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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いし/罪裁くカイオディウム 終話① 見出した”どうしても”

 カイオディウム始まって以来の未曽有の危機は、“断罪の聖域”が原因不明の異常をきたしたことによってもたらされたものである。


 二日と経たずカイオディウム全土を、そして隣国レブレーベントをすらも駆け巡った風説はつまるところ、フロル枢機卿による「嘘」。


 無論真実は混じっている。天空聖殿ラーゼアディウムが何故浮力を失い、墜落するに至ったのかについては、誰も知らぬこと。オーランドも身に覚えがないと語り、フロルは彼の言葉に嘘はないと信じた。


 その“原因”を掴みかけているのは。


 真実の扉の前に立っているのは、今のところたった一人。


「互いに隠し事は無しだと約束したな。どうやらお前も何事か抱えているようだが。この際だ、話し合おう」


 リシア・アリンティアスただ一人だけ。そして彼女が何らかの「考え」に辿り着いた時、それは救世主の知るところとなる。隠し事をしないという誓いを立てたからには、リシアの知識は総司の知識となるのだ。


 一夜明け、総司とリシアはフロル枢機卿に呼び出しを受けていた。ベルやオーランドに関する処遇を二人にも語る機会を設けると共に、今回の騒動に関する謝礼をしたいとのことである。


 その呼び出しに少し待ったを掛けて、二人は“星拾う展望台”という、絶対に邪魔の入らない場所で会議の場を持つことにした。互いに話し合うべき事項を抱えていると、互いにわかっていたからだ。


「いいね。どっちから先にいく?」


 総司が気楽な調子で言う。リシアはふっと笑って言った。


「では私から」


 二人はだだっぴろい“星拾う展望台”の中央付近に座った。どこか珍妙にも見える光景だが、至って真面目であるのは言うまでもない。あぐらをかく総司と、片膝を立ててリラックスした様子のリシア。ティタニエラからカイオディウムに至るまでの一連の冒険を経て、絆を改めて強固にした救世主と運命の相棒。


 その相棒が、総司に告げる。


「“ラーゼアディウム”の墜落は女神様の御意思によるものではないかと考えている」


 総司がリスティリアを旅する目的の「根幹」となっている部分を揺るがしかねない、とても重要な考えを。


「“シルヴェリア神殿”、“真実の聖域”、“次元の聖域”、“断罪の聖域”……これまで我々が旅をしてきた四つの国における”聖域“、かつて女神様の領域と接続できた神秘の地。”真実の聖域“以外に共通する点があるのが、わかるか?」


 総司は驚いた様子だったが、リシアに言われて初めて、それらの「共通点」を考えてみた。


 そこで起きた事象を振り返ってみれば、答えは簡単に出た。総司とリシアの違いはそこにある。総司も決して知能が足りないわけではないが、要は「何について考えるべきなのか」をどれだけ自力で見出せるか、という部分が、リシアには遠く及んでいない。それでも前述のとおり馬鹿というわけではないために、リシアがきっかけさえ与えれば、「“それ”を考えなければならないのだ」と示されれば答えを見出せる。無論、どうあっても考えつかないこともあるが。


「俺達が行動した結果、『破壊されている』」

「そう――――千年前既に完全破壊されていた“真実の聖域”を除けば、『現代まで存続していた聖域』は、図らずも我々の行動によって全て破壊されてきた」


 レブレーベントにおける名称不明の“聖域”、湖底の異空間にあったシルヴェリア神殿は、アレインが総司との戦いにおいて“ゾルゾディア”を顕現させたときに蹂躙された。


 ティタニエラの“次元の聖域”は、敵対し本気となったミスティルの最大の魔法によって瓦礫の山と化した。


 そして昨日――――“断罪の聖域”は、まさに総司たちの手によって破壊された。


「女神様の狙いはそこにあるのではないか、というのが私の考えだ。“オリジン”を集めることと“聖域”を破壊することは、必ずしも結びつかないはずだが、結果として今までそうなっている。これを偶然と思うか?」

