞いた二人は、急いで船着き場に向かうこととなった。シュテミルは魅力的な街ではあったが、流石に四日もの間、することもなく長居する理由はない。


「おぉ、猊下の直筆か!」


 シュテミル港のマリューダ船長は、リシアに渡された手紙にざっと目を通して驚きの声を上げた。


 頭にオレンジ色のバンダナを巻いた筋肉質な体つきの女性だった。見た目の年齢としては、総司たちよりもフロルに近い。その恰好は、船乗りは船乗りでも、総司のイメージとしては「海賊」の乗組員のように見えた。日に焼けた健康的な肌が眩しい長身の女性は、鋭い目つきを二人に向けてしばらく黙っていたが、やがてニッと気のいい笑みを浮かべた。


「猊下がこんな手紙を寄越すなんてなァ。随分とお前らに入れ込んでるらしいが……あの堅物をどうやって口説いた?」

「いろいろありまして。話せば長くなりますが」


 総司が頭を掻きながら言葉を濁すと、マリューダは快活に笑った。


「そりゃそうだ、アレを口説く過程なんて、一言二言で済むわけがねえよな!」


 総司の肩をバンバンと叩いて、マリューダは言った。


「委細承知した、乗せてやる。あぁでも、お前ら以外にも飛び入りがいたもんで、そいつと同室にはなるが良いか?」


 フロルの心配は杞憂というか、この船長であれば、手紙を持たずただ「乗せてくれ」と頼んだとしても乗せてくれそうな雰囲気はあった。


「構いませんが、エメリフィムにはどれくらいで着くんでしょう?」

「到着は夜遅くになる。全速力で行けばもっと早く着くんだが、大半の乗客が無事で済まねえからな」


 マリューダの船は、帆船に機械の動力を取り付けた独特の形をしていた。


 リスティリアの機械技術は基本的に、ローグタリアが群を抜いて発達しており、それ以外の国では似通った技術水準だ。ティタニエラを除いてにはなるが。


 総司の元いた世界においては「機械」が担っていた役割の多くを、リスティリアの国々においては「魔法」と「魔力」で代替している。しかも国同士の交流が盛んではないから発展の歩みが非常に遅い。特にローグタリアは、「ある事情」から他国に対して積極的に技術を広めることを躊躇っており、技術を独占している代わりにそれによる金銭的利益も手放している。


 そのような情勢のために、希少となっているローグタリアの技術を採用したマリューダの船は、シュテミル港に停泊する船の中でも異質だ。マリューダは二人を客室に案内する道すがら、設備の一部を見せながら陽気に説明してくれた。彼女にとっても自慢の船だ。総司たち二人の新鮮なリアクションに興が乗ったらしい。


 「魔力」と「機械」の合わせ技こそが、ローグタリアの技術の真髄だ。その特殊な技術の一部を享受したマリューダの船は、魔力を貯蔵する性質を持つ鉱石を動力源として機械を動かす。何らかのトラブルが起きてしまったとしても、乗員の魔力によって動かすことのできる非常用の機械動力も積まれており、帆を張り風の力も借りて、航行の持続が可能なのだという。


「魔力を貯蔵する鉱石か……サリア峠の虹の石がそういう性質じゃなかったっけ」

「お? よく知ってんなァ。けどアレは加工に向いてなくてな。アレだけがそういう性質を持ってるわけでもねえんだ。エメリフィムでもよく採れる鉱石を使ってる。特にエメリフィム産のやつは、大地に流れる魔力を良く含んだ状態で採掘されるんだが……最近は出回る数が少なくなってる」

「情勢不安だから、ですか」

「そうだ。そういうのも含めて、エメリフィムの工業の大部分を担ってる“リック族”ってのが、王家派閥の連中と折り合いが悪いらしくてな……かと言って他の連中が王家周りの連中の代わりに、そういうのを流してくれるようなかじ取りをするってこともないもんで、あたしらみたいなのは困り始めてるのさ」


