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リスティリア救世譚  作者: ともざわ きよあき
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贖いしカイオディウム 第六話⑤ リシアの戦い

 動いたのは、総司が先。


 巨大化し凶暴化したリンクルの迎撃を苦も無く回避して、一直線にオーランドに突進する。


 行動は反射に近かった。オーランドが殺気をみなぎらせた瞬間、総司は、「自分がやるべき」だと判断した。


 リシアにもミスティルにも、オーランドの相手をさせてはならない。


 オーランドの醸し出す気配、魔力の強さと言うよりは形容しがたい危険性が、総司の本能に警鐘を鳴らした。


 振り抜かれるリバース・オーダーの一閃。かわすばかりだったオーランドは、その一撃を間違いなく受け止めた。


「このあたりの判断はさすがと言うべきか。よく理解している」


 オーランドの立つ床に亀裂が走る。総司の一撃はそれほどに重かったが、オーランドの表情に苦痛の色は微塵もない。


 総司は身を翻して、背後から迫るリンクルの爪を回避し、オーランドから離れた。


「リシアとミスティルは獣を頼む。オーランドは俺が――――」

「いや、待ってくれ」


 まだ行動を見せていないオーランドは、ほとんど動いていないにもかかわらず、底知れぬ危険性を感じさせていた。これまでとは違う、得体の知れない危うさがあり、リシアやミスティルをぶつけるにはあまりにも危険だと思わせた。


 だが、そんな総司の気遣いを理解していながら、敢えて。


 リシアは総司を押し留め、自分が一歩前に出た。


「私にやらせてくれ」

「ダメだ」


 総司の声は強かった。


 獰猛さが増したリンクルが、無防備な二人へ向かおうとしたが、その足が止まる。


 ミスティルが魔力を全開にして、総司とリシアの背後からリンクルをけん制していた。ミスティルの力もまた別格、リンクルは動物の本能として、正面から向かうべきではないと瞬時に悟ったようで、無策に突っ込むような真似はしなかった。


「いくらお前の願いでも聞き入れられない。気持ちはわかるが俺に任せろ」

「ソウシ」

「ダメだ!」

「頼む」


 総司は額に青筋を浮かべて、リシアの肩をがっと乱暴に掴んだ。


 だが、その勢いは、リシアの決然とした眼差しを前に削がれてしまう。総司は泣き出しそうな、何とも言えない情けない表情になってしまった。


 そんな総司へ、リシアが懇願するように繰り返し告げた。


「……頼む」

「……卑怯な女だ……! レヴァンチェスカといい勝負だよテメェは!」


 ガン、とリシアを突き飛ばし、総司は憤然と吐き捨てた。


 吐き捨てて、剣を構え――――睨みつける先は、凶暴化したリンクルだった。


「気の済むようにやりゃあ良いが、お前の誇りより命の方が当然重い! ヤバくなったらすぐ割って入るからな!」

「わかっている。ありがとう」

「礼は要らねえから絶対勝て!」


 二人のやり取りに何も言わず、ミスティルが滑るように動いて総司の隣につき、リンクルを相手に構えた。


 すぐさま戦闘を開始する二人と一匹を横目に見ながら――――リシアはコツ、コツと静かに歩みを進め、オーランドの前に立つ。


「……浅慮と言うのは三度目か、リシア」


 オーランドに笑みはない。わずかに失望したようにも見える。


「昔からそういうところがあったな、お前には。理性的に見えて大事なところで直情的で……最終的には感情を優先する傾向はやはり、母親譲りと言ったところか」


 リシアがすうっと剣を構える。オーランドは身構えもしない。


 リシアの才覚は認めているが、この場においては脅威と見なしていない。


「力の差がわからんわけはあるまい。悪いことは言わん。イチノセと代わっておけ。もとより、彼を上回るために借りた力だ」

「だとすれば不足に過ぎる。その程度ではソウシに届かない。それがあまりにも哀れだから、こうして私が出しゃばったんだ」


 安い挑発だ。オーランドの表情は変わらない。


 圧倒的な強者であり、既にリシアへの情は捨てているように見える。彼女への興味は失せているのだろう。


「殺すぞリシア、構わんな」

「好きにしろ。出来るならな。ただ最後に聞かせろ……お前にとって、両親がどういう存在だったのか」

「お前の親を私が語るなと言ったのは、お前自身だったはずだが」


 意外な問いかけに、オーランドが面食らいながらも、少しだけ笑みを浮かべた。


「まあいい、そうだな……決して赤の他人ではないが……家族としての縁はなかった。縁はお前の父が断ち切ることを望み、そして私も受け入れた……取るに足りぬその他大勢であり、そして今やお前もそうだ」