「いや、思わないな。『ロアダークがかつてやろうとしたこと』だ。レヴァンチェスカとこの世界を切り離すため、ロアダークは当時の“ストーリア”に挑んだ」

「そうだ。ルディラントで知った“カイオディウム事変”の発端はそこにあったはずだ。だが、これは我々にとっても『伝聞』に過ぎない。それだけで、ロアダークの真意まで全て知った気になるのは早計だった。私も反省せねばならない――――共に過ごしたベルの真意にすら気づけていなかった私たちが、会ったこともない千年前の人間の真意を、ヒトから伝え聞いただけでどうして読み切れる」

「……待て、それはわからねえ。何が言いたい」

「ロアダークは本当に“自分の欲のためだけに世界に喧嘩を売ったのか”?」


 ぞくりと、背筋に悪寒が走ったのを感じた。


 総司にとっても予想以上だった。リシアの思考の深さ、思慮に富む聡明さ、これまで度々目の当たりにしてきたし、ルディラントをはじめとして助けられてきたが。


 まさか、わずかなヒントを繋ぎ合わせて、「女神の意思によって聖域が破壊されてきたのではないか」という答えの“先”までも読み切ろうとするとは、思ってもみなかった。


「ロアダークが聖域を破壊しようとしていたことについては、ひとまず事実だと仮定してだ……それは、本当にロアダーク“だけ”の意思によるものか? もしかして千年前にも……『“聖域”を破壊しようとするロアダークの行動』には――――」


 総司がごくりと唾を飲み込む。リシアは、迷いなく言い切った。


 女神の騎士の補佐役ではなく、「一ノ瀬総司の補佐役」として誓いを立てたからこそ、その疑念を迷いなく言い切った。カイオディウムでの騒動を経ていなければ口にできなかった疑念を、迷いなく。


「女神様の御意思が介在していたのではないか。“ハルヴァンベント”と下界の繋がりを断ち切ろうとしていたのは、ロアダークではなく女神様ご自身ではなかったのか……無論」


 リシアは最後に付け加えた。


「これは一つの『可能性』だ。この推論一つに拠って立つ物の見方だけでは、大事なものを見落としかねない。全く的外れかもしれない。だが頭に置いておくべきだ。王ランセムが私たちの旅路を指して仰った、『千年前を辿る旅路』の意味。私はあの御言葉を『千年前にあった出来事を辿る旅路』と勝手に解釈していたが……」

「『千年前、ロアダークがやろうとしたことをなぞる旅路』って意味かもしれねえってか……! ハハッ、確かに……あのヒトなら、やりかねない言葉遊びだ」

「そして今はまだ“その先”が見えない。ロアダークがやろうとしたことを我々がなぞった先に何があるのか……女神様はロアダークの反逆の後、神域への扉を閉ざしたはずだが、そこにもしも解釈の違いがあったとすれば……聖域を壊して回った先にあるものは、何だ」