 マリューダに客室へと案内してもらう前に、総司たちは甲板に出て、出発しようとする港を、カイオディウムを見ることにした。


 慌ただしい乗船となってしまって、感慨にふける暇もなかったのだが――――


 考えてみれば、リスティリアに渡ってからレブレーベントで過ごし、ルディラントやティタニエラ、カイオディウムを経た総司は、遂に始まりの大陸を脱することになったのだ。


 しかも旅路の果てには、戻ってくることが出来ないかもしれない場所が待ち構えている。


 総司が“こちら”の大陸の土を踏むことは、もしかしたら二度とないのかもしれないのだ。もう少しゆっくりと余韻に浸る時間が欲しかった、というのも本音には違いない。それが無用な甘えであることもまた、自覚はしているが。


 ヴィスークの言葉を借りれば、その感慨よりも「必ず戻ってくる」という決意が必要だ。


 総司が拳を固めると同時、マリューダの豪快な号令が掛かり、遂に船は動き出す。


 出発すると同時にどんどん遠ざかっていくカイオディウムの地を、総司は静寂な目で見送った。


「……目に焼き付けておく必要はない」


 リシアが、総司の心境を見透かしたように、優しく声を掛けた。


「いずれ戻る地だ。シュテミル港だけではない…… “観光”は“また次の機会”に。帰ってきたらゆっくり回ろうじゃないか。女王陛下もそれぐらいのお暇はくださるだろう」

「ヒトの心を読むなよ」

「顔に書いてあったものでな」


 駆け抜けた「四つ」。目指す「五つ目」。総司の旅路は既に折り返し地点を超え、残す“オリジン”はあと二つ。振り返ってみればあっという間だったが、怒涛の如く流れる日々の中で総司は確かに、得難い縁を繋いできた。


 その縁をもっと広げたい。繋がるリスティリアを見てみたい。総司が得た野望の達成のためには、リシアの言う通り、いずれ戻って来るという望みを捨ててはならない。


「……必ず、やり遂げて見せる」


 マリューダに案内され、二人はようやく客室に入ることになった。


 客室と言っても、マリューダの船はもともと「交易」を達成する数少ない手段の一つである。一応本来の意味での「客室」もあるにはあるが、そちらは既に行商人で埋まっているのだという。よって二人が通されたのは「乗員室」の一室で、本来は四人ほどの乗組員が寝泊まりする部屋だ。


「相部屋のお客さんはまあ、見た目の雰囲気はちょっと暗い感じだけど、喋ってみると結構面白いヤツだったぜ。仲良くやってくれよ」

「いろいろとありがとうございます」


 リシアが丁寧に頭を下げると、マリューダは笑い飛ばした。


「イイってことよ! ま、ゆっくりしな。じゃーね」


 マリューダが去っていくのを見送って、二人は客室の戸をノックした。


 中から「どうぞ」と愛想のない声が聞こえてきた。総司ががちゃりと戸を開けて、船室へ――――


「……おぉ、なんと。あの女神の気まぐれもここまで来ると笑えない」

「……ハハッ。よぉ」


 互いに動揺し、互いに驚愕している。


 総司はやっとの思いで言葉を絞り出すと共に、口元に不敵な笑みを浮かべた。


「久しぶりだな……ディオウ」







「待て。戦闘の意思はない、ここは船の上である。こちらは丸腰だ」


 総司に剣を突き付けられて、死神のような仮面をつけた、全身真っ黒の不吉ないで立ちの男、ディオウは手を挙げて抗議した。ディオウもさすがに油断していたのか、彼の剣は船室の隅に置いてあった。


「ふざけんな関係ねえよ! リシアほら、ティタニエラの縄、トルテムだ、まだあったろ! 縛り上げろ!」

「いや状況がわからんのだが! いったん落ち着け!」

「シルヴェンスで女王陛下を襲った賊なんだよコイツは!」


 リシアの目つきがさっと変わった。ディオウは首を振り、


「誤解だ、女神の騎士よ。決してエイレーン・レブレーベントに対する害意があったのではない。事実、エイレーンには傷一つ付けておらん」


 ディオウがそんなことを口にした瞬間、総司が剣を引いたかと思うと、腕を伸ばしてガッとディオウの服の首元を掴んでねじり上げた。怒り心頭、今にもディオウに殴りかからんばかりの形相だった。半分殴りかかっているようなものだが。


