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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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受け継がれるエメリフィム 序章③ 死ぬ覚悟と生き抜く決意

 ヴィスークは、総司の注文通り、ヴィスークの脚力からすればかなりゆっくりと港を目指してくれた。流石にそこらの馬よりは速いが、ヴィスークなりに手を抜いてくれているのがよくわかった。


 谷と見まがう亀裂を一息に飛び越えてしまったことについては、流石は千年を生き永らえる魔獣だと驚嘆せざるを得ないが。


 ヴィスークが語るところによると、“忘却の決戦場”で行われた戦闘は、この世のものとは思えなかったという。


 千年もの時間が経ったため、ヴィスーク自身の記憶もあいまいな部分は多いようだった。しかしそれでも、あの場所で行われた苛烈極まる最終決戦の恐怖と衝撃はよく覚えているという。


『あの場所で行われた戦いは決して……なんと言ったか? 貴様らの言った女と男。その二人だけの、一対一の決闘ではなかった』


 ゼルレインとロアダークが“忘却の決戦場”で激突したのは、単なる伝説ではなく事実であることに間違いはなさそうだ。


 しかし、やはり細部が二人の想像とは違った。


 ヴィスークが語る最終決戦は、それこそ血みどろの「戦争」の縮図。両陣営の戦士たちが互いの命を奪い合う、世界の未来を賭けた必死の決戦だ。


 際立つのはゼルレインではなく、ロアダークとその陣営の強さであろう。最終決戦に至る頃には、カイオディウム以外の全ての国が、ロアダーク陣営にとっての敵対勢力として立ちはだかったはずだ。


 しかし、ヴィスークが語る戦いの模様と悲惨さは、ロアダーク陣営が決して一方的に敗北したわけではないことを示していた。当時最強と名高いゼルレインを旗頭としても、多大な犠牲を払わなければ止められないほどに、ロアダークは強かった。


『怨嗟の熱を喰らう獣は、稲妻を操る魔女と共に戦っていた……と、思う。とても、志を同じくする者たちとは思えなかったが』

「あの蒼炎はその時にお前にくっついて、千年離れなかったってわけだな……」


 総司もヴィスークと同意見だ。

 

 あの不吉さ、あの嫌な気配は、とても「世界を護るための戦い」に挑む者の力とは思えなかった。しかし、ヴィスークが語った千年前の事実では、“怨嗟の熱を喰らう獣”がロアダークに対し敵対的だった。


 総司の勝手な思い込みか、それとも、何か事情があったのか。


『……貴様の質問。蒼炎の使い手が“ヒト族”だったかどうか、だったな』

「でも、違ったんだよな?」


 ヴィスークの背にリシアと二人でしがみつきながら、総司は会話を続ける。


 流石に、貿易商など普通の者たちが使う街道をヴィスークが駆け抜けるわけにもいかないので、道なき道を進んでいるから、しっかりと掴んでおかなければ振り落とされそうだった。


『ああ。しかし、確かに“いた”ぞ』

「……え?」

『稲妻の魔女と、それを迎え撃つ赤と黒の魔力を操る男……その二人は間違いなく突出していた。他の者とは次元が違ったが、一人だけおった』


 ヴィスークは、既に朧気になっている記憶を辿り、引っ張り出しながら語る。


『その二人に引けを取らぬ化け物じみた強さの“ヒト”がもう一人おった』

「ッ……そいつだ!」


 総司はヴィスークの背をよじよじと移動して、ヴィスークの顔に近づいた。


「そいつのことが知りたいんだ! なんでもいい、何か覚えてないか!?」

『うぅむ……間違いなく、強いヒトだった。だが……』


 ヴィスークは頭を振って、情けなさそうに言う。


『姿かたちを思い出せぬ……儂も老いた。許せ』

「そうか……いや、良いんだ。“そいつが確かに存在した”ってだけでも、俺達にとっては十分な――――」

『男だった』


 総司が言葉を失った。リシアが驚愕に目を見開いた。


『ヒトの性別の違いを、見た目にもしっかりと理解できるようになったのはここ二百年ほどでな、千年前当時は儂もわからなかったが……今ならわかる。男だ。それだけは間違いない。済まぬ、ハッキリと貴様らに言えるのは、それぐらいのものだ……』


