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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき


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受け継がれるエメリフィム 序章① 動き出す者たち

 リスティリアで最も広大な領土を有する“エメリフィム”は、レブレーベント及びカイオディウムの北方、海を隔てた向こう側の大陸にある。


 大陸にある、というよりは、大陸そのものがエメリフィムという国だ。陸地としてはほんの少しだけ細く繋がっているローグタリアを除いて、他のどこの国とも陸続きには接していない。ルディラントとは規模があまりにも違い過ぎるが、エメリフィムもまた、一応は「海に囲まれた国」ではある。


 そして現在、エメリフィム国内の情勢は非常に不安定であるため、親交の深かったローグタリアとも近年は関係性が薄くなっており、妖精郷ティタニエラに次ぐほどに、各国との断絶が酷くなっている国である。


 元々、あまりにも広大な領土を持つがために、エメリフィム王家によって隅々まで統制された国とは言い難かった。


 エメリフィムは他国に比べて、ヒトに似ているがヒトならざる「亜人」種族が非常に多く存在しており、彼らの多くは千年以上前からエメリフィムを故郷としている。


 ヒトのいないティタニエラとは違い、ヒトを中心としつつもヒトに近い種族が共存し、国を形成してきたのがエメリフィムだ。


 リスティリアの「亜人」種のほとんどは、ティタニエラかエメリフィムのどちらかで暮らしており、ヒトが創り出す環境やヒトの魔力を苦手とする種族はティタニエラに、そうでなく、亜人としても特に屈強な種族はエメリフィムに住む、という大別が出来る。


 各種族はエメリフィム全土に点在しており、その中心となる力のある者たちが王家に一応の忠誠を誓っていたことで、完璧にとは言わないまでも、エメリフィムは国としての統制を保っていた。種族が違えど同郷の仲間であるとして、一応の絆があったのである。


 しかし、その統制は代々の王が圧倒的な個としての力と、カリスマ性を有していたからに他ならない。


 特に先王アルフレッドは、わずか十二歳で王として即位した後、炎の伝承魔法“エネロハイム”と武芸、そして強大なカリスマ性を武器に、四十年に渡ってエメリフィムを統制してきた。


 それほど偉大なる王が先代であったからこそ、その威光がなくなった今、エメリフィムは混乱と共に分裂の道を歩んでいる。


 先王アルフレッドは、エメリフィムの種族の領域を襲った邪竜との戦いに赴き、邪竜と相打って帰らぬヒトとなった。それが四年前のことである。


 アルフレッド王の唯一の弱みとも言える部分が、子供が一人しかいない点だった。


 アルフレッド王は妻を多く持たず、ただ一人だけの王妃を生涯愛したのだが、王妃はもともと病弱で、子を一人生んだ時に他界してしまった。


 その後も他の女性を愛することが出来ないまま、エメリフィムを脅かした化け物との戦いで王自身も死んでしまったがために。


 王家に連なる血筋の者たちはともかくとして、王位継承権を最も強く持つ直系の「子」は、長女ただ一人だけとなってしまったのである。


「エメリフィム王家の不幸はそこから始まる……早四年か。月日が経つのは早いものよな……お主もそう思わんか、カトレア」

「……ハッ。まことに」


 月明かりに照らし出された、神秘的な、まるで「遺跡」のような住居の屋根の上で、ハッとするほど美しい女性が寂しげに、静かに、傍に控える金髪の少女に語り掛けた。


 エメリフィムの力在る部族の内の一つ、“タユナ”族の「巫女」、リズーリ。


 黒に近い、深い紫色の長髪を靡かせる、絶世の美女。着物を改造して露出を増したような服装は、タユナ族の伝統衣装であり、リズーリ含めて現在のタユナの女性も好んで着るものである。


 ほとんどヒトに近い見た目を持つものの、特徴的なのは、頭頂骨のあたりから生えて垂れ下がる動物的な耳だ。エルフが尖った長い耳を持つように、タユナ族も耳に特徴を持つ。


 煽情的で、妖艶。その色香に絆されて、リズーリを我が物にしようとする男は種族を問わず数知れず――――しかし誰も、叶わない。


 彼女の持つ圧倒的な魔法力は、腕力で勝ろうと並大抵の男に御しきれるものではなく、彼女の心を射止めたのは先王アルフレッドただ一人。リズーリにとって初めてにして今のところ唯一の恋が叶うことは遂になかったが。


 エメリフィム王家に仕え、代々祭事を担ってきたタユナ族であるが、先王の死後、王家から距離を取り始めた一族でもある。エメリフィム国土の中では南方に本拠地を構え、現在では表立って王家に対し反意を示しはしないものの、際立って協力的でもない、絶妙な立ち位置にいる。