「ぐおっ……」

「“様”か“陛下”だろうがよテメェコラ……! 気安く呼んでんじゃねえぞ今ここで死ぬかオイ!」


 ランセム・ルディラントが総司にとって「最も憧憬を抱く人物」であるなら、エイレーン・レブレーベントは総司が「最も尊敬している人物」だ。リスティリアに来たばかりの総司を最初に導いた大恩人である。女王を襲った賊であるディオウの気安い呼び方は、総司の逆鱗に触れていた。


「失礼……エイレーン女王陛下を傷つけるつもりは一切なかった」

「なるほど? “ちょっと女王陛下の持っている物を奪おうとしただけなんです”ってか。俺達はレブレーベントの騎士だ。そんな言い訳が通じると思ってんのかよ」

「ほう、ではどうする……今から引き返してレブレーベントまで私を連行するか? 随分と悠長な旅をするものだな」

「おーそうだな、非効率的だ。リシア、マリューダ船長に言っておけ。一人海に落ちたってな!」

「待て」

「待て!? おいおい、コイツと同じ部屋でエメリフィムまでのんびり船旅しようってのか!? いくらお前でも――――!」

「とにかく。落ち着いてくれ」


 リシアが冷静に言った。


 リシアとしても、決して穏やかな心境ではない。レブレーベントの王都シルヴェンスでアレインが撃退した二人の賊、カトレアとディオウ。二人は女王がその時に手にしていた黒い結晶――――“悪しき者の力の残滓”を狙って女王に襲い掛かったという話は、リシアも総司から聞いている。


 理由に関わらず、一国の女王に襲い掛かるなど極刑ものの大罪だ。総司の言う通り、女王には結果的に怪我の一つもなかったとはいえ、「だから許される」というものではない。


 しかし、状況はディオウの言う通り。彼を捕縛してレブレーベントまで連れて行くというのは現実的ではない。騒ぎを起こしたら、シュテミル港に引き戻されて船を下ろされてしまう可能性もある。マリューダは二人を信じてくれるかもしれないが確証はないし、面倒ごとを抱え込むというのは嫌って当然だ。


 ディオウをこの場で殺すという選択肢も、エメリフィムに到着してから殺すという選択肢もまた、現実的とは言い難い。総司とリシアの動機を、エメリフィム王家を含めエメリフィムの者たちがどれほど信じてくれるか未知数だ。単に殺人鬼と見なされてしまえば、追われる身となってエメリフィムでの行動が相当制限される。


「我々の身の安全のため拘束は当然。だがそれ以上はひとまず無しだ。ディオウとやら、嫌とは言わせん」

「……仕方あるまい――――うぐっ」

「なぁにを偉そうに……!」

「ソウシ、その辺にしておけ。話が進まない」


 ひとまずディオウの手足をしっかりと縛り、丸椅子に座らせて、リシアがその前に座った。総司は、リシアの考えを頭では理解しつつも納得までは至っておらず、眉間にしわを寄せた険しい顔のままでディオウを睨みつけていた。


「さて、ディオウ。私自身も貴様には怒りを覚えているが、まあそれは置いておこう」

「……何が言いたい」

「貴様は我々の“最後の敵”と繋がりがあるはずだ」


 リシアはレブレーベントで、女王陛下襲撃事件だけでなく、総司とカトレアが街の食事処で交わした会話も聞かされている。


 カトレアとディオウは “最後の敵”に関わっている。リシアはそう確信していた。


「時間はたっぷりある。聞かせてもらうぞ。お前たちのことを洗いざらいな」

「残念だが、話せることはそう多くない」


 総司がすうっとリバース・オーダーを構えた。リシアが目で警告した。


「脅しのつもりか?」

「そう思うか」

「ふっ……いいや。殺しはしないのだろうが、腕の一本や二本はいく目だなそれは」


 ディオウは愉快そうに笑った。


「シルヴェンスで会った時は、その場で私の仕事の一つを終わらせられると思ったが……もはや叶わん。相当“目覚めた”ようだな、見違えたぞ」

「悪党に褒められても嬉しかねえよ」

「さて、しかし事実としてだ。君らの望む情報を、恐らく私は持っていない。私も五体満足でエメリフィムに渡りたいのでね、知っていることは話すが、期待に沿えるとは思えんな」