 ヴィスークは申し訳なさそうに言うのだが――――


 総司とリシアにとって、それはあまりにも大きな収穫だった。


「男……」


 総司の脳裏に、千年前の「男」と聞いて、ある男が思い浮かんだ。


 それは、総司にとって人生で初めて、「こんな大人になりたい」と憧れを抱かせた大恩人。


 リスティリアにおいて、役目を全うするだけの傀儡でしかないのだと自身を定義しようとしていた総司に、過剰なまでの叱咤と激励をぶつけ、道を示してくれたかの王の顔が、総司の脳裏に浮かんでしまったが――――


『案ずるな、それはない』


 総司の想いを見透かしたように、ヴィスークがハッキリと否定した。


『儂はルディラント王ランセムを見たことがある。遠目に見ただけだが……流石にランセムであったなら忘れはせんよ』

「……そうか」


 当然、あり得ない想定ではあった。


 ルディラントはあの日確かに滅びた。そして王ランセムは、“オリジン”の力を借りて、人生最後の魔法で千年もの間、幻影のルディラントを維持し続けたのだ。


 あのどこまでも続く砂浜の一角に隠れ潜むように、王の亡骸は千年変わらずあの場所に在り続けた。“ハルヴァンベント”に渡っているはずがないのだ。


『げに不吉で不快な魔力を纏う男であったと記憶しておる……怨嗟の熱を喰らう獣と同じ。何故あやつのような男が、世界を護る側に立って戦っておったのか、儂には理解できん』


 総司とリシアが出会ったことがある「千年前の男」は、ランセムとスヴェン、それにシュライヴ村長などなどのルディラントの国民たちだが、そんな魔力を纏った者には出会わなかった。魔力の気配に敏感な総司は、ヴィスークが感じ取ったような「不吉で不快な魔力」の持ち主に出会えば、相手が隠していたところで気づけるだろう。総司の心配はやはり、ヴィスークの言う通り杞憂だったようだ。


「ありがとう……すごく、ありがたい情報だ、ヴィスーク」

『そうか。話したかいがあった』

「そういえば」


 総司はふと疑問に思ったことを口にした。


「お前みたいに長生きな魔獣は、みんなそうやって『人語を操れる』のか? 俺達、ティタニエラで神獣に出会ったんだけどよ。そいつはエルフの体を借りて意思疎通してたんだぜ?」

『ティタニエラ……ということは、天空の覇者か』


 ヴィスークの声色は楽しげで、笑っているようだった。ジャンジットテリオスとも、もしかしたら会ったことがあるのかもしれない。


『神獣も同じことが出来ないわけではなかろうが、あれらは格が高すぎるのだ』

「格が高い……?」

『儂は魔力を通じてお前たちと意思疎通をしておる、と言ったろう? あれらの魔力は、儂らやヒトの子にとっては別格に過ぎる。要するに“気を遣っておった”のだよ。貴様らを壊してしまわぬように』


 それを聞いて、リシアが思わず笑った。


 ジャンジットテリオスは総司とリシアに厳しく、素っ気ない接し方をしてはいたものの、心根の優しさが隠し切れない神獣でもあった。そうしたところにも、かの神獣の気遣いは表れていたというわけだ。


 加えて言えば、ビオステリオスやウェルステリオスもそうだったのだろう。直接語り掛けることが出来ないわけではなかったのだろうが、下界に生きる生命とは格が違い過ぎる魔力を通じて意思疎通を図る行為が、総司やリシアに悪影響を与えてしまう可能性を考慮して、その手段を使わなかったのだ。


 総司がほんのわずかな時間だけ邂逅した「最後の神獣」、アニムソルステリオスは、姿かたちを他の生命に似せる能力がある。体の構造を真似ることもできるから、魔力を通すことなく人語を発し、意思疎通が出来た。その意味では、アニムソルステリオスは少し質の違う神獣に思える。