 それは王位継承者筆頭である王女――――ティナ・エメリフィムを見限っているから。


「良い月じゃ……近う寄れ。上物じゃ」


 米から醸造した酒を小さな盃に注いで、カトレアに差し出す。カトレアは一瞬ためらったが、ほどなくして、リズーリが差し出す盃を受け取った。


「さて、お主と……あの陰気な男は何と言ったかの。ああいう雰囲気は好かんのでな、忘れてしもうた」

「ディオウ、と申します。本人も好かれていないとわかっているようで」

「ほぉ。故にこの場におらぬと申すか。殊勝な心掛けよな」


 タユナ族には一応「族長」として、リズーリ以外の者が立っているが、今のところはリズーリの傀儡だ。実質的な権力者はリズーリであり、国の祭事を取り扱いながら、タユナ族内部も着々と纏め上げた。


 先王アルフレッドのことを好ましく思い、現王家にも義理はあるものの、もとより他国と比べて際立って「布武の国」の様相が強いエメリフィムにおいて、現王家ではとてももたないという確信もあった。


 かと言って、他の種族の集団が新たな王として君臨するなど、かねてより王家に仕えてきたリズーリのプライドが許さない。


 となれば、タユナを率いてエメリフィムの頂点に立とうと蜂起するのが最も手っ取り早い手段なのかもしれないが――――今一つ、そちらの踏ん切りもつかない。


 分水嶺とでも言うべきか、非常に微妙な時期にあるのだ。


 カトレアがぐいっと盃の酒を一息に飲み干したのを見て、リズーリはぱっと顔を輝かせた。その表情たるや可憐にして妖艶、同じ女のカトレアですらほれぼれとしてしまいそうな美しさを湛えており、カトレアは慌てて気を引き締めた。


「良い、良い。お主はやはりわらわの気に入る……」


 次の酒を注ぎ、リズーリは嬉しそうに言う。


「お主はわらわのしもべではないのじゃ。もう少しゆるりと構えよ」

「光栄です。リズーリ様との協力関係は、私たちにとって大変重要なものでございます」


 カトレアは頭を下げ、丁寧に言う。


「さて……お主の言っておった……イチノセと言ったかの。そろそろ来るのか」

「はい。カイオディウムでの一件、お聞きになられましたか?」

「それこそあのディオウとかいうのが伝えにきおったな。つまり、わかるじゃろ」

「聞いていらっしゃらなかったと」


 カトレアは仕方なさそうに笑って、カイオディウムで流れた“噂話”をもう一度リズーリに話して聞かせた。


 カトレアから話を聞き終えたリズーリは、クスクスと控えめに笑って、


「その一件にイチノセとやらが絡んでおると。なるほど、あちらの大陸を制したからには、エメリフィムに渡るのも道理よな」


 と、言いつつも、どこか驚嘆した様子で呟いた。


「しかしにわかに信じられん……イチノセとやらが、お主の言うところの『カイオディウムでの目的』を達したということはつまり……ウェルゼミットの堅物を懐柔したということであろう?」

「はい」

「フロル・ウェルゼミットの噂は聞いておる。恋に靡く性格でもなし、イチノセの価値を確かに認めたが故ということじゃろう。どんな男か興味がある。知っておるのか?」

「……数度しか会ったことはありませんので、あくまでも個人的な主観ですが……まっすぐで、未熟で、甘い男です」

「噂に聞くウェルゼミットが嫌いそうなものじゃがな」


 リズーリはまたクスクスと笑った。


「彼が王家の現状を知れば、間違いなく王家の味方をするでしょう」

「……それもまた一興とわらわは思うが、お主はそうではない」

「はい。彼はいつまでもエメリフィムにいるわけではありません。不確定要素であって、エメリフィムにとって彼による一時的な平定は負の影響しかもたらさないでしょう」


 リズーリはわずかに頷いた。


「王家がこれからもエメリフィムの頂点に立つというなら、王家そのものが武力と求心力を確固たるものとして取り戻さねばならぬ……」

「彼をいち早くエメリフィムから離脱させることが急務となりますが、彼が求めるものは決まっています」

「“レヴァンフォーゼル”か。国の秘宝を集めて回るとは、面白い真似をしておるものよな」


 エメリフィムが擁する女神の恵みの象徴、“レヴァンフォーゼル”。祭事を取り扱うリズーリにとってはよく知る名前である。


「各国の秘宝は、彼にとって最も重要なもの……リズーリ様のお力添えがあれば、彼にすぐさま“レヴァンフォーゼル”を渡すことも可能でしょう」

「なるほど……それが賢者“アルマ”の計算か。謀略の類は苦手な子と思っておったが、なかなかどうして……」


 カトレアは今、エメリフィムの王家に仕える魔女、賢者“アルマ”の部下として、アルマに遣わされてリズーリとの交渉に来ている。


 千年前、反逆者ロアダークを止めるために、各国から英傑が立ち上がった。


 シルヴェリアの王女、ローグタリアの皇帝、ティタニエラの大老、そして――――エメリフィムの大賢者。


 千年前の大賢者“レナトリア”は、精霊の現身を下僕のように従えるという、他に類を見ない「召喚術」を極めた凄まじい魔女であったと伝わる。エメリフィム王家にわずかに残る記録の中では、ロアダークとの最終決戦にも臨んだとされている。