「……女神を脅かす者との繋がりがあるのは、事実か」

「私にはない。カトレアにはある。故に、私には知らないことの方が多いということだ」


 簡単に、カトレアを売ったように見える。リシアは眉を吊り上げて、


「具体的に話せ」


 と厳しい声で言った。


「カトレアは君らの言う“女神を脅かす者”のために動いているが、私はそのカトレアとの協力関係に過ぎん。彼女の主人のことまでは知らんし、さほど興味もない」

「なら、お前がカトレアに協力する理由はなんだ」

「金だ」


 総司が目を丸くした。ディオウはフン、と鼻を鳴らして、下らなさそうに言った。


「もともと私はエメリフィムで傭兵をしていた身だ。“ヴァイゼ族”と言ってな、知っているか」

「知らねえ」

「不勉強なヤツだ」

「状況わかってて挑発してんだろうなァオイテメェ……!」

「亜人族の一つだな。竜人系……なるほど、その仮面」


 多少の知識を有しているらしいリシアが、納得したように頷いた。


「それを国外で隠すためのものか」

「手が使えんのでな、君らが取れば良い。嘘ではないことがわかる」


 総司が剣を引っ込めてディオウの顔に手を伸ばし、その仮面を乱暴にはぎ取った。


 仮面の下から現れたのは、ヒトに近い、年の頃は30過ぎと言った男性の、なかなかいぶし銀とでも言おうか、無骨だが整った顔だった――――しかしヒトとは決定的に違う。特徴的なのは、鱗。顔全体というわけではないが、総司も見たことのある「ドラゴン」のそれに似た鱗が、ディオウの顔の右頬から首元にかけて貼り付いている。


 右目にも特徴があった。ヒトであれば白いはずの部分が濁った黄色だ。爬虫類に近い眼差しは、明確にヒト族とは違う存在であることを示している。


「……混血か」

「そういうことだ。種族のはぐれ者、というわけだな」


 ふーっと息をつき、ディオウは皮肉げに笑った。


 鱗の形に個々の特徴はあれど、竜人と呼ばれる“ヴァイゼ”の「純血種」であったなら、鱗は顔の半分には留まらない。両頬から首元、そして体躯に至るまで、もっと鱗に覆われているはずなのだ。その眼球もまた、両の目に特徴が表れていなければ不自然。


 ヒト族と、亜人であるヴァイゼ族の混血と言うのが、ディオウの生い立ちというわけだ。


「私の身の上、少しは理解できたろう。カトレアの目的の一つ、そして彼女に雇われた私の仕事の一つに君の排斥があった。今となっては、サシでやり合う気もないがね。アレインの――――アレイン王女殿下の横やりがなければ、首尾よく金が入ったのだが」


 総司の目がまたぎらついたので、ディオウはしれっと敬称を付け加えた。


「では、私が女王陛下に掛け合って、カトレアが提示している金額の倍を出すと言ったら?」

「傭兵にその交渉は、愚かに過ぎると言っておこう。そんなことをすれば次の仕事がなくなる。私が持っている情報如き、カトレアにとっては漏れたところで痛くないと判断して喋ったまで……流石に金で寝返るほどには裏切れんよ。明日の飯さえあればいいわけではないのでね」


 この場を穏便に乗り切るために、ディオウもまた大きく妥協はしているということだ。


 ディオウは総司の根底にある本質的な甘さを見抜いている。多少なりとも身の上話をしておけば、総司にディオウを殺す選択は取れないだろうという読み。誰にでもつい情を抱きがちな総司に対しては的確な策と言える。ディオウの善性まで信じているわけではないにせよ、総司は少なくともこれまでのディオウの話を信じているし、話が進むにつれて最初ほどの敵意は発散しなくなっていた。


 相棒であるリシアはあくまでも、女神救済の旅路のためを思い合理的に考えた結果、船の上でディオウを害するのは得策ではないと判断している。ディオウからリシアに対しては、そういう意味での信頼が向けられていると言っていい。