「見当もつかねえ。お前に見えてないものが俺に見えるとは思えねえな」

「さて、私からは以上だ」


 二人で考えたところで“この先”は見えないと判断し、リシアはすぐさま話を切り上げた。実直な彼女らしい切り替え方だ。


「お前の話を聞かせてくれ」

「まず一つ。今の話に関連してだが、レヴァンチェスカは“エメリフィムで話そう”と言った」

「オーランドとの最後の戦闘で、だな。では、今の私の話……」

「ああ。今度の邂逅にどれだけ時間があるかは知らねえが、何とかぶつけてみる」

「まず一つ、と言ったな。次は?」

「……二つ目は……」


 流石に、言いよどまざるを得ない。当然だ。


 ベルとの戦いを経て知った情報。死にゆくエルテミナとの最後の会話。そのさなかにあった、この旅路の果てに待っているもの。


 リシアに話していいものか、という疑問が、総司にないはずがなかった。


 だが、当然、その逡巡を彼の相棒が見逃すはずも許すはずもない。


「ソウシ」

「……そうだな。俺は……お前からは、信頼されていたいからな」


 総司は腹をくくって、ハッキリと告げた。


「“ハルヴァンベント”への道は、どうやら一方通行だってのが、エルテミナの見解だ」

「……ほう」

「王女を斬ったのと同じ力でベルを斬った時、エルテミナと対面した。ああいうのをなんていうのか……精神世界、みたいなもんなのか、ちょっとよくわからねえが」

「信じるさ」

「そこで言われたんだ。“ハルヴァンベント”へ渡ったことがあるのは二人。いずれもヒトであり、その二人は帰ってきていない」

「……なるほど。前例がないというわけだ。決めつけるのもまた、早計に過ぎるな」


 リシアは極めて冷静だった。


 この旅路の果てにあるものが、総司とリシアにとってあまりにも苛烈なものなのかもしれないと知って尚も、彼女の思慮の深さは損なわれなかった。


「方法はあってもその二人が“使っていない”だけかもしれない。そして使わない理由は一つ。その二人が何らかの目的を持って “ハルヴァンベント”に留まっているから。そういう見方もできる」

「ああ。二人の内の一人は“ゼルレイン・シルヴェリア”だと聞いている」


 リシアはぎゅっと目を閉じ、総司の言葉を反芻する。その所作を見るだけで、もう総司にも、リシアの感情の動きがわかった。


 どこかでそれを想定していた。リシアに足りなかったのは確信だっただけで。


 千年前に実在した人物であり、普通に考えれば既に死人。ゼルレインが長寿のエルフであった、という伝説は少なくとも残っていないし、時間軸としては大幅なずれがある。


 だが、女神の領域に通常の概念が当てはまるかどうかと考えてみれば、答えは「わからない」だ。通常あり得ないことが容易く起こり得る神域だということは、想像に難くない。


「……そしてもう一人の名を、エルテミナは口にすることが出来なかった。言おうとしたみたいだが、俺には聞こえなかったし、その時だけエルテミナの顔すら見えなくなったんだ」

「“最後の敵”かもしれない、と」

「そうだ。これもお前の言葉を借りれば『伝聞』であって、決めつけるのは危険かもしれないが……俺は、間違っていないように思う」

「なるほど。一つの可能性として、それも覚えておくべきだ。あくまでも可能性だがな」


 リシアがぴしゃりと言った。総司はリシアのまっすぐな瞳を見つめ返した。


「“最後の敵”については、最も慎重になるべき事案だ。あくまでも『可能性の一つ』。得難い情報ではあるが、逆を言えば我々は“それ一つ”しか情報を持っていない。非常に有益であることは間違いないが」

「そうだな。まだまだ知っていることが少なすぎる」


 一瞬の沈黙の後、リシアが言った。


「……もしも、エルテミナの見立て通り、“ハルヴァンベント”への道は一方通行で、帰ってくることが出来ないのだとしたら、どうする?」

「……先の話、かもしれねえが。向こうに渡ってから方法を探すにしても、俺一人でそれが出来るとは思えねえんだよな。だからリシア、その時は……」


 だだっ広い展望台の真ん中で、二人は見つめ合う。


 総司の「この選択」が果たして正解かどうか。救世主として、男として、果たして望ましい選択であるかどうか、総司に自信があるわけではない。


 だが、告げる言葉は決まっていた。


 総司は正しく救世主であり、今目の前にいるのはまさに“運命の相棒”であればこそ。総司はハッキリと、心から、もしかしたら言うべきではない一言を――――


 本心からの本音を、ハッキリと告げた。




「その時は、俺と一緒に死んでくれ」




「心得た。この世の果てまで、共に征こう」




 総司の顔に笑みはなく、リシアの顔には微笑があった。


 リシアは、もしかしたら止めるべきなのかもしれない。


 リスティリアの生命ではない部外者。にもかかわらず命を賭けて、もしかしたら彼にとっては「別に救わなくていい」ものすら救おうとする総司に、「そこまで投げ出さなくてもいい」のだと告げるのが、リシアの役目なのかもしれない。