「……それが聞けて良かった」


 刹那。


 オーランドの顔が一瞬の動揺を見せ、素早く腕でガードの姿勢を作った。


 しかし、防ぎ切れない。反応は出来たが、かわすには至らない。


 斬り上げる強烈な一閃。総司の一振りをも容易く受けきったオーランドが、リシアの一閃を留め切れずに、斬り上げられる勢いに任せて天井に突っ込み、そのまま空高く飛ばされる。


 リシアの背に、光機の天翼が戻る。


 オーランドがリシアを相手取る時に唯一警戒し、封じ込めたはずの力。“ジラルディウス”が再び覚醒し、伝承魔法ゼファルスの真髄として、リシアに強大な力を取り戻させた。


 リシアがドン、と舞い上がり、空へ飛んだオーランドを追いかける。


 オーランドはラーゼアディウムの中枢の屋根を足場として、リシアを迎え撃った。


 怒涛の魔法がリシアに襲い掛かる。夥しい数の光の槍は、総司に対して初めに見せた“ジゼリア・ランズ・ゼファルス”だ。


 だがリシアを捉えるには至らない。空中での自由を取り戻したリシアは、光の槍を華麗に回避しながら、勢いを殺すことなくオーランドに突っ込む。


 今度は、オーランドも止めきることが出来たが、しかし腕に伝わる膂力は別格のそれ。


「ほう……」


 思わず、感嘆の声を漏らす。剣を境に睨み合う構図は先ほどもあったが、全く質が違う。今度は、オーランドが全力で迎え撃たなければならない相手として、リシアは祖父に肉薄していた。


「ソウシがお前を斬れなかったのは、貴様と私への遠慮があったからだ」

「フン、なるほど。殺しを嫌う高潔なる救世主殿は、敵とみなした相手にも慈悲深いらしい」

「ああ、困ったことにな」


 ギリギリと力のせめぎあいが起こるが、少しずつ、少しずつリシアが押している。


「だがそれが、何よりソウシの強みであり、失ってはならないものだ。容易くその選択を下さないから、その選択を前にして葛藤することが出来るから、ソウシは救世主に相応しいんだ。だからソウシは今のままでいい」


 再びドン、と衝撃が拡散し、オーランドがまた大きく弾かれる。


 魔力も膂力も同等――――いや、魔力の量はともかくとしても、正面からぶつかり合った時の力で言えば、リシアの方が上回っている。


「ッ……やはり手強いな、“ジラルディウス”は」


 リシアとオーランドを伝承魔法の使い手として比較した時、その習熟度で言えば間違いなくオーランドが上だ。


 しかし一つだけ、リシアが上回っている部分がある。


 それが“ジラルディウス・ゼファルス”。オーランドは伝承魔法ゼファルスの正統後継者の一人として、その存在は知っていても、オーランド自身は光機の天翼を“使えない”。


 伝承魔法の真髄。シルヴェリアの系譜に伝わる“クロノクス”の原点・ゾルゾディアのように。


 精霊の力そのものを行使する伝承魔法の一つの究極は、精霊そのものの具現化と使役であり、“ジラルディウス”の翼はまさに、精霊が携える翼を顕現させるもの。


 要は、稀有な才覚を誇るオーランドであっても「認められていない」のだ。


 オーランドの今の力は、掌握する魔力量、扱える魔法の多様性、濃密な魔力によって強化された生命力と身体能力、全てが人外の域に達しているが。


 彼が扱う伝承魔法ゼファルスの最上位に位置するのがリシアの翼であり、今となってはこの世で唯一の、オーランドにとっての天敵。


 それがわかっているからこそオーランドは何よりも優先して“ジラルディウス”を封じた。ラーゼアディウムと王女ルテアの力を“借りれば”、ただ強いだけの他の力は上回れると読んだから。結果的にそれは徒労に終わってしまった。


 怒りを胸に秘めつつも、自身の激情に身を任せるのでなく、救世主の相棒としてその役目を全うすべく、決意を新たにしたリシアの心意気に、“ジラルディウス”が応えた。封じたはずの力は戻り、オーランドにとって最大の障害となって立ちはだかっている。


 厳しい表情に強い眼差しを湛えて、リシアが高らかに宣言した。


「たとえ貴様のような輩であっても、手に掛ければソウシは苦悩するだろう。だから私が貴様を殺す。身内の不始末、今度こそつけさせてもらう」


 リシアが閃光と化す。反撃の隙すら与えぬ神速の突進。光機の天翼が実現する、神獣ですらまともに留め切れぬ一撃。大きな力を得たオーランドであっても、正面からでは受け止めるにも一苦労で、その技巧で以て受け流す以外に対処が出来ない。