 抵抗するより従順である方が、五体満足でエメリフィムに辿り着ける可能性が遥かに高い。下手に嘘を撒いて要らない疑念を抱かせるよりは、素直に情報を吐露した方が得策だと踏んだ。


「なら、カトレアが何をしようとしているのか、知ってる限り話せ」


 総司が腕を組みながら言うと、ディオウはふむ、と少し考えた。


「彼女の真意は言った通り、知らんしわからん。私に与えられた仕事についてならば話せる。それで勝手に考えればいい」

「それで構わない」

「第一にはカトレアが動く時の護衛、小間使い。第二には君の排斥があった。君の旅路の目的も聞かされているが……君の排斥が難しいことは、カトレアもわかっているようだ。努力目標と言ったところだな。第三に“結晶”の回収。集めたアレを何に使うのかの詳細は知らんが、何らかの儀式だとは聞いている。私がこの船に乗っているのも、その“出稼ぎ”の帰りだ」

「“帰り”」


 リシアが鋭く言った。ディオウがハッとしたのが目に見えてわかった。


「ではカトレアもいるのだな、この先に――――エメリフィムに」

「……肯定だ」


 どうやらディオウが間抜けだったらしい。


「流石だなオイ! 楽しくなってきたじゃねえか!」


 総司がバシバシとリシアの背を叩いた。リシアは苦笑しつつ、総司の手を押さえながら、ディオウに向かって言葉を続けた。


「どうやらエメリフィムに着いて最初にやることが決まったようだ。案内してもらうぞ、カトレアの元へ」

「……恐らく、その必要はないな」

「テメェこの期に及んで……」


 総司が呆れたように言うと、ディオウは首を振った。


「どうせ会うことになる。それに君らは少なくともエメリフィムにおいて、表立ってカトレアと敵対できんよ。カトレアも私も今は、エメリフィム王家にとっての最後の砦……賢者アルマの下に付いているのだからな」

「……何だと?」


 リシアがキッと目を細め、ディオウを睨みつけながら高速で思考を回す。


「……おかしいな。破綻している。どういうつもりだ?」

「何がだ」

「“最初にそれを言っていれば”、我々はお前に手出しが出来ないと判断しただろう。我々の旅の目的を知っていると言ったな? であれば、王家に対し事を構えるわけにはいかない立場というのもわかっていたはずだ。雇われとは言え曲がりなりにも『王家の陣営』に付いているのだと初めに言っていれば、少なくとも、身の安全が明確に保証されていた」


 明らかにディオウは、「仕方なく」、カトレアが今どこにいて誰に仕えているのかを白状した。リシアがディオウの失言を聞き逃していればその情報を言わなかったであろうことは、彼の反応を見ていれば明白だ。


「……ふむ、確かに。頭が良いな君は。さっさと言えば良かった」

「コイツ実は馬鹿なんじゃねえのか……?」

「……どうだかな」


 リシアの目にはすっとぼけているようにしか見えないが、事情が変わった。何故ディオウが「隠そうとした」のかはわからないが、知ってしまった以上は、ディオウを過剰に問い詰めすぎるのも、そのために痛めつけるような真似も憚られる。


 賢者アルマとディオウやカトレアの関係性がどれほどのものかはわからないが、王家の心証が悪くなるのは、リシアとしては何としても避けたい事態だ。


「さて、ではこの拘束も解いてもらえると考えてよいのかな。王家に報告するぞ」

「確かにお前を害するのは躊躇われるが、我々がお前を警戒する理由についてはこちらも説明できる。時間は掛かるだろうが、いざとなればレブレーベント女王陛下の証言も立てられる。拘束を解くのは無しだ。我慢しろ」

「残念だ」

「急に厚かましいなコイツ。ムカつくなァ」


 エメリフィムへの海路はどうやら、この奇妙な同室者と共に波に揺られるしかないらしい。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] >彼を捕縛してレブレーベントまで連れて行くというのは現実的ではない。 彼ら二人だけならそうかもしれないか、リシアは飛べる、捕縛してリシアがこいつをシュテミル港に運んでフロルの手紙を出…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