 賢者アルマはその血を引く子孫であり、王家に仕える優秀な魔女だ。


 リズーリが憂う「王家の力のなさ」、つまるところ、先王アルフレッドの唯一の子であるティナ・エメリフィムが、エメリフィム王家史上“最弱の王女”である、という事実は、エメリフィム内部に分断を引き起こし、国が混乱してしまう要因となってしまった。


 もとより、先王アルフレッドよりも遥か昔の代から、エメリフィムは布武の国としての性質を持っていたことは間違いない。


 しかしそれでも、国としての統制を保って来られたのは、王家の力が――――武力とカリスマ性という意味での力が殊更に強かったからである。


 エメリフィム王家に生まれる者たちは稀有なことに、偶然か必然か、代々受け継ぐ伝承魔法“エネロハイム”が非常に覚醒しやすいという特徴を持っていた。これは、王家に伝わるとあるアイテムに起因する、と言われている。


 王家の者が操る紅蓮の魔法、火炎を従える伝承魔法“エネロハイム”。その炎こそ、エメリフィムの象徴であり、求心力とカリスマ性の根源であり、いざの際の「武力」であった。


 だが今代唯一の、「王の直系」であるティナ・エメリフィムは、王家としての歴史上ほぼ初めて、伝承魔法“エネロハイム”の才能が欠如しているのである。


 魔法の才覚に欠けており、凡庸。人柄がよく人好きのする性格であることは間違いないが、エメリフィムの統治者に求められるのはそこではない。


 ヒト族を中心とした王家周辺の力在る者たちの中でも、ティナを女王として祭り上げることには異を唱える者が存在した。ヒト以外の亜人族に至っては、最早語るに及ばず。


 エメリフィムにとって、“エネロハイム”の炎は単なる「力」というだけではない。心情的な意味での「象徴」であり、忠誠の対象だったのである。


中心となるべき王家がその武力と、エメリフィムの象徴たる「炎」を失ったことで、エメリフィムは分裂してしまった。


 しかし、その混乱の最中にあっても「四年」もの間、王家が何とか、形ばかりかもしれなくともエメリフィムの頂点として在り続け、過激な亜人族に滅ぼされずにいられた理由こそが、賢者アルマそのヒトである。


 物理的、魔法的、あらゆる意味での「護り」に特化した魔女であるアルマは、無二の忠誠心で王家を今日まで護り抜いてきた。


 カトレアが今回、リズーリに助力を願った「提案」もまた、アルマによる王家を護るための策略の一つ。


 混迷を極めるエメリフィムの情勢の中にあって、女神の騎士というあまりにも不明瞭な要素の介入は望ましくない。


 祭事を取り仕切るリズーリに、カトレアというエメリフィム国外の者を使って交渉しようとしているのも、アルマの「何が何でも国を護る」という覚悟の表れである、とリズーリは受け止めていた。


「さて、結論をすぐには出せんな」

「……何か、気に入らないことでも?」

「いや、いや、まだ聞いておらぬことがあると思ってな」


 リズーリはじいっとカトレアを見つめた。顔を近づけられて、カトレアは少し慌てた。


「アルマに協力するお主とディオウ。今のお主の話を聞くだけでは、お主らの利が見えてこんな。カトレア、わらわを謀るつもりか」

「いえ、決してそのようなことは」


 カトレアはすぐさま言葉を返した。


「我らは雇われの身……レブレーベントで少々面倒ごとを起こしてしまいまして、行き場のなくなった我らをアルマ様が雇ってくださったに過ぎません」

「ふふっ、よいよい。冗談じゃ」


 リズーリは楽しそうに笑って、カトレアから離れた。


「詮索はすまい。しかし、カトレア。結論は少し待て。なに、そう何日も考えたりはせんよ」

「……畏まりました。では、私は一度戻ります」


 今夜の会談は終わり、カトレアは素早く去っていく。


 その気配が消えていくのを確認したのちに、リズーリはパンパン、と手を鳴らした。


 タユナ族の衣装に身を包む女性が一人、軽やかな身のこなしでリズーリの元に現れ、その傍に片膝をついた。


「お呼びですか」

「南方の港……アルティエ港じゃ。数日かかると思うが、張り込め。何人か使っていい」

「ハッ。目的は」

「大きな剣を背に負う白い上着を着た少年と、黒い簡易な甲冑を纏う女騎士の二人組。少年の上着の背にはレブレーベントの国章がある。カイオディウムから海を渡ってくるはずじゃ。見つけたら丁重にお迎えし、わらわの元まで案内せよ」

「畏まりました」


 女性が音もなく去る。


 リズーリは月を見上げ、酒を一口飲み下して、相変わらず妖艶に微笑んだ。


「さて、さて、さて……新時代の風が吹くか、時代を終わらせる嵐が来るか……見物じゃなぁ」


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