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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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罪裁くカイオディウム 第七話⑤ リベラゼリア・ネガゼノス

 蒼銀の魔力が、“レヴァジーア・ネガゼノス”と真正面からぶつかって、相殺する。斬撃を飛ばす総司の得意技だが、威力が増しているのはジャンジットテリオスによる試練の成果だけではない。


 ルディラント王ランセムも指摘した「感情の上振れ」。総司は魔力を操るコツを掴んで、レブレーベントやルディラントで戦った時よりは遥かに戦闘力が上がっているが、それだけではない。


 今まさに湧き上がる想いを胸に戦う彼に、彼の魔力が、女神の騎士としての力が応えている。


 ベルが接近戦を挑んだ。


 本来なら総司も近接戦闘の方が得意とするところだが、ベルの体をそのまま叩き斬るわけにはいかない総司にとっては不利な間合いになる。


 だが、引かない。ベルの蹴り技が威力を発揮しない絶妙な間合いまで自ら詰めて、足を取りバランスを崩させると、ベルをそのまま床に叩き伏せようとする。


 ベルの身のこなしもさるもので、総司の手から鮮やかに逃れて彼の顎を蹴り上げようとするが、総司は生来の反射神経で以てそれをかわし切り、片刃の大剣の峰でベルの胴を狙う。


 一瞬の間に数手の攻防がかわされたのち、ベルが一時撤退を選んだ。大きく跳躍して、ネガゼノスの魔法を乱発しながら総司から距離を取る。


「なんだよ……何で今……!」

「何で今斬らなかったのか……? 何度も同じことを言わせんな!」


 剣を返す一瞬の隙がなければ、ベルの体を斬れていた。歯を食いしばって呟くベルに、総司が怒号を飛ばす。


「あたしだってそうだよ、馬鹿にしないでって言ったでしょ!」


 殺せたはずの隙で殺さない。命を賭けた戦いの中で、それは侮辱だろうと、ベルは叫ぶ。もちろん総司も言われっぱなしのわけはなく、同じように叫び返す。


「俺がお前のことを馬鹿にしてるから斬らねえって、本気でそう思ってんのかよ!」


 ベルがぐっと言葉に詰まる。


 そうではない、ということぐらい、ベルもわかっているのだ。それでも認められないだけで。


 ベルの目から見ても、総司は圧倒的に強い。向き合ってみればわかる強大さ。女神に与えられた加護もそうだが、総司自身の戦いのセンスも凄まじい。


 総司が元いた世界では決して開花することがなかったであろう天賦の才能。魔法に長けていようと「戦い」となればまた別の要素が必要になる。例えば、アレインとミスティル。ミスティルの魔法力はリスティリアにおいても破格であり、魔法の性質そのものも稀有に過ぎる。恐らくは現世最強の魔女である。しかしその魔法力を用いた上での「戦い」となれば、総司がこれまで戦ってきた中で最も秀でているのはミスティルではなく、アレイン・レブレーベントだ。センスそのものがずば抜けている上に怠ることを知らないあの王女は、魔法のぶつかり合いのみならず近接戦闘も、武器を用いた戦闘も、それぞれの分野に特化した戦士を容易く上回るレベルである。


 女神の騎士としての力があっても、総司自身に一定以上の才覚がなければ宝の持ち腐れだった。だが幸いにして総司には、与えられた規格外の力を使いこなせるだけのセンスと、規格外の力の「使い方を間違えないようにする」精神性が備わっていた。


「“偶然”だというのですか、女神様……」


 再び激突する総司とベルを見守りながら、フロルはわずかに戦慄していた。


 何か一つでも欠けていたら破綻する。


 総司の運動能力、ひいては戦闘能力に直結する才覚が、「普通」と呼ばれる領域以下だったら、カイオディウムに辿り着く前に負けていた可能性がある。


 総司の人格に、「普通」と呼ばれる領域に収まらないような悪意が差し込んでいれば、この力はリスティリアの民に牙を剥いていた可能性がある。


 総司自身は、「きっと自分でなくても良かった」と謙遜するばかりだろうが。


 もはやフロルにはもう、それに同意することは出来ない。


「彼でなければ、どうなっていたか……!」


 戦いは激化の一途を辿る。


 総司の攻撃も、一歩間違えればベルを殺せるであろう威力を伴っている。極限状態の中でその「一歩」を絶対に間違えない鋼の意思が、ベルにも痛いぐらいに伝わっている。


 伝わるほどに、ベルの焦燥と怒りは増す。罪悪感は既に押し殺した。もうその次元に自分はいないと言い聞かせて、ベルは力を振るい続ける。


 この均衡が崩れるとすれば、どちらかが切り札を使うその瞬間だ。


 そしてその主導権は総司にはない。戦闘の才覚にさほど恵まれていないフロルでも、総司の駆け引きの終着点は読めている。


 拮抗した状況下で己の切り札を晒すとなれば、それはリスクを負う選択になる。総司が狙うのはその一点。釣り合いの取れた天秤を自ら動かす必要性が、総司にはない。


 実力差は明白。殺しが選択肢にない総司と、殺すつもりのベルとで拮抗しているからには総司が上。無尽蔵のスタミナも併せて考えれば、戦いが長引くことは総司により有利に働く。