 リシアの体を光の鳥かごが包んだ。シェゼノ・ゼファルス、リシアにはまだ扱えない魔法だ。リシアは鋭く剣を振るって鳥かごを切り裂くと、距離を取り始めたオーランドをすぐさま追いかける。


 空を自在に舞い、しかもとんでもない速度を達成するリシアから逃げることは出来ない。オーランドは矢継ぎ早に魔法を繰り出すが、リシアを捉え切るには至らない。


「……お前に使うことになるとはな……」


 オーランドの魔力の質が変わった。


 伝承魔法“ゼファルス”の気配は、自分と同種だからこそ敏感に感じ取れる。


 その感覚が、リシアに警鐘を鳴らす。


 次の一手はゼファルスの魔法ではない。


 だが、リシアはその魔法を知っている。決して見知らぬ魔法ではない。その魔法の感覚を肌で感じるのは初めてだが、確かにリシアは“見たことがある”。


「“レヴァジーア・ネガゼノス”」


 血のような赤い魔力の波動に、黒い稲妻が加わったその魔法を、ルディラントで――――その終わりに見せつけられた、ルディラントの終わりの光景の中で見た。


 伝承魔法“ネガゼノス”。千年前の反逆者・ロアダークが行使した忌まわしき世界の敵の力。オーランドの研究の成果だという「偽りの伝承魔法」として再現された、かつてリスティリアに未曽有の危機を齎した“破壊”の魔法。


 だが――――


「“レヴァジーア・ゼファルス”!!」


 金色の魔法の光が、赤と黒の波動にぶつかって空中で相殺する。


 リシアが見たロアダークの力とは、ただ似ているだけで全くの別物。威力も、目にした時の圧倒されるような形容しがたい恐ろしさもない。


 リシアにとっては「まがい物」にしか見えず、当然直撃すれば痛手にはなるだろうが、特別に恐れを抱くような魔法ではなかった。


 オーランドにとってはそれが予想外だった。たとえ「偽り」の力であってもロアダークのものであり、リシアがこれほど容易く相殺させて見せるとは思っていなかったようだ。


 その動揺を見逃さず、リシアが高速でオーランドとの距離を詰めて斬り込んだ。


「逸ったな」


 オーランドの身のこなしは見事の一言に尽きる。


 体を回し、リシアの一閃を紙一重でかわしきって、強烈な拳を叩きこむ。リシアの体は弾丸のように彼方へ飛んだ。


 魔法だけでなく身体能力も、そして体術も一級品。ライゼスをも容易く上回る近接戦闘における強さ。老齢な魔法使いとは思えない「殴り合い」の強さを誇っている。


 リシアは巨大な通路の屋根まで飛んで、その大地に直撃しわずかに埋もれたが、すぐに飛び出して空中に躍り出た。


「大したものだ……翼があるだけでここまで変わるか……!」


 莫大な膂力を以て叩き込んだはずだった。リシアの力はそれを物ともしないぐらいに高まっている。


 オーランドには知る由もない。翼があるだけではないのだ。リシアはティタニエラにおいて壁を一つ越えただけでなく、カイオディウムに来てからも、総司の本音に本音で返して、救世主の相棒としての自覚を新たにしたことで、また一つ心の在り様が昇華されている。


 総司とリシアはまさに救世主とその相棒であり、二人がその関係性を強固にするたび、総司もリシアも強くなる。力も心も、共に成長する。


 だからこそ、この二人が選ばれた。


 ラーゼアディウムの力は十全にオーランドに渡っている。間違いなくリシアを上回れるはずだった。リシアどころか女神の騎士をも上回るつもりで力を増したはずだった。しかし及ばないのかもしれないという嫌な予感がオーランドの脳裏に一瞬だけよぎり、すぐさま振り払う。


 リシアが空中でぴたりと動きを止め――――翼に魔力を充填し、拡散させた。


 光機の天翼がその輝きを増して、次なる攻撃に備える。


「行くぞオーランド――――“借り物の力”で止められるかどうか、試してみろ」

「“女神の騎士”の力も借り物のはずだがな、リシア――――まあいい」


 魔力が回り、充満して、リシアが準備を整えた。


 長引かせるつもりは微塵もなく、既に躊躇いすらも捨てている。リシアは、「カイオディウムの最後を飾るにふさわしい戦い」を演じるつもりなどない。ただ斬り伏せて次へ進むだけだ。


「受けて立とう。来い」


 リシアの体が再び閃光と化す。オーランドは身をかわすこともなく、それを正面から迎え撃った。


 “正面から迎え撃つには危険過ぎる”と知っていながら、逃げなかった。


 それはひとえに――――大いなる運命の中で齎された一つの終わりを、心のどこかで悟っていたからなのかもしれない。


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