『それなりに器用さもいるのだ、これはな。儂が出来るのは年の功というやつだ。全ての魔獣が出来るわけでもない』

「だろうな。初めてだったし」

『妙なところに気の付くやつだ。ジャンジットテリオスは儂如きとは存在の位が違う。儂より劣る部分などありはせんよ』

「お前も十分凄いよ。きっと戦ったら強いんだろうな」

『止せ止せ。老いぼれの身である、貴様と戦おうものなら興が乗る前に息が切れるわ』


 ヴィスークは快調に歩を進め、小高い丘に辿り着いた。


 広大な海の前に、洗練された街並みの港町があるのが見えた。巨大なオレンジ色の風車が、どこか牧歌的な雰囲気を思わせる。遠目にもおしゃれな街らしいことがわかった。


『あれが“シュテミル港”。エメリフィムの“アルティエ港”に渡る船が出るはずだが……しかし、今は普通のヒトが乗れるかはわからんな』

「え? 何で?」

『……ん。何だ、何も知らんのか?』


 総司とリシアが背から降りるため身を屈めながら、ヴィスークが意外そうに言った。


『エメリフィムは今、国が揺れておるのだ。儂もあちらに渡ったことはないのでな、伝聞でしかないが……』

「情勢不安、ってことか」

「あぁ、それはその通りだ」


 すたっと着地しながら、リシアが頷いた。


「エメリフィム王家は、偉大なる先王を四年前に失い、かなり力を落としてしまって……もともと武力が大きな価値を持つ国だからな。王家の求心力が衰え、国全体が荒れ始めていると聞いている。枢機卿猊下が教えてくださった」

「マジか……じゃあ、交易目的でもない俺らは、渡らせてもらえないかもな……」

「いや、大丈夫だ」


 リシアはピッと一枚の手紙を取り出して微笑んだ。


「猊下から一筆いただいている。あの街はまだ“カイオディウム”、これほど心強い武器はあるまい」

「フロルはどこまでイイ女なの? 怖いんだけど逆に」


 ヴィスークは総司とリシアを隻眼で一瞥し、静かに言った。


『さて……ここでお別れだ』

「ああ。短い間だが世話になったな。貴重な話を聞けた。ありがとう」

『……貴様ら』


 何かを、見透かして。

 ヴィスークは淡々と言った。


『死ぬつもりか』


 総司とリシアの態度のどこに、そんな雰囲気を感じ取ったのかはわからない。


 しかし、ヴィスークの言葉はあまりにも的確で、唐突過ぎて、総司もリシアも言葉を失った。


『……まあ、若さに水を差すのは老いぼれの性である。聞け』


 二人に背を向け、引き返そうとしながら、ヴィスークが告げる。


『死の覚悟と生き抜く決意を比した時、いつの時代も後者が上回ってきた。死の覚悟とは即ち諦観だ。美徳ではない。意志ある生命は、明日に希望を抱いた時こそ最も美しく輝くのだ。明日の絶望を受け入れた時、その輝きは失われるのだ』

「……心に刻んで、覚えておく。予想外に良い出会いだったぜ、ヴィスーク。“また会おう”」

『儂は約束を守らぬ者は嫌いだ。ヒトでもヒトでなくともな。蒼炎の恩、忘れはせん。さらばだ』


 ヴィスークが目にもとまらぬ速さで去っていく。


 期せずして出会った魔獣を見送り、総司とリシアは、小高い丘から港を見据えた。


「生き抜く決意か。確かに、リスティリアに来た時から俺に欠けてるものかもしれねえ」

「そうか? 最近はそうでもないと思うがな」

「だとすれば、今まで出会ってきた皆のおかげだな」


 リシアは微笑んで頷いた後で、表情を引き締めた。


「ヒトであり、男、か」

「だそうだ。あの亀裂を生み出した男――――を、討った男が俺の敵かもしれねえってのは、笑えねえな」

「……きっと勝てるさ、私達なら。さあ、行こう」

「おう」


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― 新着の感想 ―
[気になる点] そういえば自分もつい最近まで気づけなかったけど 総司は最初レヴァンチェスカと会ったし、もしレヴァンチェスカはハルヴァンベントにいるなら総司自身はハルヴァンベントは実は一方通行ではないの…
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