 そして、フロルが読める程度のことは、ベルにも当然読めている。


 徐々にそれ以外の選択肢がなくなってきていることも、ベルは自覚している。


 切り札で以て仕留めきるか、それとも総司がなおも上回るか。戦いは激化し歯止めの利かない加速を見せながらも、刻一刻と決着へ近づいている。


 もしも一切の、外的要因がなかったのだとすれば、だが。


「おっ……!?」


 大聖堂デミエル・ダリアが揺れた。


 集中力を高めていた総司が、思わず膝をつきかけるほどの衝撃。フロルがそれに耐えられるはずもなく、大きく態勢を崩してその場に転んだ。


「くっ……!」


 キィン、と、フロルが魔力を集中させる。


 大聖堂デミエル・ダリアの制御は未だ、大部分がフロルの手中にある。ラーゼアディウムに引き寄せられたものの、フロルはまだ大聖堂の主だ。権能を用いて何が起こっているのかを探れば、答えは簡単に見つかった。


「この状況で何故こんな……!」


 事態を察知し、フロルは大聖堂の権能を行使する。


 先ほどの揺れは「大聖堂デミエル・ダリアがラーゼアディウムから切り離された」ことによって発生した。大聖堂は一足先に高度を下げ始め、フロルの制御下に置かれて「元在った場所」へと戻り始めた。


 それはすなわち、ラーゼアディウムからの干渉が途切れたということを意味する。ラーゼアディウムを制御しようとする意思が欠落したことによって生じる異常。


「“ラーゼアディウム”が落ちます!」


 フロルは片膝をついて何とか姿勢を保ちながら、総司の背中に向かって叫んだ。


「デミエル・ダリアは私が制御しますが、ラーゼアディウムはどうしようもない……! 何故このような……!」


 天空聖殿の異名をとるラーゼアディウムは、オーランドによる制御がなかろうとも遥か空に存在する聖域だったはずだ。たとえカイオディウムがかの聖域に手を加えていなくても、聖域は遥か昔から天に存在していた。


 それが落ちるということは、誰かが「オーランドの敗北」をトリガーとして聖域が落ちるように細工を施していなければ道理に合わない。


 ベルですらなかった。フロルの言葉を聞いて驚愕したのは総司だけではない、ベルの瞳にも一瞬の動揺が走った。


「……やってくれるね、大司教。ちょっとは疑ってたってわけね」


 ベルはその細工の主をオーランドだと読んだ。


 オーランドからすれば、既に役目を終えたベルは取るに足りない小物だったはずだが、しかし根っから用心深い男でもある。


 周到に準備したベルの計画、ルテアの魔法、それら全てを読み切れはしなかったようだが、あらゆることに保険をかけておいたのだろう。


 仮に全てをベルが仕組んでいたとすれば、狙いはフロルの命では留まらない。それだけならば王女ルテアの策に完全に乗っかるだけで良かったのだが、ベルは明らかに作戦外の動きをしていた。


 スティンゴルドの因縁と照らし合わせて、ベルがもしも全ての黒幕だった時には「聖域」に狙いがあると踏んだ。もしもベルと敵対することになった時、最悪の場合は道連れにすることも想定していたという読みだ。


 ベルの想定通りだとすれば、ラーゼアディウムの中枢にある制御装置も意味を為さなくなっているだろう。


 だが、ベルのつぶやきを聞いた総司は、目を細めてその考えに疑問を持っていた。


「……オーランドが……?」

「さあ、真偽不明だけどまあ、とりあえず現実としてラーゼアディウムは落ちるみたいだね」


 ベルが無表情に言う。総司はハッとして剣を構え直した。


 “星拾う展望台”は半球形のガラス張りのような部屋。ラーゼアディウムから、大聖堂が離れているために、ラーゼアディウムを見上げるような状況になっている。


 ラーゼアディウムは、箇所によってその落下速度が違うのか、徐々に砕けてきている。しかし大半は巨大な塊であり、それらの落下は隕石の衝突とまでは言わずとも、地上に甚大な被害を及ぼすには十分だろう。


「今はまだ、何とか浮遊の魔法が作動しているのかな。ゆっくり落ちてるみたいだけど……そのうち自由落下に入るかもね。この高さから落ちれば、カイオディウムはほぼ壊滅状態、国としてはもう終わり。フロルが『下』へ逃がした皆も含めて、大体の命が消えることになる……」