 だが、リシアの些末な考えは、総司の強い目と言葉によって吹き飛んだ。総司から与える言葉が一つしかなかったように、リシアが返す言葉も一つしかなかった。


「あ、そうだ」


 総司がふと思い出したように呟いた。リシアが首を傾げて聞く。


「何だ?」

「いや……別にこれは隠し事っつーか……まだ全然まとまってないし、方法もその先のこともわからねえし、言って良いのかわかんねえけど……」

「私たちしかいないんだ。雑談で良いさ。言葉に責任を持つ必要はなしとしようじゃないか。言ってみろ」

「……俺が“どうしてもそうしたい”と思って初めて、俺は“最後の敵”と渡り合えるって、王ランセムは仰っていた。おぼろげなんだけどさ、何となく見えた気がするんだ」

「ほう」


 リシアがぱっと目を輝かせ、興味深げに身を乗り出した。


「このリスティリアで、お前がしたいことが見つかったんだな?」

「いやマジで、そんな大層なアレじゃねえんだ! ホントに、まだぼんやりとしててさ、抽象的な表現になるし……それでもしかしたらいろいろと、『悪い方』にも転がりかねないんだけど……」

「言ったろう、これは雑談だ。取るに足りないただの会話。後から内容が変わったっていいじゃないか。教えてくれ。それとも何か? 私がお前の望みを馬鹿にして笑うとでも?」


 まさかそんなはずがない。総司もよく理解している。リシアはきっと、総司がどんな望みを告げたって、「素晴らしい」と言ってくれる。


 総司は意を決し、言葉を探しながら話し始めた。


「リスティリアは……千年前の事件以来、ずっと平和だったと思う。繋がることを拒んできたから、国の中で何か問題が起きていたとしても、世界全体でみれば平和だった」

「……そうだな、少なくとも見かけの上では……」

「でも、俺はそれを……なんていうのかな、勿体ないって、思った」


 四つの国を旅してきて、総司がおぼろげに思っていたこと。


 端的に表現するために転がり出た言葉は、それだった。


「レブレーベントを一歩出れば、アレインの凄さをみんな噂でしか知らない。ティタニエラがどんなに美しいところか、千年間、外のヒトは誰も知らない。カイオディウムが『厳格な女神教の国』という話だけが出回って、その中心にいるフロルがどんなに民と世界のことを想っているか……その安寧を護るためなら自分の命すら投げ捨てられるだけの気高さを持っているなんてこと、誰も知らない」

「……ソウシ……」

「ルディラントにかつて何が起きて……それでも最後の最後まで、どんなに誇り高い国だったのか、誰も知らないんだ」


 得た結論は、ともすれば「脅威」。女神の騎士という破格の力を持っている彼が、それを望むことは。


 千年続く安寧にヒビを入れ、全てを壊しかねないほどの、危険な願望。


 それと同時に、緩やかに滅びゆく世界を照らす希望ともなり得る、無垢なる望み。


「知らないことで護られるものはもちろんある。広く知れ渡らない方が良いことは、たくさんあると思う。俺の世界でも……俺は別に専門家じゃねえけど、世界が繋がっていたからこそ、庶民にはわからない陰謀だの、欲に塗れた駆け引きだの、気付いていないだけで溢れ返ってたと思う」


 始まりの街シエルダでの、最初の夜。


 バルド・オーレン団長と共に、リシアは総司が語った「総司がいた世界」の話を聞いていた。全てが始まった夜の話を、リシアもよく覚えていた。彼が「いんたーねっと」なるものの話をしていたこと、リスティリアよりもずっと繋がりの広がっていた世界にいたのだということ。


「だからものすごく難しい。簡単にやろうとしちゃいけないことで、もし本気でそれを実現しようとするなら、とんでもない責任が伴うんだと思う。責任を取るにはどうすればいいか、なんてのは、まだ何も見えてないけど……それでも俺は」


 総司は一瞬だけ言葉を切り、一拍置いて、言った。




「繋がるリスティリアを見てみたい。それが俺の、今の望みだ」


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