「いやいや、冗談きついぜ……」


 歯を食いしばりながら、総司が叫んだ。


「止めるには……“アレ”を砕くしかねえってのか……!?」

「……つくづく、度が過ぎるお人よしだよね、ソウシって。まだ『誰かを助けるための』話をしてる」


 赤い魔力が充満し、収束する。

 来る。

 ベルの切り札、最後の攻撃が。


「“ここ”も落ちるんだよ。中核を担うラーゼアディウムの魔力がなくなれば、大聖堂を含む全ての浮遊都市が浮力を失う。『下』の心配してる余裕なんかないでしょ」

「言ってる場合かよ!」


 ベルの全開がぶつけられる未来を予期して、総司が慌てて言った。


「どうにかなるとは思えねえが、やるしかねえんだ! ならお前の力だって要る! “それ”はラーゼアディウムにぶつけろ!」

「破壊なんて出来るわけないでしょ。それに出来るんだとしても、あたしに助力を請うなんてどうかしてる」


 ベルは下らなさそうに吐き捨てた。


「聖域としての力が多少でも残ってくれるなら十分。アレ以上砕かれるのは困るの」

「お前……!」

「構えなよ、ソウシ」


 ベルはただ、無情に告げる。


「流石にこれは、まともに食らったらソウシでもキツイかもよ」


 本気だ。


 最初から死ぬつもりだったベルには問題外。彼女の目的は、この場は生き残って女神の領域に至らなければ達成できないはずだが、既に切り替えている。


 その覚悟があまりにも恐ろしく、厄介だ。


 言葉で説得できる状況にはない。そもそもベルが「話を聞いてくれる」状態だったことなど、ティタニエラからカイオディウムまで一度もなかったのかもしれない。


「……どうしても、止まってはくれないんだな」

「“気の済むように掛かって来い”。ソウシが言ったんでしょ」

「……確かにな」


 総司はふーっと息をついて――――覚悟を決め、振り向かずにフロルへ言った。


「下へ行ってくれ、フロル」

「ッ……あなたを置いていけと言うのですか……! 覚悟は決まっています、役に立てないのはわかっていますが、せめて――――!」

「逃げろなんて言ってねえよ」


 総司がきっぱりと言った。


「聖域の最深部があるんだろ、すぐ下に。ラーゼアディウムをそこから制御できるかはわからねえが、やってみる価値はあるはずだ」


 フロルは頭を殴られたような衝撃を受け、自分の間抜けっぷりに嫌気が差した。総司の言う通り、可能不可能はともかくとして、希望があるとすれば「それ」だ。


 元々一つだった聖域を二つに分けた、その片割れ。最も重要な部分が移植されている場所。万が一制御できるとしても、それはフロルでなければ動かせないはず。


 と言って、フロルが悪いわけではない。異常事態に次ぐ異常事態の最中で冷静さを保てないのは当然のことだ。


 普段はフロルよりも思考能力の低い総司が容易くその可能性に辿り着いたのは、彼が冷静さを欠くわけにはいかない状況にあり、集中しているから。


 最後の切り札を使おうとするベルを相手に、動揺したままではいられないからだ。


「……ソウシ」

「おう」

「死なないで」

「当たり前だ」


 自分が死ぬ運命を受け入れ、覚悟していたはずのフロルから投げかけられた言葉に、総司はにやりと笑って頷いた。


 フロルが走る。ベルはそれを追わない。どのみちベルが総司を倒せば、そのすぐ後にフロルも殺せる。今追いかけることに意味はなかった。


「こっちは最初から命を賭けてる。でもお前の命は取らないと決めてる。ってことでお前も賭けてくれよ」

「あなたが勝手に“殺さない”って決めてるだけでしょ。“レヴァンフェルメス”だけでも十分じゃないの? 意外と強欲じゃん」


 ベルが呆れたように言った。


「……別にいいけどね、最後だし。何を賭けてほしいの」

「俺が勝ったら、アレを止めるのに手を貸せ」


 ベルの目がぎらついて、顔に青筋が浮かぶ。目に見えて激昂している。


 ベルが知り得た千年前の情報を寄越せ、でもなく。そんなことを言う総司に、怒っている。


「また……そんなことばっかり……!」


 気迫が満ち、その時は訪れる。


「あなたがそんなんだから、行かせるわけにはいかないってわかんないかな!」


 ベルが腕を振り上げた。同時に総司も蒼銀の魔力を爆発させる。


 カイオディウムにおける最後の激突は、響き渡るベルの怒号と共に。


 “それ”は千年前、ロアダークがゼルレインに対して放った“ネガゼノス”の真髄。


 今再び世界を背負う者へとぶつけられる、破滅の魔法である。





「“リベラゼリア・ネガゼノス”!!」


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